牛肉
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/04 05:47 UTC 版)
概要
牛肉は、肉牛品種(黒毛和牛など)の肉が多いが、廃乳牛や去勢し肥育した乳牛の肉も売られている。
ウシはほぼすべての部位の肉を食べることが可能とされているが、部位や調理法によっては危険性も伴う(後述)。
西洋料理のタルタルステーキやカルパッチョなど、一部の食文化では牛肉の生食に薬味を添える習慣もある。
牛肉は他の食用肉と比べ冷凍保存に向き、冷凍庫で凍結させることで家庭用冷蔵庫(2ドア)なら半年、業務用冷凍庫なら1年は保つとされている。これは一般に鶏肉や豚肉を得る上での肥育期間が牛肉を得る上での肥育期間に比べて短いため、それらの肉は筋繊維の構造が急激な肥育で牛肉に比べてほぐれやすくなっている点に関連付けられている。
日本各地の豚肉消費量は一定であるが、関西地方は牛肉の一世帯当りの購入額が多く、その分「豚肉」が少ない。ちなみに、日本の市町村で牛肉の消費量が最も多いのは京都市である。
フランスをはじめ欧米では成牛肉(フランス語: ブッフ bœuf:生きた牛と死んだ牛の肉両方を指す)と、子牛肉(フランス語: ヴォー veau)は異なる流通ルートであり、料理への利用も区別されるのが一般的である。子牛肉は総じてどの部位も赤みが少なく柔らかいのが特徴である。
仏語のブッフから来る英語のビーフが「生きた牛」でなく「死んだ牛の肉」を指すのは、ノルマン・コンクエスト後にイングランドを支配したフランス人上流階級(上流階級なのでイングランドで生きた牛に触れることはまず無い)が牛肉を「ビュフ」と称し、それを見たイングランド人が牛の死肉を「ビーフ」と呼び始めたことに由来する。ちなみに豚肉をポークと称するのも同様の理由からである。逆に鶏肉はチキンとよばれ、生体と食肉で同語であるが、これは被支配者階級でも鶏肉を食する事ができたからである。なお、おいしい部位とされる「サーロイン」の語源は、「腰肉('loigne')の上部('sur')」を意味する古いフランス語である[1]。爵位を意味する'sir'の称号を、イギリス国王がそのあまりのおいしさのために与えたから、という俗説が知られるが、間違いである[2]。
歴史
日本の食用史
『三国志』中の「魏書」第30巻烏丸鮮卑東夷伝倭人条、俗に言う「魏志倭人伝」では、「倭国(日本)に牛馬はいない」と書かれており、この記述を信じるなら、当時は牛そのものが日本にはいなかったようである。牛が日本に入ってきたのは、古墳時代の頃とされる[3]。
『日本書紀』には、神武天皇の東征において、弟猾なる者が天皇一行を持て成した折に「牛酒(ししさけ)」を献上したという記述が見られ、これは牛肉と酒のことではないかという研究がある[4]。
この他、642年(『日本書紀』皇極天皇元年6月25日条)に、牛馬を生贄(いけにえ)にした例などもあるが、内容としては、道教の雨乞い儀式で生贄にするも効き目がなかったため、仏教の悔過を行ったというものであり、労働力たる牛馬を神に奉げる大陸渡来の文化である。また675年(天武天皇5年)4月17日 (旧暦)のいわゆる肉食禁止令(『日本書紀』)で、4月1日 (旧暦)から9月30日までの間、稚魚の保護と五畜(牛・馬・犬・猿・鳥)の肉食を禁止されていた。一方、庶民にとって一般的な食肉であった鹿や猪は、禁止されなかった[3]。
『古語拾遺』(9世紀成立)には、「大地主神が田を作る日に、牛肉を田人に食べさせた」とあり、田作りに利用された動物を食べるという点では合鴨農法と同じである。
戦国時代には、ルイス・フロイスの『日欧文化比較』によると「ヨーロッパ人は牝鶏や鶉・パイ・プラモンジュなどを好む。日本人は野犬や鶴・大猿・猫・生の海藻などをよろこぶ」 「ヨーロッパ人は犬は食べないで、牛を食べる。日本人は牛を食べず、家庭薬として見事に犬を食べる」との記述があり、牛肉はあまり一般的な食材ではなかったようである。一方で、松永貞徳著『慰草』(1652年)によると京都などでもひろくワカ(葡: Vaca)として牛が食べられていたという。キリスト教イエズス会の宣教師が、信者に対して牛肉を振る舞ったり、『細川家御家譜』には、小田原征伐の際、キリシタン大名の高山右近が、蒲生氏郷や細川忠興に牛肉料理を振る舞ったことが記されている[3]。江戸時代の1690年(元禄3年)近江彦根藩は「牛肉味噌漬」を「薬喰い」として作り売っていた。健康増進や病人の養生のために食用されていたが、食用家畜として飼育されている牛は皆無だったことから、極めて高価な「薬」であったらしい。ただし廃用農耕牛は肉質は硬いが毒があるわけではなく、実際にはこれが食用に回されていた。
彦根藩主井伊家は毎年徳川将軍家(江戸)と徳川御三家(名古屋、和歌山、水戸)に「牛肉味噌漬」などを献上していた。水戸藩主の徳川斉昭は、大の肉好きとして知られており、彦根から近江の牛を贈られた時には、返礼の手紙を書いている[5]。また、同時代には牛肉の栄養に着目、寒い時期に乾肉を生産していた。江戸ではももんじ屋などで食べるようになった。幕末期、桑名藩藩士が記した『桑名日記』には、孫に牛肉を買ってきて食べさせたという記述があり、せがまれた末に4日間も食べさせたと記されており、当時から美味として知られていた[6]。
このように、日本でも古くから牛肉が食べられていたものの、広く食べられ始めたのは、明治の文明開化以降であり、牛なべ屋(すき焼き)が流行した。また、1872年(明治5年)1月24日、明治天皇が牛肉を食べたといわれているが、皇族用の御料牧場では肉牛は飼養管理されていない(2011年現在)。戦前、肉類では鶏肉だけ高く、牛肉、豚肉、馬肉は相対的に安かった。また、役用牛の解体が多い年は牛肉は豚肉よりも安く流通した。1960年頃から農業で牛が使われなくなり、役用牛がでなくなると牛肉は高騰した。しかし1991年(平成3年)4月からの牛肉の輸入自由化によって日本国外から安価な牛肉が入ってくるようになったため、家庭の食卓に頻繁に上るようにもなっている。
部位
肉
日本においては、食肉小売品質基準において以下の部位表示の区分が定められている[7]。
- 牛ネック
- 牛かた
- 日本に輸入される牛肉のショルダークロッド、クロッド(ブレード)、チャックテンダーを含む。
- 牛かたロース
- 日本に輸入される牛肉のチャックロールを含む。
- 牛リブロース
- 日本に輸入される牛肉のリブアイロール、キューブロールを含む。
- 牛サーロイン
- 日本に輸入される牛肉のストリップロインを含む。
- 牛ヒレ
- 日本に輸入される牛肉のフルテンダーロイン、テンダーロインを含む。
- 牛ばら
- 日本に輸入される牛肉のブリスケット、ショートブレード、ブリスケットポイントエンド、ブリスケットナーベルエンド、ショートリブを含む。
- かたばら
- そとばら
- 牛もも
- 日本に輸入される牛肉のトップ(インサイド)ラウンド、トップ(イン)サイド、ナックル、シックフランクを含む。
- うちもも
- しんたま
- 牛そともも
- 日本に輸入される牛肉のるボトム(グースネック)ラウンド、シルバーサイドを含む。
- 牛らんぷ
- 日本に輸入される牛肉のトップサーロインバット、D−ランプを含む。
- ランプ
- イチボ
- 牛すね
- 日本に輸入される牛肉のシャンク、シン(shin)を含む。
日本において、小売店が2種類以上の部位を混合して小売用牛スライス肉を小売販売する場合には、次の区分が用いられる[7]
- 牛ネック
- 上記の牛ネック。
- 牛かた
- 上記の牛かた。
- 牛ロース
- 上記の牛かたロース、牛リブロース、牛サーロイン、牛ヒレ。
- 牛ばら
- 上記の牛ばら。
- 牛もも
- 上記の牛もも、牛そともも、牛らんぷ。
- 牛すね
- 上記の牛すね。
アメリカ式の主要部位
アメリカ合衆国における牛肉の部位は大きく分けて8つに分類される[8]。
- チャック(chuck)
- 牛の肩、首、上腕部分。牛かたロースに当たる。
- 手ごろな価格で人気が高い。
- シャンク(shank)
- 牛スネ肉。
- 中央に骨の付いた状態で販売されていることもある。
- ブリスケット(brisket)
- 肩バラ肉。バーベキューに愛用される部分。
- リブ(rib)
- 第6から第12の肋骨部分。
- もっとも高価な部類。
- ショートプレート(short plate)
- バラ肉。比較的安価。
- フランク(flank)
- フランクは脇腹の意。
- ロイン(loin)
- 腰肉。牛の背骨の下にある肉で、ほとんど運動されず、柔らかい赤身肉。高い値段がつけられる。
- 肋骨に近いショートロインから、テンダーロイン(ヒレ)、サーロインと続く。サーロインはトップサーロインとボトムサーロインに分けられる。
- ラウンド(round)
- モモ肉。
バラエティーミート
日本においては、牛や豚の畜産副生物の総称としてバラエティミート(variety meat)、ファンシーミート(fancy meat)、オファル(offals)、バイ・プロダクツ(by-products)などの語が使用されている[9]。
内臓
- シキン(食道)
- 筋繊維でできていて、歯ごたえがある。ノドスジ、ネクタイなどとも呼ばれる。
- ウルテ(気管の軟骨)
- フエガラミとも呼ばれる。味はほとんどなく、食感を楽しむ部位。
- ハツ(心臓)
- ココロ、シンゾウ、ハート、ヘルツなどとも呼ばれる。新鮮なものは刺身として食べることができるが一般には焼いて食べる。語源は心臓の英語である heart から。
- ハツの縁の部分をハツミミ、そこから出ている血管をハツモトやコリコリと呼んで区別することがある。
- フワ(肺)
- 肺胞の微細な空洞のため、マシュマロのようなフワフワとした食感がある。:焼き肉
- マメ(腎臓)
- 形が空豆に似ていることからマメと呼ばれる。
- レバー(肝臓)
- やわらかくビタミンA、B群、鉄分を多く含む。
- ハラミ(横隔膜)
- やわらかい。1頭の牛から5kgほどしか取れない。狭義では横隔膜の背中側を指し、肋骨側はサガリと呼ばれる。
- ミノ(第1胃)
- 硬く脂肪は少ない。白肉とも呼ばれる。ミノの中でも肉厚な部分を上ミノやミノサンドと呼んで区別することもある。
- ハチノス(第2胃)
- 四つの胃の中で一番美味と言われる。蜂の巣のような形をしていることからハチノスと呼ばれる。イタリア語で「トリッパ trippa (本来この単語は内臓全体を指す)」。焼肉や刺身、トマト煮など。
- ヤン(第2胃の一部)
- 第2胃と第3胃を繋ぐ肉厚の部位。瘤状になっていることからハチコブ・ハチカブとも呼ばれる。
- センマイ(第3胃)
- 脂肪が少ない。比較的淡白な味。白い色をしている。ひだひだが重なったような姿をしているため「千枚」=「センマイ」と呼ばれる。刺身などでも食べられる。
- ギアラ(第4胃)
- 脂肪が多い。赤センマイとも呼ばれる。
- シビレ(胸腺と膵臓)
- 胸腺と膵臓の部位、語源は英語の sweetbread が日本語風に訛ったと言われている。特に区別する場合、シビレは胸腺のみを指し、膵臓はグレンスと呼ぶことが多い。
- 牛の胸腺は成熟すると脂肪に変化するため、シビレが獲れるのはおおむね生後1年以内の仔牛に限られる。
- マルチョウ(小腸)
- 脂肪が多いほかコラーゲンを豊富に含む。小腸を筒のまま内側と外側を裏返しにしたうえで切り分けた形が丸いことから「丸腸」。シロコロ、コプチャン、ヒモ、ホソ、コテッチャンとも呼ばれる。
- シマチョウ(大腸)
- 脂が縞状に入ることから「縞腸」。ホルモン、テッチャンとも呼ばれる。
- テッポウ(直腸)
- 開いた形が鉄砲の銃床に似ていることからこの名がある。筋肉が発達した部位なのでマルチョウ・シマチョウより脂肪が少ない。
- 脳みそ
- BSE騒動以来食用には敬遠気味だが、伝統フランス料理やアラブ料理には欠かすことのできない食材。このわたのような独特の食感と風味がある。特に子牛のものが好まれる。牛以外には羊やウサギの脳もよく用いられる。フランス語ではヒトの脳をセルヴォー cerveau と男性形で呼ぶのに対し、牛を含む家畜類の脳はセルヴェル cervelle と女性形で呼び、単語の使い分けにより食材としての印象がより強くなっている。
注釈
- ^ 欧米ではBeefは仔牛肉(Veal)とは別の概念であるメインディッシュ・肉
- ^ 那須牛・大田原牛は、民間業者の大黒屋の登録商標であり、栃木県の那須地方や大田原市で生産された牛肉を示すブランド名ではない。
- ^ 全国の銘柄牛肉の中で最も基準が厳しく、三大和牛いずれをも凌ぐ。
- ^ 5等級または4等級を満たした上で、BMS「No.7」以上を満たす場合に佐賀牛と認められる。
- ^ 神戸ビーフ(神戸牛)と但馬牛は、肉質等級を決める4要素の内、脂肪交雑すなわち霜降りの度合いを示すBMS値しか定義に用いていないため、正確には肉質等級で格付けできない。仮に、肉質等級の残りの3要素もその等級を満たしているとすると、神戸ビーフは前沢牛などと同様の肉質等級4以上のブランドと見なせるものの、3要素が等級の定義を満たしていない場合にはそれ以下の等級の可能性もある。そのため、背景を灰色にし、文字を小さくして表中に記載した。
- ^ 生後月齢30ヶ月以上なら「肉質等級4以上」、生後月齢32ヶ月以上なら「肉質等級3以上」を満たすと米沢牛と呼称できる。すなわち、生後月齢で肉質等級の基準が異なることになるが、ここではよりあまい基準の「肉質等級3以上」を米沢牛の肉質等級基準とみなす。
- ^ 熊野牛は、日本食肉格付協会による枝肉格付けがある場合はにいがた和牛などと同様の肉質等級3以上のブランドであるが、同協会の格付けがなくても呼称が許されるため、それ以下の等級の可能性もある。そのため、背景を灰色にし、文字を小さくして表中に記載した。
出典
- ^ "sirloin". Oxford English Dictionary (3rd ed.). Oxford University Press. September 2005. (要購読、またはイギリス公立図書館への会員加入。)
- ^ Snopes.com (2001年5月20日). “Mis-Steak”. 2018年7月27日閲覧。
- ^ a b c “牛肉の歴史”. 相州牛推進協議会. 2020年5月1日閲覧。
- ^ 基峰修「文献と埴輪・壁画資料から見た牛甘(飼): 牽牛織女説話の伝来年代を含めて」『人間社会環境研究』第34号、金沢大学大学院人間社会環境研究科、2017年9月、77-98頁、doi:10.24517/00049494、ISSN 1881-5545、NAID 120006370931。
- ^ ジュラ・高橋洋 (2014年7月17日). “肉食のルーツ 彦根城はなぜ残ったのか”. 朝日新聞. オリジナルの2015年3月8日時点におけるアーカイブ。 2014年7月27日閲覧。
- ^ 本田豊『絵が語る知らなかった江戸のくらし 農山漁民の巻』791113号、遊子館〈遊子館歴史選書〉、2008年、54頁。ISBN 9784946525995。 NCID BA86191890。
- ^ a b “食肉小売品質基準(牛肉及び豚肉)” (PDF). 全国食肉事業協同組合連合会 (2005年3月1日). 2023年12月31日閲覧。
- ^ Gabby Romero (2023年5月26日). “牛肉の部位とそれぞれの調理方法について、専門家に聞いてみた”. ELLE. 2024年1月4日閲覧。
- ^ “用語集 : バラエティーミート”. 日本食肉消費総合センター. 2023年12月31日閲覧。
- ^ http://www.nal.usda.gov/fnic/foodcomp/search/
- ^ 『タンパク質・アミノ酸の必要量 WHO/FAO/UNU合同専門協議会報告』日本アミノ酸学会監訳、医歯薬出版、2009年05月。ISBN 978-4263705681 原文 Protein and amino acid requirements in human nutrition, Report of a Joint WHO/FAO/UNU Expert Consultation, 2007
- ^ American Wagyu Association
- ^ 信州肉牛生産販売協議会(JA全農長野)
- ^ 信州牛生産販売協議会
- ^ 牛枝肉取引規格の概要 (PDF) (日本食肉格付協会)
- ^ 取引基準である肉質等級が、市場の影響を受けて変動する(畜産システム研究所)
- ^ 銘柄牛肉検索システム(財団法人日本食肉消費総合センター)
- ^ “スリランカ、牛の食肉処理禁止へ”. AFP (2020年10月1日). 2020年10月2日閲覧。
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