漢方薬 作用機序

漢方薬

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/28 16:36 UTC 版)

作用機序

近年、世界の伝統医学の生薬、薬草の現代医学の視点からの作用機序の研究が進められており、漢方薬についても例外ではない。一例として、抑肝散セロトニン神経系への作用[18]葛根湯サイトカインへの作用[19]六君子湯による食欲増進ホルモングレリン」の分泌作用[20]大建中湯の腸管血流増加作用や消化管亢進運動作用[5]などある。長い歴史の中で経験的に作られた、漢方の薬理作用が分子レベルでの研究が進められている。

業界団体である日本漢方製薬製剤協会(日漢協)も、2018年にまとめた『漢方の将来ビジョン2040』で、漢方薬のエビデンス(科学的根拠)集積を掲げた[21]

飲み合わせ・食べ合わせ

漢方薬は、他の漢方薬や西洋薬との飲み合わせに問題がないという誤解がしばしば見受けられるが、これは正しくはない。他の薬の効果に影響し、悪い作用をもたらすこともある。特に同じ効能を持つ薬との重複は禁忌である。例えば、甘草は漢方方剤の約7割に含まれており、重複して漢方方剤を服用したことにより偽性アルドステロン症を起こしやすくなるなどがある。また、特定の食べ物との組み合わせが禁忌とされている場合もある[22]。このような飲み合わせ、食べ合わせに関する禁忌事項は、一般に、中国国内で販売されている漢方薬には明記されていることが多いが、日本国内で販売されているものには記載されていないことが多い。

副作用

漢方にも西洋薬と同様に副作用がある。特に防風通聖散、防已黄耆湯には、共に甘草という成分が含まれており、長期内服は「偽性アルドステロン症」を引き起こす可能性がある。むくみ、高血圧、低カリウム血症などの症状が出るので、定期的なチェックが必要である。漢方を継続して内服するなら、西洋薬と同様に数か月に1回の対面での身体診察や血液検査が望ましいと指摘している[2]

東洋の薬に対する価値観は『神農本草経』で示されている。以下の分類に従えば西洋薬は「下品」に見なしているが、逆に西洋医学では「上品」「中品」は薬とされていない[23]

『神農本草経』における薬の分類 [23]
上品 (ideal drug) 作用がたとえ弱くとも副作用の無い薬
中品 (ordinary drug) 少量または短期間だけなら作用はあっても毒性の無い薬
下品 (drug to be cautious) 病気を治す力は強いがしばしば副作用を伴う薬

そのため、しばしば漢方薬は自然の材料を使用するから副作用が無く、安全であると誤解している人がいる。これは西洋医学と対比してという意味で、ここ数十年の間に広まったものである[注釈 2]

ただし、「漢方に副作用がない」というのはある意味で本当である。これは薬が天然のものだからという理由でなく、漢方の方法論において副作用という概念がないということによる。漢方では副作用が出た場合は誤治、すなわち診断ミスか投薬ミスとみなされる。漢方では、理論上は、副作用があって治癒できるなら副作用なしでも可能であるとされている。このことを理解するにはの概念について詳しく知る必要がある。西洋医学の視点からは、漢方薬の摂取による副作用として、甘草による偽アルドステロン症、小柴胡湯による間質性肺炎肝機能障害などがよく知られている(詳しくは各項目を参照)[5]。また誤治アレルギー反応は区別すべきである[24]

一方、漢方医学には瞑眩(めんげん)という概念がある[25]。治療中に一時的に病状が悪化し、その後に完全に回復するような状態を指す[25]。漢方医学以外の代替療法民間療法などで「好転反応」という言葉を耳にすることがあるが、ほとんど同じ意味である。これは副作用とは異なると説明されるが、実際に症状が出ている時点での区別は困難で、事後的にのみ確認できる。結局は医師の経験によって見分けるしかなく、あまり当てにならないので、瞑眩らしきものがあればただの誤治だったと考えるほうが無難である。この概念は日本独特であり、かつ日本でも江戸時代はあまり認知されていなかった。

また、漢方医学でも古方派の瞑眩を積極的に歓迎する立場は、副作用の考えに近い。

特に作用の強力な薬剤として副作用に注意するものには、地黄麻黄大黄附子芒硝桃仁が挙げられる[26]

厚生労働省の薬務局で発表される医薬品の副作用モニター調査結果などに、漢方薬の名も掲載されることがあるという。例えば、小柴胡湯(しょうさいことう)や八味地黄丸(はちみじおうがん)、葛根湯などの名である。だが、これらの"副作用"として報じられたものが、果たして化学薬のサリドマイドの催奇形やストレプトマイシンの難聴のような副作用と同じものとして扱っていいかというと、「まったく違うのではないか」と大塚恭男は述べている。というのは、「もし、小柴胡湯や八味地黄丸を正しい診断のもとに使った結果、好ましくない作用が生じたとすればそれは副作用といっても仕方ないことだが、必ずしも適正に使用されなかったのではないか疑問がある」と大塚恭男は述べている。「使うべきでない状態の患者に間違って使用した場合、好ましくない副作用が出て当然だと思われる」と指摘している[27]

方剤の名称について

漢方薬(方剤)の名称の最後の文字には、次のようなものがある。「湯」が最も多く、「散」がそれに次ぎ、その他は比較的少ない。

漢方薬(方剤)の名称には、時に次のような文字が入ることもある。


注釈

  1. ^ なお、近代以降に考案された方剤の中にはアスピリンのような合成薬品を含むものも存在する。
  2. ^ 高橋晄正はその著作『漢方薬Q&A』(1990年(平成2年))、『漢方薬は危ない』(リュウブックス 1992年(平成4年))、『漢方薬は効かない』(ワニの本 1993年(平成5年))などで副作用(及び伝統中国医学全般)を指摘・批判している。

出典

  1. ^ 花輪寿彦 2003, pp. 286–288.
  2. ^ a b その「漢方ダイエット」、高いお金を払う価値はある?|新米医師こーたの駆け出しクリニック”. 時事メディカル. 2021年10月25日閲覧。
  3. ^ a b c 花輪寿彦 2003, pp. 350–353.
  4. ^ 日本医師会 1992, p. 29.
  5. ^ a b c d e f g h 漢方ですこやか生活 日本漢方製薬製剤協会、2019年9月21日閲覧。
  6. ^ 溝部宏毅, 新井信, 佐藤弘, 代田文彦, 小幡弘「(シンポジウム 東洋医学の新たな展開 : 基礎と臨床から)東京女子医科大学附属東洋医学研究所の現状と展望」『東京女子医科大学雑誌』第63巻第5号、東京女子医科大学学会、1993年5月、452-456頁、CRID 1050564286201094528hdl:10470/8540ISSN 0040-9022 
  7. ^ クラシエ医療用漢方エキス製剤品質ポリシーと製造管理(クラシエ)
  8. ^ 多紀元胤『難経疏証』萬笈堂〈九大コレクション〉、1819年。doi:10.20730/100271636hdl:2324/4705995 
  9. ^ [LEADERS]伝統の漢方 独自の技術革新…ツムラ社長 加藤照和氏 55読売新聞』朝刊2019年3月5日(経済面)2019年4月24日閲覧。
  10. ^ 漢方の歴史日本東洋医学会ホームページ(2019年4月24日閲覧)。
  11. ^ 花輪寿彦 2003, p. 322.
  12. ^ 慶應義塾大学医学部漢方医学センター センターの概要、2020-01-22閲覧
  13. ^ Shang, Aijing; Huwiler, Karin; Nartey, Linda; Juni, Peter; Egger, Matthias (06 2007). “Placebo-controlled trials of Chinese herbal medicine and conventional medicine-comparative study”. International Journal of Epidemiology 36 (5): 1086-1092. doi:10.1093/ije/dym119. ISSN 0300-5771. https://doi.org/10.1093/ije/dym119 2023年9月1日閲覧。. 
  14. ^ Chinese Herbal Medicine Passes FDA Phase II Clinical Trials”. ayback Machine. 2012-04-02 at the Wayback Machine閲覧。[リンク切れ]
  15. ^ a b c d 陳維華ほか原著、木村郁子ほか翻訳『薬対論』南山堂、2019年、2頁
  16. ^ a b 陳維華ほか原著、木村郁子ほか翻訳『薬対論』南山堂、2019年、3頁
  17. ^ a b 『現代商品大辞典 新商品版』 東洋経済新報社、1986年、396頁
  18. ^ セロトニン受容体拮抗作用とBDNF発現への関与を示唆
  19. ^ 白木公康「4 感冒に対する葛根湯の作用機序」『治療学』第40巻第4号、ライフサイエンス出版、2006年、413-416頁。  (要購読契約)
  20. ^ 漢方薬のトレーサビリティ確立に挑む、ツムラが対峙する中国産生薬の安全
  21. ^ 「漢方のエビデンス集積/日漢協 将来ビジョン策定」日刊工業新聞』2018年7月26日(ヘルスケア面)2018年9月30日閲覧。
  22. ^ 日本医師会 1992, p. 30.
  23. ^ a b 日本医師会 1992, pp. 20–22.
  24. ^ 花輪寿彦 2003, p. 305.
  25. ^ a b 花輪寿彦 2003, p. 302.
  26. ^ 日本医師会 1992, pp. 20–31.
  27. ^ 大塚恭男 1996, p. 104.






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