瀬戸内海
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/22 04:11 UTC 版)
地理
700以上の島がある多島海であり、海岸線の総延長は約7,230kmに及び[1]、山口県、広島県、岡山県、兵庫県、大阪府、和歌山県、徳島県、香川県、愛媛県、大分県、福岡県がそれぞれ海岸線を持つ。これら沿岸府県の人口は2023年時点で2900万人に達し、日本人口の4人に1人が、瀬戸内海沿岸に居住していることになる。
沿岸地域を含めて瀬戸内(せとうち)とも呼ばれるが、それは瀬戸内海の名称源ではなく、瀬戸内海は「瀬戸の内海」の意である。古来、畿内と九州を結ぶ西日本の主要航路として栄えた。周囲の気候は瀬戸内海式気候と呼ばれ、温暖で雨量が少ない。
東西に450km、南北に15-55 km、平均水深:約38m[1]、最大水深:約105m(豊予海峡および鳴門海峡)。内海である瀬戸内海は複数の島嶼群を擁し、豊かな生態系を持つことで知られている。医師であり博物学者であったシーボルトを始めとして数多くの欧米人から高く評価された景勝地であり、現代では瀬戸内海国立公園に指定されている[2]。
19世紀後半の1860年、日本では明治維新直後に瀬戸内海を訪れた、シルクロードの命名者でもあるドイツ人地理学者フェルディナンド・フォン・リヒトホーフェンは『支那旅行日記』で「これ以上のものは世界のどこにもないであろう」と世界中に紹介した[3]。今もなお風光明媚な風景として絶賛される地域である[注釈 1][5]。
海域
IHOが定める範囲
国際水路機関(IHO)が1953年に発行した『大洋と海の境界』において、瀬戸内海は英語版で「Seto Naikai or Inland Sea」、仏語版で「Mer Intérieure:Seto Naikai」と表記され、その範囲は次のように定義されている[6][7]。
- 西端 - 下関海峡において、名護屋岬から馬島と六連島を通り村崎の鼻に至る線。
- 東端 - 紀伊水道において、田倉崎と淡路島の生石鼻、同島の塩崎と大磯崎を結ぶ線。
- 南端 - 豊後水道において、佐田岬と関崎を結ぶ線(豊予海峡)。
法令が定める範囲
瀬戸内海の海域は法令の目的ごとに扱い方が異なり複数の法令で範囲が定義されている。
以下の引用文は一部漢数字を算用数字に直すなどしている。
- 領海及び接続水域に関する法律施行令(領海法施行令)第1条
- ※国際的にはこの範囲が瀬戸内海とみなされる。
- ※西端は関門海峡の西端である。関門海峡の全域と洞海湾は瀬戸内海に含まれる。
- 瀬戸内海環境保全特別措置法(瀬戸内法)第2条第1項
- 次に掲げる直線及び陸岸によつて囲まれた海面並びにこれに隣接する海面であつて政令で定めるものをいう。
- ※「政令」とは次に挙げる「瀬戸内海環境保全特別措置法施行令」のこと。
- ※西端は関門海峡の最狭部(東端に近い)である。関門海峡の大部分と洞海湾は一~三の範囲に含まれない。
- 瀬戸内海環境保全特別措置法施行令 第1条
- ※瀬戸内法の一~三の範囲に追加される。
- ※早吸瀬戸と関門海峡の外側のかなりの範囲が瀬戸内海に含まれる。
- 海上交通安全法施行令 第1条
- 紀伊日ノ御埼灯台[注釈 10]から蒲生田岬灯台[注釈 11]まで引いた線及び佐田岬灯台[注釈 12]から関埼灯台[注釈 13]まで引いた線
- ※西端は言及されていない。
- 漁業法施行令 第27条
- ※瀬戸内法の一~三とほとんど同じ。
区分
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瀬戸内海は複数の海域で構成されている。
『領海及び接続水域に関する法律』では東側から順に次に掲げる10区分された海域で構成されている。
『瀬戸内海環境保全特別措置法』では前記10区分に次に示す海域を加えた計12区分で構成される。
上記の12区分された個々の海域を示す明確な基線(境界線)は存在しない。
生物相
天然記念物である節足動物のカブトガニ、小型鯨類のスナメリやハセイルカ[注釈 14]などの海洋生物や、アユを含む400-500種類を超す魚類が生息している。天然記念物に指定されている種類も多く見られ、前述のカブトガニのほか広島県三原市有竜島はナメクジウオの生息地として、また、同県竹原市高崎町阿波島周辺は「スナメリクジラ回遊海面」として1930年に登録されている。また、陸生動物ではあるがニホンジカやニホンイノシシが瀬戸内海を泳いで縦横断する光景は古来より見られてきた。
- ナメクジウオは海砂の採取事業が盛んになった昭和30年代から大幅な減少を見せ、昭和60年頃には姿が確認されなかった。しかし、1990年代に再発見され、保護策の向上故か順調な自然回復が見られ始めている[8]。
- 阿波島はスナメリ自体よりも、スナメリを利用したスズキの伝統漁法が天然記念物の指定対象となっており、国内唯一の鯨類関連の指定例である[注釈 15]。なお、2015年の時点では、当漁法はスナメリの生息数減少故に廃止されている。スナメリは瀬戸内海全域にて大幅な減少が見られたが、近年には周防灘や伊予灘等で群れが確認されたり、大阪湾の関西国際空港周辺で個体数の増加が見られている[注釈 16]。また、岡山県の前島[10]、防予諸島[11]、下関市の三軒屋海岸[12]、北九州市の藍島[13]では、本種の保護やイルカウォッチングが施行されている。
- 鳥類では特にカンムリウミスズメが注目されており、長島をはじめ現在でも比較的広範囲にて確認できる。
- 豊富なアマモも本来の瀬戸内海の生態系の重要な一部であり、1960年代に20,000ヘクタールを超す群生域(藻場)が当海域に広く見られたが、1978年の時点では7,000ヘクタール程度に減少。環境汚染など様々な要因により、その後の顕著な増加は見られない[14]。近年、各地で藻場復元の動きがあるほか、芸予諸島には比較的良好な分布が残されている。
- 2015年1月には、新種であり固有種のカタツムリ「アキラマイマイ」が発見されている[15]。
- ヤシマイシン近似種[16]やセトウチイトカケ[17]など貴重な貝類も確認されており、特筆すべき事例として長島で発見されて新種として認定され、他に確認例も存在しないナガシマツボが存在する[18]。
- ホンヤドカリの仲間であるエタジマホンヤドカリも、広島湾の江田島で発見され新種として認定されている[19]。
- 防予諸島には、世界最大級のニホンアワサンゴの群生地が存在するとされている[20]。
-
ニシナメクジウオ
大型生物
現在の状況からは想像しがたいが、かつては海獣[注釈 17]、ウミガメ、サメなどの大型魚類が瀬戸内海にも豊富に生息しており、セミクジラ[21]やコククジラ[22][23]やナガスクジラ[注釈 18]、ニホンアシカ[26]、ニホンカワウソ、ウバザメやジンベイザメ、ホホジロザメ、マンタ、マンボウ、クロマグロ、バショウカジキなどの大型魚類[27][28]やオサガメなど、現在では絶滅危惧種や絶滅種となっている中・大型の生物も多く見られたとされる。狩猟と漁業による圧力[注釈 19]や、高度経済成長期に急速に拡大した護岸を含む沿岸開発と環境破壊、海洋汚染などを経て、これらの動物は瀬戸内海からは江戸時代から昭和時代初期にかけて激減または地域個体群の絶滅を迎えた。
- 大型鯨類が過去に関門海峡や豊後水道なども含めて[24]瀬戸内海に普遍的に回遊していたことを示唆させる記録は多数存在し[注釈 20]、たとえばエンゲルベルト・ケンペルも三田尻付近で多数のクジラを見たと手記に残していたり[23][32]、周防灘や伊予灘[注釈 21]や別府湾などはヒゲクジラ類にとって育児海域になっていたり、広島県三原市の二つの無人島からなる「鯨島」[注釈 22]はクジラの回遊によって名付けられたという説も存在する[23][32][33]。
- 前述の絶滅危惧種[注釈 23]はほぼ消え去ったが、たとえば他種のクジラならば現在でも迷入することがあり[注釈 24]、ザトウクジラなど個体数の回復が見られる種類が将来的に瀬戸内海への出現が増加(回遊が復活)する可能性がある[24]。現在でも土佐湾にてホエールウォッチングの対象となっているカツオクジラも、芸予諸島[36][37]や宇和海[38]などに短期間定着した例がある。
- 土佐湾や豊後水道で時折見られるハンドウイルカ、ミナミハンドウイルカ、オキゴンドウ等も稀に目撃されている[注釈 25]。源平合戦(治承・寿永の乱)の折、瀬戸内海を進むイルカの群れの進行方向を使って戦績の吉兆が占われたという逸話も残っている[31][40]。
- 1957年、明石海峡と播磨灘に夫婦のシャチが漁業との軋轢を考慮して駆除されるまで約2ヶ月間定着しており、雌が先に傷つけられた雄を庇う様な行動を見せたために雌の捕獲は中止されたともされている[41]。明治時代にも荘内半島で本種の可能性がある座礁記録が存在し、かつて瀬戸内海にもシャチが頻繁に進入していた可能性がある[41][33][42][43]。
- ニホンアシカは20世紀初頭まで鳴門海峡[44]や大阪湾[45]や福山市や邑久町[46]の沿岸や豊後水道[47]などを含む瀬戸内海の各地に見られ[26]、ニホンカワウソも1975年まで棲息が確認されていた[48]。
- アカウミガメやアオウミガメ[49]も激しく減少したが、現在も回遊は続いている。明石市の望海浜[50]などの産卵場が最も有名だが、戦前は瀬戸内海の各地にこのような産卵場が存在し、近年でも大阪府沿岸や淡路島などでも確認されている[51]。しかし、定期的な繁殖場として機能しているのは依然明石沿岸のみである。オサガメは2002年や2003年に発見されている[注釈 26][53][54][55]。
- 近年にも複数回確認されている大型魚類の例として、クロマグロ[56]、カジキ類[注釈 27]、大型のサメ類[注釈 28]、大型のエイ類[注釈 29]などがあり、とくにホシエイおよびナルトビエイ[63]は地球温暖化の影響からか、周防大島などを中心に瀬戸内海における生息数が増えているとされる。水島灘に面する津雲貝塚からは、縄文時代にホオジロザメまたはイタチザメの被害を受けた思われる人骨が発見されており[64]、1992年にもホオジロザメによる人的被害が発生している[58]。
注釈
- ^ 例えば、2007年5月に瀬戸内海を通過したハワイの航海カヌー「ホクレア」のクルーは、公式報告の中で次のように瀬戸内海の美を表現している。「瀬戸内海の風景はまるで夢の中のようでした。柔らかく丸みを帯び緑に覆われた島を、私たちは無数に通り過ぎました。島々を包むように波が立っています。こんな航海をこそ私は夢見ていたのです。もちろん私は福岡も楽しみましたが、この大自然の美は別格です。いや、今日のこの航海の感動は、単なる大自然の美という言葉では言い表せないでしょう。」[4]
- ^ 面積 1万9,700km2
- ^ 面積 2万1,827km2
- ^ 北緯33度52分55秒・東経135度3分40秒
- ^ 北緯33度50分3秒・東経134度44分58秒
- ^ 北緯33度20分35秒・東経132度54秒
- ^ 北緯33度16分・東経131度54分8秒
- ^ 北緯33度57分2秒・東経130度52分18秒
- ^ 北緯33度56分28秒・東経130度51分2秒
- ^ 北緯33度52分55秒・東経135度3分40秒
- ^ 北緯33度50分3秒・東経134度44分58秒
- ^ 北緯33度20分35秒・東経132度54秒
- ^ 北緯33度16分・東経131度54分8秒
- ^ 近年は伊勢湾や大村湾など、瀬戸内海以外にもスナメリの生息地として知られる諸々の海域に本種の再定着が確認されてきている。
- ^ 海棲哺乳類関連としては南西諸島のジュゴンと本例の二つのみである。
- ^ 空港のターミナルが人工環礁として機能している[9]。
- ^ 鯨類やニホンアシカ。
- ^ 外洋性とされることも多いが沿岸に棲息する事例も少なくなく、本種も瀬戸内海に回遊していた可能性があるとされる[24][25]。
- ^ 瀬戸内海の各地に小規模な捕鯨会社が設立されたこともあった[23]。
- ^ 瀬戸内海や豊後水道の周辺には多数の鯨類に関連する記録や昔話や鯨塚・鯨墓が残されており[29]、小規模な捕鯨基地が複数存在したり、芸予諸島には『まんが日本昔ばなし』でも紹介された「くじらのお礼参り」という民話や[30]、豊後水道には「鯨の背比べ」と呼ばれる、鯨類の海面での繁殖行動を連想させる話が伝わっている。古記録上でも大型のナガスクジラ科と思わしき鯨類が、渡し船上から度々目撃されていたとされる[31]。
- ^ 祝島や小野田市の沿岸など。
- ^ 大鯨島および小鯨島
- ^ セミクジラとコククジラとナガスクジラ。
- ^ 臼杵市にはシロナガスクジラと思わしい漂着記録も存在し[34]、日本国内で近代初のホッキョククジラの迷入例は大阪湾にて発生している。ツノシマクジラが新種として認定されたのは瀬戸内海の水域からほど近い角島にてであるだけでなく、新種として認定される1年前の2002年には香川県の粟島に座礁している[35]。また、通常は深海性であるマッコウクジラの確認も特に東西両方の太平洋につながる海峡内部にてある。
- ^ 豊後水道には現在、少なくともハンドウイルカ、ミナミハンドウイルカ、ハセイルカの3種類が季節的または年間を通して定住していると考えられており、各々が時節瀬戸内海でも確認されている[39]。
- ^ 2002年の確認は産卵との情報があるが、これまで日本で唯一の産卵の確認例は奄美大島のみである[52]。
- ^ バショウカジキ[28]やカジキマグロ[57]など。
- ^ ホオジロザメ[58][59]、アオザメ、イタチザメ、シュモクザメ、クロトガリザメ、ヨシキリザメ、ニタリなど[60][61]。
- ^ ホシエイ、マダラトビエイなど[62]。
- ^ 周防灘と伊予灘の境目に位置している[32][23]。
- ^ 船の手前の二つの小島[23]。岡山県玉野市の無人島の「くじら島」とは異なる。
- ^ 所属は尾道市[65]。
- ^ 岡山県の水島港を拠点とする、JFEスチール西日本製鉄所倉敷地区で生産されるスチールコイル製品輸送に使われているために、新しく導入された直後の鉄道用12フィート型、5トン積みコンテナ。2008年5月11日、倉敷市・東水島駅にて。
- ^ ただし、この時期の「瀬戸内海」は明石海峡から関門海峡までの海域を指していることが多く、現在のようなより広い海域に「瀬戸内海」の概念が拡張されるには、さらに時間を要した。
- ^ この概念についてはジョン・アーリを参照。
- ^ 多島海、段々畑、白砂青松、行き交う和船など。
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- ^ 高木秀蔵「河川から沿岸海域への栄養塩供給とノリの栄養塩利用に関する研究」『岡山水研報告』29(2014年)pp.1-50
- ^ 瀬戸内海環境保全特別措置法の一部を改正する法律について 環境省
- ^ 「瀬戸内海環境保全基本計画」の変更の閣議決定について(お知らせ) 環境省
- ^ 里海とは「人手が加わることにより生物生産性と生物多様性が高くなった沿岸海域」のこととされる。里海とは? 里海ネット(環境省)。
- ^ “水質改善しすぎて不漁 全国初、県が窒素濃度に下限”. 神戸新聞NEXT (2019年6月3日). 2019年6月4日閲覧。
- ^ a b 「水清ければ魚すまず?海の栄養、排水規制で乏しく」『日本経済新聞』朝刊2021年11月28日サイエンス面(2021年12月31日閲覧)
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