毛皮
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/18 06:57 UTC 版)
古来、防寒具やファッション[2]などに利用されてきた。一般に人間が衣類などに利用する上では、断熱性を求める場合には加工し易い体毛を持つ哺乳類が用いられる。なお哺乳類でも水辺などに生息する動物や、細かく柔らかい毛並みを持つ動物のほうが好まれる傾向もあり、過去にはそれら毛皮目あての乱獲などにより絶滅に瀕した動物もいる。
動物の犠牲を伴う毛皮使用への反対から、多数のファッションブランドがフェイクファーへ転向しつつあり[3]、EUでは毛皮製品の輸入額が過去10年間で60%以上減少した[4]。
利用の歴史
人類は旧石器時代から、狩猟を行い動物を食用にし毛皮を衣類として使用していたと考えられている。かつては防寒具として毛皮に代わるものはなかったと考えられており、特に寒冷な気候の北ヨーロッパなどでは、毛皮は生活に欠かせない必需品であった。カエサルの『ガリア戦記』にはゲルマン人が毛皮を着用していたことを示す記述がある。
封建時代のヨーロッパでは、高級な毛皮は宝石などと同様、財宝として取り扱われた。イギリスのヘンリー8世(在位、1509年 - 1547年)は王族・貴族以外の者が黒い毛皮を着用することを禁じ、とりわけ黒テンの毛皮は子爵以上の者しか着用できないとした。18世紀以降にはヨーロッパ全土に広まり、貴族はキツネ、テン、イタチなど、庶民はヒツジ、イヌ、ネコなどの毛皮を使用していた。
黒テンやビーバー、キツネといった毛皮はロシアの主要な輸出品として、大きな商業上の利益をもたらした。16世紀以降、ロシア帝国は毛皮を求めて、東方に領土を広げ、シベリア開発を行った。ロシア政府はシベリアの少数民族に対し、毛皮の形で税を徴収した。この税は「ヤサク」と呼ばれる。
18世紀にはラッコの毛皮が流行し、最高級品として高値で取引された。ロシア人はこれを求めて極東のカムチャツカ半島、さらにはベーリング海峡を越えて北アメリカ大陸のアラスカまで進出し、毛皮業者に巨万の富をもたらした。乱獲により、20世紀初頭にはラッコは絶滅寸前まで減少した。
シベリアやアラスカのエスキモーなど寒冷地方に生活する人々は、防寒用としてトナカイやアザラシの毛皮を愛用している。帽子、上着、ズボン、長靴、手袋など、ほぼ全身を毛皮で覆っている。ロアール・アムンセンも南極探検の際にはイヌイットから伝授された毛皮の防寒着を使用した。
20世紀の半ば以降、狩猟による毛皮の採取は減少し、大半は飼育場で飼われたものの毛皮を加工し生産するようになった。天然の毛皮は世界各地で産出するものの、重要な供給地は寒冷地である[1]。
旧石器時代の例としては、北海道柏台1遺跡から2万年前の着色された毛皮と見られる痕跡が確認されており、着色料としては黒色顔料である二酸化マンガンと赤色顔料である赤鉄鉱などが使用されたと見られ、採掘された鉱石も近くの遺跡から見つかっている[5]。
日本において、他国から毛皮の輸入をうかがわせる逸話を記した記事は、『日本書紀』斉明5年(659年)条に高句麗使人がヒグマの毛皮(敷物)を売ろうとした話が見られる(詳細は「ヒグマ#人間との関わり」の日本を参照)。この時期(7世紀半ばの時点)では、列島の北方(北海道)交易からもヒグマの毛皮が流れていた(それ以前では高句麗からの輸入に頼っていた)内容となっている。
嵯峨天皇の時代以来、渤海国からテン(貂)やトラなどの毛皮が高級舶来品として輸入された。平安時代には貴族の間で毛皮が流行し、富裕な人々が防寒着として着用した[6]。延長5年(927年)の『延喜式』の弾正台式(貴族の服装規定)には、公式な場での位階別の毛皮着用基準が定められており、貂皮が参議以上しか着用を認められない最高級のランクとされていた。例えば、平家重代の鎧である唐皮はトラの毛皮が用いられている(『平家物語』)。
室町幕府第6代将軍足利義教が再開した勘合貿易によって、中国側の回賜品目として蛇皮50張、猿皮1万張、熊皮30張が挙げられ、送られた[7]。
庶民においては、古くよりたとえばマタギなど猟師は自ら仕留めた獣の毛皮を加工し、防寒着などとして用いていた。また豪奢な装飾用の敷物や工芸品の素材として利用されていたようである。
ただし、一般では衣料素材としてはあまり積極的に使われておらず、細々とした流通にとどまっていた。日本の最初の、一般向けに毛皮を販売する専門店は、1868年に栃木県日光市鉢石町で創業した山岡毛皮店だとされている[注 1]。
第二次世界大戦時では、軍需品としてのムササビの毛皮が高騰した(詳細は「ムササビ#人との関係」を参照)。戦時下では大日本猟友会が毛皮を収入源としていた(詳細は「大日本猟友会#歴史」を参照)。また飛行服の素材として諸外国と同様にヌートリアの飼育を国民に奨励したが、戦後には放逐・野生化し問題となっている[8]。
1959年1月14日に皇太子明仁親王・正田美智子婚約の折、正田側が実家を出る折に身に着けていたミンクのストールが当時のテレビで大々的に放映され、世の女性たちはミッチー・ブームで熱狂、ミンクのストールも注目された。おりしも日本は岩戸景気で大衆も豊かさを実感し享受する時代に突入していたので、毛皮はそれまで一部の権力者や有力者だけの贅沢品だった状態から、一気に一般労働者層でも頑張れば手が届く、高価で贅沢だが一般的な装飾的意味合いの強い衣料品にまでなった。
現代では動物愛護や動物の権利の意識の高まりから毛皮の利用に対して国際的な反対運動が展開されており、特に寒冷地等で「必需品」として利用するのではなく「贅沢品」として利用する事には強い嫌悪感を持つ人も多いと言われる。なお、愛玩動物としての地位もある犬や猫の毛皮に関しては、こういった嫌悪感が形成されやすい傾向も見られ、ヨーロッパでは2006年9月に流通していた毛皮製品の内に犬や猫のそれを使った物が確認されたため社会問題となり、2006年11月20日に欧州連合の加盟諸国間では貿易禁止となった [9]。
主な毛皮獣
哺乳類は体表に体毛が生えている。密生した体毛はその中に空気の層を保ち断熱性に優れており、これによって哺乳類は熱が逃げ体温が下がることを防いでいる。野生動物は雨などにさらされるが、たとえ毛皮の外面・表面が濡れるような状況になっても毛の根元は油分により水をはじくことで水の気化により熱を奪われることを防ぐ。冬季にはさらに細かな毛を増やして断熱性を高める動物もいる。毛を残したままの皮革は、皮革に上記のような防寒の効果・効用が加わったものになり、つまり防寒具となるのである。
鳥類の羽毛も空気を含み優れた保温・断熱の役割を果たしているが、ただ羽毛は毛皮のようには剥がしてシート状のまま扱うことは難しい[注 2]。
毛皮獣として、キツネ、テン、イタチ、チンチラなど寒冷地に生息する種や、ラッコ、カワウソ、ビーバー、アザラシなど半水生ないし水生の種が主に用いられる。これらはいずれも断熱性に優れた毛皮を持つ。
毛皮動物の種類
- マスクラット -
- ヌートリア -
- ビーバー -
- チンチラ - げっ歯類の小動物。青灰色の毛をもつ。20世紀初頭、乱獲により絶滅寸前まで減少した。野生のチンチラはワシントン条約により保護されている。
- ラビット(カイウサギ) -
- レッキス -
- ノウサギ (ヤマウサギ) -
- レッドフォックス (アカギツネ) -
- シルバーフォックス - アカギツネが突然変異により、銀色の毛色になったもの。劣性遺伝であるため、野生のものはまれであるが、1898年にプリンスエドワード島にて飼育が成功して以降、安定した供給が可能となった。
- クロスフォックス - レッドフォックスとシルバーフォックスの掛け合い。
- ブルーフォックス (ホッキョクギツネ) - 青ギツネ。フォックスの中で一般的に流通している北極狐の灰色の固体。
- シャドーフォックス (ホッキョクギツネ) -白ギツネ。北極狐の白い個体。
- タヌキ (狸) -
- イタチ (鼬) - ニホンイタチ、ウィーゼル、コリンスキー、フィッチ、アーミン、ラスカ、フィッシャー、ウルバリン、パーミー等。
- ミンク - イタチ科の小動物。毛皮獣のなかでも飼育による生産開始時期が古く、1866年から行われている。1930年代以降、大量生産がなされるようになった。突然変異により、様々な毛色のものが得られている。
- セーブル (黒貂) -
- マーテン (貂) - 黄貂、パインマーテン、ストンマーテン
- バジャー (穴熊) -
- リバーオター (カワウソ) -
- キャット - リンクス、ボブキャット、オセロット、チーター、ピューマ、ジャガー、ユキヒョウ、パンサー、クロヒョウ、タイガー、ライオン
- ジャコウネコ - ハクビシン、シベットキャット
- スカンク - シマスカンク
- ラクーン (アライグマ) - カコミスル
- ベアー(熊) - ニホンクロクマ、ヒグマ、ツキノワグマ、マレーグマ、ハイイログマ、ホッキョクグマ等
- アザラシ -
- ケープシール - ミナミオットセイ
- リス - ロシアリス、カナダリス、シマリス、サスリック、ムササビ、モモンガ、マーモット
- モール -
- ポニー (馬) -
- ゼブラ (シマウマ) -
- カウ(牛) - カーフ (子牛)
- ゴート(山羊) - キップ (小山羊)
- シープ(羊) - ラム (子羊)
- アンテロープ (レイヨウ) - ニホンカモシカ、シロー、スプリングボック、ガゼル
- ディア (鹿) - ニホンジカ、キョン、レインディア、エルク等
- カンガルー - ワラビー
- オポッサム - アメリカンオポッサム、フクロギツネ
- モンキー - コロブス
注釈
- ^ 現在は神奈川県横浜市元町に店を構えている。
- ^ 羽毛は薄い皮膚表面から軸構造が生えており、更にその軸構造の表面に細かい起毛を生やしで断熱層を作るため、これをはがして断熱性をもたせたまま加工することは困難である。
出典
- ^ a b c d e 『ブリタニカ百科事典』
- ^ 「焦点:コロナ感染でミンク大量殺処分、大混乱の毛皮産業」ロイター(2020年12月20日)2020年12月26日閲覧
- ^ a b 日本放送協会. “ヨーロッパ ファッションの変化 “もう動物を傷つけない” | NHK | ビジネス特集”. NHKニュース. 2022年5月3日閲覧。
- ^ “EUの毛皮輸入額が10年で62%減、動物愛護団体は取引禁止要求”. 20221202閲覧。
- ^ 白石太一郎『日本の時代史1 倭国誕生』吉川弘文館、2002年、p.121.
- ^ 河添房江『唐物の文化史:舶来品からみた日本』岩波新書、2014年、37-39, 54-55頁頁。ISBN 9784004314776。
- ^ 鈴木旭『面白いほどよくわかる戦国史』日本文芸社、2004年、p.33.
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- ^ “ステラ マッカートニーがバイオファーフリー素材を採用|STELLA McCARTNEY”. Web Magazine OPENERS(ウェブマガジン オウプナーズ). 2020年9月20日閲覧。
- ^ Center, Animal Rights (2016年1月30日). “毛皮が使われた子供用衣料品と化学物質のリスク”. Vegan Fashion. 2020年10月12日閲覧。
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- ^ 鎌田慧『ドキュメント屠場』ISBN 4-00-430565-9。
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