濃尾地震 濃尾地震の概要

濃尾地震

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/02/20 02:41 UTC 版)

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濃尾地震
『岐阜市街大地震之図』 歌川国利
濃尾地震の位置(日本内)
濃尾地震
本震
発生日 1891年明治24年)10月28日
発生時刻 6時38分50秒(JST
震央 日本の旗 日本 岐阜県本巣郡西根尾村(現・本巣市
北緯35度35分
東経136度20分(地図
規模    マグニチュード(M)8.0
最大震度    震度7:注1福井県今立郡鯖江町愛知県葉栗郡大田島村、東春日井郡勝川村
地震の種類 直下型地震
被害
死傷者数 死者7,273人、負傷者17,175人
注1:当時の震度階級では「激烈」
プロジェクト:地球科学
プロジェクト:災害
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概要

濃尾地震発生当時の根尾谷断層
濃尾地震を引き起こした根尾谷断層
写真中央を斜めに走る段差が根尾谷断層

濃尾地震は、1891年10月28日6時38分50秒に発生した。震源は、岐阜県本巣郡西根尾村(現・本巣市)、北緯35度35分、東経136度20分付近。河角廣 (1951) は岐阜市付近(北緯35.6度、東経136.6度)に震央を仮定し規模 MK = 7.0 を与え[1]マグニチュードM = 8.4 に換算されているが、明治・大正期の地震については0.5程度大きく見積もられているとされる[2]。また、震央距離と震度との関係など当時のデータから後にM8.0[3]とも推定される。アメリカ地質調査所 (USGS) でも8.0としている[4]。「根尾谷断層帯」が活動した典型的な内陸地殻内地震(いわゆる直下型地震)であり、これは記録が残っている日本の内陸域で発生した地震としては観測史上最大である。

3日前の10月25日21時14分には揖斐川下流域を震源とする、前震と思われる地震 (M 6.0) が発生している[5]

記録のある過去の歴史地震では、745年6月5日(天平17年4月27日)に美濃を中心として発生した天平地震が濃尾地震と類似した地震とする見方もある[6][7]。また1586年1月18日(天正13年11月29日)に発生した天正地震も、この地域を襲っており、より広大な範囲に被害をもたらしているが、震源域は不明な点が多い[8]

震源断層

両白山地から濃尾平野北方にかけて位置する濃尾断層帯のうち、根尾谷断層帯、梅原断層帯、温見断層北西部が活動をした。活動域は福井県境(福井県野尻)付近から岐阜県を経て愛知県境にまで及び、北北西―南南東方向に総延長約76kmの断層が出現した。地表の変位は両端ほど垂直成分が多く中央部では水平成分が多くなり、根尾谷断層に沿って水平変位は最大で7.6mを記録している。根尾村水鳥(みどり)地区での根尾谷断層は上下差6m横ずれ量4mにも及び、写真技師 瀬古安太郎撮影の写真は、この地震の象徴として広く利用されている[9]。なお、この断層の写真撮影者には瀬古安太郎、小藤文次郎、小川一真など複数の名前が挙げられている[10]

この地震活動により福井県境付近から岐阜県を経て愛知県境の断層に加え、地表に現れていないものの、分岐する岐阜 - 一宮断層など合計5個の断層が動いたと仮定する震源モデルが提唱されており、合計の地震モーメントM0 = 1.5×1020N・m (Mw 7.4) と推定されている[11][12]

北北西方向への延長線上には1948年福井地震を引き起こした福井地震断層が存在し、南南東方向への延長線上には1945年三河地震深溝断層方向と同一である[13]

被害

濃尾地震の震度分布[14]
家屋の被害状況
地割れの様子
被害の状況(宇佐美龍夫,“新編日本被害地震総覧”東京大学出版会(1987)より引用
地方名 人的被害(人) 家屋被害(棟) その他(箇所)
死者 負傷者 全壊 半壊 山崩れ
美 濃 4,889 12,311 70,048 30,994 9,929
尾 張 2,331 4,550 67,771 43,570 29
その他 53 314 4,358 5,760 266
合 計 7,273 17,175 142,177 80,324 10,224

濃尾2県はもとより、近隣の滋賀県や福井県にも被害は及んだ。明治時代では最大規模の地震であり、宇佐美龍夫『新編日本被害地震総覧』によると、死者は7,273名、負傷者1,7175名、全壊家屋は14万2,177戸を数えた。震央近くでは、揺れにより山の木が全て崩れ落ち、はげ山になったなどと伝えられる。また岐阜市と周辺では火災が発生し被害を大きくした。岐阜の壊滅を伝える新聞記者の第一報は、「ギフナクナル(岐阜、無くなる)」だったという。

濃尾地震の震度分布は大森房吉により求められ、名古屋など愛知県から岐阜県、福井県を貫く広い範囲で震度6相当となっている。だが、当時の震度階級は4段階で最大でも震度6相当であり、根尾谷を始め、岐阜県西部から愛知県にかけて家屋倒壊率が90%を上回る地域もあり、震度7と推定される地域も美濃から尾張(一部越前三河)にかけて分布している[5][15]

建築物では、伝統的な土蔵の被害は比較的軽かったが名古屋城の城壁や、宿場町の江戸時代からの建物の被害は言うまでもなく、欧米の技術で作られた近代建築でさえ、長良川鉄橋の落下をはじめ、耐震構造になっていなかった橋梁煉瓦建築物などが破壊されたため、この地震によって耐震構造への関心が強まり、研究が進展する契機となった。また、この地震後に震災予防調査会が設置された。イギリス人お雇い外国人で、写真家でもあるウィリアム・K・バートンが、自らのカメラで被害状況を記録している[16]

なお震災の9年後に発表された『鉄道唱歌第一集東海道編』でも、岐阜の紹介では鵜飼と並んで濃尾地震が歌われている。

名高き金の鯱は 名古屋の城の光なり
地震のはなしまだ消えぬ 岐阜の鵜飼も見てゆかん

また唱歌『一月一日』(千家尊福作詞)を以下の様に捩った替え歌が震災直後の児童の間で流行した。

豆腐の始めは豆であり
尾張名古屋の大地震
松竹でんぐり返って大騒ぎ
後の始末は誰がする



  1. ^ 河角廣(1951)、「有史以來の地震活動より見たる我國各地の地震危險度及び最高震度の期待値」 東京大學地震研究所彙報 第29冊 第3号, 1951.10.5, pp.469-482, hdl:2261/11692
  2. ^ 宇佐美龍夫、茅野一郎、「河角の規模と気象庁の規模との関係」 東京大学地震研究所彙報、第48冊第5号、1970年, hdl:2261/12546
  3. ^ 村松郁栄、「濃尾地震のマグニチュード」 『地震 第2輯』 1962年 15巻 4号 p.341-342,doi:10.4294/zisin1948.15.4_341
  4. ^ USGS Global Earthquake Search
  5. ^ a b 「濃尾地震の震害と震度分布」 名古屋大学大学院環境学研究科附属 地震火山・防災研究センター
  6. ^ 宇津徳治、嶋悦三、吉井敏尅、山科健一郎 『地震の事典』 朝倉書店
  7. ^ 大森房吉(1913)、「本邦大地震概説」 震災豫防調査會報告 68(乙), 93-109, 1913-03-31, NAID 110006605117, hdl:2261/17114
  8. ^ 中村一明、守屋以智雄、松田時彦 『地震と火山の国』 岩波書店、1987年 ISBN 978-4000079617
  9. ^ 濃尾地震と根尾谷断層 岐阜大学教育学部地学科
  10. ^ 小藤論文の濃尾地震根尾谷断層写真について 歴史地震研究会 歴史地震第21号 (PDF)
  11. ^ Mikumo, T. and M. Ando (1976) A search into the faulting mechanism of the 1891 great Nobi earthquake, J. Phys. Earth, 24, 63-87.
  12. ^ 名古屋大学 地震工学・防災グループ 濃尾地震における震裂波動線生成の解明 , 距離減衰式を用いた濃尾地震の広域強震動評価 (PDF)
  13. ^ 金折裕司、川上紳一、矢入憲二、「中部日本内陸に起きた被害地震(M≧6.4)の時空分布に認められる規則性 -活動周期と発生場所-」 活断層研究 1991年 1991巻 9号 p.26-40, doi:10.11462/afr1985.1991.9_26
  14. ^ a b c 中央気象台 明治廿四年十月廿八日大震報告
  15. ^ 宮腰淳一,佐藤俊明1,福和伸夫(2003)、「住家被害を利用した1891年濃尾地震の地震動強さ分布の分析」 地域安全学会論文集 2003年 5巻 p.77-86, doi:10.11314/jisss.5.77
  16. ^ 榎本祐嗣(2006): 小藤論文の濃尾地震根尾谷断層写真について 『歴史地震』 第21号, 219-222頁 (PDF)
  17. ^ 力武常次:濃尾地震の前兆現象 地震 第2輯 1989年 42巻 4号 p.451-466, doi:10.4294/zisin1948.42.4_451
  18. ^ 今村明恒:濃尾大地震の前徴に就いて 地震 第1輯 1943年 15巻 12号 p.336-341, doi:10.14834/zisin1929.15.336
  19. ^ 『世界一周の誕生 グローバリズムの起源』 園田英弘 文藝春秋
  20. ^ 日本地震学会広報誌『なゐふる』第13号、1999年など。同誌によれば、地震発生から1994年末までの岐阜における有感地震発生率は、改良大森公式においてK=535,c=0.830,p=1.0とした場合に、最もよく適合する。
  21. ^ 松田時彦、最大地震規模による日本列島の地震分帯図 東京大学地震研究所彙報 第65冊第1号、1990年6月30日、p.289-319, hdl:2261/13056
  22. ^ 岐阜県 毎月28日は「岐阜県防災点検の日」


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