水星 座標系

水星

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/13 04:31 UTC 版)

座標系

水星の経度は自転方向に従い、西に向かって増えるよう設定されている(つまり、水星の惑星面経度はすべて西経で表示される)。水星では フン・カル という名の小さなクレーターの経度が西経20度として定義され、測定の基準点になっている[81][82]

人類による認識

古代

俊足の神メルクリウス。英語Mercuryの語源となった。

水星について記述された最古の観測記録は、紀元前14世紀頃のアッシリア人によって作られたと考えられる星図表Mul.Apinである[83]。この表における水星の楔形文字表記は、Udu.Idim.Gu\u4.Ud[注釈 2](the jumping planet、「跳ぶ星」)と訳された[84]バビロニアにも紀元前1000年代の記録があり、彼らは神話に登場する伝達する神ナブーになぞらえた名称をつけていた[85]

古代ギリシアではヘーシオドス(紀元前700年頃?)の時代には知られ、Στίλβων(Stilbon、「微かな光」の意)やἙρμάων (Hermaon) と呼ばれていた[86]ヘラクレイデスは、水星と金星が地球でなく太陽の周りを回っていると考えるに値する観測を行った[87]。古代ギリシア世界では、宵の水星にヘルメース、明けの水星にはアポローンを対応させていたが、やがてこの2つの星が同一のものであることに気づいた[88]。その後、最内周惑星で運行が速いことから、ヘルメースと同一視されていた俊足の神メルクリウスの名があてられ、これが英語のマーキュリー(Mercury = 水星)の語源となった[89][90]

古代中国では水星は「辰星」の名で知られ、方角の「北」、五行思想の「水」と対比させていた[91]。水を当てはめた理由は、流水を水星の公転速度の速さに見立てたためであり、西洋の俊足神メルクリウスと同じ着眼である。現代でも、中国、日本大韓民国ベトナムでは漢字で「水星」と書かれ、五行思想の反映が見られる。インド神話では、水星には水曜日を司る神ブダの名が与えられる[92]。曜日との関連は、ゲルマン人の思想英語版でも神オーディンが水星と水曜日を司るという考えがある[93]

マヤ文明では水星はフクロウに喩えられ、1羽という時と、朝夕それぞれ2羽の計4羽と考えられることもあった。彼らは地下世界からの使者と考えられた[94]

中世

イブン・シャーティルの天体モデルにも水星が描かれている。

中世イスラム世界では、11世紀にアンダルスの天文学者ザルカーリーが水星の公転軌道が卵や松の実のような楕円形だと主張した。ただし彼の天文学理論や計算に、この考えは反映されなかった[95][96]。12世紀にはイブン・バーッジャが「太陽面にある2つの黒い点」を観察した。13世紀には、マラーゲ天文台英語版クトゥブッディーン・シーラーズィー英語版が、これは水星金星の太陽面通過またはその両方だと述べた[97]。なお現代では、この種類の中世の報告は太陽黒点を見ていたものとも取り扱われる[98]

インドでは、15世紀にケーララ州ケーララ学派ニーラカンタ・ソーマヤージー英語版が、16世紀デンマークティコ・ブラーエに先立ち、太陽の周囲を水星と地球が周回する太陽系モデルを構築した[99]

地上からの観測

水星の太陽面通過。中心下部にある小さな黒い点が水星である。太陽左の縁に見られる黒い部分は太陽黒点である。

望遠鏡を用いた水星観測は17世紀初めにガリレオ・ガリレイが手がけたが、天体の英語版を確認するには充分な機能を発揮しなかった。しかし1631年にはピエール・ガッサンディが、ヨハネス・ケプラーが予告した天体の通過を望遠鏡で観測した。1639年にはイタリアのジョヴァンニ・ズッピが望遠鏡を使って水星を観測し、金星や月と同様に満ち欠けがあることを発見した。これによって、水星が太陽の周りを回っていることが確実になった[17]。惑星同士が交差する掩蔽は非常に稀な天体現象だが、1737年5月28日に水星と金星で起こった掩蔽はグリニッジ天文台ジョン・ベヴィスによって観察された[100]。水星と金星が次に掩蔽を起こすのは2133年12月3日である[101]

水星は太陽に接近しているため、観測するのは非常に困難である。水星軌道周期の約半分に相当する期間は、太陽の光に埋もれてしまって見ることができない。またそれ以外の時期でも、朝か夕方のごく短い時間しか観測できない[102]ニコラウス・コペルニクスが水星を生涯見られなかったという逸話は有名である。[103][104]

地球から見た水星にも、金星や月のような満ち欠けの相が見られる。内合の時に「新水星」、外合の時に「満水星」となるが、これらの時期には太陽と同時に上ったり沈んだりするために、見ることはできない。最大離角の時には半分欠けた形になる。西方最大離角の時には日の出前に最も早く上り、東方最大離角の時には日没後に最も遅く沈む。最大離角の値は、近日点ならば17.9度、遠日点ならば27.8度である[105][106]。しかし金星とは異なり、最も明るくなるのは「半月」形と「満月」形の間の相である(金星では「新月」形と「半月」形の間で最も明るくなる)。この理由は各相にある時の地球からの距離による。水星では内合「新水星」と外合「満水星」の時の地球からの距離の差は3倍以下だが、金星では6.5倍にもなる。水星が内合になる周期は平均すると116日だが[3]、軌道の離心率が大きいために実際には111日から121日まで変化する。同じ理由で、地球から見て逆行する期間も8日から15日まで変化する。

このような観測の難しさから、水星の理解は他の惑星と比べて遅れた。1800年、ヨハン・シュレーターは水星表面の観察を行い。高さ20kmの山脈が存在すると主張した。フリードリヒ・ヴィルヘルム・ベッセルはシュレーターの観察結果から、自転時間を24時間、自転軸の傾斜が70度だという誤った見積もりを発表した[107]。1880年代になって、ジョヴァンニ・スキアパレッリがより精確な惑星写像を取り、その結果から自転周期は88日であると示唆するとともに、公転も潮汐力から同期した状態にあると考えた[108]。惑星写像への取り組みは引き続き行われ、1934年にはユジェーヌ・ミカエル・アントニアディが観測結果と地図を載せた本を出版した[62]。そこには、数多いalbedo features(天体面の明暗模様)が反映され、「アントニアディ・マップ」と呼ばれた[109]

1962年6月、ウラジーミル・コテルニコフ率いるソヴィエト連邦科学アカデミー情報通信研究所 (Institute of Radio-engineering and Electronics) は、水星にレーダー信号を発信し反射を利用した観測を初めて行った。これはレーダーを利用した惑星観測の皮切りとなった[110][111][112]。3年後に、アメリカのゴードン・ペッティンギル英語版らがプエルトリコアレシボ天文台300m径電波望遠鏡を用いた観測を行い、最終的に水星の自転周期が59日であることを突き止めた[113][114]。水星の自転は公転と同期していると広く考えられていたため、この発見は驚きをもって受け止められた。同期していれば常に影となる半球は非常に冷たくなるはずだが、電波計測の結果は、予想よりもはるかに高い温度を示していた。それでも天文学者の中には風のような熱を分配する何かしら強力な機構を想定するなど、同期説を簡単には手放さない者もいた[115]

公転と自転の比率が1対1ではないと提言したのはイタリアの天文学者ジュゼッペ・コロンボ英語版であり、彼は公転が自転周期の2/3に相当すると述べた[116]。この証明は、マリナー10号から得られたデータで裏づけされた[117]。これは、スキアパレッリとアントニアディの地図が正しいことを示すとともに、他の天文学者が観察した水星表面は2パターンある公転・自転関係のひとつだけを見ていたわけではなく、観測手段が未発達だったために彼らが目にした太陽方向に向けられた表面の違いをさしあたり無視していたことを示した[107]

アレシボ天文台が観測した極のクレーター。水の氷が存在する可能性がある[118]

地上からの観測は光を反射しない部分を知る手段に乏しく、水星の基本的な特性は探査機を打ち上げて初めて理解できた。しかしながら、20世紀末以降は技術的進歩が進み、地上観測からでも多くの情報を入手できるようになった。2000年、ウィルソン山天文台の1.5mヘール望遠鏡で高解像度のラッキーイメージング英語版観測が行われ、マリナー10号では得られなかった水星表面部分の画像撮影に成功した[119]。後の解析で、そこにはカロリス盆地を越え、スキナカス盆地英語版の2倍に相当する大きさの巨大な二重クレーターが発見された[120]。その後もアレシボ天文台による観測で、水星表面の大部分は5kmの解像度で撮影された。この中には、極にあり影に水の氷が存在する可能性を持つクレーターも含まれていた[121]

到達の難しさ

地球から水星に到達するためには、技術的に高いハードルが有る。水星の公転軌道は、地球の公転軌道と比べて平均で3倍も太陽に近いため、地球から打ち上げた宇宙機を水星の重力に捕捉させるためには、太陽の重力井戸を 9100万 km 以上も降らなくてはならない。単純に、ホーマン遷移軌道によって遷移するとしても、ΔVが他の惑星探査よりも大きい[122]。さらに、水星は太陽系の中では小さな惑星であり、その重力は地球よりも弱く、重力圏も小さい。加えて、水星への着陸や、安定な水星周回軌道への投入を実現するためには、水星に充分な密度の大気が存在しないため空力ブレーキを使えず、宇宙機のエンジンに頼らざるを得ない。なお、単純に力学的な比較として、水星への旅で必要なΔVとしては太陽系脱出速度のためのそれより大きい。これらが、水星探査機の実現回数が少ない理由である[123]

探査

水星探査機マリナー10号
探査機メッセンジャー

水星に向けられた初の探査機は、1973年に打ち上げたアメリカ航空宇宙局 (NASA) のマリナー10号であった[88]。同機は1974年から1975年にかけて3回にわたって水星に接近。写真撮影や表面温度の観測を行い、惑星表面の特徴的な地形を数多く知らしめた[122][124]。しかし探査可能時間が短いことから惑星の夜の部分は撮影ができず、情報は全球の45%以下に止まった[125]

2004年8月3日、アメリカ航空宇宙局のメッセンジャー が打ち上げられ、地球、金星をスイングバイ(フライバイ)しながら水星へ向かって航行し[126]、2008年1月には水星での最初のスイングバイを行った[127]。2011年3月18日に水星の周回軌道に入った。その結果、クレーターの縁や中心に穴があること、太陽系の内側には水が、ほぼ存在しなかったこと、南北の磁場が非対称なので、水星内部には薄い液体核しかないことが推測できるという[128]。2015年5月1日に水星表面に落下してそのミッションを終了した。

航行中

ベピ・コロンボ宇宙航空研究開発機構 (JAXA) と欧州宇宙機関 (ESA) が共同で打ち上げ、ミッション遂行中の探査機である[129]。これは2機編成で[32]、長楕円軌道には「水星磁気圏探査機 (MMO: Mercury Magnetospheric Orbiter)」を、低軌道には「水星表面探査機 (MPO: Mercury Planetary Orbiter)」を化学燃料ロケットで投入し、水星公転の数年に相当する期間をかけて探査を行う予定である[129]。MPOは、メッセンジャーと同じく分光計を積載し、赤外線、紫外線、X線など複数の波長で惑星の調査を行う[130]。当初は2013年には打ち上げられる予定であったが、ESAの開発遅れからスケジュールがたびたび延期されている。2014年時点では、2016年7月に打ち上げ、2024年に水星の周回軌道に入って観測をする計画であった[131]が、2016年11月には2018年10月に打ち上げを延期し、水星到着が2025年12月になることがESAから発表されている[132]

人類との関係

惑星記号

ヘルメスの伝令杖「ケリュケイオン」(ラテン語でカドゥケウス、二匹の蛇の絡んだ杖)は、現在は商売、交通などのシンボルとして用いられているが、占星術天文学では古くから、これを図案化したものが水星の記号(☿)として用いられる。錬金術では7種類の金属が惑星によって象徴され、ヘルメス/メルクリウス水銀と関連付けられたため、水星の惑星記号が水銀の記号として使われた。

占星術

水星は七曜九曜の1つで、10大天体の1つである。西洋占星術では、双児宮処女宮支配星で、吉星である。流動性を示し、通信・交通、商売、旅行、学問、知識関係、兄弟に当てはまる[133]

関連作品




注釈

  1. ^ 以前最小の惑星だった冥王星は2006年に準惑星へ分類変更された。
  2. ^ 楔形文字の翻訳には、「MUL」を伴った資料もある。ただしMULはシュメールにおいて「星」を意味し、固有名詞の一部とは考えられない。「4」は、シュメール語とアッカド語の翻訳法において、楔形文字の単語が持つ複数の音節のうちいずれかを指定するためにつけられた参照番号と考えられる。

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