水死 応急処置

水死

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/26 14:41 UTC 版)

応急処置

応急処置の統計

溺れた人を水死させないためには、早期の応急救護(BLS)が必要である。

一般的に、心臓停止からBLS開始までに3分たてば死亡率が50%、10分たてばほとんど生存が見込めなくなる。

呼吸停止の場合、BLS開始まで10分で死亡率が50%、30分たてばALSを開始しても殆ど生存は見込めない。

水死に至るまでの過程

急速な体表温度の低下に誘発された心臓発作や外傷などで意識を失ったり、体力低下やパニック状態に陥ったことで水中から顔を上げることができずに、あるいは人為的、偶発的に水中から脱出できない状況を強いられて窒息に至る。

血中の酸素濃度が低下すると無意識に息を吸おうとしてパニックを招く。なんとか空気を吸おうと必死にもがき動くため、血中の酸素が消費されて脳が酸素不足に陥り、さらに正常な判断ができなくなってしまう。

もし水が喉の中の喉頭あるいは声帯に入れば、気管が凝縮して、侵入を拒む。肺には普段、この水の侵入を防ぐ機能が働いているが、一度水が肺の中に入ってしまえば、この機能は途端に無意味になる。飲酒後に泳いだ人が溺死するのは多くの場合、気道の蓋であるこの喉頭蓋が麻痺しているためである。

酸素欠乏のため徐々に無意識の状態に陥り、心停止に至る。まだ、この状態になっても助かる可能性はあるが、酸素が一時的に供給されなかった脳に障害が残る場合があり、重度の場合は脳死遷延性意識障害となる可能性がある。

水死体の診断

  • シャウムピルツドイツ語版(きのこ状白色泡沫、白色泡沫) - 水死体の口から出てくる泡。
  • Treibspurドイツ語版 ‐ 水に浸かった体が流されたときにできた傷跡。
  • パルタウフ斑ドイツ語版 - 水死体にみられる肺の内出血。
  • 漂母皮化 - 長時間水に浸っていたために起きる、手などのシワ[5]
  • 蝉脱形成は、手袋・足袋のように表皮層が剥離した状態になっていることである[5]
  • 頭蓋底錐体部の骨内出血 ‐ 呼吸や水圧などにより発生[6]
  • 体内に侵入したプランクトンの分析[6]

その他

死因が溺水にならない例

人が浴槽で沈んでいた等、水死のように見て取れても、実際は水死ではなく他の要因で死亡した事が解剖によって判明する場合がある。

溺水によって死亡した遺体の場合、肺を解剖すると、中は立った水で満たされている事が多い。この泡は、呼吸する際の吸気と呼気によって水が攪拌されてできる泡である。肺内部からこのような泡が確認されると、呼吸しながら水を吸い込んだ、つまり水を吸い込む直前まで生きていた事を示すので、溺れた事によって水死した可能性が高いといえる。

逆にこのような泡が確認されない場合は、呼吸していない状態、すなわち溺れる前から既に死んでいて呼吸が止まっていると思われる状態で、後から呼吸器内に水が侵入したといえる。この場合、呼吸器内に水が侵入するより前に、病死殺人事件などの他の要因で死亡した可能性が高いので、水死にはならない。

この例は、遺族が死亡診断書を書いた医師に対してクレームを入れるなどの争いが起きやすい。死亡診断書の死因の項目が、病死か溺水(事故死)かによって、支払われる保険金の額が変わるからである[7]

死因の信ぴょう性

死因のデータについては、業界により様々な信ぴょう性が問われている。例えば2009年11月25日サウジアラビアで発生した大雨による大洪水では[8]100人以上が死亡したが、現地のメディアではこれを「洪水で100人以上が溺死した」といった内容で配信された。しかし100人中100人が全員溺死したなどと簡単には断定する事はできない。中には濁流に流されてきたなどで頭部を直撃し、脳挫傷で死亡する場合もある。いわゆる水に沈んだ遺体の全てが、必ずしも溺死したとは限らないのである。その為、死因についての決定や公表をする場合は、慎重になる必要がある[7]

事件性のある水死

事件性が認められる水死体は解剖などの調査が行われる。例えば、2004年(平成16年)11月に奈良で起きた小学一年生殺害事件では、被害女児の死因は溺死であったが、気道や胃や肺などに残留した液体や付着物が調べられた。プランクトン藻類などの混在や、塩分濃度などの水質から、水死した場所が特定できる。

一方、組織の含水などにより、遺体の損傷が生前に犯人に付けられたのか、あるいは流されているときについたものなのか、識別が難しくなるという特徴がある。

自殺

入水による自殺。遺体は一旦水底に沈むが、死後体内で発生する腐敗ガスのせいで、水上に浮上することがあり、自分の遺体がパンパンに膨れ上がって浮上し、野次馬の視線に晒される可能性がある。腐敗ガスによる浮力は、水深の浅い場所では20 - 30キログラム重にも及ぶ。また遺体がどこに流れ着くか分からず、途中で魚に食べられてしまうため、発見時に他殺遺体なのか自殺遺体なのかの判別も難しい。

裁判

水死に関わる裁判は多く起きている。特に、学校のプールを管理する教師や行政や、部活をやっていて溺れた場合などの子供を管理する監督者に対する過失が問われる裁判が起きており、中には水死した子供の親に対して過失相殺が認められる事例も多く見られる。

事故・裁判事例
1987年4月15日、神奈川県伊勢原市県立伊勢原養護学校高等部の男子生徒(当時2年)が水泳の授業で14個の浮力補助器具をつけて遊泳中、水を怖がり暴れたため個人指導の担任教師が生徒の頭を水中に沈めたところ大量の水を吸い込み死亡。両親が7150万円の損害賠償を求めて提訴、最高裁にて逸失利益の算定が争点となる。1994年11月29日、宍戸達徳裁判長は賠償総額を4840万円とした[9]
2006年、中国昆明(標高1900m)にて潜水トレーニング中に日本体育大学水泳部男子部員(当時20歳)が死亡。後、遺族が同大学と水泳部コーチを相手取って民事の損害賠償請求訴訟[10][11]
2011年7月、学校法人西山学園大和幼稚園(神奈川県大和市)に登園する園児(当時3歳)が屋内プール活動後、水に浮いた状態で見つかり、事故発生当日に搬送先病院で死亡[12]。2015年、横浜地裁(近藤宏子裁判長)にて園長に無罪判決、監督役の女性教諭に罰金50万円の判決[13]
2012年7月30日、京都市立養徳小学校主催の水泳指導教室にて女子児童(当時1年生)がプールで浮いた状態で見つかる。病院搬送されICUで治療を行うも翌夕死亡。後、第三者調査委員会設置[14]。2014年、京都地裁において市に対して2700万円の支払いを命じる判決[15]
2014年7月、京都市上京区の民営認可保育園「せいしん幼児園」にてプールで水遊びをしていた4歳児が死亡。後、市が調査報告書を作成[16]
2014年7月、名古屋市立昭和橋中学校2年の男子生徒が保健体育を受け持つ男性教諭の指導の下、水泳授業自由練習でプールに飛び込んだ際にプール底に激突し首を骨折。首から下が不髄の状態。
判例

生物による水死体の損壊

水中に沈没あるいは漂流している間、しばしば魚類カニなどの摂食を受け、遺体の分解が早まることがある。

水死体を損壊する生物
文献 場所 生物種 備考
Raimondi & Rossi (1888)[17] ヨーロッパ (淡水) Gammarus pulexヨコエビ 全身に多数の食痕
Holzer (1939)[18] オーストラリア (淡水) トビケラの幼虫 表皮全体を蚕食
松倉 (1959) 日本 (海) ヒメフナムシ(等脚目
小関・山内 (1964)[19] 新潟県 (海) トンガリキタヨコエビ(ヨコエビ),ニセスナホリムシ(等脚目),イソコツブムシ(等脚目 約2日間で表皮を侵蝕
新潟県 (海) タダノツノアゲソコエビ(ヨコエビ 約2日間で顔面・頸部に多数の食痕
新潟県 (淡水) キタヨコエビ科の一種(ヨコエビ 3 - 5日間で顔面・頸部に多数の食痕
永田ほか (1967)[20] 福岡県 (海) ナイカイツノフトソコエビ(ヨコエビ),ウミホタル 14 - 15時間で顔面・頸部が白骨化
平澤ほか (1999)[21] 三重県 (海) ニセスナホリムシ(等脚目 約24時間で頭部と手の一部が白骨化
柏木ほか (2010)[22] 日本(海) ニセスナホリムシ(等脚目 38 - 42時間で顔面表皮を蚕食

また、遺体の着衣内側にメジナサンマが潜りこんだり、産卵していたという事例も知られるが、隠れおよび産卵場所として利用されていたものと考えられている。その他、損壊に関与しないものの、遺体に付着する生物は多岐に及ぶ(小関・山内, 1964)。

土左衛門

水に浮いた水死体のことを「土左衛門(どざえもん)」と呼ぶのは江戸時代からの伝統である。

名前の由来は、山東京伝の『近世奇跡考』巻1に「案(あんず)るに江戸の方言に 溺死の者を土左衞門と云(いふ)は成瀨川肥大の者ゆゑに水死して渾身㿺(こんしんふくれ)ふとりたるを土左衞門の如しと戲(たはむれ)いひしがつひに方言となりしと云」とある。水死体はいったん水底に沈み腐敗が始まるとガスを発生し、組織が水を吸ってぶよぶよになり、体が膨れ上がって真っ白に見えることがある。この様が、享保年間に色白で典型的なあんこ型体形(締まりのない肥満体)で有名だった大相撲力士成瀬川土左衛門にそっくりだったことからこの名がついたという [23] [24]

力士の四股名には伝統名として繰り返し襲名されるものが多いが、「土左衛門」はこの成瀬川の後は一度も襲名されることがなかった。

昔から海運業、海洋土木、水産業、造船業等海にまつわる業界では、土左衛門を発見し陸に上げて供養することは縁起が良いこととされている[25][26]


  1. ^ 厚生労働省:平成21年度「不慮の事故死亡統計」の概況:不慮の事故による死亡の年次推移 : 厚生労働省
  2. ^ 東京都健康安全研究センター » 日本における事故死の精密分析(事故死,窒息,溺死・溺水,誤嚥,日本,疾病動向予測システム,年齢調整死亡率,世代マップ,平均死亡率比):(東京都健康安全研究センター)
  3. ^ 高齢者の入浴事故多発 溺死者は10年間で7割増:日本経済新聞
  4. ^ 冬場に多発する高齢者の入浴中の事故に御注意ください! 消費者庁
  5. ^ a b 圭太, 大城; 卓也, 齊藤; 幸延, 大和田; 春顕, 内藤; 裕, 松島; 翔太郎, 磯崎; 由布, 垣本; 資樹, 大澤 (2023). “手掌足底の漂母皮・蝉脱形成からの海中浸水経過時間の推定”. 日本法科学技術学会誌 28 (2): 183–187. doi:10.3408/jafst.841. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jafst/28/2/28_841/_article/-char/ja. 
  6. ^ a b 水死. コトバンクより。
  7. ^ a b 高木徹也『なぜ人は砂漠で溺死するのか? 死体の行動分析学』2010年、<株式会社KADOKAWA メディアファクトリー新書> ISBN 978-4840134958
  8. ^ AFPBB News 『サウジアラビア・ジッダで大洪水、77人死亡 不明多数』[1]
  9. ^ 中国新聞(月刊「子ども論」1992年5月号)、毎日・夕刊(月刊「子ども論」1995年1月号)
  10. ^ 平成二十年六月十八日提出 質問第五八五号 日本体育大学水泳部「宮嶋武広選手死亡事故」に関する質問主意書 提出者 保坂展人
  11. ^ 平成二十年六月二十四日受領 答弁第五八五号 内閣衆質一六九第五八五号 平成二十年六月二十四日 衆議院議員保坂展人君提出日本体育大学水泳部「宮嶋武広選手死亡事故」答弁書 内閣総理大臣 福田康夫
  12. ^ 平成23年7月11日に神奈川県内の幼稚園で発生したプール事故に係る事故等原因調査について(経過報告)(※)PDF 消費者安全調査委員会
  13. ^ 大和幼稚園プール事故、元園長に無罪判決 元教諭との責任評価に差 産経ニュース 2015年4月
  14. ^ 京都市立養徳小学校プール事故第三者調査委員会報告書の提出について 教育委員会
  15. ^ 小学校プールで小1娘溺死、病院に駆けつけた母へ学校の第一声は「緊急連絡先直しておいて」だった 産経WEST 2014年4月3日
  16. ^ 京都市認可保育所「せいしん幼児園」に対する調査報告書 京都市 平成26年10月20日
  17. ^ Raimondi C.; Rossi, U. (1888). “Un’applicazione della carcinologia alla Medicina legale”. Rivista sperimentale di freniatria e medicina legale delle alienazioni mentali 14: 79-85. 
  18. ^ Holzer, F.J. (1939). “Zerstörung an Wasserleichen durch Larven der Köcherfliege”. Zeitschrift für die gesamte gerichtliche Medizin 31: 223- 228. 
  19. ^ 小関恒雄; 山内峻呉 (1964). “水中死体の水生動物による死後損壊”. 日本法医学雑誌 18 (1): 12-20. 
  20. ^ 永田武明; 福元孝三郎; 小嶋亨 (1967). “フトヒゲソコエビ及びウミホタルによる水中死体損壊例”. 日本法医学雑誌 21 (5): 534-530. 
  21. ^ 平澤忠久; 喜田眞則; 柳瀬真 (1999). “A-1137 ニセスナホリムシの蚕食によって24時間で白骨化した一例”. 法医学の実際と研究 42: 221-223. https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=200902125102944029. 
  22. ^ 柏木正之; 杉村朋子; 原健二; 松末綾; 影浦光義; 久保真一 (2010). “A-1530 特異な蚕食を認めた水中死体の1剖検例:ニセスナホリムシによる死後損壊”. 法医学の実際と研究 53: 17-20. https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=201102260371166000. 
  23. ^ 山東京伝著 喜多武清画『近世奇跡考』巻之一 十四(1804年)松山堂書店[2]
  24. ^ 宮武外骨編『日本擬人名辞典』34頁[3](成光館,1930)
  25. ^ 海村生活の研究 柳田国男編[4](日本民俗学会,1949)
  26. ^ 漁・猟にまつわる言い伝え-徳島県立図書館[5]


「水死」の続きの解説一覧




水死と同じ種類の言葉


品詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「水死」の関連用語

水死のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



水死のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの水死 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS