毒矢
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/01/18 04:01 UTC 版)
世界各地の毒矢
世界の毒矢文化は、高度に発達した地域と未発達な地域の差が大きい。名古屋学院大学教授で民族学者・毒物学者の石川元助は、毒矢の文化圏を主要な矢毒と関連付け、4つに大別している[10]。
以下、世界各地の毒矢文化について概説する。
日本
漢方においてトリカブトの塊根から取り出した毒素は附子(ぶす・ぶし)と呼ばれ、強心薬として、また毒薬として使用される。北海道のアイヌ民族は、このトリカブト、あるいは附子を「スルク」と呼び、狩猟に用いてきた[12]。矢の先に塗布するほか、獣道に仕掛けた仕掛け弓「アマッポ」でヒグマやエゾシカを捕らえる。矢の刺さった箇所の周囲の肉を握りこぶしほどの量ほどえぐり取って捨てれば、ほかは食べても問題が無かった。トリカブトの他には、日本近海で多く漁獲されるアカエイの毒針を切り取りそのまま槍先に用いたり、割って毒素を取り出すことも行われた[13]。東北地方では、いわゆるヤマト政権による古代の東北征討において、これに抵抗した蝦夷の人々が毒矢を用いた。関連して、東北のマタギの間では、明治時代に鉄砲が普及するまで毒矢が狩猟に用いられていた。
大和民族においては、『養老律』において附子を用いた暗殺への罰則規定が見られ、猛毒あるいは薬と理解されていた[14]ものの、武器として積極的に使用されることはなかった。
東南アジア
東南アジアの代表的な毒源は、アンチアリス・トクシカリア(Antiaris toxicaria)、地元ではイポーまたはウパスと呼ばれるクワ科の広葉樹の樹液である[15]。この樹木はマレー半島を中心に分布し、ネグリトらは天然ゴムを得る要領で樹液を採取して狩猟に用いる。イポー毒を基本に、サソリ・ムカデ・ヘビ・アカエイ等の毒が補助的に混合される。弓矢よりも主に吹き矢を用いる点も東南アジアの大きな特徴である[16]。
フェルディナンド・マゼランがフィリピンに到達し先住民に服従を要求した際、これに抵抗しマゼランを破ったマクタン島の領主ラプ=ラプの軍も毒矢を用いた。
アフリカ
アフリカ大陸で毒矢を用いるのは、サハラ砂漠以南の民族で、ヨーロッパ人によってピグミーと称された中央アフリカの人々や、カラハリ砂漠のサン人(ブッシュマン)らがそれに当たる。アフリカの代表的な毒源は、キョウチクトウ科ストロファントゥス属の植物だが、その他マメ科・トウダイグサ科・ツヅラフジ科・キョウチクトウ科等、地域の植生ごとに豊富な植物毒が用いられる点に特徴がある[17]。本来は狩猟に用いられるものであったこれらの矢毒は、ヨーロッパ人による奴隷狩りが始まると、銃に対抗する手段となった。ヘンリー・モートン・スタンリーのアフリカ探検部隊も、コンゴ川において毒矢による襲撃に遭っている[18]。
南アメリカ
南アメリカ大陸でインディオら先住民が用いていた毒矢は、大航海時代にスペインのコンキスタドールらヨーロッパの征服者が到着すると、彼らへの抵抗に用いられた。毒矢文化の発達しなかったヨーロッパ人に、これらの矢毒は恐怖と幾分の誇張をもって報じられ、クラーレと総称されるようになった。この毒に関する最古の報告は、マゼランの世界周航に同行したアントニオ・ピガフェッタによるものである[19]。彼は『世界周航記』の中で、1520年、パタゴニアに上陸した際1人の兵士が原住民の毒矢で死亡した旨を記している。イギリスのウォルター・ローリーも1596年刊行の『ギアナ帝国の発見』でクラーレについて述べているが、この時期の報告はクラーレを神秘的・魔術的な毒として誇張とともに描いたものが多い。その後、1800年にアレクサンダー・フォン・フンボルトがオリノコ川一帯で調査を行い、クラーレの製法が明らかになっていった。
クラーレの毒源としては、ツヅラフジ科・マチン科の2種の植物が代表的である。これらクラーレ毒は、「経口的には無毒」という特性があり、狩猟に用いるには最適のものであった。
- ^ a b 石川、12頁。
- ^ 吉田、76頁。
- ^ 『古事記』中巻。
- ^ 間瀬智代「『古事記』中巻「痛矢串」の訓釈」(『中京大学文学部紀要』32[国文学科特集号])、中京大学学術研究会、1997年。
- ^ 武田祐吉『古事記の精神と釈義』、旺文社、1943年。
- ^ 石川、23頁。
- ^ a b 石川、20頁。
- ^ 植松、58頁。
- ^ 石川、27頁。
- ^ 石川、14頁。
- ^ L.ベルグ 『カムチャツカ発見とベーリング探検』龍吟社、1942年、133頁。
- ^ このスルクを鏃腹部にあるくぼみ、毒窩(アイヌ語で「ルムチップ」、「ルム」は鏃の意)に塗りつけ、松脂で張り付ける。参考・近藤敏 『弓矢という道具の矢 ―考古学遺物資料と民族資料及び民俗工芸の紹介―』 2002年
- ^ 石川、24頁。
- ^ 『養老律』巻七「賊盗律」に、「鴆毒・冶葛・烏頭・附子の類、以て人を殺すに堪ふる者を以て…」と毒薬についての規定があり、毒薬による殺人を行った者、また毒薬として販売した者は絞とある。毒薬を売買し、使用する前に露見した場合は近流。ただし、「毒薬と雖も以て病を療すべし」ともあり、薬として販売したものが暗殺に悪用された場合は、販売者の罪は問わないものとした。
- ^ アンチアリス・トクシカリアは樹液のために材そのものも悪臭を放つが、乾燥させれば匂いは消え、利用が可能となる。またマレーシアにはこの木から名を採ったイポー市という街がある。
- ^ 石川、75頁。
- ^ 石川、144頁。
- ^ スタンリー『暗黒大陸を往く』。
- ^ 石川、177頁。
毒矢と同じ種類の言葉
- >> 「毒矢」を含む用語の索引
- 毒矢のページへのリンク