東京新聞 東京新聞の概要

東京新聞

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/01/25 21:12 UTC 版)

東京新聞

東京新聞発行元の中日新聞東京本社
(東京都千代田区内幸町二丁目)
種類 日刊紙
サイズ ブランケット判

事業者社団法人東京新聞社→)
株式会社東京新聞社→)
株式会社中日新聞社東京本社
登記上は、株式会社東京新聞社及び、株式会社中日新聞社東京支店と登記されている。
本社 (東京都港区港南2-3-13→)
東京都千代田区内幸町2-1-4
代表者 大島宇一郎(中日新聞社代表取締役社長)
創刊 1942年昭和17年)10月1日
前身 今日新聞
1884年9月25日 - 1889年1月31日)
都新聞
1889年2月1日 - 1942年9月30日)
國民新聞
1890年2月1日 - 1942年9月30日)
東京中日新聞
1956年2月23日- 1970年2月28日)
言語 日本語
価格 1部 朝刊 120円
夕刊 50円
月極 朝夕刊セット3,700円
統合版2,950円
発行数 (朝刊)40万7777部
(夕刊)13万3708部
(2021年1~6月平均、日本ABC協会調べ)
ウェブサイト https://www.tokyo-np.co.jp/
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概説

東京都を中心とした関東地方ブロック紙である。発行対象地域は東京都、埼玉県千葉県神奈川県茨城県栃木県群馬県及び静岡県東部(富士川以東)。

兄弟紙の中日新聞北陸中日新聞日刊県民福井ブロック紙3社連合に属する北海道新聞西日本新聞などとのネットワークを活用し、地域の話題から国内外のニュースを読者に提供する。

販売部数(日本ABC協会調査、朝刊)は407,777部(2021年6月ABC)である。

価格は税込みで一部売りが朝刊120円、夕刊が50円[1]。月ぎめが朝夕刊セットで3,700円、統合版は2,950円(2022年9月1日現在)。また電子版は同3,450円(2022年9月1日現在)。

前身の都新聞1884年9月25日に今日新聞として創刊、1889年に都新聞と改題)以来の伝統として、文化芸能に強い点を特徴とする[独自研究?]

1965年(昭和40年)から2006年まで本社があった東京都港区港南の品川分室は、中日新聞社が土地を所有したまま高層オフィスビル『品川フロントビル』に建て替えられた。

事業所

東京新聞旧品川分室(2006年9月までは東京新聞=中日新聞東京本社屋)
東京新聞旧品川分室(別角度から)

歴史

1884年明治17年)に東京・京橋で「今日(こんにち)新聞」として創刊されたのが始まりである。1886年(明治19年)には「(みやこ)新聞」と題号を改めた。福田英助が経営にあたって以降、社会面や花柳・芸能界の話題、そして市況情報や文芸欄を充実させる等大衆を重視した紙面作りで部数を伸ばし、優良経営を誇った。しかし、戦時体制下は国策に沿った「一県一紙制」により1942年10月1日、「國民新聞」(こくみんしんぶん、1890年創刊)と合同して「東京新聞」が夕刊紙として創刊[注 1]

1955年新聞販売競争の中、付録として「週刊東京」を刊行(翌年、独立の週刊誌として本格発行)、また1956年3月23日から朝刊を発行する。これら一連の拡大策が裏目に出て業績が悪化。また、國民新聞の路線であった右寄り路線[注 2]の強かった紙面が当時の都市住民に受け入れられずに経営不振となり、1961年株式会社東京新聞社に改組した。1963年11月名古屋中部日本新聞社(現在の中日新聞社)が経営に参加(業務提携)し、1967年には中部日本新聞社に事業を譲渡する。

なお、中部日本新聞社は1956年に東京・内幸町日比谷)に東京支社を開設し、スポーツ芸能ニュースなどの大衆紙「東京中日新聞」(現・東京中日スポーツ)の発行を開始していた[注 3]

中部日本新聞(現・中日新聞)は当時、読売新聞と報道協定を結んでいたが、東京新聞の経営に関わることになったため、読売との協定を解消した[注 4]。そして、中部日本新聞東京支社と同じ日比谷に本社・編集部があった東京新聞を傘下に収めることで、本格的な東京進出への礎石を築いた。1965年(昭和40年)5月、東京都港区港南二丁目の国鉄京浜急行品川駅港南口に東京の拠点となる新社屋が完成した。

1967年9月30日、中部日本新聞社が東京新聞社の東京新聞の発行と、編集・販売などそれに付帯する一切の業務を譲り受けた。翌日の10月1日付から「東京新聞」は中日グループの関東地方の基幹紙として再スタートを切った。これ以降、東京新聞社は商号保全のための休眠会社として中部日本新聞社→中日新聞社の傘下で法人格のみ存続している。尚、東京新聞社には合併以前にも、東京新聞の前身の一つである「國民新聞」に、これまた中部日本新聞社の前身の一つである新愛知新聞社が、東京新聞成立時まで経営に携わっていたという経緯がある。

中部日本新聞への譲渡以降、国民新聞からの保守右派路線から中部日本新聞→中日新聞本社と同様の革新・左派路線に論調が変化している。

1974年に津川雅彦朝丘雪路夫妻の長女で後に女優となる真由子が誘拐された際、津川の自業自得であるかのような論調の記事を掲載した。

購読申し込みフリーダイヤル電話番号をもじった「お風呂できゅきゅきゅ、東京新聞」のCMコピーのうち、以前はこのCMコピーをイメージした親子が風呂に入っているCMや、アニメーションのCMが放送されていたが、2007年6月からは北村総一朗紺野まひるをイメージキャラクターにした、「問う、きょう。」「これからのパートナー。」をCMコピーにした新しいCMシリーズが放送されていた、2008年3月からは、北村総一朗に代わり、東京出身のなぎら健壱と前回のCMキャラクターであった、紺野まひるをイメージキャラクターにした、「東京ほっと」シリーズに変わった。また、TOKYO MXテレ玉では、東京新聞舞踊コンクール入賞者によるダンス画像に、「東京の鼓動を伝える」をキャッチフレーズにした、東京MXテレビ開局時に制作されたCMを流すことがある。2011年3月10日より吉瀬美智子が主演のCMに変更をした。吉瀬と松尾貴史の競演CMも流れる場合もあった。その後、女優の米倉涼子の出演バージョンを経て、2016年3月からは、お笑いコンビ・ピース又吉直樹と元宝塚歌劇団で女優の遼河はるひが出演したCMを経て、2017年度は女優の杉咲花とお笑いコンビ・ドランクドラゴン塚地武雅が共演するCMが放送されていた。2020年2月現在はタレントジャーナリストモーリー・ロバートソンが出演しているバージョンが放送されていた。2020年からは吉田戦車漫画伝染るんです。』に登場するキャラクター「かわうそ君」が出演している。

テレビCMはTBSテレビフジテレビテレビ朝日テレビ東京TOKYO MXtvkチバテレビテレ玉で、ラジオではTBSラジオニッポン放送で流しており、チバテレビなど、各地域で最後が少し異なるバージョンのものが放送されている[注 5]

2004年9月に、創刊から満120年を迎えた[注 6]

2006年10月1日に本社を、中日新聞が最初に東京に進出した地である日比谷の日比谷中日ビルに移転(それまでは日比谷分室だったが、施設拡充を行い編集・事業の全ての部門を集約)し、それまでの本社(港区港南)は品川分室となった。その後2008年9月に社屋の老朽化により閉鎖され、跡地には中日新聞社主導による再開発ビル「品川フロントビル」が2010年秋に完成した。品川フロントビルは、豊田通商がほぼ全館を借り切って東京本社を置いた。

2011年4月1日朝日新聞社中日新聞社グループの相互委託印刷提携により、川崎市周辺を中心とした地域の新聞を朝日新聞グループ会社の「朝日プリンテック・川崎工場」に委託印刷することになった。なお、この逆で中日新聞北陸本社が発行する北陸中日新聞の印刷拠点である金沢市の幸工場で、北陸地方向けの朝日新聞大阪本社[注 7])の受託印刷が開始された。

2012年12月1日、福島市に福島特別支局を福島民報社4階に開設。中日新聞系列で新聞を発行していない地域での開設は京都支局(閉鎖)と同福島特別支局のみ。東北地方で初めての支局であり、中日新聞社系列の取材拠点として機能する。

2021年4月1日、朝刊1面のレイアウトを大幅リニューアル。これと同時に、4コマ漫画「ねえ、ぴよちゃん」が社会面から最終面に移動した[注 8]


注釈

  1. ^ ただし、内務省主導の合同交渉はもつれ、翌1943年8月に漸く新会社(社団法人東京新聞社)が設立された。
  2. ^ 東京新聞創刊以降、一貫して主導権は旧都新聞側が掌握しており、本来國民新聞の路線であった右寄り路線を推進した社長の福田恭助も都新聞の出身であった。
  3. ^ 1958年代表取締役社長の与良ヱ(よら あいち)は産経新聞社の副社長に僅か1年間ながら請われて就任している。また、これによりフジサンケイグループとの関係もこの頃から始まっている。
  4. ^ 読売新聞が、他の全国紙と違って中部地区(東海3県)への進出が遅れていたのはこの協定の存在も要因である。その後、1975年に読売新聞は系列紙「中部読売新聞」(現・読売新聞中部支社)の創刊によって中部地区へ進出している。
  5. ^ TBSは中日系のCBCテレビ、フジテレビはCBCと同じ中日系の東海テレビのそれぞれキー局である。また、テレビ東京系列テレビ愛知は、日本経済新聞社と中日新聞社の合弁企業である。ちなみにCBC・東海テレビ・テレビ愛知の3局では、中日新聞のCMは2009年現在は放送されていない。
  6. ^ 「今日新聞」より紙歴を数えている。
  7. ^ 富山県は輸送の関係でそれまでは東京管轄だったが、今回の受託印刷開始で大阪管轄に変更された(約22年ぶりに大阪管轄に戻った)。
  8. ^ 中日新聞・北陸中日新聞などは引き続き社会面にて掲載。
  9. ^ 「静岡版」は、中日新聞東海本社が編集したものを東京本社で紙面制作しており、中日新聞東海本社版における静岡県内記事のダイジェスト的な紙面構成になっている。
  10. ^ 衛星劇場と共に趣味のチャンネルとして掲載されていた。

出典

  1. ^ 東京新聞お申込のご案内”. 東京新聞 TOKYO Web. 2013年4月11日閲覧。
  2. ^ 2013年1月3日付中日新聞9面「『社説』はこうしてできる」
  3. ^ INC, SANKEI DIGITAL (2017年9月14日). “東京新聞・望月衣塑子記者の「リーク」発言に産経新聞が抗議 「事実無根だ」 ネット上の誹謗中傷は「言論弾圧を助長している」のか?”. 産経ニュース. 2022年4月30日閲覧。
  4. ^ 異例、東京新聞抗議 解禁前情報基に記者会見で質問”. 毎日新聞 (2017年9月21日). 2017年9月23日閲覧。
  5. ^ INC, SANKEI DIGITAL (2017年9月20日). “望月衣塑子記者「官邸リーク」発言に東京新聞編集局「抗議を真摯に受け止め発言撤回します」 文書で回答”. 産経ニュース. 2022年4月30日閲覧。
  6. ^ <新型コロナ>抗体検査5.9%陽性 市中感染の可能性 都内の希望者200人調査”. 東京新聞 TOKYO Web. 2020年5月17日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2020年5月12日閲覧。
  7. ^ 「「誤解を与える」批判について 「抗体検査5.9%陽性」の本紙記事」『東京新聞』、2020年5月12日。
  8. ^ Chiba, Yuto. “東京新聞「抗体検査5.9%陽性」の報道が誤解を与える危険性認める。専門家「道義的責任は重い」” (英語). BuzzFeed. 2020年5月14日閲覧。
  9. ^ 東京新聞が厚労省に謝罪 記者が取材で暴力的行為”. 東京新聞. 2020年11月1日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2020年10月4日閲覧。
  10. ^ 東京新聞記者を停職処分 取材で暴力的行為―中日新聞社”. 時事通信社 (2020年10月31日). 2020年10月31日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2020年11月1日閲覧。
  11. ^ https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/20220805_soubun-announcement.pdf
  12. ^ a b 東大vs.東京新聞、コロナ感染学生の「単位不認定」報道めぐり異例のバトル” (日本語). SAKISIRU(サキシル)| 先を知る、新しい大人のメディア. 2022年8月7日閲覧。
  13. ^ 2018年9月、静岡県内の宅配購読者に折込配布された「ご案内」による。


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