根津甚八 (俳優)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/29 08:30 UTC 版)
ディスコグラフィー
シングル
- ほたる草(1976年、テイチク、RS-5)
- (c/w 地図のない旅)
- ゆきずり(1976年、テイチク、RS-31)
- 作詞:池田充男 / 作曲:森山慎也 / 編曲:伊藤雪彦
- (c/w ろくでなしの唄)
- こころ泣き(1977年、テイチク、RS-53)
- 作詞:池田充男 / 作曲:上原賢六 / 編曲:伊藤雪彦
- (c/w あじさいの宿で)
- ピエロ(1979年9月、キャニオン、C-153)
- (c/w まだ浅い別れ)
- FAR AWAY(1980年6月、キャニオン、C-182)
- (c/w セントルイスブルース演ってくれ)
- ボヘミア・ロマン(1980年10月、キャニオン、7A-0021)
- 作詞:佐々木克彦 / 作曲:鈴木キサブロー / 編曲:石川鷹彦
- (c/w ランブリング・マン)
- 上海帰りのリル(1982年5月、キャニオン、7A-0182)
- (c/w しゃんそん)
- エトランゼ(1983年5月、キャニオン、7A-0276)
- (c/w 夜も更けて)
- 恋のかけら(1986年、キング、K07S-10119)
- 作詞・作曲:宇崎竜童 / 編曲:梅垣達志
- (c/w 仕事なので)
オリジナル・アルバム
- ゆきずり 根津甚八・男の哀歌(1976年、テイチク、GM-43)
- 後に5曲を追加して『やすらぎ 根津甚八・男の哀歌』と改題の上でCD化された。
- ル・ピエロ(1979年9月、キャニオン、C25A-0064)
- 火男(1982年、キャニオン、C28A-0215)※チト河内プロデュース
- +B 1984 BERLIN(1984年、キャニオン、C28A-0327)※佐久間正英プロデュース
- PLAY IT AGAIN(1986年11月21日、キング、LP:K28A-763 / CD:K32X-105)
ライブ・アルバム
- 根津甚八ファーストコンサート(1980年、キャニオン、C25A-0081)
- 1980年1月29日に渋谷公会堂、1月31日に大阪厚生年金大ホールにて収録。
ベスト・アルバム
- DUST SHOOT(1983年、キャニオン、C28A-0289)
- ^ a b “根津甚八さん死去 2000年以降は病との闘い…10年引退”. スポニチ Sponichi Annex. (2016年12月30日) 2017年1月16日閲覧。
- ^ 根津甚八ダイアリー(2007年5月28日のエントリ)
- ^ a b c d e f g h i j k 黒木純一郎「独占取材 中野良子が一目ぼれしたカッコマン 根津甚八は4年前に結婚していた! 人物クローズアップ」『スタア』1976年3月号、平凡出版、75–81頁。
- ^ a b c d e f g h i j k 「スペシャルインタビュー 第44回 根津甚八 『ずるいんだ俺は。女が自然にこっちに惚れたというふうにしかもっていけないんだ』」『週刊明星』、集英社、1982年5月13日号、38 - 43頁。
- ^ ユマニテによる公式プロフィールの一部の記述による。公式プロフィールの全体は、ユマニテのサイトのトップページより閲覧できる(Adobe Flash形式)。
- ^ ZAKZAKニュース - 2004年7月7日
- ^ “根津甚八が俳優引退、妻「表舞台には戻らない」”. スポニチ Sponichi Annex. (2010年9月7日) 2017年1月16日閲覧。
- ^ “根津甚八、11年ぶりに銀幕に復帰!俳優引退宣言から5年…決意明かす<コメント全文>”. シネマトゥデイ (2015年4月17日). 2015年4月17日閲覧。
- ^ 元俳優の根津甚八さん死去 69歳…事務所が発表 デイリースポーツ 2016年12月29日
- ^ 根津甚八が11年ぶり映画出演 主演の東出も「迫力に圧倒」 - ORICON STYLE
- ^ 「今月の広告批評 / S」『広告批評』第149号、マドラ出版、1992年4月1日、116 - 117頁、NDLJP:1853115/60。
「根津甚八 (俳優)」の続きの解説一覧
- 1 根津甚八 (俳優)とは
- 2 根津甚八 (俳優)の概要
- 3 出演
- 4 ディスコグラフィー
- 5 書籍
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