相模湾 気候と潮流

相模湾

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/03 07:09 UTC 版)

気候と潮流

温暖で雨量の多い海洋性気候である。夏季は高温多湿な南西の風が吹き、冬季は空気が乾燥して晴天が続く。

潮流は上げ潮時に反時計回り、下げ潮時には時計回りに流れており、最強流速は相模湾の東側で1ノット(約0.51m/s)程度である。ただし、黒潮の影響が強まると、この限りではなく変化する。

生物相

2020年に東伊豆町の北川の定置網に混獲され、翌日に放流されたセミクジラ。相模湾や相模灘では、近年にもセミクジラやコククジラの様な絶滅の危険性が高い種類の死亡事故が発生している[8][9]
2018年6月に由比ヶ浜に漂着したシロナガスクジラ。アジア系の個体群は壊滅したと思わしく[10]、これは漂着が国内で事実確認された初の事例だった[11]。後述の通り、三浦半島東京湾は東日本では珍しく組織的な古式捕鯨やアシカ猟が行われていた[12][13]

相模湾は、多様な生物が見られることで研究者に知られている。理由は様々あるが、一つは水深が深いためで、沿岸から深海までの生物が生息している[7]。海岸・海底の地形が複雑で、これも生物の多様性につながっている[7]。急な勾配により、ふつうの沿岸では見ることができない深海の生物が浅い所に出てきやすい[7]。相模湾の沖は南から来た黒潮が西から東へと流れており、湾はこの影響下にあるが、その下には北からの親潮が潜り込んでおり、中・深層では北方に分布する種も見られる[14]

多くが深海に見られるオキナエビスガイが分布し、真鶴町には北限近くに分布する石サンゴ類が、相模川の河口や三浦半島の砂質の干潟にはアカテガニもみられる。

観音崎自然博物館(横須賀市)や筑波大学がそれぞれ調査したところ、ラッパウニやチャイロマルハタといった熱帯亜熱帯の海洋生物が多くみられるようになっており、黒潮大蛇行などによる移動だけでなく、地球温暖化に伴い相模湾が生息海域の北限・東限に入ってきた可能性が指摘されている[15]

黒潮と、深海からの栄養素が、多種多様な生態系を作り上げており、貴重な回遊性の生物も多い。その中には、大型のジンベエザメオニイトマキエイなども含まれ、貴重なメガマウスミツクリザメも記録されている。

ウミガメ日本列島に分布する5種類の中でヒメウミガメ以外の4種類が確認されており、アカウミガメが最もよく見られる他に、アオウミガメタイマイオサガメ絶滅危惧種も含めて記録されている[16]

鯨類も数多く見られ、大型の種類ではマッコウクジラ[17]ツチクジラ[18]、小型のイルカ類ではゴンドウクジラ類やハナゴンドウハンドウイルカマイルカカマイルカなどが頻繁に観察され、貴重なアカボウクジラ科も「ストランディング(座礁)」が多数報告されている[19][20]。一方で、クジラと船舶との衝突という懸念材料も存在しており[21]東海汽船などの各運航船は航行時に警戒している[18][20]

なお、江戸時代以降、三浦半島ではニホンアシカを対象としたアシカ猟[13]や、対象としていたクジラの種類は不明だが、東京湾鋸南町いわき市金華山[22]と同様に、捕鯨を嫌ったりタブーとする風潮が強かった東日本では珍しく組織的な古式捕鯨が行われていた[12][23]。しかし乱獲の結果、20年程度で捕獲数が激減したとされている[24]。また、静岡県伊東市の富戸ではイルカ漁が行われ、昭和時代には年間1万頭以上のスジイルカマダライルカなどが水揚げされたが、捕獲数の減少から現在は散発的にしか行われておらず、近年はホエールウォッチングバードウォッチングが行われている[25]

しかし、ヒゲクジラ類[26]ウバザメ[27][28]など、現在では見られる機会が少ない生物種も多いのも事実であり、ニホンアシカは現在では絶滅種に指定されている[13]。上記のイルカ猟の対象種だったスジイルカマダライルカも、前者は目撃が大きく減少し、後者は1990年代以降は確認されていない[19]

研究史

明治時代初めに来日した御雇外国人の研究者は、相模湾に、東京に比較的近い海棲生物採集の好適地を見いだした。フランツ・ヒルゲンドルフは1877年に江ノ島で「生きている化石オキナエビスを見つけてこの海域に着目し、ホッスガイ、ウミホタルなどを採集した。同年、エドワード・S・モースは、1か月だけではあるが自称「太平洋地域で最初の動物研究所」を開設した[29]

1789年にはルートヴィヒ・デーデルラインが深海をねらった採集を繰り返し、トリノアシなどを採集した[30]。デーデルラインは日本初の動物学実験所の候補地として三崎を推し、これを受けて1886年に三浦半島の相模湾沿岸の三崎に帝国大学臨海実験所が設けられた[31]。これが後の東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所、通称三崎臨海実験所である。

20世紀には昭和天皇葉山町葉山御用邸付近で相模湾の海洋生物を採集し、東京・皇居の生物学御研究所で研究した[32]

利用

名所・旧跡や景勝地、温暖な気候や海の幸に恵まれており、沿岸は江戸時代より観光地として栄えた。明治期からは別荘地、避暑地、レクリエーションの地としての利用もなされている。湘南海岸を抱え、釣りサーフィンボードセーリングその他のマリンスポーツが盛んである。

港湾として、葉山港、湘南港、大磯港、真鶴港の地方港湾と、15港の第一種漁港、4港の第二種漁港、2港の第三種漁港(三崎漁港は特定第三種)がある。特定重要港湾重要港湾は無い。


  1. ^ a b 神奈川県砂防海岸課 相模灘沿岸海岸保全基本計画 (PDF)
  2. ^ 相模灘 コトバンク
  3. ^ 相模湾 コトバンク
  4. ^ 第2回 西湘バイパス構造物崩落に関する調査検討委員会資料 参考資料
  5. ^ 「管轄海域情報~日本の領海~ 直線基線 三区域 本州南岸:野島埼~御前埼」海上保安庁 海洋情報部(2017年9月10日閲覧)
  6. ^ a b 相模湾の海底地形 平塚市博物館
  7. ^ a b c d 藤田俊彦・並河洋「豊かな動物相を支える相模湾 生物海洋学的な特性」、3ページ。
  8. ^ 科博登録ID:8740”. 国立科学博物館. 2024年1月30日閲覧。
  9. ^ 科博登録ID:9286”. 国立科学博物館. 2024年1月30日閲覧。
  10. ^ 宇仁義和『戦前期日本の沿岸捕鯨の実態解明と文化的影響 ―1890-1940年代の近代沿岸捕鯨―』東京農業大学〈博士(生物産業学) 乙第0947号〉、2020年、87頁。 NAID 500001385241https://nodai.repo.nii.ac.jp/records/802 
  11. ^ 2018年8月5日 鎌倉市由比ガ浜海岸にストランディングしたシロナガスクジラ 調査概要”. 国立科学博物館. 2021年11月17日閲覧。
  12. ^ a b 河野博, 2011年, 『東京湾の魚類』, 第323頁, 平凡社
  13. ^ a b c 中村一恵「三浦半島沿岸に生息していたニホンアシカについて」(PDF)『神奈川県立博物館研究報告. 自然科学』第22号、小田原 : 神奈川県立生命の星・地球博物館、1993年1月、81-89頁、CRID 1520853833567161472ISSN 04531906国立国会図書館書誌ID:3841443 
  14. ^ 藤田俊彦・並河洋「豊かな動物相を支える相模湾 生物海洋学的な特性」、6ページ。
  15. ^ 「相模湾がトロピカルに?」毎日新聞』朝刊2022年1月18日くらしナビ面(同日閲覧)
  16. ^ 丸山一子, 中村一恵神奈川県におけるアオウミガメタイマイオサガメの記録」(PDF)『神奈川自然誌資料』第21巻、2000年、17-23頁、CRID 15742318757259925762024年4月3日閲覧 
  17. ^ 岩瀬良一「単一ハイドロフォンを用いた相模湾初島沖深海底におけるマッコウクジラ鳴音の位置推定の検討」2017年“3-2-5発表要旨日本音響学会2017年秋季研究発表会(2017年9月25日~27日愛媛大学城北キャンパス)” 
  18. ^ a b 辻紀海香, 加賀美りさ, 社方健太郎, 加藤秀弘「日本沿岸域における超高速船航路上の鯨類出現状況分析」『日本航海学会論文集』第130巻、日本航海学会、2014年、120-123頁、CRID 1390001205480962048doi:10.9749/jin.130.105ISSN 0388-7405 
  19. ^ a b 鷲見みゆき, 花上諒大, 崎山直夫, 鈴木聡, 石川創, 山田格, 田島木綿子, 樽創「相模湾・東京湾沿岸で記録されたハクジラ亜目(マッコウクジラ科Physeteridae,コマッコウ科Kogiidae, アカボウクジラ科Ziphiidae,ネズミイルカ科Phocoenidae)について」『神奈川自然誌資料』第2022巻第43号、神奈川県立生命の星・地球博物館(旧神奈川県立博物館)、2022年、1-23頁、CRID 1390010292742695808doi:10.32225/nkpmnh.2022.43_1ISSN 0388-90092024年4月3日閲覧 
  20. ^ a b 東海汽船株式会社, 3017年10月16日, 安全への取り組み
  21. ^ 遊漁船と衝突か“三浦半島沖 クジラの交差点のようなところ””. NHK (2023年3月7日). 2024年1月26日閲覧。
  22. ^ 公益財団法人 国際エメックスセンター, 2019年, 24 鮫ノ浦湾
  23. ^ 岩織政美, 田名部清一『八戸浦"クジラ事件"と漁民 : 「事件百周年」駒井庄三郎家所蔵「裁判記録」より』「八戸浦"くじら事件"と漁民」刊行委員会、2011年、327頁。国立国会図書館書誌ID:000011086209https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000011086209 
  24. ^ 三浦浄心, 寛永後期, 『慶長見聞集』,巻8,「関東海にて鯨つく事」
  25. ^ ダイブキッズ, 東伊豆・富戸カマイルカ・ドルフィンスイムツアー
  26. ^ 加登岡大希, 崎山直夫, 石川創, 山田格, 田島木綿子, 樽創 (2020年3月). “相模湾・東京湾沿岸で記録されたヒゲクジラ亜目 (Mysticeti)について”. 神奈川県立生命の星・地球博物館. 神奈川自然誌資料第41号. pp. 83-93. 2023年11月17日閲覧。
  27. ^ 【速報】定置網に6メートルウバザメ 横須賀・佐島漁港”. 神奈川新聞 (2016年3月29日). 2023年11月17日閲覧。
  28. ^ 加登岡大希, 崎山直夫, 瀬能宏 (2022年3月). “ウバザメ(ネズミザメ目ウバザメ科)幼魚の相模湾における記録と全世界における出現状況”. 神奈川県立生命の星・地球博物館. 神奈川自然誌資料第43号. pp. 53-60. 2023年11月16日閲覧。
  29. ^ 矢島道子「相模湾調査前史 西洋人の日本生物への関心:ヒルゲンドルフとモースと」、13 - 14ページ
  30. ^ 藤田俊彦・西川輝明「ホッスガイを求めて デーデルラインの相模湾調査」、18 - 20ページ。
  31. ^ 藤田俊彦・赤坂甲治「三崎臨海実験所の自然史研究における足跡」、58ページ、
  32. ^ 並河洋「相模湾を見つめて60年 生物学御研究所の相模湾調査」、86ページ。






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