玉音放送 録音と放送

玉音放送

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/20 13:48 UTC 版)

録音と放送

終戦詔書を天皇の肉声によって朗読し、これを放送することで国民に諭旨するという着想は内閣情報局次長・久富達夫が内閣情報局総裁の下村宏に提案したものというのが通説である。

日本放送協会へは宮中での録音について8月14日13時に通達があり、この宮内省への出頭命令を受け、同日15時に録音班8名(日本放送協会の会長を含む協会幹部3人と録音担当者5人)[9]が出かけた(録音担当者は国民服に軍帽という服装であった)。録音作業は内廷庁舎において行われ、録音機2組(予備含む計4台)など録音機材が拝謁間に、マイクロホンが隣室の政務室に用意された。録音の用意は8月14日16時には完了し、18時から録音の予定であった。しかし、前述の詔書の最終稿の修正もあって録音作業はずれ込み、『昭和天皇実録』によると、昭和天皇は警戒警報発令中の23時25分に部屋に入り、宮内大臣や侍従長らが見守る中で朗読は行われた[10]

2回のテイクにより、玉音盤は合計2種(テイク1が計7枚、テイク2が計5枚)製作された。2度目のテイクを録ることとなったのは、試聴した天皇自身の発案(声が低かったため)といわれ、さらに接続詞が抜けていたことから、天皇から3度目の録音をとの話もあったが、下村がこれを辞退したという(下村宏『終戦秘史』)。

玉音放送は、日本電気音響(のちのデノン)製のDP-17-K可搬型円盤録音機によって、同じく日本電気音響製のセルロース製SP盤に録音された。この録音盤は1枚で3分間しか録音できず、約5分間の玉音放送は複数枚(テイク2は2枚組および3枚組)にわたって録音された。

作業は翌8月15日午前1時ごろまでかかって終了。情報局総裁・下村宏および録音班は、坂下門を通って宮内省から退出する際に、玉音放送を阻止しようとする近衛歩兵第二連隊第三大隊長・佐藤好弘大尉らによって拘束・監禁された。録音盤が宮内省内部に存在することを知った師団参謀・古賀秀正少佐の指示により、録音盤の捜索が行われた(宮城事件[9]。録音盤は、録音後に侍従徳川義寛により皇后宮職事務官室の書類入れの軽金庫に、ほかの書類に紛れ込ませる形で保管されていたため発見されなかった。

事件鎮圧後、宮内省は1回目に録音した録音盤を「副盤(「副本」とも呼ばれる[11])」、2回目に録音した録音盤を「正盤(「正本」とも呼ばれる[11])」と定め、「正盤」は東京放送会館へ、「副盤」は第一生命館の予備のスタジオへと持ち込まれた[12]

当日正午の時報のあと、重大放送の説明を行ったのは日本放送協会の放送員(アナウンサー)・和田信賢である。

国際放送ラジオ・トウキョウ)では平川唯一が厳格な文語体による英語訳文書(Imperial Rescript on the Termination of the War)を朗読し、国外向けに放送した。この放送は米国側でも受信され、1945年8月15日付のニューヨーク・タイムズ紙に全文が掲載されることとなった。




注釈

  1. ^ この玉音(天皇の肉声)を録音されたレコード盤を玉音盤という。
  2. ^ のちにレコード盤消滅まで全盛となったビニール盤、バイナルではない。これが登場するのは1950年代
  3. ^ それに加え当時は電波管制のために全国共通の周波数(860キロサイクル)を用いていたうえに、後述の通り電波出力を通常より大きくしていたため、放送局間の地域では相互の電波が干渉し、受信状態が非常に悪くなった(『真空管の伝説』p.167)。
  4. ^ 日本はこの戦争で初めて外国に敗北し、降伏することになった。
  5. ^ この放送では「敗北」や「降伏」といった言葉を用いることができなかったため、昭和天皇はあえて明治天皇1895年明治28年)の三国干渉に屈服した際に述べた言葉(「堪ヘ難キヲ…」)を繰り返したとされる[4]
  6. ^ 内閣嘱託の小川一平及び大東亜省次官田尻愛義も作成に関与・協力したという[6]
  7. ^ メイン局の場合。他の局の場合も可能な限り出力の向上を行ったらしい(『真空管の伝説』p.167)。
  8. ^ 典拠は春秋左氏伝の『信以て義を行い、義以て命を成す』による[26]

出典

  1. ^ <4> 戦争 人間性奪い家庭も破壊”. 中国新聞 (2009年8月21日). 2013年6月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年11月7日閲覧。
  2. ^ 日本ラジオ博物館 玉音放送とラジオ
  3. ^ 平和祈念展示資料館 戦地で聞いた玉音放送
  4. ^ ベン=アミー・シロニー『天皇陛下の経済学』山本七平監訳、光文社文庫、1986年昭和61年)p.153。
  5. ^ 官報 號外 (PDF)”. 国立国会図書館デジタルコレクション. 印刷局 (1945年8月14日). 2018年8月15日閲覧。
  6. ^ 吉川弘文館『国史大辞典』第7巻「終戦の詔書」(執筆者 : 波多野澄雄))。
  7. ^ 読売新聞社編『昭和史の天皇 4 玉音放送まで』中公文庫 pp.456 - 457 2012年
  8. ^ 読売新聞社編『昭和史の天皇 4 玉音放送まで』中公文庫 pp.464 - 466 2012年
  9. ^ a b DO楽 昭和史再訪セレクション vol.56 玉音放送 「終戦」の記憶、鮮烈に刻む”. 2011年8月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年8月15日閲覧。
  10. ^ a b “「玉音放送」記録の原盤、初公開へ 宮内庁が8月に予定”. 朝日新聞. (2015年7月9日). http://www.asahi.com/articles/ASH793411H79UTIL005.html 2015年7月10日閲覧。 
  11. ^ a b “玉音放送:深夜 軍服姿で録音”. 毎日新聞. (2015年8月1日). http://mainichi.jp/feature/koushitsu/news/20150801mog00m040003000c.html 2015年9月24日閲覧。 
  12. ^ 半藤一利『日本のいちばん長い日 決定版』文藝春秋、2006年、p284・p291。ISBN 978-4-16-748315-9
  13. ^ この章、竹山昭子『玉音放送』(晩聲社、1989年、ISBN 4891881844)、および『戦争と放送』(社会思想社、1994年、ISBN 4390603698)より。
  14. ^ 玉音放送の全文 現代語訳及び英文 Imperial Rescript on Surrender”. 加藤恕(ひろし)のバードビュー(Bird's eye view) (2015年8月14日). 2019年11月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年11月2日閲覧。
  15. ^ a b c d e f “「玉音放送」の原盤 来月にも初めて公開へ”. NHK. (2015年7月9日). オリジナルの2015年7月8日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150708225521/http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150709/k10010144271000.html 2015年8月5日閲覧。 
  16. ^ a b c “皇居内の戦争記録、8月1日公開 防空壕内の映像など”. 日本経済新聞. (2015年7月9日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG09H8Q_Z00C15A7CR8000/ 2015年7月10日閲覧。 
  17. ^ 私たちが耳にしてきた“玉音放送”とは? - NHKアーカイブス・2015年7月31日
  18. ^ “反乱軍の手逃れ70年…曲折あった原盤の命運”. 産経ニュース. (2015年8月1日). http://www.sankei.com/life/news/150801/lif1508010012-n1.html 2015年9月23日閲覧。 
  19. ^ a b “玉音放送、10秒以上短かった…原盤を初の公開”. 読売新聞. (2015年8月1日). オリジナルの2015年8月5日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150805022343/http://www.yomiuri.co.jp/national/20150801-OYT1T50015.html 2015年8月5日閲覧。 
  20. ^ 昭和21年5月にラジオ放送された昭和天皇のお言葉
  21. ^ もう一つの玉音放送「食糧問題に関するお言葉」 戦後復興に向け国民に助け合い呼びかけ
  22. ^ “宮内庁:玉音放送原盤、8月1日に初公表”. 毎日新聞. (2015年7月9日). オリジナルの2015年7月10日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150710195945/http://mainichi.jp/select/news/20150710k0000m040032000c.html 2015年8月5日閲覧。 
  23. ^ “「玉音放送」原盤を初公開”. NHK. (2015年8月1日). オリジナルの2015年7月31日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150731224618/http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150801/k10010174441000.html 2015年8月5日閲覧。 
  24. ^ “よみがえる昭和天皇の肉声、原盤奪おうと事件も”. 読売新聞. (2015年8月1日). オリジナルの2015年8月5日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150805022643/http://www.yomiuri.co.jp/national/20150801-OYT1T50016.html 2015年8月5日閲覧。 
  25. ^ 竹山昭子『ラジオの時代 ― ラジオは茶の間の主役だった』(世界思想社、2002年、141-148頁、ISBN 4790709418
  26. ^ 読売新聞社編『昭和史の天皇 4 玉音放送まで』中公文庫 p.438 2012年
  27. ^ 読売新聞社編『昭和史の天皇 4 玉音放送まで』中公文庫 p.490 2012年
  28. ^ 読売新聞社編『昭和史の天皇 4 玉音放送まで』中公文庫 pp.458 - 459 2012年
  29. ^ 岩井克己 (2011年4月1日). “戦後初、天皇陛下の全国民への語りかけ”. 論座. 2013年7月20日閲覧。
  30. ^ 読売新聞社編『昭和史の天皇 4 玉音放送まで』中公文庫 pp.468 - 473 2012年
  31. ^ ザ・プレミアム「玉音放送を作った男たち」(テレビマンユニオン)/ザ・プレミアム「玉音放送を作った男たち」(NHK番組表)
  32. ^ 玉音放送・戦没者追悼式ほか[終戦70年特別企画] - ニコニコ動画
  33. ^ “「玉音放送」ニコ生で8/15正午より放送、戦後70年を終戦特番で考える”. マイナビニュース. (2015年8月14日). http://news.mynavi.jp/news/2015/08/14/519/ 2015年8月15日閲覧。 





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