桜花 (航空機) 派生型

桜花 (航空機)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/05 23:39 UTC 版)

派生型

桜花11型の操縦席
11型

実戦に投入された機体。55機が特攻に出撃した。終戦までに755機生産されている[175]。桜花11型は独力で離陸できなかったため、一式陸攻24型を改造した一式陸攻24型丁と呼ばれる改造機を造り、アメリカ軍艦隊の近くまで、その下部に搭載して運び、そこから発進する方法をとった。爆弾搭載量800kgで設計された一式陸攻にとって、全備重量2.3トン弱の桜花は非常に重く、桜花を搭載した一式陸攻は、限界ギリギリの離陸可能重量となる。桜花のエンジンは4号1式噴進機(20型火薬ロケット)と呼ばれたが、ロケット燃料はゴム状の固形になっており、1本当り7秒〜8秒の加速が可能で、そのロケットが3基装備されていたので30秒弱の加速ができた。基本的にはグライダーなので滑空で敵に接近するが、敵に突入する時、滑空距離を延ばす時、敵戦闘機や迎撃から退避する場合などにロケットエンジンを使用し、その使用は搭乗員の判断に任された[176]。航続距離の短さが大きな足かせとなっていた為、後の派生各型は航続距離の延長が図られる事となった。

22型

作戦の成功率を高めるため母機を軽快な銀河に変更したもの。銀河の車輪幅は一式陸攻より狭い為に、収まるように主翼を削るなどの形状の変更の他に、発進後の飛行距離の増大を目指して、11型の4号1式噴進機を「ツ11」に変更し(レシプロエンジンでコンプレッサーを駆動し、燃焼室内に燃料を噴射するというモータージェットカンピーニロケット)である)自重の軽減のため、爆弾の搭載量を減らして (1200kg→600kg) いる。また、主翼内に敵艦のレーダーを逆探知して位置を計測する2式空7号無線電話機2型も装備された[177]。22型のダミーを搭載し飛行実験をした銀河は、37km/hの減速に留まり飛行にも問題ないと判断された為に、22型が完成する前に銀河10機に母機としての改装が前倒しで行われた。しかし肝心の22型の本体はエンジンツ11の生産が捗らず、1945年6月にどうにか試験飛行にこぎ付けたが、2回連続で事故を起こし、2回目の事故でテストパイロットの長野一敏少尉が殉職している。事故の原因は、エンジン換装による速度減を補う為に設置されていた火薬ロケット4号1式噴進機1基が発火した為であり、事故防止の為に取り外された。火薬ロケットが取り外された事により速度が減少する事となったが、更なる問題として22型のツ11エンジンは上空の薄い大気では始動させる事が出来ない事も判明し、母機の離陸時には搭載するエンジンを始動させておかねばならなかった。また銀河の形状にあわせた主翼面積減により操縦性も悪化する事となった[178]。これらの問題を抱えていた上に、ツ11エンジンの生産も中々軌道に乗らず、22型の生産数はわずか50機に終わり、実戦に投入されることはなかった[179]

桜花22型の三面図。ツ11モータージェットエンジンを搭載している
21型

22型のエンジンを11型と同じ4号1式噴進機(20型火薬ロケット)に換装したもの。ツ11が実用化できなかった場合に備えて計画されていたが、22型は11型と比較し翼面荷重が高く、もし完成していたら11型より航続距離が短く更に運用困難な機体になっていた可能性が高かった[179]

33型

母機をさらにパワーのある連山に変更したもの。同時に桜花自体のエンジンも強化されている。連山自体が増備されなかったため、こちらも量産されなかった。

43甲型

33型を潜水艦のカタパルトから射出可能とした型で、潜水艦の格納筒に格納する為に主翼は脱着式となる計画であったが、大戦末期には巡潜のカタパルトはほとんど撤去されており、完成しても運用は困難と考えられ計画だけで終わった[180]伊四百型潜水艦に搭載し晴嵐と敵空母基地を奇襲攻撃しようという計画もあったと言われている[181]

43乙型

ネ20ジェットエンジンを搭載し、300km近い航続距離を得たタイプ。陸上からのカタパルト発進を行う予定で開発された。また特徴としては、自力飛行で基地移動が可能となるように設計されており、より「飛行機」に近い形となった。その為、無線と落下傘も装備が予定されていた。トンネル式格納庫に収める為に主翼は折り畳み式で、さらに突入時に加速がつくよう翼端が火薬により切り離せる構造になっていたが、これは可変翼実用化のはしりであったという指摘もある[181]。実物木型模型は1945年4月に修了、海軍航空技術廠愛知航空機で量産準備を進めていたところで終戦を迎えている。この型ではエンジンと燃料タンクの設置のため爆弾重量は800kgに減らされていた[182]。同じネ20ジェットエンジンを搭載する橘花は2基のエンジンが必要であったが、桜花は1基で良かった為、決戦兵器としては効率的と考えられ優先的に量産される計画だった[183]

量産機の製造開始前に練習機(複座)K2も2機製造されていた。また地上発射用の基地の建設も進められていた。(下表参照)桜花43乙型は、東京から発射すれば滑空も含めて名古屋までは飛行できる航続距離とする計画であり、発射基地は海岸ではなく内陸に作られている。それで各基地のカタパルト1基につき桜花を5〜10機準備する予定であった。桜花43乙型発射基地の内で、先に完成したのは比叡山(既に完成していた為下表に表記なし)であり、次いで武山の基地が完成した。武山ではカタパルトからの桜花の射出実験も行われ成功している。その後、43乙型の実戦部隊である第725航空隊が編成されたが、出撃することなく終戦を迎えた[184]

このとき残された桜花発射用のレールが、三芳村の知恩院という寺の片隅に保存されている。三芳村の平和会が、年に約3回程度草刈りをして手入れしている。比叡山延暦寺近隣のカタパルト建設と桜花の輸送に比叡山鉄道のケーブルカーが接収された。カタパルトは終戦直後に連合国軍の手で爆破された、との記録が有る[185]。カタパルトの金属は戦後復興期に持ち逃げされ、跡地は比叡山ドライブウェイの一部となっている[186]

2015年に大分県宇佐市の地域おこし団体「豊の国宇佐市塾」によって、比叡山の桜花訓練基地の様子をアメリカ軍が終戦直後の1945年9月に撮影した映像がアメリカ国立公文書館で発見された。その映像には山頂の基地まで備え付けのケーブルカーで上る様子や、建築途中の基地の様子、桜花発射の為のカタパルトなどが写っていた[187]

終戦後、アメリカ軍に引き渡すために神ノ池飛行場に並べられている桜花

桜花43乙型発射基地(1945年7月14日 官房空機密1149号 桜花43号基地整備の件訓令より)[188]

場所 カタパルト設置数 完成予定 所轄
静岡県熱海峠 8基 1945年8月 横須賀鎮守府
千葉県房総南部 12基 1945年8月 横須賀鎮守府
茨城県筑波 6基 1945年9月 横須賀鎮守府
神奈川県武山 1基 1945年8月 横須賀鎮守府
静岡県大井 6基 1945年9月 横須賀鎮守府
三重県朝熊山 6基 1945年9月 横須賀鎮守府
和歌山県田辺 10基 1945年9月 大阪警備府

注釈

  1. ^ 航空特攻兵器「」も実戦に投入された可能性が指摘されている[10]
  2. ^ 小川は後に特攻兵器梅花を発案した人物でもある。
  3. ^ 必死であることに悩みがあったなら、悩みの解決は必死の有人化ではないという矛盾がある。
  4. ^ 作家生出寿は民間協力に源田の紹介状があったと想像している[27]が、既述のように民間協力はすでにある。
  5. ^ 書面上から海軍特攻部長大森仙太郎中将が命名者とされる場合もある(8月31日、書類上正式認定は1945年3月17日内兵令8号)[52]。記者渡邉恒雄源田実を命名者と広言したことがあるが根拠はない[53]
  6. ^ 実際に空母フランクリンとワスプを大破させ、イントレピッドやエンタープライズやエセックスにも損傷を与えていた。
  7. ^ 五航艦付中島正少佐によれば「猛虎のような男」[77]
  8. ^ 山岡荘八は鹿屋基地近くに立つ2軒の平屋の内の1軒に他の報道班員と滞在、神雷部隊隊員と寝食を共にし2ヶ月に渡って取材をしている。もう1軒の平屋は神雷部隊司令岡村大佐の宿舎であった。
  9. ^ 野中五郎少佐指揮による一式陸攻18機(うち隊長機3機は桜花未搭載)、桜花15機、護衛の零戦55機の編成。
  10. ^ 出撃命令がなかったレーダー搭載型一式陸攻の電探員がBBCの短波放送を無断で聞いたところによれば、米側損害は7機だったという[108]
  11. ^ 日本側は戦艦1隻撃沈と判断していた。
  12. ^ 川端康成は『新潮』1955年8月号の終戦10周年の特集号に、三島由紀夫志賀直哉ら作家計25名で「昭和二十年の自画像」として戦時を振り返り寄稿した「敗戦のころ」という特集記事で「沖縄戦も見こみがなく、日本の敗戦も見えるやうで、私は憂鬱で帰つた。特攻隊について一行も報道は書かなかつた。」と書いているが、神雷桜花部隊についての記事に談話は寄せていたことになる。
  13. ^ 棚沢直子は当時東洋大学教授で三木の娘。
  14. ^ この内桜花搭載は15機。
  15. ^ 不時着・不時着水機は含めず。
  16. ^ 航空機撃墜用の親子爆弾であった三号爆弾を誤認した可能性もあるが、作戦報告では三号爆弾を「火の球(Ball of Fire)」「空対空ロケット」と区別して報告している[168]
  17. ^ 稀に実施される観覧会以外のときは要予約。

出典

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  182. ^ 加藤浩『神雷部隊始末記』P.422
  183. ^ 加藤浩『神雷部隊始末記』P.434
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  186. ^ 加藤浩『神雷部隊始末記』P.471
  187. ^ 「特攻兵器「桜花」の秘密訓練基地の映像を発見…専門家は「衝撃映像だ」 京都、滋賀をまたぐ比叡山中」2015年8月19日 産経新聞
  188. ^ 加藤浩『神雷部隊始末記』P.472
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  190. ^ オネ―ル 1988, p. 195





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