汝鳥伶 汝鳥伶の概要

汝鳥伶

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/10/21 19:31 UTC 版)

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大阪府吹田市[2]府立吹田高等学校出身[1]。身長164cm[1]。愛称は「ユー」、「ユーコ」[1]

来歴

1969年、宝塚音楽学校入学。

1971年、宝塚歌劇団に57期生として入団[3][2]。入団時の成績は26番[4]花組公演「花は散る散る/ジョイ!」で初舞台[1][4][3]。入団当初の芸名は汝鳥であったが、後に現在の芸名へ変更する。

1972年、月組に配属[4]

1986年より月組副組長を務め、1990年7月1日付で月組組長に就任。

1993年8月1日付で専科へと異動。

1996年11月8日付で月組へ異動となり、再び月組組長に就任。

1997年12月16日付で再び専科へ異動となる[3]

現在は登場するだけで舞台が引き締まるベテラン男役として、各組に特別出演を続けている[3][2]

主な舞台

初舞台

月組時代

専科時代

  • 1993年8 - 9月、星組『FILM MAKING』(バウホール・日本青年館) - オスカー・スポティスウッド
  • 1993年11月、月組『夢の10セント銀貨』(バウホール) - バート・グラン
  • 1994年1 - 2月、雪組二人だけの戦場』(バウホール・日本青年館) - シュトロゼック
  • 1994年2 - 3月、月組『夢の10セント銀貨』(日本青年館・愛知厚生年金会館) - バート・グラン
  • 1994年6 - 8月、月組『エールの残照』(宝塚大劇場) - ジョセフ
  • 1994年10月、雪組『二人だけの戦場』(愛知厚生年金会館) - シュトロゼック
  • 1994年11月、月組『エールの残照』(東京宝塚劇場) - ジョセフ
  • 1995年6 - 11月、花組エデンの東』 - アダム・トラクス[3]
  • 1996年2月、月組『ME AND MY GIRL』(中日劇場) - ジョン・トレメイン卿
  • 1996年3 - 7月、月組『CAN-CAN』 - アンリ・マルソー
  • 1996年9 - 10月、花組『エデンの東』(全国ツアー) - アダム・トラクス
  • 1996年10 - 11月、雪組『アナジ』(バウホール・日本青年館) - 松浦隆信

月組時代

専科時代

受賞歴




出典

  1. ^ a b c d e f 『宝塚おとめ 2020年度版』 宝塚クリエイティブアーツ、2020年、9頁。ISBN 978-4-86649-125-7
  2. ^ a b c d e f 専科 汝鳥伶:あなたの望むとおりに歌う鳥/The name of タカラジェンヌ産経新聞
  3. ^ a b c d e f g h i j k 専科 汝鳥伶インタビュー産経新聞
  4. ^ a b c 監修:小林公一『宝塚歌劇100年史 虹の橋 渡り続けて(人物編)』 阪急コミュニケーションズ 2014年4月1日 82-83頁。ISBN 9784484146010

注釈

  1. ^ 1974年11月からの東京宝塚劇場公演では、『ベルサイユのばら』『ザ・スター』に演目が変更。
  2. ^ 1976年3月からの東京宝塚劇場公演で『赤と黒』に題名が変更された
  3. ^ このときには新人公演は2回実施されており、1回目と2回目で配役が変わっている
  4. ^ このときは新人公演が2回実施されており、1回目の新人公演は星原美沙緒(当時の芸名は園みはる)がこの役を演じている。


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