為替レート 為替レートの概要

為替レート

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/15 23:24 UTC 版)

解説

現代における貨幣通貨)は、各国(または複数国が協調して)の政府あるいは中央銀行が発行し、当該国の法律などにより裏付けを与えられ通用しているものが一般に用いられているが、その通貨は一般に当該国・地域の外では通用しないため、貿易や資本移動など国境を越える取引においては、当該国・地域で通用する通貨へ交換する必要が生じる。その際、自国・地域と相手国・地域との通貨の交換比率を決定するための概念が為替レートである。

ここで注意したいのは、基軸通貨であるアメリカドル(米ドル)に対し固定相場制や変動の緩慢な通貨バスケット制を採用している国が多く存在する事である。米ドルと連動するそれらの国の為替レートを考慮したレートのネットが、変動相場制を採用している国々との正確な現米ドル為替レートとなっているか考慮する必要がある。

また、全ての通貨間でレートを決めることは困難であることから、他の通貨、たとえば取引量が最も多い米ドルを基準とし、各通貨の対米ドルレートを組み合わせて為替レートを決定することがある。これをクロスレートという[1]

一般に、為替レートはその制度いかんに関わらず経済情勢の変化によって変動する。ある通貨Aに対して、変動相場制の下で通貨Bの価値が増大した場合、BはAに対して増価 (appreciation) したという。また、AはBに対して減価 (depreciation) したという。

現代の主な為替政策

政府や中央銀行などの通貨当局は外国為替市場に介入して当該国家の為替レートに影響を与えることができる(為替介入)が、中央銀行による介入が最も影響力が強い。中央銀行以外の介入は当該国の通貨流通量を劇的に変化させないからである[2]。固定相場制において為替介入や固定相場レートの変更などで、為替相場の水準が人為的に変更された場合は、自通貨が増価した場合を切り上げ (revaluation)、減価した場合を切り下げ (devaluation) と呼ぶ。

為替レートのうち、国際的な金融取引や貿易の決済に利用されることが多い米ドルとの為替レートは最も重要視されている。

基準となる通貨とその相手通貨との関係には、変動相場制固定相場制の2通りの方式が存在する。先進国の通貨の多くは主に変動相場制を採用しており、需要と供給の関係で日々異なる比率で取引される。

一方、特定の通貨との間で為替レートを一定に保つことを「ペッグ」と呼び、米ドルとの固定相場制を維持することは「ドルペッグ」と呼ばれる。途上国は米ドルとの間で固定相場制を維持する「ドルペッグ」をする傾向が強かったが、近年、東南アジアなど一部の国においては通貨危機への対応を迫られた結果、相次いで変動相場制へ移行した(アジア通貨危機を参照)。また、貿易による経済規模の拡大や米ドルの下落などを受けて固定相場制の維持が難しくなってきた中国中東諸国などでは通貨バスケットへのペッグに切り替える、または切り替えようとする動きが見られる。

欧州では、諸通貨間のレート変動を次第に抑制するとともに、中央銀行業務を欧州中央銀行 (ECB) に統合する、各国政府が協調して一定の財政規律を確保するといった施策により、紆余曲折を経て[3]域内での為替政策の統一を実現し、共通通貨ユーロを誕生させた。ユーロは国境を越える最も強力な固定相場制を実現したことになるが、これは単なる通貨ペッグではなく、経済政策の統一による単一通貨の制定という背景を伴っている[4][5][6]

同じく欧州のスイスではスイス中央銀行が、世界金融危機 (2007年-)以降で欧州とりわけユーロ圏の経済情勢が悪化しているために比較的安全なスイスフランへ逃避資金が流れ込みスイスフランが急騰している状況に対応するため、1ユーロ=1.2スイスフランという防衛ラインを設定し、その水準以上にスイスフラン高になった場合には無制限に外貨を購入しスイスフラン安誘導する決定を2011年9月に下した[7]。スイス中央銀行は大規模かつ継続的フラン安にするよう取り組んでいくとしている。

為替レートと物価

二国間の物価を比較することによって、適正な為替レートとおおよその為替レートのトレンドがつかめる[8]。国際的な一物一価の法則の適用により、為替レートを説明するモデルを「購買力平価説」と呼ぶ[9]

現在の為替レートで各国の賃金水準などを比較した場合に、大きな差が出る場合がある。例えば日本は一人当たりGDPが37,000ドル程度であるが、ベトナムはおよそ500ドルである。これを単純比較すると日本の賃金水準が70倍程度高いことになるが、ベトナムは日本よりも物価が安いため、所得が低いからといって購買できる量に 70倍もの差がつくわけではない。こうした実情を踏まえ、物価を考慮した購買力平価で調整した後の一人当たりGDPは日本が30,000ドル、ベトナムが3,000ドル程度となり、その差は10倍程度になる。為替レートがこのような物価差を反映しないのは、経済構造と貿易に関係している。

A国とB国があったとする。A国は工業化が進展しており輸出工業の生産性が高い。仮にA国の輸出工業がB国の輸出工業の10倍の生産性を持っていたとする。どちらも国際市場に製品を輸出している場合、一物一価の法則により両国の輸出品価格は同一となる。これにより、A国の輸出工業労働者はB国の輸出工業労働者の10倍の所得を得ることになる。一方でA国の国内サービス業がB国の国内サービス業の2倍の生産性を持っていたとする。A国で輸出工業労働者と国内サービス業労働者の賃金に一物一価の法則が働いた場合、A国のサービス業はB国のサービス業の5倍の料金を取らなくては経営が成り立たなくなる。このため、両国では輸出工業品の価格が同一である一方、サービス料はA国のほうが高い状態が生まれ、A国の物価はB国よりも高くなる。

以上のように、輸出競争力に差があり、非貿易財が存在する場合に、実際の為替レートと購買力平価には差が生まれる。

サービスの価値が違うとの見方もある。例えば、懐中電灯はどこの国で買っても価値が等しいが、東京で散髪することと、ホーチミン市で散髪することは、投入財の価格が違うため価値が異なるという見方である。このとき、価値差が物価に織り込まれている場合は、購買力平価での比較が無意味となる。

また、国際市場における購買力比較では実際の為替レートが有効になるため、購買力平価は当てはまらない。




注釈

  1. ^ たとえばIMF2012 ARTICLE IV CONSULTATION (JAPAN)において、ユニット・レイバー・コストをデフレータに用いて実質実効為替レートは過去の平均水準より割高であると指摘している。
  2. ^ 英語版ウィキペディアのTelegraphic transfer(電信相場)の記事ではTTSやTTBは「Japan」の項目内で説明されている。

出典

  1. ^ クロスレート(くろすれーと)”. 証券用語解説集. 野村証券. 2021年2月12日閲覧。
  2. ^ P.R. Krugman, M.Obstfeld クルーグマンの国際経済学 理論と政策 (下)金融編
  3. ^ 『欧州の憂鬱—ドキュメント・EC統合』、日本経済新聞社編、日本経済新聞社、1993年、ISBN 4-532-14178-8
  4. ^ EUにおける通貨統合(外務省)
  5. ^ 『欧州中央銀行の金融政策とユーロ』、田中素香・藤田誠一・春井久志 編、有斐閣、2004年、ISBN 4-641-16206-9
  6. ^ 『欧州中央銀行の金融政策—新たな国際通貨ユーロの登場』、羽森直子、中央経済社、2002年、ISBN 4-502-64610-5
  7. ^ スイス中銀:フラン相場に30年ぶりの上限設定、断固として防衛へ(5)[リンク切れ] Bloomberg 2011年9月6日
  8. ^ a b 野口旭 『「経済のしくみ」がすんなりわかる講座』 ナツメ社、2003年、71頁。
  9. ^ 日本経済新聞社編 『やさしい経済学』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2001年、126頁。
  10. ^ a b 伊藤修 『日本の経済-歴史・現状・論点』 中央公論新社〈中公新書〉、2007年、112頁。
  11. ^ 三和総合研究所編 『30語でわかる日本経済』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2000年、258頁。
  12. ^ 飯田泰之・雨宮処凛 『脱貧困の経済学』 筑摩書房〈ちくま文庫〉、2012年、38-39頁。
  13. ^ みずほ総合研究所編 『3時間でわかる日本経済-ポイント解説』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2002年、187頁。
  14. ^ a b 高橋洋一「ニュースの深層」 円安効果で「中国から国内回帰」 大手製造業の方針は正しいか?現代ビジネス 2015年1月12日
  15. ^ 竹中平蔵 『竹中教授のみんなの経済学』 幻冬舎、2000年、147頁。
  16. ^ 野口旭 『グローバル経済を学ぶ』 筑摩書房〈ちくま新書〉、2007年、294頁。
  17. ^ 新井明・柳川範之・新井紀子・e-教室編 『経済の考え方がわかる本』 岩波書店〈岩波ジュニア新書〉、2005年、162頁。
  18. ^ a b 日本経済新聞社編 『やさしい経済学』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2001年、125頁。
  19. ^ 栗原昇・ダイヤモンド社 『図解 わかる!経済のしくみ[新版]』 ダイヤモンド社、2010年、140-141頁。
  20. ^ a b 竹中平蔵 『竹中教授のみんなの経済学』 幻冬舎、2000年、239頁。
  21. ^ 栗原昇・ダイヤモンド社 『図解 わかる!経済のしくみ[新版]』 ダイヤモンド社、2010年、141頁。
  22. ^ a b 日本経済新聞社編 『やさしい経済学』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2001年、129頁。
  23. ^ 伊藤修 『日本の経済-歴史・現状・論点』 中央公論新社〈中公新書〉、2007年、178頁。
  24. ^ a b 日本経済新聞社編 『やさしい経済学』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2001年、131頁。
  25. ^ ユーロ相場で考える「為替=国力説」の“幻想” 外貨投資の誤解(2)での岡本和久の見解など
  26. ^ ユーロ相場で考える「為替=国力説」の“幻想” 外貨投資の誤解(2)での佐々木融、竹中正治の見解など
  27. ^ a b 政治・社会 【日本の解き方】為替トークはノイズだらけ 「有事の円買い」も根拠なしZAKZAK 2014年7月25日
  28. ^ a b c 野口旭 『「経済のしくみ」がすんなりわかる講座』 ナツメ社、2003年、84頁。
  29. ^ 新井明・柳川範之・新井紀子・e-教室編 『経済の考え方がわかる本』 岩波書店〈岩波ジュニア新書〉、2005年、163-164頁。
  30. ^ 佐藤雅彦・竹中平蔵 『経済ってそういうことだったのか会議』 日本経済新聞社学〈日経ビジネス人文庫〉、2002年、201頁。
  31. ^ 川村雄介 『日本の金融 (図解雑学シリーズ)』 ナツメ社・改訂新版・第2版、2007年、130頁。
  32. ^ 第一勧銀総合研究所編 『基本用語からはじめる日本経済』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2001年、79頁。
  33. ^ 野口旭 『「経済のしくみ」がすんなりわかる講座』 ナツメ社、2003年、85頁。
  34. ^ 安達誠司「講座: ビジネスに役立つ世界経済」 【第3回】 〜欧州経済低迷なのに「ユーロ買い」の不思議〜現代ビジネス 2013年5月9日
  35. ^ 浜田宏一イェール大学教授「日銀の政策は"too little,too late"だ」 憂国のインタビュー第2回 聞き手:高橋洋一現代ビジネス 2011年3月10日
  36. ^ 政治・社会 【日本の解き方】経常収支の大きな誤解 赤字でも成長率に影響なしZAKZAK 2013年4月5日(2013年5月24日時点のインターネットアーカイブ
  37. ^ 円高と日本の国際競争力-「過度な円高」について-RIETI 2012年10月23日
  38. ^ “日銀総裁:追加緩和 新手法も 「物価上昇2%目標堅持」”. 毎日新聞. (2015年1月1日). オリジナルの2015年1月8日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150108062530/http://mainichi.jp/select/news/20150101k0000m020105000c.html 
  39. ^ 国際決済銀行
  40. ^ a b 実質実効為替レートについて日本銀行
  41. ^ 円高は経済政策の失敗が原因だSYNODOS -シノドス- 2010年10月13日
  42. ^ 「実効為替レート(名目・実質)」の解説日本銀行
  43. ^ 外貨預金で使う為替相場とは”. 三菱UFJ銀行. 2022年3月4日閲覧。
  44. ^ Vũ -, Đào (2021年6月11日). “Vừa mua ngoại tệ dự trữ, vừa "nơm nớp" thao túng tiền tệ” (ベトナム語). Nhịp sống kinh tế Việt Nam & Thế giới. 2023年9月1日閲覧。
  45. ^ Nhật Bản ra, Thụy Sỹ vào danh sách giám sát thao túng tiền tệ của Mỹ” (ベトナム語). thitruongtaichinhtiente.vn. thitruongtaichinhtiente.vn (2023年6月19日). 2023年9月1日閲覧。
  46. ^ Việt Nam làm gì để không bị coi là nước thao túng tiền tệ?” (ベトナム語). VOV.VN (2021年4月23日). 2023年9月1日閲覧。
  47. ^ "China denies currency manipulation" BBC Newsの記事、2010年3月14日
  48. ^ “Mỹ chính thức dán nhãn thao túng tiền tệ cho Việt Nam” (ベトナム語). BBC News Tiếng Việt. https://www.bbc.com/vietnamese/55344013 2023年9月1日閲覧。 
  49. ^ "Many Nations Adopt China's Currency Tactics" ニューヨーク・タイムズの記事、2010年10月3日、2020年10月4日閲覧
  50. ^ tỷ giá yên nhật” (ベトナム語). Chợ Giá - Giá Mới Mỗi Ngày. 2023年9月1日閲覧。
  51. ^ “Mỹ chính thức dán nhãn thao túng tiền tệ cho Việt Nam” (ベトナム語). BBC News Tiếng Việt. https://www.bbc.com/vietnamese/55344013 2023年9月1日閲覧。 
  52. ^ Tỷ giá hối đoái ảnh hưởng tới xuất nhập khẩu như thế nào?” (ベトナム語). Entrade X by DNSE. 2023年9月1日閲覧。


「為替レート」の続きの解説一覧



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

「為替レート」に関係したコラム

  • FXでグランビルの法則を使用してエントリーポイントを見つけるには

    グランビルの法則は、アメリカ合衆国のジョセフ・グランビル(Joseph Granville)が創り出した投資手法で、FX(外国為替証拠金取引)や株式売買などで用いられています。グランビルの法則で用いら...

  • FXの指値、逆指値とは

    FX(外国為替証拠金取引)の指値、逆指値とは、為替レートを指定して注文することです。指値は英語でlimit、指値注文はlimit orderといいます。また、逆指値は英語ではstop、逆指値注文はst...

  • FXのOCOでの注文方法

    FX(外国為替証拠金取引)のOCOとは、新規注文時、あるいは、決済注文時に2つの価格を指定して注文する方法のことです。OCOは、one cancels the otherの略です。新規注文でのOCOは...

  • FXのロングポジションとショートポジションとは

    FX(外国為替証拠金取引)におけるロングポジションとは、手元に買い持ち高のある状態のことをいいます。一方、ショートポジションとは、手元に売り持ち高のある状態のことをいいます。▼ロングポジション例えば、...

  • FXの成行での注文方法

    FXの成行での注文方法FX(外国為替証拠金取引)の成行注文とは、FX業者の示す為替レートで注文する方法のことです。FX業者の示す為替レートは、一般的に次のような画面なっています。成行で売りの注文をする...

  • FXのチャート分析ソフトMT4のStandard Deviationの見方

    FX(外国為替証拠金取引)のチャート分析ソフトMT4(Meta Trader 4)のStandard Deviationの見方について解説します。Standard Deviationは、過去の為替レー...

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「為替レート」の関連用語

為替レートのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



為替レートのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの為替レート (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS