白居易 作品

白居易

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/11 03:57 UTC 版)

作品

秋の庭掃(はら)はず 藤枝(とうちやう)に携(たづさは)りて、閑(しづ)かに梧桐(ごとう)の黄葉(くわうえふ)を踏んで行(あり)く

[31]

遺愛寺(いあいじ)の鐘(かね)をば枕を欹(そばだ)てて聴く、香炉峯(かうろほう)の雪をば簾(すだれ)を撥(まきあ)げて看(み)る

[32]

禅僧との交流

白居易は仏教徒としても著名であり、晩年は龍門香山寺に住み、「香山居士」と号した。また、馬祖道一門下の仏光如満や興善惟寛らの禅僧と交流があった。惟寛や、浄衆宗に属する神照の墓碑を書いたのは、白居易である。

景徳傳燈録』巻10では、白居易を如満の法嗣としている。その他、巻7には惟寛との問答を載せ、巻4では、牛頭宗鳥窠道林741年 - 824年)との『七仏通誡偈』に関する問答が見られる。但し、道林との有名な問答は、後世に仮託されたものであり、史実としては認められていない。

元稹との交流

二人が知り合ったのは、二人が史部の試験に合格した貞元十九年(803年)の頃であった[33]。この最初の出会いのことを白居易は、「書に代うる詩一百韻 微之(元稹の字)に寄す」という二百句に及ぶ長い詩の冒頭に、「億う 貞元の歳に在りて 初めて典校の司に登る 身名同日に授けられ 心事一言に知る」(思い返せば貞元の世、登第して校書郎になったばかりの時。栄えある名を君と同じ日に授けられ、胸に思うことは一言で通じ合えた。という意。)と記す[34]。さらに別の「元稹に贈る」詩の最後の四句「登科を同じくする為ならず 署官を同じくする為ならず 合う所は方寸に在り 心源に異端無し」(我々は登第も同じ、官職も同じ出会ったけれども、それが理由で友となったわけではない。心が深いところでぴったり一致するのだ。という意)と示している[35]。白居易は、この他にも、元稹に関わる詩を多く詠っている。

元稹が元和五年二月に、河南尹の房式を、不法のことをしたと言って御史台に拘置して、執務を停止させたのだが、この元稹の行為を監察御史が「自分勝手に職務を行ったやりすぎた行為だ」として問題視したことがあった。この事件は、結局房式が罰俸一月の処分を受け、元稹はそれより重い罰俸三月に処され、さらに長安に召され江陵に左遷まで告げられてしまったのだが[36]、白居易はこの件に関し、元稹を弁護し、この処置に抗議する文章を三回も上奏した。第三回目の文章「元稹を論ずる第三状」(1965年)は、『白氏文集』の四十二巻に収められている[37]。平岡武夫は「白居易の異議申立てが、発令の後すぐに行われ、また短い期間に三度繰り返し為されることから、これは勇気ある行為であり、二人の間に熱い友情が躍如している」と評している[38]

二人のこのような交流は、元稹が大和五年(831年)五十三歳で亡くなるまでの約三十年間、ひとときも揺るぐことなく続いた[34]

白居易の出自に関する問題

陳寅恪は、白居易と元稹の二大詩人はすでに漢化しており、故に種族の問題はすでに意味がなく、鍵となる問題は文化であると考え、白居易と元稹の家系を検討し、以下のように述べた[39]

吾が国の中古時代、西域の胡人が中土に移住してきたが、その(移住してからの)年代がきわめて近い者は、とりわけ研究する価値がある。もしその年代がはるか昔のこととなり、すでに同化してわずかな痕跡も無くなり追求できないものについては、ただそのわずかな他の標識、すなわち「胡姓」について詳細に考察しても、おそらく何らかの発見があるとは限らない。そして、吾が国の中古史における「種族の区分は、その人の受けた文化に多くが関係し、その継承している血統にあるのではない」という事例によって言えば、この問題もまた議論しようがない。故に元稹が鮮卑の出身であり、白楽天が西域の出身と考えるのは、全くでたらめな説ではないが、無用な論なのである[40] — 陳寅恪

  1. ^ 下定雅弘 『白居易と柳宗元~混迷の世に正の讃歌を~』岩波現代全書、2015年4月17日、13頁。 
  2. ^ 下定雅弘 『白居易と柳宗元~混迷の世に正の讃歌を~』岩波現代全書、2015年4月17日、18頁。 
  3. ^ 陳寅恪 『元白詩箋證稿』上海古籍出版社、1978年、307-308頁。 
  4. ^ 姚薇元 『北朝胡姓考』中華書局、1962年、374-376頁。 
  5. ^ 魏長洪 『白居易祖籍新疆庫車摭談』〈新疆大學學報〉1983年、107-113頁。 
  6. ^ 劉学銚 『中國文化史講稿』昭明出版社、2005年、342頁。ISBN 9867640659https://books.google.co.jp/books?id=FTe9rljMYtoC&pg=PA342&lpg=PA342#v=onepage&q&f=false 
  7. ^ 劉学銚 『胡馬渡陰山:活躍於漢人歷史的異族』知書房出版集團、2004年、12頁。ISBN 978-986-7640-40-6https://books.google.co.jp/books?id=fuwdXASoxSkC&pg=PP12&redir_esc=y&hl=ja 
  8. ^ 林恩顕 『突厥研究』臺灣商務印書館、1988年、153頁。ISBN 978-957-05-0597-9https://books.google.co.jp/books?id=pOVTKhmW4oQC&pg=PT153&redir_esc=y&hl=ja 
  9. ^ 顧学頡 『白居易世系、家族考』中國社會出版社〈文學評論叢刊 第13輯〉、1982年、131-168頁。 
  10. ^ 陳三平 『木蘭與麒麟』八旗文化、2019年5月15日、211頁。ISBN 9789578654372https://www.google.co.jp/books/edition/木蘭與麒麟/AnMWEAAAQBAJ?hl=ja&gbpv=1&pg=PT211&printsec=frontcover 
  11. ^ 下定雅弘 『白居易と柳宗元~混迷の世に正の讃歌を~』岩波現代全書、2015年4月17日、24頁。 
  12. ^ 下定雅弘 『白居易と柳宗元~混迷の世に正の讃歌を~』岩波現代全書、2015年4月17日、26-27頁。 
  13. ^ 下定雅弘 『白居易と柳宗元~混迷の世に正の讃歌を~』岩波現代全書、2015年4月17日、39頁。 
  14. ^ a b 下定雅弘 『白居易と柳宗元~混迷の世に正の讃歌を~』岩波現代全書、2015年4月17日、45頁。 
  15. ^ 下定雅弘 『白居易と柳宗元~混迷の世に正の讃歌を~』岩波現代全書、2015年4月17日、18頁。 
  16. ^ 下定雅弘 『白居易と柳宗元~混迷の世に正の讃歌を~』岩波現代全書、2015年4月17日、116頁。 
  17. ^ 他の脚注が付いているところ以外は、川合康三 『白楽天 官と隠のはざまで』岩波新書、2010年。 を参考にしている。
  18. ^ a b 『孟子』(巻十三・尽心章句上)
  19. ^ 長瀬由美 『源氏物語と平安朝漢文学』勉誠出版、2019年、第一章 白居易の文学と平安中期漢詩文。 
  20. ^ 渡辺秀夫 『平安朝文学と漢文世界』勉誠出版、1991年、改訂版2014年、144頁。 
  21. ^ 西村冨美子 『白楽天』角川書店〈中国の古典〉、1988年11月1日、411-412頁。ISBN 4045909184 
  22. ^ 西村冨美子 『白楽天』角川書店〈中国の古典〉、1988年11月1日、414-415頁。ISBN 4045909184 
  23. ^ 西村冨美子 『白楽天』角川書店〈中国の古典〉、1988年11月1日、412頁。ISBN 4045909184 
  24. ^ 西村冨美子 『白楽天』角川書店〈中国の古典〉、1988年11月1日、424頁。ISBN 4045909184 
  25. ^ 日本文徳天皇実録仁寿元年9月乙未条(藤原岳守死去の記事)
  26. ^ 『白氏文集』は「文集」と略称され、「文選」とともに平安貴族にもてはやされた
  27. ^ 佐藤一郎 『中国文学史』(3版第4刷発行)慶応義塾大学出版会株式会社、H26.2.20、121頁。 
  28. ^ 白氏文集巻71末尾の「白氏集後記」に白居易自身が「其日本、新羅諸国、及両京人家伝写者、不在此記」(其の日本・新羅諸国、及び両京人家に伝写せる者は、此の記に在らず)と記し、その後、別集『白氏文集』とは別に編まれた民間流布本を列挙する。ここから、日本に自作が伝わっていたことを知っていたことが分かる。更に「其文尽在大集内、録出別行於時若集内無、而仮名流伝者皆謬為耳」(其の文は尽く大集の内に在り、録出・別行、時に若し集内に無く、而も仮名流伝せる者は皆謬りと為すのみ)と偽作への注意を喚起している。当時の本は写本で非常に高価であり、わざわざ偽作への注意を促すほど民間流布本が流通していたと言うことは、当時非常な評判を取っており、それを白居易自身が知っていたことを意味する。
  29. ^ 佐藤一郎 『中国文学史』(3版第4刷発行)慶応義塾大学出版会株式会社、H26.2.20。 
  30. ^ 佐藤一郎 『中国文学史』(3版第4刷発行)慶応義塾大学出版会株式会社、H26.2.20、123頁。 
  31. ^ 「晩秋の一日、庭も掃かず、梧桐(あおぎり)の黄葉が散り敷いた中を、藤枝を手にしながらのんびりと歩く」、白氏文集(0684)、和漢朗詠集収載。
  32. ^ 「遺愛寺の鐘の音は枕を斜めにして聴く。香炉峯の雪はすだれははね上げて看る」、白氏文集(0978)、和漢朗詠集収載。
  33. ^ 川合康三 『白楽天―官と隠のはざまで』岩波書店、2010年1月、149頁。ISBN 4004312280 
  34. ^ a b 川合康三 『白楽天―官と隠のはざまで』岩波書店、2010年1月、152頁。ISBN 4004312280 
  35. ^ 川合康三 『白楽天―官と隠のはざまで』岩波書店、2010年1月、153頁。ISBN 4004312280 
  36. ^ 平岡武夫 『白居易』筑摩書房〈中国詩文選〉、1977年12月、125-131頁。ISBN 4480250174 
  37. ^ 平岡武夫 『白居易』筑摩書房〈中国詩文選〉、1977年12月、132頁。ISBN 4480250174 
  38. ^ 平岡武夫 『白居易』筑摩書房〈中国詩文選〉、1977年12月、150頁。ISBN 4480250174 
  39. ^ 栄新江, 森部豊「新出石刻史料から見たソグド人研究の動向」『関西大学東西学術研究所紀要』第44号、関西大学東西学術研究所、2011年4月、 143頁、 ISSN 02878151NAID 120005686621
  40. ^ 陳寅恪 『金明館叢稿初編』三聯書店、2001年、365-366頁。 






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