発芽
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/24 20:05 UTC 版)
種子の発芽
種子の発芽は、種子が吸水して、胚組織の一部である幼根(のちに根となる器官)が種皮を破って現れるまでの一連の過程を経て行われる[1]。また発芽によって発生した幼植物のことを実生(みしょう)という。土壌中にある種子は、のちに茎となる胚軸が土を押し上げて地上に現れるが、その際に幼芽が傷つかないように、頂端がかぎ状になって幼芽を保護している[2]。また発芽途中の段階では、幼芽は種皮に包まれている。芽が地上に出た後、かぎ状になっていた部分はまっすぐに伸び、幼芽が子葉となる[2]。なお幼芽から種皮が外れるタイミングは2通りあり、地上に芽を出したあとに脱落する地上性の実生(英:epigeal germination)と、地中ですでに幼芽が種皮から離れる地下性の実生(英:hypogeal germination)とがある[2]。この特徴は植物を分類するうえで使われることがある。
外見的には、幼根が種皮を破って出現するか、あるいは土壌から芽あるいは根が出現した段階で、種子が発芽したと認識できるが、実際にはその段階に至るまでに、種子の成熟や休眠など、種子内部での複雑な生理学的変化を経ている[1]。一般的には、それらの生理学的な過程を経たあと、環境条件(光、水分、温度など)が適切な場所に置かれると種子は発芽するが、そのような外的環境以外にも、他の生物による被食などが発芽に大きな影響を及ぼす場合もある。
種子の成熟
種子が発芽力をもつためには、通常多少の成熟期間を必要とする。どの程度成熟期間が必要かは種によって異なり、形態的には未熟に見える段階ですでに発芽力を持つ植物(イネ科など)や、形態的には成熟したように見えても、その後一定の日数を経過しないと発芽力を獲得しない植物(ウリ科、ナス科など[3])などがある[4]。種子の発育と発芽力の獲得については多くの研究があり[5]、例えばレタスの種子は開花後8日ですでに発芽力を持ち、10-12日後には発芽率が非常に高くなることが知られている[6]。一方カラタチのように開花後90-100日が経過しないと発芽力を獲得せず、120-130日後になって高い発芽率を示す、成熟の遅い種も知られている[7]。
種子の成熟過程は、「登熟」「追熟」「後熟」の3つの過程に大きく分けることが出来る[8]。登熟過程は開花、受粉後、果実が採取されるまでの期間を指し、その期間に種子の形態形成が進行し、脂質[9]やデンプン[10]、タンパク質[11]などの貯蔵物質の蓄積や含水量の減少、休眠誘導などが起こる[8]。この登熟過程では、種子の生長を調整する物質であるオーキシンやジベレリン、サイトカイニンなどの急激な増減がみられ、登熟過程が終了する頃にはそれらの濃度は低下している[12]。
追熟過程は、通常果実が採集された日から種子が採集されるまでの日数を指し[8]、その期間にさらなる貯蔵物質の蓄積や発育の進行が見られる[13]。ただし十分な登熟期間を経ている場合は、追熟期間がなくても良好な発芽率を示す場合も多い[13]。また追熟期間の発育量には温度などが大きく関係しており、低温より高温で発育がより進行することなどが知られている[14]。
追熟後も発芽力を獲得できない種子は、発芽可能となるために後熟過程を経る必要がある[15]。後熟過程では胚の形態形成や肥大成長が起こり、形態的に成熟することによって発芽力を得るが、開花から種子採取までの日数によって、後熟過程で得られる発芽力の強さも大きく異なる[16]。例えばホオズキでは、開花後70日が経過してから採取した種子と、50-60日が経過してから採取した種子では、後者のほうが長い後熟期間を経ないと高い発芽率を示さないことが知られている[17]。
休眠の解除
一部の種を除いて、種子植物の種子は、登熟を経て十分に成熟すると水分含量が少なくなり、種子内の代謝活性が著しく抑制される[18]。この状態を休眠といい、生育可能な環境で確実に発芽するために獲得した能力であると考えられている[19]。特に冷帯や温帯の種では、種子が生産されて秋ごろにすぐ発芽する種はほとんど無く、大半の種は冬の低温によって休眠を解除してからでないと発芽できない種子を生産する[20]。このような休眠性をもつのは、霜や低温、乾燥といった生育に不適な環境である秋から冬に発芽せず、気温が上昇し生育に好適である春に発芽するためである[20]。
休眠状態にある種子は胚の生長が抑制または停止されるため[19]、発芽が起こるにはまず休眠を解除(打破)する必要がある。休眠を解除する要因には以下のようなものがある。
- 成熟過程の一部である後熟過程によって、休眠が解除されることが知られている[21]。後熟過程は、種子が好適な温度条件などが整った環境に置かれると進行し、胚の肥大成長や発芽抑制物質であるアブシジン酸などの減少、発芽促進物質の増加などが起こる[22]。なお休眠性を持たない種子は後熟過程をもたないものと考えられている[5]。
- 多くの種子は、低温条件下に一定期間置かれると、休眠が解除される(春化)。休眠解除に低温処理を必要とする種子では、低温条件に置かれると発芽抑制物質であるアブシジン酸が減少し、発芽促進物質であるジベレリン様物質が増加することが知られている[23]。
- イネやペカンなど高温処理によって休眠覚醒が促進される例も報告されている[24]。高温処理では、発芽抑制物質の分解促進や、包皮組織の変性による抑制物質の種子外への放出促進などが起こるものと推測されている[24]。
- 特に温帯で生育する種の中に、休眠の覚醒に湿層処理(湿った環境に一定期間置かれること)が必要となる種子をもつものが存在する[22]。またこの処理を低温環境下で行う場合は低温湿層処理といわれ、多くの種で休眠を解除する要因として知られている[25]。
- 種皮や果実が硬く、透水性のない種子のことを硬実種子というが、そのような硬実種子は種皮が腐食するなどして吸水性を獲得しなければ、休眠が解除されない。このような休眠を硬実休眠という[26]。実験的には濃硫酸などによる化学処理、あるいはヤスリ等による機械的な種皮の除去によって打破することが可能である[26]。
なお、休眠が解除された種子、あるいは休眠性のない種子が発芽に不適な環境に置かれた場合、二次休眠に入り、その後発芽に好適な環境に置かれても発芽できなくなることがある[19]。
発芽に必要な条件
休眠が解除された種子が発芽するには、発芽に適した水分や温度、光などといった条件を満たした環境に種子が置かれる必要がある[18][27]。主要な環境要因としては、次のような要因があげられる。
水
水分は発芽を規制する最も重要な要因であり、発芽には多くの水を必要とする[18]。含水量の少ない種子は水ポテンシャルによって種子内部へ吸水し、発芽に必要な代謝を活性化する[28][29]。種子の吸水は、急激に水を吸って膨潤する吸水期、緩やかに吸水して代謝系が活性化する発芽始動期、発芽始動期で発芽に必要なタンパク質合成が行われた後、幼根や幼芽の生長が始まる成長期に分けられる[28][29]。吸水が行われる部位は種によって異なるが、種皮や発芽口から吸水するものが多い[30]。
温度
発芽可能な温度は植物種、光条件、種子の成熟度などによって著しく異なる[31][32]。発芽の最適温度は、温帯の植物で 20-25 °C、熱帯の植物で 30-35 °C であることが多い[31]。一方で、発芽に適さない温度条件に置かれた場合、代謝活性が阻害されるなどして発芽が抑制されることもある[33]。また一定の温度条件下で発芽する種子が多くある[34]一方で、発芽に変温条件を必要とする植物も多くあるが[35][3]、これは種子が自然条件下において昼夜の気温変化にさらされていることが関係していると考えられている[34]。しかし変温環境がどのような生理学的、生化学的機構を引き起こしているのかについては、あまり明らかとなっていない[34][33]。
また、通常の気温より高い温度に晒されることで発芽が促進される例も知られている。代表的なのは、山火事によって土壌中の種子が高温下に置かれることで発芽が促進される植物であり、先駆種(パイオニア種)的な特徴を持つアカメガシワなどがその例として挙げられる[36]。山火事では、土壌の表面が非常に高温となるが、深さ数cm程度の土壌中では50 °C 程度の高温状態が長時間続くことが知られている[36]。このため、深さ数cmの土壌中にある種子の内、耐熱性が低いアカマツなどの種子は長時間の高温条件によって死滅すると考えられているが、耐熱性の高いクサギやアカメガシワでは逆に発芽が促進され、火事の後更地になった環境で有利に植生を再生させることができると考えられている[36]。ただし、耐熱性が低いアカマツなどでも、高温条件の継続時間が数十分程度と短ければ、他の種と同様に発芽が促進される[36]。
光
光は、古くから種子の発芽に影響することが知られている。例えばカスパリーは光が種子発芽を促進することを認め、またヘンドリクスらは光が発芽を抑制する事例を発見した[37]。発芽における光の影響は植物種、また種子の生理条件などによってさまざまであるが、大きく分けて長日性の種子(長時間の光照射が発芽を促進)、短日性の種子(長時間の暗期が発芽に必要で、長時間の光照射が発芽を抑制)、そして光非依存性種子(光要求性なし)がある[38]。光が発芽に必要なものは光発芽種子といわれ、964種の種子を対象に行なった発芽実験では約70%が光によって発芽を促進される光発芽種子であるとされた[38][39]。また光によって発芽率が低下する種子は嫌光性種子というが[38]、これは好光性種子よりも赤外線や紫外線による発芽阻害効果を強く受けるためで、嫌光性種子でも 600-700 μm など特定の波長では発芽が促進される[40]。
光を感受する部位は種によって異なるが、種皮や胚、胚軸などで光を感受する種が多い[41]。発芽に有効な波長は赤色光(R, 約 600 nm)であり、遠赤色光(FR, 約 730 nm)には発芽を抑制する効果や、赤色光によって獲得した発芽誘起効果を打ち消す効果があることが知られている[42]。これらの波長は、種子に含まれる色素タンパク質であるフィトクロムによって感受される。フィトクロムは赤色光によって活性型(Pfr型)となり、発芽を促進する作用を持つが、遠赤色光を受けると不活性型(Pr型)に変化し、発芽を促進する機能を失う[43]。またフィトクロムが活性を持つためには、種子が一定以上の水分を含んでいる必要がある[44]。
酸素
酸素は、多くの種において、種子発芽における代謝を行うために必要である[45]。種子は、幼根や幼芽の生長を行うためのエネルギーとして呼吸により酸素を取り入れるが、種子外部が無酸素状態であれば、発酵による酸化過程からエネルギーを得る[46]。一般に酸素吸収速度が大きいほど代謝が活発になるため、発芽過程の進行が早まる。
発芽を促進する酸素濃度は植物種、温度などによって異なり、例えばナスでは酸素濃度10%より30%でより高い発芽率を示す[35]。しかしコナギなどの水田雑草では低酸素条件で発芽率が上昇し、逆に空気中の酸素濃度では発芽率が低くなるという種も多くある[47]。酸素の少ない嫌気的な条件でも発芽できる種は、種子内にデンプンを豊富に貯蔵しており、それを利用して無気呼吸を行うことで発芽にかかるエネルギーを獲得している[48]。また無気呼吸の際には有害な副産物が生じるが、嫌気発芽能を持つ種子ではそのような副産物を排除する機構も持っている[48]。
発芽特性と生態的戦略
種子植物の発芽特性はその植物の生態的な特徴とも大きな関係がある。例えば、更地に真っ先に侵入して個体群を拡大する先駆種(パイオニア種)といわれるタイプの樹木では、発芽は春から秋にかけて散発的に起こり、また休眠が複数年にわたることや、撹乱が起きた際に発芽しやすいといった特徴を持つ[49]。ハルニレなどがその例として知られるが、これは、さまざまな環境で最適なタイミングで発芽することによって、どのような環境でも確実に実生を定着させるための戦略であると考えられている[50]。一方、寿命が長く極相林を構成する種類などでは、発芽した実生の定着に失敗したとしても、寿命が長い分繁殖の機会が多いため、早春など生存率が高まると予想される時期に一斉に発芽する戦略を取る[51]。
また農業雑草として知られる種では、種子の休眠性やそれに伴う不ぞろいな発芽といった発芽特性が、生態的に重要な特徴となっている。例えば栽培品種と交雑し、収量を減少させる野生のイネ(雑草イネ)は、栽培品種に比べ強い休眠性を持ち、発芽が不斉一に起こるため、代かきや耕起による死滅が回避され、また手取り除草によって一斉に淘汰されることを回避しているものと考えられている[52]。
他の生物が発芽に及ぼす影響
種子発芽は、以上に示したような条件が揃えば発芽するとは限らず、他の生物の活動によって発芽が促進、あるいは抑制される例も知られている。
例えば、動物による果実の被食によって種子の発芽率が変化することが知られている。果実を捕食する鳥類や哺乳類は、消化管内で果実のみを消化し種子を排出するが[53]、その過程で種皮に傷がつくなどして、被食されていない種子より被食された種子のほうが発芽率が上昇する例が知られている[54]。また果肉には種子発芽を抑制する物質が含まれていると考えられており[55]、果肉の被食あるいは土壌生物などによる分解が、発芽率を上昇させているものと考えられている[56]。また被食や分解によって果肉が除去されないと種子の死亡率が高くなる例も報告されている[57]。
また、植物の根などから分泌される化学物質(アレロケミカル、他感作用物質)によって、その植物の近辺にある他の植物の種子発芽が抑制されることもある(アレロパシー)[58]。アレロケミカルの例として、アブシジン酸を放出することで種子の発芽、生育を一時的に阻害するテルペノイド[59]や、オオイタドリがもつ強力な発芽阻害作用を持つナフトキノン[60]などが挙げられる。ただし、それらの化学物質によって同種の植物の種子発芽が阻害される場合は、自家中毒(自己中毒)といってアレロパシーとは区別される[58]。
寄生植物の発芽には、生育に適した環境条件の他に寄主の存在が発芽に影響する。例えば根寄生性植物のストライガ Striga spp. では、寄主の存在と好適な環境条件が揃ったことを感知するとエチレン生合成が起こり、発芽が促進される機構をもつ[61]。
無性的な繁殖体の発芽
無性生殖や栄養生殖によって生産される、いわゆるむかごや塊茎(ジャガイモなど)、殖芽などといった繁殖体から芽が出ることも、種子と同様に発芽という。
これらの無性的な繁殖体は、種子とは異なる発芽特性を示す場合もある。例えばヤマノイモ属の種がもつむかごは、種子では発芽を促進する働きのあるジベレリンによって休眠が促進されることが知られている[62]。またカシュウイモのむかごでは、低温処理によって発芽が阻害される[63]。
同じ植物の種子と無性的な繁殖体の発芽特性が異なることもある。例えばヒルムシロ科の水草であるリュウノヒゲモは、塊茎という無性的な繁殖体をもつが、リュウノヒゲモの種子は低温処理や十分な後熟を経てもあまり発芽率が良くないのに対して、塊茎は低温処理を行うとさまざまな温度条件で良好な発芽率を示す[64]。このような発芽特性の違いは、種子が主にシードバンクとして、一度消滅した個体群を再生させる機能をもつのに対し、塊茎は次年度の個体群を形成する機能を持つ[64]といった、各繁殖体の生態的な機能の違いにも関係している。
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