玉音放送 玉音盤

玉音放送

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/20 13:48 UTC 版)

玉音盤

玉音盤(副盤)
(玉音放送で流すべく、天皇の肉声(玉音)を録音したレコード盤)
NHK放送博物館所蔵

玉音放送の記録媒体であるレコード盤(玉音盤)には、宮内庁が保管する原盤と、戦後の連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の複製とがあるとされている[10]

一般的に知られてきた玉音放送の音声は、終戦の翌年、GHQの命令で複製されたものを録音作業にあたったNHK職員が余分に制作し個人で保管していたもので、その後、NHKに渡されたものとされる[15][16]。NHKに渡された複製盤はその後さらにLPレコード化され、2015年現在はLPがNHK浜松支局内のライブラリーに保管されている(元の複製盤は行方がわかっていない)[17]

玉音放送は2回録音が行われたため「玉音盤」には正副の2組存在する[15]。玉音盤は昭和天皇の住まいで防空施設も兼ね備えていた「御文庫」に長らく収蔵されたのち三の丸尚蔵館に、その後宮内庁の倉庫に移された[15][18]

そのうち、1回目に録音され、放送では使われなかった方の玉音盤(副盤)計7枚は1975年(昭和50年)、放送開始50周年記念事業の一環として、宮内庁からNHK放送博物館に移されたが、ひび割れなど時間の経過による劣化により再生不可能な状態となっていた[15]。現在は修復措置を施したうえ、窒素ガスを充填したケースで厳密な温度・湿度管理のもと保管・展示されている。

宮内庁が所蔵する2回目に録音されたもう1組の玉音盤(正盤)計5枚についても劣化が進んでいたものの、2014年平成26年)末に宮内庁が再生を試みたところ、2枚組で録音された音声の再生に成功した(3枚組はうち1枚が再生不可能)。その後デジタルリマスターが実施され、2015年(平成27年)6月30日には第125代天皇明仁美智子皇太子徳仁親王(現・天皇)、秋篠宮文仁親王の4人がこの復元された音声を聞いたという[15][16]。原盤はこれまで公にされていたものより10秒ほど短い4分30秒であるが、従来の音源は再生や複製が繰り返されるうちに音が劣化していったものと推測されている[19]。宮内庁では戦後70年の節目にあたることから同年8月1日にこの原盤と復元音声、1946年(昭和21年)5月24日に放送された食糧問題に関する御言葉を録音した原盤も公開[20][21](これは1962年にソノシートに収録され、同じものが1995年にCD化されている)、これに合わせる形で、御文庫の防空壕も1965年(昭和40年)以来となる内部の状況を写真や映像を公開した[15][16][19][22][23][24]




注釈

  1. ^ この玉音(天皇の肉声)を録音されたレコード盤を玉音盤という。
  2. ^ のちにレコード盤消滅まで全盛となったビニール盤、バイナルではない。これが登場するのは1950年代
  3. ^ それに加え当時は電波管制のために全国共通の周波数(860キロサイクル)を用いていたうえに、後述の通り電波出力を通常より大きくしていたため、放送局間の地域では相互の電波が干渉し、受信状態が非常に悪くなった(『真空管の伝説』p.167)。
  4. ^ 日本はこの戦争で初めて外国に敗北し、降伏することになった。
  5. ^ この放送では「敗北」や「降伏」といった言葉を用いることができなかったため、昭和天皇はあえて明治天皇1895年明治28年)の三国干渉に屈服した際に述べた言葉(「堪ヘ難キヲ…」)を繰り返したとされる[4]
  6. ^ 内閣嘱託の小川一平及び大東亜省次官田尻愛義も作成に関与・協力したという[6]
  7. ^ メイン局の場合。他の局の場合も可能な限り出力の向上を行ったらしい(『真空管の伝説』p.167)。
  8. ^ 典拠は春秋左氏伝の『信以て義を行い、義以て命を成す』による[26]

出典

  1. ^ <4> 戦争 人間性奪い家庭も破壊”. 中国新聞 (2009年8月21日). 2013年6月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年11月7日閲覧。
  2. ^ 日本ラジオ博物館 玉音放送とラジオ
  3. ^ 平和祈念展示資料館 戦地で聞いた玉音放送
  4. ^ ベン=アミー・シロニー『天皇陛下の経済学』山本七平監訳、光文社文庫、1986年昭和61年)p.153。
  5. ^ 官報 號外 (PDF)”. 国立国会図書館デジタルコレクション. 印刷局 (1945年8月14日). 2018年8月15日閲覧。
  6. ^ 吉川弘文館『国史大辞典』第7巻「終戦の詔書」(執筆者 : 波多野澄雄))。
  7. ^ 読売新聞社編『昭和史の天皇 4 玉音放送まで』中公文庫 pp.456 - 457 2012年
  8. ^ 読売新聞社編『昭和史の天皇 4 玉音放送まで』中公文庫 pp.464 - 466 2012年
  9. ^ a b DO楽 昭和史再訪セレクション vol.56 玉音放送 「終戦」の記憶、鮮烈に刻む”. 2011年8月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年8月15日閲覧。
  10. ^ a b “「玉音放送」記録の原盤、初公開へ 宮内庁が8月に予定”. 朝日新聞. (2015年7月9日). http://www.asahi.com/articles/ASH793411H79UTIL005.html 2015年7月10日閲覧。 
  11. ^ a b “玉音放送:深夜 軍服姿で録音”. 毎日新聞. (2015年8月1日). http://mainichi.jp/feature/koushitsu/news/20150801mog00m040003000c.html 2015年9月24日閲覧。 
  12. ^ 半藤一利『日本のいちばん長い日 決定版』文藝春秋、2006年、p284・p291。ISBN 978-4-16-748315-9
  13. ^ この章、竹山昭子『玉音放送』(晩聲社、1989年、ISBN 4891881844)、および『戦争と放送』(社会思想社、1994年、ISBN 4390603698)より。
  14. ^ 玉音放送の全文 現代語訳及び英文 Imperial Rescript on Surrender”. 加藤恕(ひろし)のバードビュー(Bird's eye view) (2015年8月14日). 2019年11月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年11月2日閲覧。
  15. ^ a b c d e f “「玉音放送」の原盤 来月にも初めて公開へ”. NHK. (2015年7月9日). オリジナルの2015年7月8日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150708225521/http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150709/k10010144271000.html 2015年8月5日閲覧。 
  16. ^ a b c “皇居内の戦争記録、8月1日公開 防空壕内の映像など”. 日本経済新聞. (2015年7月9日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG09H8Q_Z00C15A7CR8000/ 2015年7月10日閲覧。 
  17. ^ 私たちが耳にしてきた“玉音放送”とは? - NHKアーカイブス・2015年7月31日
  18. ^ “反乱軍の手逃れ70年…曲折あった原盤の命運”. 産経ニュース. (2015年8月1日). http://www.sankei.com/life/news/150801/lif1508010012-n1.html 2015年9月23日閲覧。 
  19. ^ a b “玉音放送、10秒以上短かった…原盤を初の公開”. 読売新聞. (2015年8月1日). オリジナルの2015年8月5日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150805022343/http://www.yomiuri.co.jp/national/20150801-OYT1T50015.html 2015年8月5日閲覧。 
  20. ^ 昭和21年5月にラジオ放送された昭和天皇のお言葉
  21. ^ もう一つの玉音放送「食糧問題に関するお言葉」 戦後復興に向け国民に助け合い呼びかけ
  22. ^ “宮内庁:玉音放送原盤、8月1日に初公表”. 毎日新聞. (2015年7月9日). オリジナルの2015年7月10日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150710195945/http://mainichi.jp/select/news/20150710k0000m040032000c.html 2015年8月5日閲覧。 
  23. ^ “「玉音放送」原盤を初公開”. NHK. (2015年8月1日). オリジナルの2015年7月31日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150731224618/http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150801/k10010174441000.html 2015年8月5日閲覧。 
  24. ^ “よみがえる昭和天皇の肉声、原盤奪おうと事件も”. 読売新聞. (2015年8月1日). オリジナルの2015年8月5日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150805022643/http://www.yomiuri.co.jp/national/20150801-OYT1T50016.html 2015年8月5日閲覧。 
  25. ^ 竹山昭子『ラジオの時代 ― ラジオは茶の間の主役だった』(世界思想社、2002年、141-148頁、ISBN 4790709418
  26. ^ 読売新聞社編『昭和史の天皇 4 玉音放送まで』中公文庫 p.438 2012年
  27. ^ 読売新聞社編『昭和史の天皇 4 玉音放送まで』中公文庫 p.490 2012年
  28. ^ 読売新聞社編『昭和史の天皇 4 玉音放送まで』中公文庫 pp.458 - 459 2012年
  29. ^ 岩井克己 (2011年4月1日). “戦後初、天皇陛下の全国民への語りかけ”. 論座. 2013年7月20日閲覧。
  30. ^ 読売新聞社編『昭和史の天皇 4 玉音放送まで』中公文庫 pp.468 - 473 2012年
  31. ^ ザ・プレミアム「玉音放送を作った男たち」(テレビマンユニオン)/ザ・プレミアム「玉音放送を作った男たち」(NHK番組表)
  32. ^ 玉音放送・戦没者追悼式ほか[終戦70年特別企画] - ニコニコ動画
  33. ^ “「玉音放送」ニコ生で8/15正午より放送、戦後70年を終戦特番で考える”. マイナビニュース. (2015年8月14日). http://news.mynavi.jp/news/2015/08/14/519/ 2015年8月15日閲覧。 





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