東北楽天ゴールデンイーグルス 球団の歴史

東北楽天ゴールデンイーグルス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/09/24 17:00 UTC 版)

球団の歴史

株式会社楽天野球団
Rakuten Baseball, Inc.
種類 株式会社
本社所在地 日本
983-0045
宮城県仙台市宮城野区宮城野2-11-6
本店所在地 983-0864
宮城県仙台市宮城野区名掛丁205番地の1
設立 2004年10月29日
業種 サービス業
法人番号 4370001013415
事業内容 プロ野球球団「東北楽天ゴールデンイーグルス」の運営および関連商品の企画・販売およびコミュニティFM局の運営
代表者 代表取締役会長オーナー 三木谷浩史
代表取締役社長兼オーナー代行 立花陽三
資本金 1億円(2020年12月31日現在)[3]
純利益 1992万5000円(2020年12月期)
総資産 108億9152万2000円
(2020年12月31日現在)[3]
従業員数 130人(2017年2月現在)
決算期 12月31日
主要株主 楽天グループ株式会社 100%
(同社の連結子会社
関係する人物 島田亨(前社長)、星野仙一
外部リンク https://www.rakuteneagles.jp
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球団創立

2004年

6月に明るみに出たオリックス・ブルーウェーブ大阪近鉄バファローズの合併に端を発するプロ野球再編問題の渦中、同年9月に日本プロフェッショナル野球組織の加盟料撤廃(代って預かり保証金制度を実施)の決定を受けて、楽天が本拠地を神戸市または大阪市とするプロ野球参入の意思を表明[4]。この時点ではコミッショナー根來泰周は「参入は時間的に難しい」と述べていた[5]9月24日に宮城県をフランチャイズ(地域保護権[6]とする新球団の加盟を申請した。

10月13日、初代監督に田尾安志が就任することが発表される[7]10月22日に新球団のチーム名を東北楽天ゴールデンイーグルス(通称:楽天イーグルス)と発表した[8]。このときライブドアベースボール(呼称:仙台ライブドアフェニックス)も加盟申請を行っていたが、同年11月2日のプロ野球オーナー会議で楽天のみの参入が正式に承認された[9](プロ野球の新規参入球団は1954年高橋ユニオンズ以来50年ぶり)。「ゴールデンイーグルス」の名称は、東北地方世界遺産白神山地に棲息する猛禽類イヌワシに因む。なお、この時すでに「ゴールデンイーグルス」の商標をライブドアが取得していたことが発表後に判明し、すべての権利を買い取ることになった[10][注釈 2]。新規参入決定後の11月8日、オリックスと近鉄の選手を合併球団「オリックス・バファローズ」と新規球団「東北楽天ゴールデンイーグルス」に振り分ける「分配ドラフト」が行われ、40選手の楽天入団が決定[11]

11月17日、新規参入決定後初のドラフト会議に参加。明治大学一場靖弘自由枠で獲得したことに加えて、大学・社会人球界から「即戦力」になりうる6名の選手を指名した。さらに、他球団から無償トレードならびに自由契約となった選手を次々と獲得(山﨑武司関川浩一飯田哲也等)。また、分配ドラフトでオリックスに指名されたが、入団を拒否していた岩隈久志も金銭トレードで獲得している。ドラフト会議で指名した選手のうち、東北に唯一縁のあった5巡目指名の塩川達也東北福祉大学)は、現役引退後の2018年に一軍のコーチとしてチームに復帰。いわゆる「松坂世代」に当たる6巡目指名の平石洋介トヨタ自動車)は、現役引退後もチームに在籍したまま、一軍・育成コーチや二軍監督を経て一軍の監督代行を経験し、2019年には楽天の生え抜きとしては初の監督に就任。

チームの新本拠地となる宮城球場老朽化が著しかったため、楽天側の出資によってプロ本拠地としての使用に耐え得るよう、2箇年計画で増改築されることが決まった。その一方で、球場を所有する宮城県は球場の命名権売却を決め、募集を開始した。その結果、人材派遣会社の「フルキャスト」に年間2億円の3年契約で命名権を売却することが決定し、2005年3月、「フルキャストスタジアム宮城(略称:フルスタ宮城)」に改称される。なお、命名権は二軍のチーム名についても売却を予定していたが、こちらの方は契約先は存在していない。

また、チームの練習場・合宿所は宮城球場に程近い宮城野区内にあるJT硬式野球部(2004年休部)の施設(JT球場など)を活用することを検討していたが、交渉がまとまらず断念。仙台市内での育成施設整備は難航を極めた。一方、二軍本拠地については楽天・ライブドアの参入計画が浮上した段階で秋田県山形県が誘致に名乗りを上げていたが、楽天側は仙台市に近い山形県を本拠地とすることを決め、山形市近郊の東村山郡中山町にある山形県野球場(現:荘内銀行・日新製薬スタジアムやまがた)を使用することになった。その後、練習場・合宿所などは天童市にある山形県総合運動公園内に整備する計画が立案された(整備までの当座の措置として、山形市内の公共宿泊施設を仮の合宿所として使用した)ものの、選手の大半が仙台市近郊に在住し、また当時は選手の一・二軍間の入れ替えが頻繁であったため、必要性に疑問が生じ計画は白紙化。仙台市内に育成施設を整備する計画に転換した(ただし二軍本拠地は変更しない)。

新規参入決定直後の秋季キャンプは白地に楽天のロゴが入ったジャージを着て藤井寺球場で行われた[12]

田尾監督時代

2005年

2月1日沖縄県久米島での春季キャンプで本格的に始動。2月26日新大分球場にて球団として初のオープン戦となる読売ジャイアンツ戦が行われ、4対3で勝利した。オープン戦は16試合で7勝8敗1分だった[13]

3月26日にパ・リーグ公式戦が開幕し、楽天は球団として初の一軍公式戦となる千葉マリンスタジアム千葉ロッテマリーンズと対戦し、先発の岩隈が完投し3対1で勝利した。球団創立以来一軍公式戦で、1試合も戦っていなかった球団が球団創立以来一軍公式戦で戦った経験のある球団を対戦相手に初戦を勝利したのは、日本プロ野球史上初めてのことであった。

だが、翌3月27日の第2戦は、打線がロッテの先発・渡辺俊介の前に1安打に抑えられ、2リーグ制開始以降としては最大得点差の0対26で一軍公式戦初敗戦を喫した(当該試合記事を参照されたい)。その後4連敗し、4月1日、本拠地初戦となる西武ライオンズ戦では初回先頭打者の礒部公一岡本篤志からバックスクリーン直撃の球団史上初の一軍公式戦本塁打を放つなど、16対5でチームは開幕戦以来のシーズン2勝目となった。しかし4月15日北海道日本ハムファイターズ戦から29日の西武戦にかけて11連敗で、勝率が1割台に突入。[14]このため、4月30日GMマーティ・キーナートをチームアドバイザーに(GMのポストは当面空席)、またヘッドコーチの山下大輔と打撃コーチの駒田徳広を二軍にそれぞれ降格(替わって二軍監督の松井優典と同外野守備・走塁コーチ橋上秀樹が昇格)させるなど、コーチングスタッフを大幅に入れ替えた。

5月6日より、この年から始まったセ・パ交流戦の成績は11勝25敗で最下位に終わった。7月には10勝9敗1分けで球団史上初の月間勝ち越しを記録したものの、8月にはシーズン2度目の11連敗[注釈 3][15] を喫するなどして、8月29日の対日本ハム戦(フルスタ宮城)でシーズン最下位とパ・リーグ全球団への負け越しが決まった。8月中にシーズン最下位が決まったのは1952年における8月20日に決まった近鉄パールス以来53年ぶりであった。9月25日のホーム最終戦(ロッテ戦)終了後、田尾監督のシーズン終了をもっての解任が発表された。最終成績は38勝97敗1分(勝率.281)だった。開幕前からささやかれていた「シーズン100敗」こそ辛くも免れたものの、5位の日本ハムとは25ゲーム差、レギュラーシーズン1位のソフトバンクとは51.5ゲーム差を付けられた。2リーグ制以降の新球団の初年度の成績としては最低の勝率となった[16]。チーム最多勝は岩隈の9勝で、その次は福盛和男の4勝など戦力的に他球団と格段の差があった[15]。分配ドラフトの仕様など、最低限の戦力の保証が一切無かった事が大きく響いてしまった。

田尾監督の後任には南海やヤクルト、阪神などの監督を歴任した野村克也が就任した。

野村監督時代

東北楽天ゴールデンイーグルスの本拠地・宮城球場(当時フルキャストスタジアム宮城 2006年4月=内野席増設時)

2006年

弱者の戦略として「無形の力を養おう!」をスローガンに掲げ、チーム力の育成を図った。この年は前年より補強を進め、西武を自由契約となったホセ・フェルナンデス、同じく横浜ベイスターズからセドリック・バワーズ台湾からは林英傑、元ロッテのリック・ショートを獲得。

オープン戦では初めて主催試合が組まれたが、本拠地フルスタ宮城での開催は前年同様に改修工事実施のため行われず、倉敷マスカットスタジアム香川県営野球場静岡県草薙総合運動場硬式野球場の3球場で計4試合が組まれた。

リーグ戦開幕直前には泉区に練習グラウンド・室内練習所・合宿所が完成(家電量販店大手のデンコードーと命名権契約を結び、「デンコードースタジアム泉」と名付けられた。その後2008年3月末を以って命名権を返上している)。イースタン・リーグ公式戦では使用せず、練習専用施設として使用されるようになる(ただし、アマチュアの社会人チームとの練習試合で使用されることはある)。練習グラウンドと同敷地内に設けられた合宿所は「泉犬鷲寮」と命名された。

3月25日の開幕戦の日本ハム戦(札幌ドーム)は岩隈が故障のため、前年2勝止まりだった一場が開幕投手を務めるが敗れ、開幕5連敗の後、31日の福岡ソフトバンクホークス戦(フルスタ宮城)でシーズン初勝利。交流戦では5月25日のヤクルトスワローズ戦(明治神宮野球場)でリック・ガトームソンからノーヒットノーランを喫した[14]。最終成績は17勝19敗で7位。後半に入ると、8月20日のオリックス戦(スカイマークスタジアム)でリーグ戦初の同一カード3連勝。9月以降の成績を9勝10敗1分としたものの、9月23日の西武戦で開幕から5位以上となることなく[15] 2年連続最下位が決定[14]。最終成績は47勝85敗4分で、5位のオリックスとは4.5ゲーム差の最下位。ホセ・フェルナンデスが球団初のタイトルとなる、ベストナイン(三塁手)を獲得。

9月25日に行われた高校生ドラフトでこの年の夏の高校野球準優勝校・駒大苫小牧田中将大を1巡目で指名した。日本ハム、オリックス、横浜との競合の末、抽選で交渉権を獲得し、入団している。

2007年

3月24日の開幕戦のグッドウィルドームの西武戦で岩隈が2年ぶりの開幕投手を務めたが敗戦。翌25日の第2戦は2年目の青山浩二で勝利するが、その後4連敗。4月1日のオリックス戦(フルスタ宮城)では3回裏にフェルナンデスと山﨑がそれぞれ満塁本塁打を記録(1イニング2本の満塁本塁打は日本タイ記録)。同17日から19日のソフトバンク3連戦では初のホーム3連勝している。5月には、山﨑が球団初となる月間MVPを受賞。

7月2日にオールスター戦で8選手がファン投票で選出され[14]、田中、松本輝(故障により出場辞退)、福盛和男嶋基宏高須洋介鉄平、礒部、山﨑と楽天の選手が占めた。しかし、実力が伴っているか否かに関係なく選ばれたため、監督の野村克也は中間発表時点で「オールスターじゃなく、オールスターダストや」と苦言を呈し、この年の全パ監督を務めた日本ハムの監督のトレイ・ヒルマンも「ファンのマナー違反だ」と発言した。

8月は月間15勝。9月も好調を維持し、初の2か月連続勝ち越し。29日の対ソフトバンク戦(ヤフードーム)で3年目にして球団史上初の最下位脱出を決め[14]、最終的には67勝75敗2分(勝率.472)で3位のソフトバンクにも7.5ゲーム差の4位。対ソフトバンク、オリックス戦では初の球団別シーズン対戦成績で勝ち越している。総得点575(2位タイ)、総失点676(6位)と打撃陣がチームを牽引したシーズンだった。山﨑が球団初の打撃部門タイトル獲得となる43本塁打108打点の成績で本塁打、打点の二冠王となり、田中が球団初の新人王を獲得。

楽天のホーム最終戦翌日の10月5日、フルキャストとの命名権契約解消で本拠地の名称が元の「宮城球場」に戻り、日本製紙が本拠地・宮城球場の命名権を取得。1月1日に「日本製紙クリネックススタジアム宮城(略称:Kスタ宮城)」と改称(その後、同社の不祥事が発覚。命名権契約解消は免れたが、ペナルティとして社名を削除。2月15日付で「クリネックススタジアム宮城(略称は変わらず)」に再改称した)。

2008年

スローガンは「Smart & Spirit 2008 考えて野球せぃ!」。

3月20日の開幕戦のソフトバンク戦(ヤフードーム)では9回裏に逆転サヨナラ3ラン本塁打を打たれて敗れ開幕から4連敗するが、その後7連勝で4月3日のロッテ戦(Kスタ宮城)で球団史上初の単独首位に浮上(2日後に首位陥落)。交流戦では初の勝ち越し(13勝11敗)[14]。6月までは好調を維持したが、7月は24試合で5勝17敗2分と大きく負け越し。シーズン途中で前日本ハムのフェルナンド・セギノールを獲得し、打線強化を図る。だが8月以降も岩隈が奮闘するものの負けが込む。シーズン最終戦となる10月7日のソフトバンク戦(Kスタ宮城)において延長12回にサヨナラ勝ちし、最下位を脱出。65勝76敗3分の5位に終わった。チームの総得失点差は+20で、球団初のプラスとなった。また、チーム防御率も初の3点台でパ・リーグ3位、チーム打率は12球団トップだった。岩隈が21勝を挙げ投手三冠王を獲得パ・リーグMVP沢村賞ベストナイン(投手)に選ばれている。そしてセギノールも低迷するチームの中で大きく奮闘した。

シーズン終了後、3年契約が切れることになっていた野村の監督に於ける契約延長が決定。翌年も引き続き楽天を指揮することになった。また、オフには巨人から小坂誠を金銭トレード、中日からは中村紀洋FAで獲得。小坂は球団初の宮城県出身選手、中村は球団初のFA加入選手となった。

2009年

スローガンは 「Smart & Spirit 2009 「氣」~越えろ!~」。

1月にメジャーリーグベースボールオークランド・アスレチックスとの業務提携を開始した。WBC開催に伴い公式戦開幕が4月3日に設定されたため、初めて本拠地(Kスタ宮城)でオープン戦を開催(3月23日のオリックス戦と翌24日の西武戦)。

4月3日の開幕戦の日本ハム戦(札幌ドーム)から4連勝[17] で4月15日まで首位に立ち、一端首位から落ちたものの[15] 初めて4月を首位で終え[18] 5月11日まで首位だったものの[15]、交流戦では6連敗するなど最終的には9勝15敗の10位。打線の軸として期待された中村紀やセギノールも開幕から低迷し、二軍落ちするなどの誤算もあり7月も8連敗するなど低迷は続く。しかし、8月以降の3か月で38勝21敗と勝ち進み9月12日のソフトバンク戦では球団史上初となるクライマックスシリーズ進出のマジックナンバー19が点灯し[19]10月3日の対西武戦(Kスタ宮城)で球団史上初のCS進出かつ、初のAクラス入りを決めた[20]。同9日の対オリックス戦で勝利し、リーグ2位が確定し[21]、CS第1ステージ地元開催権を獲得。最終的には77勝66敗1分(勝率.538)と初のシーズン勝ち越しを決めた。投手陣では3人の投手(岩隈、田中、永井怜)が2桁勝利を挙げた。

10月12日、野村は球団から監督退任を通告される[15]。10月16日から行われたCSの第1ステージはKスタ宮城でソフトバンクと対戦し2連勝で第2ステージ進出[22] するものの、札幌ドームでの日本ハムとの第2ステージは第1戦では最終回に4点リードを守り切れず、逆転サヨナラ負け[23]。第4戦に敗れ通算1勝4敗で敗退[24]。CS終了後、野村は契約期間満了に伴い退任[25]

後任の監督に、この年まで広島東洋カープ監督を務めたマーティ・ブラウンが就任。野村は、翌年3月16日に就任要請を受けていた球団名誉監督に正式に就任している(期間は3年)[26]

ブラウン監督時代

2010年

スローガンは「Smart & Spirit 2010 Eagle Fire! 」。(鷲が強い情熱を持って突き進んでいく)。

3月20日、開幕戦のオリックス戦(京セラドーム)に1対0で敗れ[27]、その後チームは4連敗[28]。交流戦は12チーム中第5位(3位と同率も前年度順位が考慮された)となったが、この年の交流戦は上位6チームをパ・リーグが独占。そのためリーグでの順位が浮上することはなかった。交流戦終了後は負けが込むようになり、6月26日の対ソフトバンク戦で単独最下位になって以降は1度も順位を浮上させることができず[14]、9月19日に4年ぶりのリーグ最下位が確定した[14]。開幕から1度も勝率を5割に乗せることができず、最終戦績は62勝79敗3分で優勝したソフトバンクとは15ゲーム差、5位のオリックスとは7.5ゲーム差。ホームゲームの平均観客数も前年より1000人近く減少。こうした事情から球団は9月29日のシーズン最終戦終了後、ブラウンの監督解任を発表[29]

ブラウン監督の後任に、中日ドラゴンズ阪神タイガース元監督で阪神のシニアディレクター・星野仙一が就任した[30]

星野監督時代

2011年

メジャーリーグ経験者の岩村明憲松井稼頭央を獲得。また、ポスティングシステムを利用してのメジャーリーグ移籍を表明していた岩隈も入札で独占交渉権を獲得したオークランド・アスレチックスとの交渉が決裂し、球団に残留。キャプテン制度導入に伴い、鉄平が球団初代キャプテンに就任した。チームスローガンは「Smart & Spirit 2011 真っすぐ」。

当初、3月25日のKスタ宮城でのロッテ戦で創設以来初の本拠地開幕戦を迎える予定であったが、3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震東日本大震災)でKスタ宮城が損壊したことにより、開幕戦が延期となった。この日、チームは兵庫県立明石公園第一野球場でロッテとのオープン戦の試合中で、選手も全員無事であった[31][注釈 4]。13日に練習再開[33]、17日までオープン戦を行わず、18日に震災発生以来初めて中日とオープン戦を行い[34]、関西などを中心に開幕までの練習を行い[35]、試合後などには球場や街頭などで募金活動を行っている[36][37][38]。4月2日・3日には12球団によるチャリティー試合が行われ、楽天は札幌ドームで日本ハムと対戦している。このとき、嶋基宏が「見せましょう野球の底力を」とスピーチした。4月7日に震災以来チームとして初めて仙台に戻り、27日目の仙台入りに星野監督は「遅くなってすみませんでした。ごめんなさい」と訪れた避難所で謝罪している(この真っ最中にも、強い余震が起きた。)[39]。4月11日には、フアン・モリーヨが震災で精神的な打撃を受けたとして球団に退団を申し入れ、了承された[40]

一方で、地震の影響でKスタ宮城に照明塔など47箇所の損壊が認められ[41]、修復工事が必要となったことから一時的に関西で主催試合を代替で行うことになった[注釈 5]。この年のセ・パ両リーグの開幕日は4月12日に延期となった。同日の開幕戦はQVCマリンフィールドでの対ロッテ戦[42]、主催試合初4月15日からの阪神甲子園球場[注釈 6] での対オリックス戦[43]。そして、本拠地・Kスタ宮城での初戦は宮城県が「震災復興キックオフデー」とした4月29日対オリックス戦となり[44]、いずれも勝利した。

4月を9勝6敗で2位で終えたが、5月は7勝14敗2分と負け越し、岩村や鉄平が打率1割台と低迷、エースの岩隈も18日離脱した事が原因とされ、18日には5位、翌6月4日には最下位となっている。交流戦も、9勝13敗2分の9位と低迷した。一方で田中が6、7月に連続して月間MVPを受賞するなどの活躍もあり[注釈 7]、7月には永井怜が故障で離脱したものの、岩隈が復帰、ダレル・ラズナーが抑えに転向し5セーブ、新人の塩見貴洋が2勝を挙げるなどもあり、12勝10敗1分と勝ち越す。8月、前半に7連敗するも、後半に球団タイの7連勝もあり勝ち越す。しかし9月は8勝14敗と失速し、終盤までクライマックスシリーズ進出争いには加わったものの10月13日に進出の可能性がなくなり[14]、最終的に66勝71敗7分、首位のソフトバンクと23.5ゲーム差、3位の西武と3ゲーム差の5位となった。統一球の影響もあり、本塁打は球団最少の53本で7月から8月にかけ、17試合連続で無本塁打の球団ワースト記録となった。ヤフードーム(11試合)と札幌ドーム(8試合)においては、それぞれ本拠地球場となってからはパ・リーグ球団初の本塁打0に終わっている。田中が最多勝、最優秀防御率、最多完封の三冠王とベストナイン及びゴールデングラブ賞の投手部門を獲得した。なお、この年は山﨑武司が戦力外通告を受け、退団した[46](中日に復帰)。

2012年

1月、岩隈がMLBシアトル・マリナーズにFA移籍した。

チームスローガンは「Smart&Spirit2012 ともに、前へ。」。

3月30日、球団初の本拠地開幕戦となるロッテ戦が行われたが3対5で敗れている[47]。交流戦は10勝14敗で9位。一方、6月24日にDeNAから内村賢介とのトレードで藤田一也を獲得。オールスター直前までの前半戦を40勝38敗3分の3位として、球団初のAクラス、勝率5割以上で折り返すが、後半戦に入り8連敗を記録するなど、順位を下げた。9月を勝ち越して終盤までソフトバンク、ロッテとクライマックスシリーズ進出争いを展開するが、10月4日の139試合目の対西武戦(Kスタ宮城)で引き分け[48]、 楽天のBクラスが確定した。最終戦のロッテ戦(Kスタ宮城)に勝利[49]し、67勝67敗10分で首位の日本ハムと7.5ゲーム、3位のソフトバンクと1ゲーム差の4位に終わるが、3年ぶりにシーズン5割以上の成績を残した。

8月1日付で三木谷元球団会長が球団オーナーに復帰し、球団社長には証券会社勤務だった立花陽三が就任した[50]

シーズンオフにはMLB・ダイヤモンドバックスからFAとなった斎藤隆を獲得し[51]、岩村が戦力外通告を受けた[52]。また、現役メジャーリーガーのアンドリュー・ジョーンズケーシー・マギーを獲得したことが発表された。野村名誉監督も、任期満了で同職を退任している[53]

2013年

東北楽天ゴールデンイーグルス2013年パ・リーグ初優勝時の西武ドームスコアボード(9月26日)

チームスローガンは「Smart & Spirit 2013 HEAT![54]

開幕投手と見られた田中がWBCでの疲れから辞退したことで[55]、開幕戦のソフトバンク戦(ヤフオクドーム)は則本昂大が新人投手としてはパ・リーグ史上55年ぶりの開幕投手となるが1対7で敗れている[56]。4月27日の西武戦(西武ドーム)に9対2で勝利し、球団通算500勝を達成[57] するが、序盤から5割前後の成績で4月を9勝13敗と負け越し[58]、5月3日には借金が4になるが[14]、その後は勝ち星を伸ばし、交流戦はソフトバンクと優勝を争ったものの[59]、0.5ゲーム差の2位に終わった。7月4日に首位のロッテに勝利し、6月以降では球団初の同率首位に並ぶと[60] 7月6日に単独首位に浮上[61]、前半戦をそのまま首位で折り返し[62]、以降は首位を明け渡すことはなく[16]。8月28日に球団史上初の優勝へのマジックナンバー28が点灯した[63]。その後9月1日にはマジックが消滅するものの、9月5日に再点灯し[16]9月22日の対日本ハム戦(札幌ドーム)に15対1で勝利し、4年ぶり2度目の2013年のパシフィック・リーグクライマックスシリーズ進出が決定し[64]9月23日の同戦で球団新記録のシーズン78勝とした[65]。そして優勝へのマジック2で迎えた9月26日、マジック対象チームのロッテが対日本ハム戦(札幌ドーム)で敗れ、楽天が対西武戦(西武ドーム)で4対3で勝利したことで、楽天球団としては初のパ・リーグ優勝が決定した[66]。球団創設9年目での優勝は日本プロ野球史上5番目のスピードでの達成[16]。これにより、パ・リーグ現存6球団と2004年に消滅した近鉄を含む7球団全てが平成に特殊ルール有りを含み、リーグ優勝を果たした。

クライマックスシリーズファイナルステージ(Kスタ宮城)では、3位のロッテと対戦し4勝1敗で日本シリーズに初めて進出[67] を決めた。巨人との2013年の日本シリーズでは、3勝2敗で王手をかけた第6戦で2対4で敗れ、先発の田中がこの年シーズンから通じて初めての公式戦で敗戦投手[注釈 8][68] となりタイとされるが、11月3日の第7戦(Kスタ宮城)で、3対0で勝利し4勝3敗で初出場で初の日本一を達成した[69]。この試合で来年からメジャー挑戦が既に決まっていて、前日に160球を投げ「負け完投」を喫した田中がクローザーとして登板し、渡米前の最後の試合で自身初のセーブを達成した。また、星野は中日時代に現役、コーチ・監督を合わせて4回、阪神の監督時代に1回と計5回も日本一を逃していたが、球界入りをして44年目で初めて、そして彼の生涯最初で最後の日本一を経験した。この時の日本一監督インタビューの「最高!東北の子どもたち、全国の子どもたちに、そして被災者のみなさんに、これだけ勇気を与えてくれた選手を褒めてやってください」は球史に残る名言になっている。これにより、パ・リーグ同6球団全てが、平成に特殊ルール有りを含め、日本一となった。同月、台湾で開催されたアジアシリーズでは、11月19日の準決勝の対統一セブンイレブン・ライオンズ戦(台湾・中華職業棒球大聯盟)に1対4で敗れたため、日本からの出場チームでは初めて決勝に進めなかった[70]

田中が8月に開幕からの公式戦連勝と、前年8月26日からの公式戦連勝の日本プロ野球新記録を樹立[71]、シーズン後にはこれらの記録とポストシーズンの2勝を含めた30連勝がそれぞれギネス世界記録に認定された[72]。24勝0敗1セーブで日本プロ野球史上初のシーズン無敗での最多勝を達成[73]、最優秀防御率と勝率第1位も獲得し、沢村賞[74]MVPを獲得した。チームからはゴールデングラブ賞は3人[75]、ベストナインには4人がそれぞれ選出、新人王に則本が選出された[76]。11月24日、優勝パレードが仙台市内中心部で行われ、約21万4千人の観衆を動員した[77]

2014年

福岡ヤフオク!ドームにて(9月24日)

スローガンは、「Smart & Spirit 2014 HEAT UP!」。

1月23日、田中がポスティングシステムでMLBニューヨーク・ヤンキースに移籍[78]。5月26日、星野監督が腰痛のため、対ヤクルト戦(神宮)で休養し、投手コーチの佐藤義則が指揮を執った[79]。5月27日に腰椎椎間板ヘルニアおよび胸椎黄色靱帯骨化症と診断された星野監督の休養と、佐藤が監督代行をつとめることが発表された[80]7月2日、監督代行に二軍監督の大久保博元がつき、佐藤は一軍投手コーチに専念することになった[81]7月24日より星野が監督に復帰[82] するが、チームは低迷し、9月6日にはリーグ優勝の可能性が消滅し[83]9月18日に星野監督が退任を発表[84]9月29日にはBクラスが確定[85]10月7日の対オリックス戦(コボスタ宮城)にも敗れ、楽天は最下位が確定した。なお、前年優勝チームの最下位は、前年の日本ハムに次いで史上5度目となった[86]10月14日、次期監督に大久保の就任を発表した[87](星野監督は、シニアアドバイザーに就任した。)。

8月、コボスタ宮城の全面増築が完成、先行完成(3月)した楽天山観覧席と、8月に完成した三塁側上段の増設席を合わせ28,907人収容となった効果もあり、8月30日の対ソフトバンク戦において、レギュラーシーズン・ポストシーズンを通して当球場歴代最多となる25,308人を集客[88] したのを皮切りとして、観客動員記録を次々更新。最終的には1,450,233人(1試合平均単位で20,142人)の球団新記録を達成した。このうちコボスタ宮城に限れば67試合で1,350,293人(1試合平均20,153人)を記録した。[89]

ドラフト会議では、高校生ながら最速で157km/hを記録した右腕投手の安樂智大を1巡目指名で獲得した。

大久保監督時代

2015年

チームスローガンは、「Smart & Spirit 2015 一致団結」。

2013年から4番打者として君臨していたアンドリュー・ジョーンズが退団。ジョーンズに代わる現役メジャーリーガーとして、ヤンキースからゼラス・ウィーラーピッツバーグ・パイレーツからギャビー・サンチェスを獲得した。シーズン開幕直前には、前年にオリックスの主力として活躍したウィリー・モー・ペーニャも獲得することで打線に厚みを増させた。投手陣は、抑えの切り札として広島東洋カープからキャム・ミコライオを獲得したほか、2013年まで在籍していたケニー・レイジム・ハウザーが復帰した。

開幕以来なかなか波に乗ることができなかったが、交流戦では全18試合のうち2点差以内は15試合、延長戦は5試合と粘り強く戦い、10勝8敗の4位で終え2年ぶりに勝ち越した[90]。交流戦のチーム防御率2.47は12球団トップであった。交流戦以降はロッテと4位・5位を争い、前半戦を5位でターンした。後半戦に入り、7月22日の日本ハム戦で1試合の最多得点での球団新記録となる19得点を記録したが、7月30日に一軍打撃コーチの田代富雄が退任した。シーズンの途中でハウザーが再び退団し、トレードおよび新外国人選手獲得期限日の7月31日には、アガスティン・ムリーロを獲得している。が、8月25日のオリックス戦に敗れたことで最下位に転落した[91]。その後は一時5位に浮上したものの、8月28日の西武戦に2-3で敗戦。この敗戦によって、楽天の自力でのクライマックスシリーズ進出の可能性が消滅した[92] ことから、大久保監督が辞任の意向を示した[93]9月7日には、前監督の星野が取締役副会長に就任することが発表された[94]。星野は「球団の編成・ドラフト戦略・経営にも関与できる現場の総責任者」という立場で、三木谷オーナー・立花社長に次ぐ権限を有するようになった[95]9月22日のロッテ戦に敗れてクライマックスシリーズ進出の可能性が完全に消滅し、2年連続のBクラスも確定したため、大久保が同日に成績不振の責任を取って監督を退任することを正式を発表した。終盤はオリックスと5位の座を争ったが、10月3日の対ロッテ戦に敗れたため2年連続での最下位が決定した[96]。シーズン通算では57勝83敗3分(勝率.407)という成績でパ・リーグの全チームに負け越した。チーム打率、防御率、得点はいずれもリーグ最下位で失点もリーグ最多を記録した。しかしその一方で、主催試合のシーズン通算観客動員数は歴代最多の1,524,149人に達した。

シーズン終了後には投手陣で唯一の球団創立時のメンバー・小山伸一郎、地元・仙台出身でチーム最年長選手でもあった元メジャーリーガー・斎藤隆、2006年の大学・社会人ドラフト会議1巡目指名で入団した永井怜が現役を引退した。

10月8日、大久保の後任として近鉄・日本ハムの監督を歴任した梨田昌孝の監督就任を発表[97][98]

2015年シーズンは「チームとフロントの一体化」であるとしてオーナーである三木谷がスタメン、打順、さらには一・二軍の入れ替えなどを指示することが多かった。しかしシーズン後半には現場の意見も取り入れるようになってきてそれをオーナーが決裁を出す形となった。オーナーの現場介入は打撃コーチである田代がこれを許せないとしてシーズン途中で退団するなど批判の声があがっている[99]

梨田監督時代

2016年

チームスローガンは、「Smart & Spirit 2016 夢と感動」。

2年続けて最下位に陥るほどの低迷から脱却するために大型補強を敢行し、ここ2年固定できなかった三塁手を補強すべく、千葉ロッテマリーンズからFA権の行使を宣言していた今江敏晃と契約した。また、かつて広島東洋カープの主力打者だった山形県出身の栗原健太千葉ロッテマリーンズから戦力外通告を受けていた川本良平中日ドラゴンズから戦力外通告を受けていた山内壮馬福岡ソフトバンクホークスから戦力外通告を受けていた金無英と入団テスト経由で契約。外国人投手では先発・リリーフ両方に対応できるラダメス・リズジェイク・ブリガムを獲得したほか、WBSCプレミア12の台湾代表に選出された宋家豪と育成選手契約を結んだ。さらに、メキシカンリーグ二冠王のジャフェット・アマダーとMLB通算162本塁打の実績を誇るジョニー・ゴームズを獲得した。

2月1日から、楽天Koboスタジアム宮城の短縮表記を「コボスタ宮城」から「Koboスタ宮城」に変更し、5月には社会人・大学・クラブチームと対外試合を年に30戦程度実施することを前提に、若手選手の実戦経験を増やす目的で球団内に「育成チーム」を編成した。

公式戦では、茂木栄五郎を開幕から内野のレギュラーに抜擢するなど新人選手を積極的に起用した。ドラフト1巡目入団のオコエ瑠偉も高卒新人野手では球団史上初の開幕一軍入りを果たすと、セ・パ交流戦期間中から正中堅手に定着した。序盤に一時首位に立つも、その後順位は急降下し4位に沈んだ。正捕手の嶋が故障で戦線を離れた5月下旬からはドラフト6巡目入団の足立祐一にスタメンマスクを託した。交流戦では11勝7敗の4位と健闘したが、リーグ戦の再開後はソフトバンク・日本ハム・ロッテの後塵を拝する状況が続いた。新外国人のゴームズは18試合で打率1割台・本塁打1本にとどまり4月22日に一軍登録を抹消され、帰国・退団[100]、パ・リーグの最年長選手だったレイも成績不振を理由に退団した。オープン戦の序盤に負傷したアマダーは5月下旬に公式戦デビューを果たしたものの、以降も再三にわたって故障で戦列を離れた。さらに今江・銀次・松井稼頭央などの主力打者も故障や打撃不振などで一軍と二軍を往復した。7月にはシアトル・マリナーズ時代にイチローとチームメイトだったカルロス・ペゲーロ、球団史上初めてのキューバ出身選手としてフェリックス・ペレスを獲得した。終盤には順位で西武にも抜かれ、5位に転落した。9月29日のオリックス戦に勝利したことで、オリックスの最下位が確定したため、チームは3年ぶりに最下位を脱出し[101]、5位でシーズンを終えた。西武に対しては球団史上初めてシーズンの勝ち越しを果たした。

シーズン終了後には野手陣で唯一の球団創立時のメンバー・牧田明久、栗原、川本、山内、金ら移籍組、2007年の大学・社会人ドラフト会議1巡目指名で入団した長谷部康平が現役を引退した。外国人選手ではウィーラー、アマダー、ペゲーロが残留する一方で、リズ、ブリガム、ペレスが退団し、前年の故障からセットアッパーとして復活したミコライオとの残留交渉が不調に終わった(後に退団)。

ドラフト会議では、1巡目の藤平尚真をはじめ、支配下登録選手としての指名を経て入団した10人中9人を投手が占めた。

2017年

チームスローガンは、「Smart & Spirit 2017 東北・夢・再び」。

前年10月31日付で楽天が宮城球場の命名権に関する3年契約を締結したことに伴って、1月1日付で本拠地の呼称を「Koboパーク宮城」に変更した。同月16日には、球団副会長の星野が監督時代の実績を買われて野球殿堂顕彰者(エキスパート部門)に選ばれた。

西武からFA権の行使を宣言していた仙台市出身の岸孝之やソフトバンクからのコーチ就任要請を固辞して退団した青森県出身の細川亨と契約。さらに、柿澤貴裕との交換トレードで、巨人から小山雄輝が移籍した。春季キャンプ中には、前年10月にDeNAから戦力外通告を受けていた久保裕也を入団テスト経由で獲得した。外国人選手については、フランク・ハーマンと契約を結んだ。

レギュラーシーズンの開始前に催された2017 ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)には、則本と松井裕樹日本代表、アマダーがメキシコ代表として出場し、当初は嶋も日本代表に選ばれていたが、春季キャンプから右ふくらはぎの張りで調整が遅れたため本大会の直前に出場を辞退した。則本は、WBC出場の影響で入団以来初めて開幕投手を外れた。

公式戦では、ウィーラー・アマダー・ペゲーロを同時にスタメン起用し、1番に茂木・2番にペゲーロ・5番に銀次を据えた攻撃型の打線でスタートした。開幕投手には、岸が内定していたが開幕直前にインフルエンザB型へ感染したため、対戦相手であるオリックスとの相性の良い美馬学が初めて起用された。また、新人投手の森原康平高梨雄平菅原秀が中継ぎ要員として揃って開幕一軍入りを果たした。開幕戦からの4連勝でスタートダッシュに成功してパ・リーグの首位に立つと、4月を16勝5敗の勝率.761、5月を16勝7敗の勝率.696で終えた。この間には3連敗が1度もなかった。さらに則本が4月19日の西武戦から8試合連続で2桁奪三振(NPB新記録および世界プロ野球タイ記録)を達成した。則本と共に先発陣を構成する美馬・岸や、クローザーの松井裕も好調で、ハーマンと共にセットアッパーを務める福山博之は、開幕戦から36登板試合連続で自責点を0に凌いだ。5月以降はソフトバンクとリーグ戦で首位争いを展開した。交流戦ではソフトバンクが優勝したものの、3連敗を2度経験しながら10勝8敗の5位で終了した。6月28日にははるか夢球場(弘前市運動公園野球場)でオリックス戦を開催。球団創設13年目にして球団の主催による青森県内での一軍公式戦が初めて実現し、辛島航が先発で白星を飾った。この試合によって日程上は東北全6県での開催が実現したが、4月13日に福島県のヨーク開成山スタジアムで予定されていた西武戦が降雨で中止になったため、実公式での全県開催は2018年以降に持ち越された。6月中には、BCリーグ富山サンダーバーズからジョシュ・コラレスを獲得した。7月には2日にソフトバンクに敗れたことでソフトバンクとのゲーム差が−0.5ゲーム差となり、前年のソフトバンクに続き2位とのゲーム差がマイナスでの首位となる事象が発生した[102]。7月7日にシーズン初めてソフトバンクに首位を明け渡すが、2日後には首位に再浮上した。前半戦最後のカードであったソフトバンクとの首位攻防2連戦で2連勝したため、4年ぶりに前半戦を首位で折り返した。しかし、交流戦の終盤から主力選手に故障者が続出し、茂木・藤田一也・ペゲーロ・岡島豪郎・松井裕・今江が相次いで戦線を離脱した。NPBレギュラーシーズン中のトレード期限が迫っていた7月下旬には、巨人のルイス・クルーズを金銭トレードで獲得した。獲得当日(26日)のソフトバンク戦から、茂木が遊撃の守備、ペゲーロが一軍に復帰する8月上旬まで一軍の公式戦に出場した。さらにこの試合で則本が入団1年目から5年連続のシーズン2桁勝利を達成し、チームは4連勝と6連勝を1回ずつ経験した影響で、7月を13勝7敗の勝率.650で終えた。8月には2日に再び首位から陥落すると、投打の歯車が噛み合わないまま急失速した。前述した故障者のうち、今江以外の選手が相次いで一軍に復帰してもこの傾向に歯止めが掛からなくなった。一時はパ・リーグのレギュラーシーズンでは35年ぶりにマイナス1ゲーム差で首位に立った[103] ものの、ソフトバンクや3位・西武との3連戦が組まれていた8月第3週から第5週までの通算15試合で、1勝13敗1分と大きく負け越した。首位・ソフトバンクとの差が10ゲームにまで広がり、31日の西武戦で敗れるとシーズンで初めて3位に転落した。結局、8月の通算成績は7勝18敗1分でシーズン初の月間負け越しを記録した。さらに8月23日のロッテ戦から9月3日のソフトバンク戦まで、球団初年度以来12年ぶりの公式戦10連敗を記録している。9月2日の対ソフトバンク戦で敗れたことによってチームの自力優勝の可能性が消滅し、本拠地での主催試合でも、8月18日のソフトバンク戦から9月9日のオリックス戦まで10連敗を喫した。この間には、前述した攻撃型打線の組み替えを繰り返す一方で春季キャンプ中の故障で出遅れていたオコエがスタメンに再び定着するほど好調を見せた。また、高卒新人の藤平もチームが6連敗中だった8月22日のロッテ戦で一軍初勝利を果たすと、チームの10連敗で迎えた9月5日の日本ハム戦でも先発勝利を記録した。さらにウィーラー・ペゲーロ・アマダーが9月中旬までに20本以上の本塁打を放ったため、「同一球団に在籍する3人の外国人選手が同一シーズンでいずれも20本以上の本塁打」というNPB一軍公式戦史上初の記録を樹立し、投手陣では則本と美馬が2桁勝利を達成した[104] 一方で、岸は防御率2.76ながら7連敗(8勝10敗)でレギュラーシーズンを終えた。9月中旬以降は、16日にソフトバンクのリーグ優勝が決まったものの24日に楽天の3位以上が確定した[105]。以降の試合で2位に返り咲けないまま10月4日の対ロッテ戦を延長12回引き分けで終了となった。チーム史上初めてレギュラーシーズンを3位で終えた[106]

ポストシーズンでは、西武とのクライマックスシリーズ(CS)ファーストステージ(メットライフドーム)第1戦においてレギュラーシーズン中の対戦で8戦全敗だった菊池雄星を相手に0 - 10の大差で完封負けを喫したが、第2戦からの2連勝によってパ・リーグの優勝チームとして臨んだ2013年以来4年ぶり(勝ち上がりは2009年以来)にCSファイナルステージへ進出した。パ・リーグが2007年から導入しているCS制度で、ファーストステージの第1戦に敗れたチームがファイナルステージへ進出できた事例はこの年の楽天が初めてである。迎えたソフトバンクとのファイナルステージでは、第1戦から2連勝しCS第2戦から4連勝と上り調子にあったが、則本・岸・美馬を先発に立てた第3戦以降の試合で3連敗を喫し、4年ぶりの日本シリーズ進出を逃した。なお、この時点で日本シリーズの出場および制覇回数は1回であったが、過去2回出場したシリーズをいずれも制していた横浜DeNAベイスターズ(セ・リーグ3位からCSを突破)が、この年の日本シリーズでソフトバンクの前に敗退した。なお、日本シリーズで敗退したことのないチームはNPBの12球団で楽天だけになった。

日本シリーズの終了後には、チーム最年長の現役選手だった松井稼頭央がコーチ就任の打診を固辞。他球団での現役続行を希望し、テクニカルコーチ兼任の外野手として、15年ぶりに西武へ復帰した。また、巨人から移籍した2013年以降サイドスローの左腕投手として中継ぎで活躍した金刃憲人などが現役を引退した。2009年以降もコーチとして楽天への在籍を続けてきた礒部が退団する一方で、ドラフト会議での1巡目指名を経て在籍していた片山博視(2006年入団)・武藤好貴(2012年入団)や、一軍のクリーンアップを一時担っていた内野手の中川大志に戦力外通告を実施した(中川はDeNA、片山はコーチ兼任でBCリーグの武蔵ヒートベアーズ、武藤は入団前に所属していたJR北海道硬式野球部の後継チーム・JR北海道硬式野球クラブで現役を続行)。外国人選手は前年に在籍していた7選手からクルーズ以外の6選手が残留した。

ドラフト会議では、東京六大学野球のリーグ戦で歴代3位の通算21本塁打を記録した慶応大学の岩見雅紀を2巡目で指名。5巡目では、NPBの球団では初めてBASEBALL FIRST LEAGUEに加盟する球団の選手として兵庫ブルーサンダーズ所属の田中耀飛を支配下登録選手として指名した(いずれも指名後に入団、田中は入団後に「耀飛」の名で登録)。

2018年

楽天が宮城球場の命名権を保持したまま、1月1日付で球場の呼称を「楽天生命パーク宮城」に変更した。

1月4日には、チームの4代目監督でもあった星野仙一球団代表取締役副会長が膵臓癌のため70歳で永眠した。球団では同月6日にその事実を公表し翌7日から3日間は楽天生命パーク宮城、オープン戦の期間中には主催試合の開催球場に献花台を設置した。また、星野がかつて一軍監督やオーナー付シニアディレクターを務めた阪神球団との共同運営による「お別れ会」を東京と大阪で開催した。大阪での「お別れ会」開催直後の3月26日には三木谷オーナーの意向[107] に沿って、星野氏が監督時代に付けていた背番号77を永久欠番として扱うことが球団から正式に発表された[108]

外国人選手については、オコエ・ディクソンと新たに契約。また渡辺直人が8年ぶりに、2015年から3年間ソフトバンクの一軍投手コーチを務めていた佐藤義則が一軍投手コーチとして4年ぶりに復帰した。ソフトバンクからは、前年の細川に続いて捕手の山下斐紹西田哲朗との交換トレードで獲得した。

チームスローガンは、「日本一の東北へ。一方、球団創設以来初めてユニフォームのデザインをホーム・ビジター用とも一新した。ただし、レギュラーシーズン中には星野副会長の監督時代の背番号(77)をユニフォーム左胸部分の裏に付ける[107]。4月3日に楽天生命パークで開かれた日本ハムとのホーム開幕戦では、星野副会長の監督時代の背番号77を入れた2014年仕様のユニフォームを、監督、コーチ、選手、スタッフ(総勢115名)が着用した(ユニフォームの変遷は「ホーム用」、「ビジター用」を参照)。

レギュラーシーズンでは、オープン戦を打率トップで終えた内田靖人を開幕一軍のメンバーに初めて抜擢。3月30日にZOZOマリンスタジアムで催されたロッテとの開幕戦を延長12回の末に3 - 2というスコアで勝利し、球団史上初めてシーズンのスタートを3年連続白星で切った。以降の試合では打線や救援陣がこぞって振るわず、球団史上12年ぶりに4月中に2桁の借金を喫した。5月1日には一軍と二軍の間で一部のコーチを入れ替え、一軍打撃コーチの高須洋介と内野守備走塁コーチの立石充男が二軍へ、二軍打撃コーチの栗原健太と育成コーチの真喜志康永が一軍に異動した[109]。しかし、開幕から10カード連続でカード勝ち越しがなく、開幕から31試合目に当たる同月6日の対西武戦(楽天生命パーク)に大敗し、自力によるリーグ優勝の可能性がいったん消滅した。NPB公式戦におけるシーズン31試合目での消滅は、この年のセ・リーグ球団を含めても最も速く、プレーオフ制度によるパ・リーグ優勝の可能性を残していた2005年のチーム(29試合)を除けば1955年大映スターズ(27試合)に次ぐ速さである[110]。5月9日には福島県内で一軍公式戦(郡山市開成山野球場の対ロッテ戦)の主催を予定していたが、グラウンド状態の不良によって前年(雨天)に続いての中止となった。5月29日からのセ・パ交流戦でもチームの調子は上向かず、クローザーの松井裕樹が開幕からの不調、本塁打数チームトップのペゲーロが交流戦中の不振、中心打者のウィーラーが試合中のヘッドスライディングによる左手指の骨折で相次いで戦線を離脱した。交流戦の開幕投手を任された高卒5年目の古川侑利が一軍公式戦初勝利を含む2勝を挙げたものの、チームは6月16日の対阪神戦に敗れ、リーグ戦からの借金が20に到達した。同日の試合終了後に梨田監督が球団へ辞意を申し入れたところ、球団から了承されたため、辞任が決定した。

平石監督時代

※2018年の監督代行時代も含める。

2018年

スローガンは「日本一の東北へ」。梨田監督の辞任を受けて、6月17日の対阪神戦(楽天生命パーク)から一軍ヘッド兼打撃コーチの平石洋介が監督代行に就任した。38歳での一軍監督代行就任は、歴代の一軍監督および代行経験者を含めても球団最年少であった。また、楽天生え抜きの人物が一軍を指揮するのは、監督代行としての平石が初めてである。梨田監督の辞任と平石監督代行の就任に伴って、一軍コーチ陣の配置転換を実施。投手コーチでベンチ担当(佐藤義則)とブルペン担当(森山良二)の配置を入れ替えたほか、2018年5月の一軍復帰後から一塁ベースコーチを務めていた真喜志一軍内野守備走塁コーチが、ヘッドコーチ格で平石を支えた。さらに、この年から一軍戦略・内野コーチが務めていた塩川が一塁のベースコーチに回っている(平石監督代行以外の首脳陣は肩書を変更せず)。

一軍では平石の監督代行就任を受けて、セ・パ交流戦の残り2試合に全勝。交流戦開幕投手の古川も、6月19日の最終戦(横浜での対横浜DeNA戦)で白星を挙げたことによって、交流戦を一軍公式戦初勝利からの3連勝で締めくくった。もっとも、チームは交流戦を最下位(6勝12敗)という成績で終了した。

リーグ戦の再開直後には、パ・リーグの球団で唯一勝率が5割を下回る事態に見舞われたものの、菊池が先発した6月29日の対西武戦(メットライフドーム)に15 - 1というスコアで大勝。レギュラーシーズンでは2016年5月25日から続いていた菊池の先発試合での連敗を13で食い止めた。7月10日には、山形市総合スポーツセンター野球場(きらやかスタジアム)で初めてのNPB一軍公式戦として、対オリックス戦を主催。前年まで他球場で実施されていた山形県内での一軍主催公式戦8試合目にして、初勝利を挙げた。また、オールスターゲームでは、岸が選手間投票1位、平石の監督代行就任を機に4番打者へ定着した今江が監督推薦でパシフィック・リーグ選抜チームに参加。前年のレギュラーシーズン3位を受けて梨田が務める予定だった同チームのコーチを平石が引き継いだほか、14日の第2戦(リブワーク藤崎台球場(熊本))には岸が同チームの先発投手として登板した。

9月1日には、星野の逝去以降事実上空席だった編成部門のトップとして石井一久が球団取締役ゼネラルマネジャー(GM)に就任。10月5日の対ロッテ戦(楽天生命パーク)の前に、平石が2019年シーズンから一軍監督へ正式に就任することを発表した。しかし、チームは5位・ロッテとのゲーム差を1ゲームにまで縮めながらこの試合に敗れたため、3年振りの最下位が確定。レギュラーシーズン全体では、オリックスとロッテに勝ち越した一方で、西武戦(6勝19敗)と交流戦で大きく負け越した。

なお、この年のチームは梨田の監督在任中からホームゲームにとりわけ弱く、シーズン通算で球団最多の50敗を記録。地方開催分を含むホームゲーム(72試合)の通算勝率は.306(22勝50敗)だが、本拠地・楽天生命パークの開催分では69試合で.290(20勝49敗)にとどまった。パ・リーグに加盟する球団で、本拠地開催分の一軍公式戦におけるレギュラーシーズンの通算勝率が3割を切った事例は、1961年の近鉄(日生で.267=16勝44敗)以来57年振り。セ・リーグを含めても、1965年のサンケイスワローズ神宮で.292)以来の低さであった。その一方で、ビジターゲーム(通算71試合)では36勝32敗3分と勝ち越している[111]

投手陣では、則本がリーグ最多奪三振を5年連続でマーク。さらに、チームのシーズン最終戦であった10月13日の対ロッテ戦(ZOZOマリン)に救援登板でシーズン10勝目を挙げたことによって、入団以来6年連続のシーズン2桁勝利(NPB史上4人目の記録)を達成した。また、岸がチーム最多の11勝を挙げたほか、防御率2.72でリーグ最優秀防御率のタイトルを初めて獲得した。松井は自身の不調やチーム事情からシーズン中にセットアッパーや先発への転向を経験しつつも、9月16日の対ロッテ戦(ZOZOマリン)で一軍公式戦通算100セーブを史上最年少(22歳10か月)で達成。さらに、入団2年目の高梨が球団歴代最多のシーズン70試合登板を記録した。野手陣では、高梨と同期入団(2年目)ながら、パ・リーグ新人王の選考資格を残していた田中和基がセ・パ交流戦の直前から正中堅手に定着。リーグの最終規定打席に到達したばかりか、チーム生え抜きの野手としては歴代最多の一軍公式戦シーズン18本塁打を記録したことによって、スイッチヒッターとしてはリーグ史上初(チームからは田中将・則本に次いで3人目)の新人王に選ばれた。また、後半戦に一軍へ定着した内田は、高卒の生え抜き野手および、生え抜きの右打者としては初めての2桁本塁打(12本塁打)をマーク。前年のチームの躍進を支えた外国人野手は総じて低調で、アマダーも7月だけで11本塁打を記録したが、NPBから禁止薬物摂取の嫌疑を掛けられた影響で8月中旬以降実戦から遠ざかった。新加入のディクソンも、その穴を埋めるまでの活躍には至らなかった。

シーズン終了後には、二軍を中心にコーチ陣の大幅な入れ替えを敢行した。シーズン中に二軍投手コーチを務めた与田が古巣・中日の一軍監督に転身したほか、二軍監督として田中のブレイクに寄与した池山、二軍ヘッドコーチの大石知宜などが契約の更新を見送られた[112]。その一方で、この年に他球団で現役を引退した平石と同世代の小谷野栄一後藤武敏が打撃コーチへ就任するとともに、石井GMが現役時代に所属していたヤクルト出身の指導者(伊藤智仁三木肇・楽天のOBでもある野村克則)などを招聘。2016年1月の現役引退後に球団職員へ転じていた元・選手会長の鉄平が、二軍外野守備走塁コーチとして現場復帰を果たした。他球団との指名重複による抽選が相次いだドラフト会議の1巡目では、2回目に指名した辰己涼介(立命館大学)への独占交渉権を4球団競合の末に獲得。結局、辰己や則本の実弟(則本佳樹)など(育成選手契約者を含めて)10人もの新人選手が入団した。その一方で、聖澤諒枡田慎太郎伊志嶺忠が戦力外通告を受けたことを機に現役を引退[113]。球団からコーチへの就任を打診されていた細川や、育成選手契約で戦力外通告を受けた宮川将も、いずれも他球団で現役生活を続けることになった(細川はロッテ、宮川は前年の片山に続いてコーチ兼任で埼玉武蔵ヒートベアーズへ入団)。外国人選手については、ウィーラー以外の外国人野手とコラレスが退団。さらに、この年限りでマリナーズを退団した岩隈に復帰を打診したが、巨人との争奪戦に敗れた。

2019年

チームスローガンは、「RESTART! 日本一の東北へ」。本拠地の楽天生命パーク宮城では、一・二軍の主催公式戦開催日に、場内の売店・チケットカウンターでの決済をこのシーズンから現金以外の手段に統一している(プロ野球球団の本拠地球場では世界初の「完全キャッシュレス化」)。また、前年まで私設応援団が作曲していた応援歌に著作権上の問題が生じたことから、球団と私設応援団の間で応援歌の扱いを協議。上記の問題が解決された応援歌に限って、前年からの継続使用が認められた[114]

補強面では、シーズン終了後に西武から国内FA権の行使を表明していた浅村栄斗(前年のパ・リーグ打点王)、右投手のアラン・ブセニッツ、右の長距離打者ジャバリ・ブラッシュを相次いで獲得した。また、ヤクルトから戦力外通告を受けていた由規(仙台市・仙台育英高校出身)を育成選手として契約(7月28日付で支配下選手登録)。由規とは高校での1年後輩に当たる橋本到が巨人との金銭トレード、広島の福井優也菊池保則との交換トレードで入団した。育成面では、三軍の創設を視野に、実戦経験を増やしながら若手選手の育成や故障者の復帰を促す環境を整備することをGMの石井が計画。シーズン中の6月には、この年に支配下登録選手から育成選手に移行させた下妻貴寛捕手と野元浩輝投手を、1か月限定ながらBCリーグの武蔵球団へ派遣した[115]

春季キャンプでは、ルイス・ヒメネスが入団テストに参加。テストへの合格後に育成選手契約を締結したうえで、3月のオープン戦期間中に支配下選手として登録した。キャンプ終了後の3月上旬には、チームが台湾でLamigoモンキーズ中華職業棒球大聯盟に加盟するプロ野球球団)との2連戦に臨んだ。

その一方で、この年から正式に捕手へ復帰した岡島が春季キャンプ中に左肩、球団との間で7年契約を結んだ則本昂が3月中旬に右肘の手術を受けた。則本についてはレギュラーシーズン中の実戦復帰が難しい状況にあったため、DeNAから熊原健人(仙台大学出身)をシーズンの開幕直前に濱矢廣大との交換トレードで獲得した。なお、開幕投手には岸が移籍後初めて起用されたが、後に故障で長期離脱を余儀なくされている。

一軍はレギュラーシーズンに入ってから、38歳の平石による指揮の下で開幕ダッシュに成功。開幕11試合目に当たる4月29日の対西武戦(メットライフドーム)で、シーズン初の単独首位に立った。公式戦の開幕から10試合以上経過した時点での単独首位は、チームとしては2017年8月14日以来2シーズン振り、NPB球団の30代監督としては1981年の武上四郎(ヤクルトスワローズ)以来38年振り、パ・リーグ球団の30代監督としては1976年の上田利治阪急ブレーブス、いずれも当時39歳)以来43年振りであった[116]。さらに、4月20日の対オリックス戦(楽天生命パーク)で、一軍公式戦における球団通算900勝を達成した[117]。5月には、8日の対ソフトバンク戦で球団史上初めて、最大7点差からの逆転勝利を記録。15日の対日本ハム戦(いずれも楽天生命パーク)でも、4回裏まで0 - 8のスコアで大差を付けられながら、延長11回の末に9 - 8のスコアで逆転サヨナラ勝利を収めた。パ・リーグの公式戦において、同じ月に同じ球団が7点以上のビハインドからの逆転勝利を2度以上記録した事例は、この月の楽天が初めてである[118]。パ・リーグの首位で迎えたセ・パ交流戦では、6月15日の対広島戦(楽天生命パーク)で1試合7本塁打のチーム新記録を達成[119]。NPBの一軍公式戦では初めて、外野のスタメンを新人の3選手(辰己涼介・渡邊佳明小郷裕哉)だけで賄う[120] などの積極的な采配も背景に、前年から一転して勝ち越し(10勝8敗)で終えた。しかし、交流戦優勝のソフトバンクにリーグ首位の座を明け渡すと、交流戦の終盤からリーグ戦再開後の7月上旬まで10連敗を喫した。

リーグ戦の再開後は、右打ちの長距離打者をトレードで相次いで獲得。下水流昂三好匠との交換トレードで広島から、和田恋が古川との交換トレードで巨人から入団した。7月9日の対オリックス戦(山形)では、則本昂大が先発投手としてシーズン初登板を果たすと、交流戦終盤からのチームの連敗を10で阻止した。さらに、一軍は8月に「月間4度の5時間試合」というNPBのチーム記録を達成するほど熱戦を続けた末に、ロッテとの3位争いを僅差で制して2年ぶりにクライマックスシリーズへ進出。二軍も、新監督の三木の下で、球団史上初めてのイースタン・リーグ優勝を果たした。なお、8月31日の同リーグ・対西武戦では、当時二軍で調整中だったオコエが(一軍を含めて)球団史上初の公式戦サイクルヒットを達成している。

一軍のレギュラーシーズンでは、則本昂大が後半戦だけで5勝を挙げたものの、入団1年目から続けていたシーズン2桁勝利が6年でストップ。開幕投手の岸も故障が相次いだ影響で3勝にとどまったが、前年に一時育成契約を結んでいた入団4年目の石橋良太が先発陣へ定着すると、美馬と並んで8勝を記録した。もっとも、チーム内で最も多く白星を稼いだ投手は、シーズンの大半で先発陣の一角を担った辛島航(9勝)であった。救援陣では、クローザーへ返り咲いた松井裕がパ・リーグおよび自己最多の38セーブを記録。また、シーズン中に右肩の手術を受けた福山に代わって、ブセニッツと森原がセットアッパーとして好成績を残した。打撃陣では、ブラッシュがチームの外国人選手としては歴代最多のシーズン33本塁打を放ったほか、浅村も西武時代の前年に続いて本塁打を30本台(33本)に乗せた。

クライマックスシリーズ(CS)では、レギュラーシーズンを2位で終えていたソフトバンクとのファーストステージに先勝。第2戦からの2連敗でファイナルステージへの進出には至らなかったものの、この試合からポストシーズン10連勝で日本シリーズ3連覇を成し遂げたソフトバンクに、ポストシーズン唯一の黒星を付けた。もっとも、ソフトバンクに対しては、二軍もファーム日本選手権で後塵を拝している。

新人選手時代の創設初年度から15シーズン連続で現場に携わっていた平石は、歴代の一軍監督で初めて正式就任1年目でレギュラーシーズンのチーム最終勝率を5割以上に乗せた。しかし、球団は一軍がCSのファーストステージで敗退した直後に、二軍の三木監督が平石監督に代わって一軍監督へ就任することを発表した。平石監督の退任は契約期間(1年)の満了に伴う決定でもあったが、発表に際しては、「決定に至った経緯や、今後のチームに求められるビジョンをまとめた文書をGMの石井が公開する」という異例の対応も為された[121]。また、小谷野・森山・佐藤・高須のコーチ契約を解除したほか、宮城県内の高校出身の選手(橋本・今野龍太西巻賢二)などに自由契約を通告。福山、燿飛、前年に開幕ローテーションの一角を担っていた池田隆英などが育成契約へ移行した。

球団では「二軍のGM」に相当する役職(二軍統括)を新設したうえで、同職の就任を平石監督に要請することも計画していたが、平石監督は自身の意向で退団した[122]後に、ソフトバンクの一軍打撃兼野手総合コーチへ転身(2022年シーズンからは西武で一軍の打撃コーチを担当)。平石を支えたコーチや、球団生え抜きの選手がチームを離れる事態も相次いだ。現に、今江と同じく故障の影響で出場機会が減っていた嶋は、今野に続いてヤクルトへ移籍。コーチ陣からは、森山がソフトバンク、小谷野がオリックス、二軍打撃コーチの栗原が中日のコーチに転じている。

ドラフト会議では、1巡目で最初に指名した佐々木朗希岩手県立大船渡高校)の独占交渉権を4球団競合の末に逃したものの、再指名で小深田大翔大阪ガス)の交渉権を獲得。育成ドラフト会議での指名者を含めて、11人もの新人選手が入団した。その一方で、今江、橋本、球団生え抜きの戸村健次西宮悠介が現役を引退。今江は育成コーチ、戸村と西宮は打撃投手として球団に残った。

チームがこの年のレギュラーシーズンを3位で終えたことによって、楽天野球団では最終順位が3位以上の球団へ自動的に与えられる4年後(2023年)のレギュラーシーズン開幕カードの主催権を保有していたが、2021年のシーズン終了後にこの権利を日本ハムへ譲渡した。日本ハムはこの年のレギュラーシーズンで5位だったものの、2018年の最終順位が3位だったことから、2022年シーズンの開幕カードを主催できる立場にあった。しかし、2023年シーズンに本拠地を札幌ドームから新球場(ES CON FIELD HOKKAIDO)へ移すことが決まっているため、新球場で開幕カードを主催すべく楽天野球団と交渉。1年にわたる交渉の末に「開幕戦では異例」とされる主催権の交換に至ったため、当球団では2022年の開幕をホームゲーム、翌2023年の開幕をビジターゲームとして臨むことになった[123]

三木監督時代

2020年

チームスローガンは「NOW or NEVER いまこそ 日本一の東北へ

前年に二軍で三木を支えたコーチ陣から、野村克則・鉄平・小山・塩川が一軍へ異動。与田の下で中日の一軍内野守備走塁コーチを務めていた奈良原浩を二軍監督、前年に現役を引退したばかりの館山昌平をヤクルトから二軍投手コーチ、地元・東北学院大学出身の星孝典を西武から二軍バッテリーコーチに招聘した。また、開幕前からの故障でシーズンの中盤以降を棒に振ったチーム最年長選手の渡辺直人を球団史上初の選手兼任コーチ(内野手兼一軍打撃コーチ)へ起用。永井と牧田が現役引退後初めて二軍のコーチとして現場に復帰したほか、前年までロッテ球団の特別職(スペシャルアシスタント)に就いていた同球団OBの大村三郎を二軍統括職に相当する役職(ファームディレクター)に迎えた[124]

補強面では、前年の11月中旬から1か月ほどの間にロッテから楽天へ3名、楽天からロッテへ4名の選手が交換トレードを介さずに移籍した。楽天からは、美馬が国内FA権の行使によって移籍したことを皮切りに球団から育成契約への移行を打診されていた西巻と、外国人枠などとの兼ね合いで自由契約になっていたハーマンもロッテへ移った。ロッテからは、FA権を行使することを表明していた鈴木大地を、金銭トレードで涌井秀章をそれぞれ獲得。鈴木の獲得に伴う人的補償(プロテクト枠から外れた保有選手1名の譲渡)措置で小野郁が移籍する一方で、美馬のロッテ入団に伴う同措置で酒居知史が加入した。楽天から人的補償措置で他球団へ移籍した選手は、小野が初めてである。また、前年までクローザーを務めた松井が先発に復帰するチーム事情から、2018年までサンディエゴ・パドレスに所属していた牧田和久や、前年までロサンゼルス・ドジャースに所属していたジョン・トーマス・シャギワを獲得した。

春季キャンプ中の2月11日には、チームの第2代監督および名誉監督を務めた野村克也氏が虚血性心不全によって84歳でその生涯を閉じた。球団では、翌12日から15日まで楽天生命パークに献花台を設けるなど、野村氏への弔意を示している。また、キャンプ中にはオリックスを自由契約となっていたステフェン・ロメロが入団。

この年は春季キャンプの直前(1月下旬)から新型コロナウイルスへの感染が拡大している影響で、3月20日に予定されていたレギュラーシーズンの開幕が6月19日にまで延期された。レギュラーシーズンに入ってからは、鈴木大地・ロメロ・小深田が加わった打線がチームの開幕ダッシュに大きく貢献。新人選手からは、小深田に加えて、慶應義塾大学から入団した津留﨑大成も、開幕から長らく一軍の救援陣に入っていた。その一方で、チーム事情などから開幕一軍入りを逃していたウィーラーが6月25日に池田駿とのトレード、高梨が7月14日に高田萌生とのトレードによって巨人に相次いで移籍している。

一軍はレギュラーシーズンの前半まで、ソフトバンク・ロッテとの三つ巴で首位争いを展開。7月21日の対オリックス戦では、8回表の途中から試合を中断した末に、濃霧によるコールドゲームが成立した(NPBの一軍公式戦では20年ぶり5回目)。さらに、9月10日の対ソフトバンク戦(18:00開始)は、雨天による2度の中断をはさんで23:38に終了。中断時間の合計は1時間32分(1回目37分・2回目55分)で、パ・リーグの公式戦では史上8番目の長さ(1970年以降の公式戦では最長)だった[125]。先発陣では松井と岸、救援陣ではシャギワが不振。ブラッシュおよび、松井に代わるクローザーとして開幕から好投を続けていた森原は故障、開幕から涌井と共に先発陣を支えてきた則本昂大は試合中のアクシデント(転倒による右手の負傷)で戦線を離脱した(則本は9月から復帰)。もっとも、8月下旬に3位へ転落してからは失速。開幕からコーチ職に事実上専念していた渡辺直人が現役引退を表明した9月には、この年に広島へ入団したばかりのD.J.ジョンソン投手を金銭トレードで獲得したほか、福山を支配下登録選手に復帰させた。ジョンソンが移籍後、福山が支配下復帰後初めて登板した同月22日の対ロッテ戦で、一軍公式戦における球団通算1000勝を達成[126]。シーズン特例による新規契約期限の前日(9月29日)には、巨人から金銭トレードで田中貴也を獲得した。シーズン終盤の10月以降は、松井を救援要員に戻す一方で、先発で6試合に登板した岸が5勝無敗という好成績で10・11月リーグ投手部門の月間MVPを受賞。しかし、一軍では逆転負けが12球団最多の32試合に達した結果、シーズンを4位で終えた。逆に、二軍は奈良原監督の下でイースタン・リーグ2連覇を達成。球団史上初めてのファーム日本選手権制覇も成し遂げている。

移籍組はおおむね好調で、鈴木大地が打率.295(パ・リーグの最終規定打席到達者としては5位)、ロメロが24本塁打、牧田和久が登板52試合(チーム最多およびリーグ3位の登板数)で防御率2.16を記録。涌井はとりわけ好調で、シーズン初登板からの先発8連勝(プロ入り後自身最長)、2桁勝利(最初に入団した西武・移籍元のロッテ時代に続いて3球団目、パ・リーグ3球団のみでの達成は史上初)、千賀滉大石川柊太(いずれもソフトバンク)と同じ11勝でリーグ最多勝利(西武時代にも2回・ロッテ時代にも1回達成、3球団での達成はNPB史上初)を相次いで記録した。また、開幕から4番打者を任されてきた浅村が、32本塁打で本塁打王のタイトルを初めて獲得。シーズン中盤から茂木に代わって正遊撃手に定着した小深田は、渡辺直人が保持してきた複数安打試合の球団新人最多記録を33試合に更新したほか、シーズンの最終規定打席へ到達するとともにパ・リーグ6位の打率.288を記録した。

レギュラーシーズン終盤の10月26日に開かれたドラフト会議の1巡目では、早稲田大学早川隆久に対する独占交渉権を、GMの石井が他の3球団との指名重複の末に抽選で獲得(後に入団)。最終盤の11月には、チーム最年長投手の久保裕也と楽天生え抜きの現役投手としては在籍年数が最も長かった青山が現役引退を表明した。また、由規、熊原、耀飛、近藤弘樹山下斐紹などに戦力外通告(近藤は通告後にヤクルト・山下は中日に育成選手として入団、由規は埼玉武蔵・耀飛は福島レッドホープスへ入団、熊原は現役を引退)。一軍のコーチ陣から、伊藤智仁がヤクルトへ復帰、笘篠誠治が退団、野村克則が育成コーチへ異動した。

その一方で、球団ではGMの石井へ一軍監督との兼務を要請した末に、現場での指導歴のない石井との間で複数年契約を改めて締結。レギュラーシーズン終了直後の11月12日には、石井がGMを続けながら2021年シーズンから一軍監督を兼務することや、三木が二軍監督に復帰することを発表した。

石井取締役GM兼監督時代

2021年

チームスローガンは、「一魂(いっこん) 日本一の東北へ」。

前年に一軍を指揮していた三木が二軍監督、真喜志育成コーチが一軍ヘッドコーチへ復帰。奈良原二軍監督が一軍内野守備走塁コーチへ異動した。また、前年に現役を引退した渡辺直人が一軍打撃コーチに専念するほか、久保が二軍投手コーチへ就任。さらに、ロッテからの派遣扱いでBCリーグ・栃木ゴールデンブレーブスのコーチを務めていた岡田幸文を、笘篠コーチの後任扱いで一軍外野守備走塁コーチに招聘した。NPBの球団において、石井監督のようにGMが一軍監督を兼任する事例は、ソフトバンクの王貞治会長(2005 - 2008年)に次いで2人目。常勤の取締役が一軍監督を兼任する事例は、福岡ダイエーホークス(ソフトバンクの前身球団)の根本陸夫(専務取締役時代の1993・1994年)に次いで2人目である[127]。その一方で、球団創設時から16年にわたって在籍してきた安部井寛チーム統括部長が1月31日付で退団。翌2月1日付で、NPBの野球運営本部本部長補佐に着任した。

外国人選手では前年に在籍していたロメロがオリックスへ復帰(後に家庭の事情でレギュラーシーズン中の8月に退団)したほか、ブラッシュ、シャギワ、D.J.ジョンソンが退団した。ブラッシュは現役を引退したほか、シャギワはタンパベイ・レイズでMLBに復帰したが、MLBからルスネイ・カスティーヨ(元・野球キューバ代表)、ブランドン・ディクソンが入団した。またニューヨーク・ヤンキースとの7年契約が前年11月で満了してから、再契約やMLB他球団への移籍交渉が難航していた田中将大に8年振りの復帰を打診。春季キャンプ開始の4日前(1月28日)には、2年契約で合意に至ったことや、ヤンキースの在籍中に楽天野球団が「準永久欠番」として扱ってきた背番号18を再び着用することが発表された。

日本国内では、年頭以降も新型コロナウイルスへの感染拡大に歯止めが掛かっていないことから、球団では創設1年目から続けていた久米島での一軍春季キャンプ開催を断念。久米島と同じ沖縄県内ながら、一軍のキャンプ地を金武町(前年まで二軍の春季キャンプで使用)、二軍のキャンプ地をうるま市(いずれも沖縄本島内)に変更した。さらに、日本政府が感染拡大防止策の一環で外国人への入国制限を課しているため、新入団のディクソン、コンリー、カスティーヨの3人は春季キャンプに合流できなかった。このような事情から、球団ではキャンプの終了直後に打線のさらなる強化を図るべく、日本ハムから長距離打者の横尾俊建を池田隆英との交換トレードで獲得している。結局、コンリーも来日の目途が立たないまま、レギュラーシーズン開幕後の5月6日付で球団から契約を解除。コンリーは同月10日付で、MLBのタンパベイ・レイズとマイナー契約を結んだ。

レギュラーシーズンの開幕カードである3月26日からの対日本ハム3連戦(楽天生命パーク)では、前年のパ・リーグ最多勝投手である涌井を開幕戦、新人の早川を第3戦で先発させたほか、翌27日の第2戦(いずれも楽天生命パーク)で田中将大による復帰後初の公式戦登板を予定していた。実際には、田中が右足ヒラメ筋の損傷によって登板を回避したほか、ディクソンとカスティーヨの合流も4月中旬にまで持ち越された。それでも、早川が開幕第3戦で公式戦初勝利を挙げたことを皮切りにチームはパ・リーグの首位戦線を快走。田中は4月17日の対日本ハム戦(東京ドーム)に先発でNPB公式戦2748日振りの登板を果たしたものの、5回3失点という内容で黒星を喫したことによって、ヤンキース移籍前(2012年)からのNPBレギュラーシーズンにおける登板試合での連勝も28で止まった。その一方で、1週間後の24日には、8年振りの本拠地(楽天生命パーク宮城)登板で西武を相手にNPB一軍公式戦通算100勝を達成。達成までに要した登板数は177試合で、NPB(2リーグ分立後)の一軍公式戦では史上最速、1リーグ時代を含めた日本プロ野球の公式戦でも歴代2位に並ぶ速さであった。5月9日の対日本ハム戦(札幌ドーム)ではこの年からクローザーへ本格的に復帰した松井が、一軍公式戦における通算150セーブを歴代最年少の25歳6か月で達成している。

2019年以来2年振りに復活したセ・パ交流戦でも、チームは最終盤まで勝率1位(優勝)争いに加わるなど好調を維持していた。最終順位は6位ながら、パ・リーグ首位の座を維持したまま9勝8敗1分けという成績で終了したほか、球団の新人投手としては初めて早川が(リーグ戦からの通算で)一軍公式戦6連勝を交流戦中に達成した。もっとも、実際にはレギュラーシーズンの開幕当初から正捕手が定まらず、リーグ戦の再開後には首位の座をオリックスに明け渡した。このような事情から、7月4日には巨人の炭谷銀仁朗を金銭トレードで獲得することで合意。NPBの球団同士がレギュラーシーズン中に成立させたトレードでは珍しく、同日の公式戦(神宮球場でのDeNA対巨人ナイトゲーム)の最中に、楽天・巨人の両球団から正式に発表された。

NPBでは新型コロナウイルス感染拡大の影響で、前年から1年延期されていた2020東京オリンピックの開催を前提に、開催期間の前後(7月中旬から約1ヶ月間)にわたってレギュラーシーズンを中断。チームはオリックスに次ぐ2位でシーズンを折り返したものの、東京大会限定で復活した野球競技の日本代表チームに田中将大と浅村が入った。結局、日本代表はオリンピック正式競技としての野球で、初めて金メダルを獲得している。

東京オリンピック開幕直前の7月17日には、オールスターゲーム第2戦が楽天生命パークで開催された。チーム本拠地での開催は日本製紙クリネックススタジアム宮城時代の2011年(第3戦)以来10年振りで、チームからはパ・リーグのファン投票1位で松井(抑え投手部門)と浅村(二塁手部門で選手間投票でも1位)、監督推薦で田中将・則本昂・宋家豪・小深田・島内の出場が決まっていた。田中将と浅村は(オリンピックへの準備の一環として接種された)新型コロナウイルスワクチンの副反応が疑われる体調不良によって(16日にメットライフドームで開催された第1戦を含めて)出場を見合わせたが、第2戦には残りの5選手がパシフィック・リーグ選抜チーム(オール・パシフィック)、前年に巨人へ移籍したウィーラーと高梨がセントラル・リーグ選抜チームから出場。「3番・左翼手」としてスタメンに起用された島内が2度に渡って勝ち越し打を放つなど、4打数3安打3打点の活躍でMVPに選ばれた。さらに、オール・パシフィックが6回表から則本→宋→松井の継投に切り替えた結果、8回表を投げた宋に白星、9回表を締めくくった松井にもセーブが付いている。

その一方で、7月20・21日に楽天生命パークでチーム練習を実施したところ、銀次が新型コロナウイルスに感染していることが22日に判明した。練習へ一緒に参加していた監督、コーチ、選手、スタッフ(総勢89名)は、PCR検査で全員の陰性が確認された[128]ものの、保健所から「銀次と濃厚接触の可能性が高い」と判断された鈴木大地には自主隔離措置が講じられた。なお、鈴木はレギュラーシーズンの再開(8月13日)を機に実戦へ復帰している。

石井はレギュラーシーズンの再開後、一軍から長らく遠ざかっていた選手(オコエ、石橋、渡辺佳明、山﨑剛など)を勝負所で相次いで起用した。山﨑は9月に浅村の打撃不振がきっかけで二塁手としてスタメンに起用され始めると、シーズンの終盤には小深田に代わって「1番・遊撃手」に定着した。また、松井が右の太腿を痛めて戦線を離脱した8月下旬からは、宋をクローザーに抜擢した。もっとも、楽天もロッテとの相性がとりわけ非常に悪く、7月上旬からの対戦ではまさかの9連敗を喫した。結局、チームはシーズンを通じて5割以上の勝率を維持したにもかかわらず[129]、シーズンの終盤にパ・リーグの優勝争いから脱落した。10月19日の対オリックス戦(京セラドーム大阪)に敗れたことで、シーズンを3位で終えることが確定した。その一方で、ソフトバンクには同月23日の対戦(楽天生命パーク)で大勝したことによって、2012年以来9年振りのシーズン勝ち越しを決めた。

オリックスのレギュラーシーズン最終戦であった10月25日の対戦では、田中将大をシーズン最後の先発に立てながらも、打線が数年来苦戦しているオリックスのエース・山本由伸の前に完封負けを喫した。その一方で、オリックスが首位で全日程を終えてからもリーグ優勝の可能性残していたロッテには、楽天のレギュラーシーズン最終戦に当たる27日の対戦(いずれも楽天生命パーク)で勝利。同点の8回裏に代打へ起用された小深田の決勝打で、ロッテの逆転優勝の可能性を消滅させた。この結果、オリックスの25年振りパ・リーグ優勝が確定するとともに、クライマックスシリーズ(CS)のファーストステージでチームが2位のロッテとZOZOマリンスタジアムで対戦することも決まった。そのファーストステージでは、チームが全試合で9回表を同点で終えていたほか、8月下旬から実戦を離れていた松井が全試合に救援で登板。則本昂大が先発で佐々木朗希と投げ合った第1戦では1点リードの8回裏に登板した松井がアデイニー・エチェバリアの本塁打で同点に追い付かれると、9回裏に登板したクローザーの宋が佐藤都志也にサヨナラ安打を喫した。第2戦では岸を先発に立てたものの、9回表の攻撃が終了するまでに勝ち越せなかったため、チームのファーストステージ勝利の可能性が完全に消滅。第1戦に勝利したロッテは、第2戦に引き分けてもファーストステージを突破できる状況にあったため、「両チームの成績が1勝1敗1分で並んだ場合には、レギュラーシーズンでの上位チームが勝ち上がる」という同ステージの規定に沿ってコールドゲームを宣告された(公式記録上は「9回表終了後規定による引き分け」)。チームは第2戦で勝利した場合に第3戦で田中の先発を予定していたが、この宣告によってチームもファーストステージで敗退した[130]

田中将大は、先発で好投しながら打線の援護に恵まれない試合が続いた末に、NPBでは自身初の負け越し(4勝9敗)でシーズンを終了。ただし、チームのリーグ最終規定投球回(143イニング)到達者としてはトップの防御率3.01を記録した。他の投手陣では、則本昂大が3年振り、入団2年目の瀧中瞭太が初めてのシーズン2桁勝利(10勝)をそれぞれマーク。早川も9勝を挙げたものの、交流戦の直後から田中と同様のパターンで白星に見放され続けたこともあって、2桁勝利にも最終規定投球回にもわずかに届かなかった。岸も現役最年長(36歳)での2桁勝利に1勝足りなかったばかりか、リーグ最多の10敗を記録した。涌井もシーズンを通じて振るわず、二軍調整や移籍後初の救援登板も経験した。左投手からは早川以外の先発要員が台頭せず、弓削隼人が先発で1勝、塩見が先発で1試合、春先に左肘の手術を受けた辛島が二軍(イースタン・リーグ公式戦)で1試合へ登板しただけにとどまった。その一方で、先発で数年来伸び悩んでいた安樂や、一軍公式戦での登板が2018年の1試合だけだった西口直人が中継ぎ要員として台頭。2人を含む救援投手の防御率は、リーグトップの2.75だった。

打撃陣では、島内が96打点でリーグ打点王のタイトルを獲得。捕手から外野手へ再び転向した岡島も開幕から3割以上の打率を長らく維持しながら正外野手の座を奪回した末に、チーム内の最終規定打席到達者としては最も高い打率(.280)でレギュラーシーズンを久々に完走した。また、入団3年目の辰巳が自身初の2桁本塁打を記録したほか、チームからただ一人ゴールデングラブ賞をパ・リーグの外野手部門で受賞している。その一方で、開幕から二軍生活を送っていたベテランの藤田が、レギュラーシーズンの終盤に球団から現役引退を勧告された。勧告に際しては引退後のポストが球団内に用意されていたが、藤田は10月1日の戦力外通告を経て、選手専任のままDeNAへ10シーズン振りに復帰した。

レギュラーシーズン中の10月11日に催されたドラフト会議では、育成選手扱いを含めて10選手を指名。1巡目に単独で指名した吉野創士をはじめ、右打ちで高校生の外野手が4人を占めたほか、4巡目では奄美大島(鹿児島県)出身の神村学園高等学校投手・泰勝利を指名。島内の出身者がNPBのドラフト会議で指名を受けたことは初めてで、指名後の入団交渉を経て、1987年の亀山努(阪神にドラフト外で入団した内野手)以来のプロ野球選手が誕生した。

レギュラーシーズンが終了してからは、藤田と同じベテラン勢の牧田・足立祐一、2017年入団の菅原、則本昂大の実弟で育成選手の佳樹なども球団から戦力外通告を受けたほか、池田駿が現役引退を表明した。他の戦力外通告組からも、2019年のシーズン中に広島から移籍した下水流が現役を引退。足立は球団スカウト部所属のアマスカウト、支配下再登録(2020年2月)を経てこの年に自身初の開幕一軍入りを果たしていた下妻がブルペン捕手へ転身した。また、下水流は広島に二軍マネジャー、則本佳樹は入団前に在籍してした山岸ロジスターズへ復帰。牧田は2022年5月からCPBL(2020年から楽天モンキーズが加盟している台湾のプロ野球リーグ)の中信兄弟で現役生活を再開している。

2022年

チームスローガンは、「譲らない![131]

石井が前年に続いて、GMと一軍監督を兼務。2012年から球団社長を務めてきた立花に代わって、楽天モバイルの執行役員などを経て、前年10月に副社長として入団していた米田陽介が1月1日付で社長に就任した[132]。なお、「みんなが同じ目標に向かって同列で前のめりに臨んで欲しい」という石井の意向で、2010年以来12年振りにチームキャプテンを置かない方針が打ち出されている[133]

前年の首脳陣からは、鉄平・野村克則・館山・酒井忠晴が退団(野村は現役時代に在籍していた阪神の二軍バッテリーコーチ、館山はBCリーグ・福島の投手チーフコーチへ転身)[134][135]。野村・酒井・永井・垣内哲也が指導していた育成部門から、投手担当の永井と打撃担当の垣内が二軍のコーチへ転出した。このような事情から、育成部門の体制を一新。野村が担当していた育成捕手コーチに代わって、育成外野守備走塁コーチのポストを新設するとともに、一軍打撃コーチの金森栄治と二軍コーチの後藤・今江・牧田明久を育成部門のコーチに就かせた。また、前年までソフトバンクで打撃コーチを務めていた立花義家を一軍打撃コーチ、石井のヤクルトの投手時代(MLBから復帰後の2006・2007年)のチームメイト(当時は左投手)で東北高等学校(仙台市)OBの雄平(外野手への転向を経て2021年シーズン限りで現役を引退)を二軍打撃コーチに招聘。当球団のコーチ経験者で、前年までNPB他球団のコーチを務めていた佐竹学が一軍外野守備走塁コーチ・栗原がスカウト部のプロスカウトとして当球団に復帰したため、佐竹の前任者であった岡田は牧田の後任扱いで二軍外野守備走塁コーチへ異動している。

MLB復帰の余地を残していた田中将大は、前年からの2年契約に沿って、現状維持ながらNPBの日本人選手では歴代最高額とされる推定年俸9億円でチームに残留[136]。外国人選手では宋・ブセニッツ両投手との契約を更新した一方で、野手のディクソンとカスティーヨを1シーズンで退団させたため、MLBのシアトル・マリナーズからホセ・マルモレホス、田中の古巣に当たるヤンキースからクリス・ギッテンスを相次いで獲得した[137][138]。また、ソフトバンクから前年に戦力外通告を受けていた川島慶三が支配下登録選手、釜元豪が育成選手として入団[139][140]。日本ハムの外野手として前年にパ・リーグ盗塁王のタイトルを獲得していながら、シーズン終了後にノンテンダーFA扱いで退団を余儀なくされていた西川遥輝とも、巨人との争奪戦の末に入団契約へ漕ぎ着けた[141]

2月1日からは、前年に続いて、金武町で一軍・うるま市で二軍の春季キャンプを実施。いずれのキャンプ地でも条件付きながら観客の入場を認めた一方で、一部の選手(鈴木大地など)には、新型コロナウイルス(COVID-19)への感染がキャンプ前の自主トレーニング期間中から相次いで確認された。また、同月26日に臨んだシーズン最初のオープン戦(浦添市民球場での対ヤクルト戦)では、ヤクルト投手陣による継投の前に参考記録ながらノーヒットノーランを喫した。楽天打線がオープン戦でノーヒットノーランを達成させられた事例は球団史上初めて(公式戦を含めれば3回目)だが、ヤクルトはいわゆる「ブルペンデー」としてこの試合に7人の投手を登板させていて、(公式戦を含めた)NPBの1試合で同じチームからノーヒットノーランの達成に携わった投手の総数としては最も多かった[142]。もっとも、その後のオープン戦ではおおむね順調で、球団史上初めて首位で全日程を終了。また、育成選手ながら一軍の春季キャンプに参加していた小峯新陸(2020年入団の右投手)がオープン戦で好投を続けた結果、レギュラーシーズンの開幕直前に支配下選手登録を初めて勝ち取った。さらに、小峯・川島・西川に加えて、新人選手から安田悠馬(愛知大学からドラフト2巡目で入団した捕手)と西垣雅矢(早稲田大学からドラフト6巡目で入団した右投手)が開幕一軍入りを果たした。

3月25日の対ロッテ戦(楽天生命パーク)では、安田がチームの新人捕手では初めてパ・リーグ開幕戦でのスタメン出場[注釈 9][143]を則本(2年振り7度目の開幕投手)とのコンビで果たしたほか、途中から小峯や西垣とバッテリーを組んだ。翌26日に予定されていた第2戦は雨天で中止を余儀なくされたが、開幕戦に「5番・三塁手」としてフル出場の茂木にCOVID-19への感染が確認されたため、球団では27日の試合前に茂木の出場選手登録の抹消、楽天生命パーク内の消毒、一軍の首脳陣・選手・スタッフ全員へのPCR検査を相次いで実施。検査を受診した全員に陰性が確認されたことから、当初の予定に沿って対ロッテ戦を開催した[144]。この試合は9回裏までに決着が付かなかったものの、NPBがレギュラーシーズンにおける12回までの延長戦を2シーズン振りに認めていることから、チームは11回裏に田中和基のサヨナラ安打でレギュラーシーズン初勝利を挙げた。

一軍は上記のレギュラーシーズン初勝利から、オリックスとの3連戦(京セラドーム大阪)にかけて4連勝をマーク。しかし、開幕3カード目に当たるソフトバンクとの初戦(楽天生命パーク)を控えた4月1日に、この試合での先発登板が予告されていた則本、内野手登録ながら開幕戦に「9番・中堅手」としてのフル出場を初めて経験していた小深田、3日前(3月29日の対オリックス戦)でNPB全12球団の新人選手としての一軍公式戦初本塁打を放っていた安田、ブセニッツ、小峯、川島、西口、一軍投手コーチの小山がCOVID-19に感染していることが新たに判明した。以上の事態を受けて、チームは試合前に総勢で8人の選手を入れ替え。NPB生活18年目で開幕一軍入りを初めて逃していた涌井を急遽先発に立てた[145]ほか、本来はブルペンを担当する石井貴コーチを小山に代わってベンチへ入れるなどの措置を講じた[146](試合は0対1で敗戦)。結局、4月2日・3日に予定されていたソフトバンクとの2連戦については、COVID-19への感染の拡大を防ぐ目的で中止[147](後のPCR検査で弓削の感染も判明)。一軍では翌週(5日)に西武とのデーゲーム(楽天生命パーク)で公式戦を再開したが、12日から同パークでの3連戦に迎える予定だったオリックスにも一軍の選手・関係者から10人以上の感染が確認されたことを受けて、3連戦の中止に踏み切った。4月にはこのように異例の事態が相次いだものの、一軍は同月下旬からパ・リーグの首位を独走。同月26日の対ロッテ戦(ZOZOマリンスタジアム)から、田中将大がNPB復帰後初めての完封勝利を達成した5月10日の同カード(楽天生命パーク)まで球団記録の11連勝を達成したほか、達成の時点(通算31試合目)でシーズンの通算勝率が.800(24勝6敗1分)にまで上っていた[148]

なお、ギッテンスは4月5日の対西武戦(前述)に、「5番・指名打者」としてスタメンで一軍公式戦にデビュー。しかし、3回裏の第2打席で空振りの際に左手首を痛めたため、前年のカスティーヨに続いて「新入団の外国人野手がレギュラーシーズンの一軍デビュー戦で打席中に故障したあげく、翌日に出場選手登録を抹消される」という事態に見舞われた[149]。その一方で、前年の一軍公式戦で先発起用の機会が大幅に減っていた銀次が代打の切り札、弓削が中継ぎで新境地を開拓。銀次については、代打での打率が一時7割を超えるほどの勝負強さを発揮している。

チームはリーグ戦での連勝が11で止まってから全体に調子が落ちていて、セ・パ交流戦の直前には、涌井とブセニッツが登板中の負傷で戦線を離脱。交流戦でも西川・瀧中・マルモホレスなどが極度の不振で、期間中の6月上旬には、リーグ1位の座をソフトバンクに一時明け渡した。もっとも、5月23日の対阪神戦(甲子園)では、前年に左肘のクリーニング手術を受けていた辛島が、先発で一軍公式戦2年(573日)振りの勝利。この勝利によって、球団生え抜きの左投手としては初めて、一軍公式戦での通算勝利数が50勝に達した。また、岸は西武時代から苦手にしていた広島に同月9日の交流戦(楽天生命パーク)で初めて勝利するとともに、全球団勝利(NPB公式戦史上19人目の記録)を成し遂げている。結局、チームは交流戦を勝率5割(9勝9敗)で終えたものの、最終カード(楽天生命パークでの巨人との3連戦)でリーグ内の首位に返り咲き。6月12日の最終戦では、辰己が2回裏の打席で「1イニング2打席連続本塁打」という球団の公式戦史上初めての記録を樹立したほか、先発投手の則本昂大がNPB一軍公式戦での通算100勝(チーム生え抜きの投手では田中将大に次いで2人目の記録)と通算1500投球回を達成した。

交流戦終了後のリーグ戦では、銀次をマルモホレスに代わる指名打者、鈴木翔天(入団4年目の左投手)を中継ぎ投手として連日起用する一方で、炭谷が新型コロナウイルス感染の影響で戦線を一時離脱。田中将大は、交流戦の直前(5月17日の対ロッテ戦)から7月16日の対オリックス戦(楽天生命パーク)までの登板試合で6連敗、6月17日の対ソフトバンク戦(福岡PayPayドーム)で1試合4被本塁打(いずれもNPB/MLB公式戦を通じての自己ワーストタイ記録)を喫した。5月の11連勝中には最大で18にまで達していたチームの貯金も減る一方で、オールスターゲーム直前のリーグ戦では、ソフトバンクばかりか西武の後塵も拝する格好で3位に転落。楽天生命パークでの対オリックス戦に西川が「1番・中堅手」としてスタメンで出場することが発表されていた7月18日には、新型コロナウイルスに関するチーム関係者へのスクリーニング検査で西川から採取された検体の陽性反応が試合開始の直前に判明したため、スタメンを西川から辰己に急遽変更する事態に至った[150]。その一方で、島内は同月23日の対西武戦(ベルーナドーム)において、一軍公式戦通算1,000安打(チームの生え抜き選手では銀次に続いて2人目の記録)をソロ本塁打で達成。パ・リーグ全体ではオールスターゲームの直前に「加盟6球団のうち5球団の勝率が5割以上」という2018年以来の混戦へ突入していたが、チームはソフトバンク・西武に次ぐ勝率.512(44勝42敗2分=貯金2)の単独3位で前半戦を終えた。

7月26・27日に開催されたオールスターゲームでは、石井が前年リーグ3位チームの監督として、オール・パシフィックのコーチを初めて担当。松井裕樹と浅村がファン投票1位、岸と島内が監督推薦、小深田が出場辞退選手の補充措置で出場した。その一方で、同月28日にはシーズン初のトレードがDeNAとの間で成立。1月に右肘のクリーニング手術を受けた影響で出遅れていた森原に代わって、右打ちの内野手・伊藤裕季也が入団している。

7月30日には、新人の育成選手ながらイースタン・リーグでのセーブ数が最も多い宮森智志を、支配下登録選手へ移行させたうえで一軍に合流。しかし、石井が当日の対日本ハム戦(楽天生命パーク)からベンチ入りを暫定的に見合わせたことに伴って、チームはこの試合からヘッドコーチの真喜志を監督代行に立てた。当初は「石井に新型コロナウイルスに感染していた球団職員との濃厚接触が確認されたことに伴う自主隔離措置」と発表されていたが、石井自身の感染も隔離後のPCR検査で判明。石井は8月6日の対ソフトバンク戦(福岡PayPayドーム)からベンチでの指揮を再開したものの、チームは8月11日の対オリックス戦(京セラドーム大阪)から13日の対西武戦(楽天生命パーク)まで3連敗を喫したことによって、「最大で18にまで到達していた貯金の消滅」という日本プロ野球公式戦史上初の事態に見舞われた[151]。その後の連勝によってシーズンの通算勝率を5割以上に維持しているものの、8月18日の対日本ハム戦(札幌ドーム)では、「6番・中堅手」としてスタメンに起用されていた辰己が体調不良を訴えて1回裏の守備から交代。翌19日のスクリーニング検査で新型コロナウイルスへの感染が確認されたため、前年のレギュラーシーズン終盤以降一軍から遠ざかっていたオコエが、辰己に代わって一軍へ急遽昇格した。また、8月からは涌井とギッテンスが一軍へ相次いで復帰。ギッテンスは23日の対ソフトバンク戦(楽天生命パーク)で、一軍公式戦における来日初安打を放っている。

9月に入ってからは、浅村が7日の対ソフトバンク戦(福岡PayPayドーム)で一軍公式戦1000試合連続出場(日本プロ野球史上9人目の記録)を達成。次カードに当たるロッテとの2連戦(楽天生命パーク)では、田中将大が9日の試合で自身初のNPBシーズン2桁敗戦(10敗目)を記録した一方で、翌10日の試合では松井裕樹が「1人の投手による5度目のシーズン30セーブ」というパ・リーグ史上初の快挙を成し遂げた。また、8月22日の対ロッテ戦(楽天生命パーク)で一軍公式戦に初めて登板した宮森は、9月19日の対西武戦(ベルーナドーム)で「デビュー戦から登板22試合連続無失点」というNPBの新人投手タイ記録を樹立。その宮森が前半戦にクローザーを務めていた二軍は、三木監督の下でチーム2年振り3回目のイースタン・リーグ優勝を成し遂げた。


注釈

  1. ^ 球団やメディアの表記においては、「福岡ソフトバンク」、「横浜DeNA」、「北海道日本ハム」、「東京ヤクルト」、「千葉ロッテ」、「埼玉西武」の地名を併記した略称を用いる場合においても単に「楽天」の表記を用いることが多く、「東北楽天」の表記が用いられるのは、NPBなどの公的な場を除けば少ない(その逆に地名のみの表記が多い例としては「広島」がある。)。
  2. ^ この件が球団歌の制作にも影響があったことを、作詞・作曲を手がけた藤巻浩が自身のブログ「タビノオト 藤巻浩 blog」( 2013-11-27)の中で明らかにしている。サビの「楽天イーグルス」の連呼の部分は元々は「ゴールデンイーグルス」であったという。
  3. ^ シーズン2度の11連敗以上は1956年に12連敗を2度喫した高橋ユニオンズ以来、日本プロ野球史上2度目だった。
  4. ^ 球場に被害はなかったが、試合は関係者の安否確認のため8回で打ち切りとなっている[32]
  5. ^ 4月15日 - 17日・阪神甲子園球場、4月22日 - 24日・ほっともっとフィールド神戸
  6. ^ 阪神甲子園球場でのパ・リーグ球団の主催試合は史上初。
  7. ^ この年は10月にも受賞しており、年間3度はパ・リーグ初の記録[45]
  8. ^ シーズン連勝記録は継続扱いとなった。
  9. ^ この試合では、ロッテでも和歌山市立和歌山高等学校から入団した新人捕手の松川虎生が、スタメンマスクを任されていた。日本プロ野球が2リーグに分立した1950年以降の一軍のレギュラーシーズンで、開幕戦で対戦したチームのスタメン捕手がいずれも新人だった事例は、この試合での安田と松川が初めてである。
  10. ^ 2021年は新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から延長戦が無かった。延長戦がある年では2012年の10分が最多。
  11. ^ 2011年は鉄平、2012年は松井稼頭央
  12. ^ 2020年シーズンは新型コロナウィルス感染症の流行の影響により開幕から7/9までの試合は無観客で行われ、楽天生命パーク宮城では7/15の試合から5,000人上限[176]、10/9の試合からは収容人数の50%に当たる1万5600人を上限に行われた[177]
  13. ^ 体調不良による休養期間あり。
  14. ^ ソニー仙台FCモンテディオ山形スタジアムDJ。
  15. ^ ベガルタ仙台の胸スポンサーにもなっている。
  16. ^ 字幕はJ SPORTS側で用意したものを使った以外、基本的に球団製作のものを使用。ただし同時ネットで放送するTwellV・パ・リーグTVは従来通り球団製作の字幕を採用していた
  17. ^ ビジターゲームを放送するときは、その地域の放送局と同時放送。
  18. ^ 交流戦ビジター試合は1球ごとのリアルタイム中継ではなく、「EAGLES BASEBALL TALK SHOW」としてゲストを招いてのトークショーをメインとしながら、試合経過を随時速報で伝える内容であった。
  19. ^ 県域放送局では、広島東洋カープ広島エフエム放送の大株主(2015年3月31日現在筆頭株主)という事例がある。同社の初代社長は当時広島球団のオーナーだった松田耕平が務めた。耕平の没後も次男の松田弘が務めるなど、広島球団および球団の事実上のオーナーである松田家(自動車メーカー・マツダの創業家)との関係が深い。
  20. ^ FMじょんぱ閉局の半年後に隣接する太白区にてエフエムたいはくが僅か0.1MHz違いの78.9MHzで開局しており、FMじょんぱの周波数をRakuten.FM TOHOKUに割り当てを行う事は実質的に不可な状況でもあった。
  21. ^ 24時間放送は2015年10月10日より開始。開局時は6:00 - 翌1:00 の1日19時間放送であった。
  22. ^ デザインは、ホーム用がえんじ色地に白枠、その中に白文字で。ビジター用は、白地にえんじ色の枠、その中にえんじ色の文字で「がんばろう東北(東と北の文字の間に帽子にも使われるEマーク)」。
  23. ^ クリムゾンは2013年より導入。2014年まではシルバーとバリューの間に「ブロンズ」が設定されていた
  24. ^ 楽天以外の関東の一部球団についても、平日のナイターをデーゲーム(薄暮開始含む)に移行したり、巨人・西武のように4月中の本拠地主管試合開催を断念した球団もある。
  25. ^ 坂本達洋 (2015年5月21日). “【楽天】「5時間37分」で踏んだり蹴ったり! 花火大会中止 & 移動できず”. スポーツ報知. http://www.hochi.co.jp/baseball/npb/20150521-OHT1T50264.html 2015年5月22日閲覧。 当記事の写真において、大型ビジョンに「21時を過ぎましたので花火大会は中止させていただきます」と表示された様子が写っている。
  26. ^ 前回は1968年4月6日・西鉄対近鉄戦(平和台球場・17時開始)。これ以外にも平日開催の開幕戦でのデーゲーム開催は、巨人と日本ハムが後楽園球場東京ドームを併用し、同時期に前年Aクラスで開幕主管権を得た時に頻繁に行われている

出典

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