民間放送 民間放送の概要

民間放送

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/28 02:21 UTC 版)

主に営利企業により放送されるため、商業放送(しょうぎょうほうそう、: commercial broadcasting)という呼称も用いられるが、この呼称は私企業による放送に対してのみ使われ、非営利法人が行う放送(例・エフエム東京の前身であるFM東海)は該当しない。

歴史

英国の企業による放送開始

企業による組織的なラジオ放送の運営は、英国郵政庁GPOの許可を受け、1920年(大正9年)1月15日よりマルコーニ無線電信会社がチェルムスフォードから長波の6KWではじめた試験放送が最初である。しかしこれはラジオ放送の試験を目的とする許可だった。同年2月23日から15KWに増力すると共に、1日2回の定期放送が行われた[2]。 1920年3月6日以降は不定期な試験放送に戻ったが、中でも同年6月15日に放送されたオペラ歌手ネリー・メルバ夫人のライブ音楽番組は、欧州大陸の聴取者に向けて三箇国語(英語、フランス語、イタリア語)でアナウンスされ注目を浴びた[3]。アメリカのRadio News誌が「the first "world" concert」と伝えているとおり、これが国際放送の嚆矢である[4]。このチェルムスフォードからの試験放送は欧州大陸だけでなく、同年8月2日には大西洋を超えてカナダで受信され評判となった[5]。しかし英国空軍の無線システムに妨害を与えることが分かり、この年の秋には中止された。

1922年(大正11年)春、マルコーニ科学機器会社にライトル2MTおよびロンドン2LO、メトロポリタン・ヴィッカーズ電気会社にマンチェスター2ZYの免許が与えられたが、同年10月18日に英国郵政庁GPOの音頭取りで設立されたイギリス放送会社(1927年に公共放送化され英国放送協会)に移管された。

米国の企業による放送開始

米国では民間放送より国営放送が先行し、1920年(大正9年)1月17日ワシントンD.C.アナスコティアにある「海軍支援施設」から、海軍省が娯楽音楽放送(コールサインNOF)をはじめた[6][7]。 これに少し遅れて、ペンシルベニア州ピッツバーグウェスティングハウス電気製造会社の無線技術者フランク・コンラッドが実験局8XK(中波1200kHz, 100W)で放送実験していたものを、同社のデヴィス副社長が拡張・発展させ、1920年11月2日より本放送を開始した。そのコールサインはKDKAで、これが世界初の民間放送のラジオ局である[8] [注釈 1]

ウェスティングハウス電気製造会社のKDKAはスポーツ中継 [注釈 2]、日曜礼拝中継 [注釈 3]、アーリントン海軍局NAAの夜10時の時報を中継する「時報サービス」 [注釈 4]、生バンド演奏番組 [注釈 5] などを次々と開発し、さらには週刊番組ガイド誌"Radio Broadcasting News" を出版。その創刊号は1921年(大正10年)12月末の発売で、1922年(大正11年)第一週(1月1~7日)の番組の「聴きどころ」を紹介した。また系列局の開設でサービスエリアを拡大すると共に、廉価版ラジオ受信機を開発し、商品ラインナップに加えるなど、ラジオ放送の浸透・定着にKDKAは大きく貢献した。その結果、1922年からライバルとなる民間放送会社が爆発的に増えて、深刻な周波数不足が起きた。

日本の企業による放送開始

日本では1924年(大正13年)に大阪朝日新聞昭和天皇御成婚奉祝式典の中継、大阪毎日新聞では第15回衆議院議員総選挙開票中継など民間企業によるラジオ放送が実験的に行われていた。 まもなくして逓信省が中心となり放送の免許制が整えられ、新聞社や通信会社との調整の上、1925年(大正14年)に社団法人東京放送局・大阪放送局・名古屋放送局(のちの日本放送協会NHK放送センターNHK大阪放送局NHK名古屋放送局)が設立されると新たな民間放送の設置が制限された。

太平洋戦争終結後、日本を間接統治したGHQは当初、軍事的な立場と急進的な放送局の出現を危惧し「NHK独占、民放却下」の原則を打ち出していたため民放の設置は否定されていた[9]。その後、1950年(昭和25年)に民間放送の設置が認められる放送法が公布施行され、翌年の1951年(昭和26年)9月1日午前6時30分、愛知県の中部日本放送(現在のCBCラジオ)がラジオ本放送を開始、日本で最初の民間放送として第一声を発した。

こちらは名古屋のCBC・中部日本放送でございます。昭和26年9月1日、わが国で初めての民間放送・中部日本放送は、ただいま放送を開始しました。[10]

同日午後12時には大阪府の新日本放送(現在の毎日放送MBSラジオ)も本放送を開始し、東京に先んじて名阪から民間放送が始まった。

テレビジョン放送の第一号は1953年(昭和28年)8月28日にVHFにより放送を開始した日本テレビである。

ビジネスモデル

日本以外では最も初期のビジネスモデルは放送受信機の販売だった。ウェスティングハウス電気製造会社はKDKAにより、市民が聴きたくなるような良質の番組を提供することで、自社の放送受信機を大量に販売することを想定していた。良いレコードがあれば蓄音機が売れるという考えである。しかし1920年代の後期ごろより、この方式の限界がみえはじめ、広告収入を目指すように移っていった。

広告

無料放送を行う民間放送ではスポンサーからのコマーシャル(広告)が中心となる。とりわけ地上波放送はコマーシャルの広告効果は重要視され、またテレビの場合は番組視聴率を広告効果の指標とすることも多い。また、放送事業に投資した資金をスポンサーや市場(視聴者)から回収出来るかどうかという問題が常につきまとう。このため、興味本位あるいはスポンサーに迎合した番組制作が行われることが懸念されたり、2003年(平成15年)に日本テレビの社員が引き起こした視聴率の買収工作などが問題となったこともある。そういった理由から放送倫理・番組の質を確保するため、かねてより放送界の自主的な取り組みを行っており、日本ではNHKと共同で「放送倫理・番組向上機構」(BPO)を2003年7月1日から発足させている。

なお、視聴料金を収入の礎とする放送事業者はコマーシャル放送を行わない場合もある。

視聴料金

有料の番組を視聴するにあたっては、放送事業者との契約により月額一定、もしくはペイ・パー・ビュー方式で視聴料金を徴収する。多くの衛星放送のチャンネルでは基本的にこの形態をとっている。


注釈

  1. ^ 1920年当時、放送を行っていた米国の企業がいくつか知られているが、それらは商務省電波局の無線局ライセンス区分によるところの、コールサインが「数字+AA~WZ」:アマチュア無線局、「数字+XA~XZ」:実験局、「数字+YA~YZ」:訓練学校局、「数字+ZA~ZZ」:特別アマチュア無線局、のいずれかに該当するものである。例)8XKは実験局
    「KDKA」のようなアルファベットだけのコールサインが商務省電波局より発給されたのは、ウェスティングハウス電気製造会社が最初だった。
  2. ^ ボクシングと野球の試合を中継した
  3. ^ 「教会サービス」と呼ばれ、一番人気ある番組だった
  4. ^ リスナーが自分の時計を校正するのに便利だった
  5. ^ もしレコード演奏ばかりだと、ラジオよりも直接レコードを蓄音機で聞く方が音質が良いため
  6. ^ 放送法施行規則の規定により登録されるか、届け出るのみでよい。
  7. ^ 名古屋入国管理局デジタルテレビSHV中継局の免許人は法務省つまり国である。市町村によるものも北海道上川郡美瑛町美瑛町デジタルテレビSHV中継局を皮切りに、主に山間地を抱える市町村による開設が続いている。
  8. ^ 呼出符号は「JOIF」に変更。「JOGR」はラジオ青森(現・青森放送)に再指定された。
  9. ^ 民放連編『日本民間放送年鑑'83』(コーケン出版刊)の記述によると、当時開局していたか準備中であった東京、大阪、愛知、福岡、愛媛、北海道、広島、長崎、仙台、静岡及びFM転換前の沖縄極東放送各社の大株主に、マスメディアは名を連ねていなかった。当時は法人ではなくマスメディア関係者個人として出資することで、規制を回避していたものとみられるが、後に集中排除原則違反事件で問題となった。
  10. ^ 北海道・東京都・京都府・大阪府の各域のみを放送対象地域としても県域放送と呼ぶ。県域放送#概説参照。
  11. ^ 有線ラジオ放送の「共同聴取業務」であり、実施には届出を要する。

出典

  1. ^ 大辞林
  2. ^ 関口定伸 『ラヂオのお話』(少年科学世界第3編) 1925 廣文堂 pp165-166
  3. ^ 伊藤賢治 『無線の知識』 1924 無線実験社 pp101-102
  4. ^ H.Gernsback "Radio Concerts" Radio News Sep.1920 Experimenter Publishing Co. p133
  5. ^ "Result of Radiophone Experiment at Signal Hill Station" Wireless Age Sep.1920 p8
  6. ^ C. Austin ”The Romance of the Radio Telephone” Radio Broadcast May,1922 p16
  7. ^ 栄谷平八郎 『ラジオ発展史』 1947 通信教育振興会 p48
  8. ^ 日本放送協会編 『日本放送史/1951年版』 日本放送協会 pp16-17
  9. ^ 『北日本放送十年史』(1962年4月17日、北日本放送発行)10 - 12ページ『白眼視し合うNHKと民放』より。
  10. ^ CBCのあゆみ | 中部日本放送株式会社
  11. ^ 昭和63年法律第29号による放送法改正
  12. ^ 平成元年法律第55号による放送法改正
  13. ^ 通信・放送産業動態調査(総務省情報通信統計データベース)(2019年5月2日アーカイブ) - 国立国会図書館Web Archiving Projectの通り、平成30年度第3四半期調査をもって中止
  14. ^ 定款第5条
  15. ^ a b c 石井清司 『日本の放送をつくった男 フランク馬場物語』毎日新聞社 (原著1998年10月30日)、196、200頁頁。ISBN 4-620-31247-9 
  16. ^ フランク・正三・馬場#民間放送開局も参照
  17. ^ 昭和63年法律第29号による電波法改正
  18. ^ 崩壊中のBSラジオ局 | スラド
  19. ^ 平成元年法律第55号による改正
  20. ^ 平成25年総務省告示第441号による改正
  21. ^ 平成24年総務省令第23号による放送法施行規則改正
  22. ^ 平成21年法律第22号による放送法改正の施行
  23. ^ スマートフォン向け放送局「NOTTV」開局(mmbi 2012年2月16日) - ウェイバックマシン(2012年3月14日アーカイブ分)
  24. ^ モバキャスサービス鳥栖局の開局(ジャパン・モバイルキャスティング NEWS 2014年10月30日) - ウェイバックマシン(2014年10月30日アーカイブ分)
  25. ^ NOTTV - ウェイバックマシン(2016年6月30日アーカイブ分)
  26. ^ デジタル地上波最高音質!通信料不要!多彩なチャンネル!進化する無料デジタル放送「i-dio(アイディオ)」始まる!〜3月1日(火)12時からプレ放送開始〜 株式会社エフエム東京・BIC株式会社・株式会社VIP・東京マルチメディア放送株式会社(2016年2月29日 ) - ウェイバックマシン(2016年3月4日アーカイブ分) (PDF)
  27. ^ 7月1日グランドオープン! 東海地区に放送エリア拡大 株式会社エフエム東京(2016年6月24日 ) - ウェイバックマシン(2016年7月5日アーカイブ分) (PDF)
  28. ^ 東北ブロック 本日開業 北海道・東北のFM7局のデジタルサイマル放送も開始(i-dio - NEWS 2018年5月1日) - ウェイバックマシン(2018年6月21日アーカイブ分)
  29. ^ 中国・四国ブロック 本日開業 FM8局のデジタルサイマル放送も開始(i-dio - NEWS 2018年6月26日) - ウェイバックマシン(2020年2月19日アーカイブ分)
  30. ^ 北海道ブロック 本日(4/1)開業 全国主要都市をカバー(i-dio - NEWS 2019年4月1日) - ウェイバックマシン(2019年12月27日アーカイブ分)
  31. ^ i-dio放送終了のお知らせ(i-dio 2020年3月31日) - ウェイバックマシン(2020年9月2日アーカイブ分)


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