東京スポーツ 概要

東京スポーツ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/06 09:26 UTC 版)

概要

明治時代からの老舗新聞である『やまと新聞』の流れを汲む。同紙最後のオーナー暴力団からプロレス界まで幅広く顔が利いた右翼児玉誉士夫がそのままオーナーとなり、現在は児玉の側近であった太刀川恒夫が発行元の会長を務めている。そうした経緯から、概ね保守的・右派的な論調を持っている。日付欄は「平成○○年(20○○年)」のように元号西暦)と表記している。

東スポは、創刊当時からプロレスを大きく扱っており、他に競馬性風俗関係の記事に強い。

かつては東京都中央区築地日刊スポーツ新聞社東京本社内に本社・編集局を構え、印刷も同所にある日刊スポーツ印刷社(現・日刊スポーツPRESS)で行われていたが、1988年(昭和63年)6月、毎日新聞グループ東日印刷[注 5]が東京都江東区越中島に新本社ビルを完成させた際に入居し移転、印刷委託先も東日印刷に切り替えた。北海道発売分に関しては、2009年6月29日から、北海道北広島市の毎日新聞北海道センターでの現地印刷へ切り替えられたものの、2017年12月28日分をもって北海道における現地印刷や販売は終了した。

2008年11月5日号(11月4日発行)から、1部売りが120円から130円に、2014年4月2日号(4月1日発行)からは130円から140円に、2019年5月21日号(5月20日発行)からは140円から150円に、2021年9月28日号(9月27日発行)からは150円から160円に値上げした。

プロレスの東スポ

1980年代半ばまでは、赤い見出しとインクで手が汚れるプロレス新聞として知られたが、1面に来るのはたいてい男子プロレスの記事だった。女子プロレスは最大手興行団体の全日本女子プロレスデイリースポーツ神戸新聞社[注 6])の支援を受けていたこともあり東スポでは1990年代中頃まで扱っていなかった。

男子プロレスが新日本プロレス全日本プロレス国際プロレスの3団体だった時代には、「プロレスのテレビ中継は東スポが独占しろ」の社命のもと、キャップの桜井康雄テレビ朝日ワールドプロレスリング』、デスクの山田隆日本テレビ全日本プロレス中継』、記者の門馬忠雄が東京12チャンネル(現:テレビ東京)『国際プロレスアワー』の解説をそれぞれ担当していた[1]1974年(昭和49年)にはプロボクシング表彰制度に倣って男子3団体の発展に貢献した人物を表彰し、年間最高試合を決めるプロレス大賞を設けた。

東京スポーツにおいてプロレス記事が多い理由は、夕刊紙であるが故に、野球などの記事での試合速報は他社と勝負にならない[注 3][注 7]ことと、プロレスは八百長疑惑もあり、デイリー以外の朝刊スポーツ紙が扱わなかったためであった。その後「紫色のにくい奴」[注 8]「リングを染める鮮血のから、王者の風格のパープルへ」をキャッチフレーズに、青紫の見出しの紙面に刷新。

1986年、元横綱の輪島大士が全日プロ入りすると同時に、東スポが印刷を委託していた日刊スポーツも「バトル面」を設け、プロレス報道に新規参入。東スポの優位性は低下した[注 9]

1988年、全日本プロレスや新日本プロレスがゴールデンタイムの中継から撤退するなどしてプロレスがマイナー化すると、芸能ゴシップなどが1面に掲載されることが多くなる。

全女の経営が傾きかけた1995年(平成7年)以降、プロレス大賞に女子の部が設けられるなど、東スポの女子プロレスに対する扱いも変化してきているものの、2000年代には女子プロレスという種目そのものの衰退に伴って最高賞である「女子プロレス大賞」が5年連続で該当者なしとなるなどの問題も抱えている。

競馬トウスポ

競馬に関しては、1970年代から80年代に本紙の特別版としてレースポの名前で独立して発行したこともあるなど古くから充実した内容を誇る。独立発行が取りやめられた後も『競馬トウスポ(ダイスポ)』の名前で抜き取って使えるように設計されている。中央競馬の全レース(最大36レース)の馬柱が掲載され、それを掲載する開催前日付けは競馬面に限って競馬専門紙と同等の上質紙を使用する。月曜や祝日の翌日に開催される場合、通常は夕刊フジ日刊ゲンダイと共に休刊する日曜・祝日にも発行する(値段は変わらず)。地方競馬やそれ以外の公営競技についても、ナイター競走中心に予想を掲載することがある。

また、放送系メディアで行われる競馬中継にも古くから解説者を派遣する。テレビ東京BSテレ東土曜競馬中継』→『ウイニング競馬』では1980年代から、ラジオ日本土曜競馬実況中継』は2020年9月12日から、東スポ・大スポの競馬担当記者がレギュラー出演。他にラジオNIKKEI中央競馬実況中継』にも不定期に記者を出演させている。

なお出馬表は同じくS・Tビルに本社を置くスポニチと同一の構成で、東日印刷が制作する。

飛ばしの東スポ

1991年4月、ビートたけしが客員編集長に就いてからは、浅草キッドから「日付以外は全て誤報[2][注 10]と言われるほど娯楽性を重視しており、「“ガセ”」「飛ばしの東スポ」という異名も持つ。TBSテレビの番組『アッコにおまかせ!』では「“エキサイト新聞”東スポ」と称される。しかし、2000年代に日本人アスリートの海外進出が本格化するにあたり、時差の関係上日本のスポーツ紙の中で最も早く国外スポーツの試合結果を伝えられるケースが多いという特性を生かし、野球のメジャーリーグゴルフPGAツアー・欧州各国のサッカーリーグなど欧米のスポーツに関する記事に力を入れるようになっており、娯楽性の強いゴシップ記事は減少傾向にある。

マドンナだった?[注 11]」「落合チンポ丸出し放送[注 12]」「聖子輪姦」「人面魚重体脱す[注 13]」「大仁田爆死」「フセイン米軍にインキン大作戦[注 14]」「ダイアナ大胆[注 15]」「阪神次期監督上岡龍太郎」「宇宙人化石発掘」「ネッシー出産[注 16]」「電線に止まったUFO」「SMAP解散」「前田敦子ヌード」「今井絵理子議員ノーパン疑惑」など、1面の奇抜な見出しが特徴である。これらの見出しの下には小さく「?」「か」「も」「説」「絶叫」などの語句・記号が書かれ濁されていることが多いが、そうした見出しに関しては、売店や新聞スタンドに陳列されている状態や折りたたんである状態では見えないよう、紙面のレイアウトが計算されている。海外宇宙人やクリエ―チャーの記事のほとんどはウィークリー・ワールド・ニューズからの流用であった。

飛ばしの実例

裁判

  • ロス疑惑で注目された三浦和義から、「三浦和義差し入れ品横流しで特別待遇」という見出しで、三浦が拘置所で差入れの菓子を看守にばれないように他の収容者に与えたという梨元勝文責の記事(1986年3月25日付)について、梨元とともに名誉毀損で300万円の慰謝料を求めて訴えられた際に、1992年(平成4年)9月24日、一審の東京地裁判決は、「被告梨元のリポート記事の類は、社会的事象を専ら読者の世俗的関心を引くようにおもしろおかしく書き立てるものであり、東京スポーツの本件記事欄もそのような記事を掲載するものであるとの世人の評価が定着しているものであって、読者は右欄の記事を真実であるかどうかなどには関心がなく、専ら通俗的な興味をそそる娯楽記事として一読しているのが衆人の認めるところである。そして、真摯な社会生活の営みによって得られる人の社会的評価は、このような新聞記事の類によってはいささかも揺らぐものでないことも、また経験則のよく教えるところである。したがって、このような評価の記事欄に前記のような内容の記事が掲載されたからといって、当時の原告が置かれていた状況を合わせ考慮すると、記事内容が真実であるかどうかを検討するまでもなく、原告の社会的地位、名誉を毀損し、あるいは低下させるようなものと認めることは到底できないものというべきである。もっとも、本件記事が名誉毀損にわたるものではないとしても、思わせぶりな前記見出しの掲げ方とともに、被告らにおもしろおかしく前記のような記事として取り上げられたこと自体が、原告にとって不快なものであろうことは推認できないではない。しかし、当時の原告の置かれた状況並びに世人から寄せられていた関心の高さと、その性質及びそのような関心を寄せられたとしてもやむを得ない状況にあったこと、右記事から既に六年以上が経過し、右記事自体の陳腐さが明らかであること等の諸事情に照らすと、右記事の掲載に損害賠償をもってするほどの違法があるものとも認められない」と判示して三浦の請求を棄却した。
    しかし三浦が控訴し、1993年(平成5年)8月31日、二審の東京高裁判決は、「被控訴人梨元の執筆する芸能リポート記事が通俗的な興味をそそる娯楽性の高いものであること等の事情によつて右結論が左右されるとは考えられない」と、三浦の請求を認めて(慰謝料10万円)確定したため、結局は東京スポーツ側が敗訴した。この二審では、判決公判において裁判長が「報道機関が自ら『記事を信用する人間はいない』と主張することは、報道機関としての存在そのものを自ら否定していることに他ならない」と、出席した東スポ関係者に説教する一幕もあった[15]
  • 1990年9月、元地方競馬騎手で当時は日本から離れシンガポール競馬で活躍していた道川満彦について、「現地で八百長行為に関与している」という記事を掲載。道川は「全くの事実無根である」として、東スポを相手取り名誉毀損による損害賠償を求め訴訟を起こし、1992年に勝訴して自身の潔白を証明した。しかし、この東スポの記事が主な原因となり、道川はイメージ悪化による騎乗機会の逸失など、その後のホースマンとしての人生が暗転してしまう程の大きなダメージを被った。
  • 2005年全日本プロレスプロレスラーケンドー・カシンこと石澤常光に対し世界タッグ王座ベルト返還を求める民事訴訟を起こしたが、このとき全日本側は証拠品として東スポを提出。石澤は不定期の人生相談コーナーを持つなど東スポ紙面に数多く登場しており、石澤が問題のベルトを所持していること、全日本を中傷する言動を繰り返していること等の証拠とされた。しかし裁判長は東スポの記事について証拠能力を認定せず。訴訟自体も石澤がベルトを全日本側に着払いで送りつけ、やはり東スポ上で終結宣言を発したのを最後に、うやむやのうちに取り下げられた。

なお、梨元勝によれば、自らが寄稿した新聞・雑誌記事の信憑性を巡る損害賠償請求訴訟で敗訴した場合には、「通常なら損害賠償の全額を(記事を掲載した)会社側が支払ってくれるが、東スポは好きなことを書かせてくれる代わりに折半で負担させられる」システムになっているという[16]。こういった点からも、記事の内容について、よく言えば執筆者の自主性を重んじている、悪く言えば面白半分の信憑性の乏しい記事でも執筆者任せで最低限のチェック機能しか置いておらず、刺激的な飛ばし記事を繰り出してでも販売部数を優先する、東スポのスタイルを窺い知ることができる。

スクープ

ゴシップ系記事や芸能人の動向などにまつわる記事でも稀に事実を記載することがある。また、それが大きなスクープであることも多いが、上述の様にスクープに見せかけた飛ばし記事が多い紙面体質ゆえ、「東スポの記事だから」と冷淡に扱われることが多く、そのスクープが東スポ独占状態の時点では世間を騒がせることは少ない。

  • 1985年4月に、当時全日本プロレス所属で、メキシコで海外遠征を行っていた越中詩郎の全日本退団をスクープした。東スポには越中が全日本に対して提出した辞表が掲載され、全日本はこれを否定し続けたが、同年8月にアジア・プロレス所属の形で新日本プロレスへ移籍した。
  • 1997年にいち早く宗教団体「摂理」(当時の名称はMS教団)の問題と危険性を報じた[17]
  • 2003年1月にひったくりの容疑で逮捕されたプロレスラー・剛竜馬が偽名でゲイビデオに出演していたことをスクープした。剛は「自分の体で稼ぐことの何が悪いのか」とゲイビデオに出演していた事実を認めた。
  • 2003年秋、総合格闘家・キックボクサーのミルコ・クロコップが母国クロアチア総選挙にクロアチア社会民主党から出馬することを日本でいち早く報道した。その際の1面見出しは「ミルコ・クロコップ社民党から出馬」。折りしもこの年の11月9日は日本国内では第43回衆議院議員総選挙の投開票日であった。
  • 2008年5月12日の1面で、サザンオールスターズの無期限活動休止をスクープした。「サザン解散か」という見出しで、「(活動休止)イコール事実上の解散ではないか」と論評する内容だった。同年5月19日に同年限りでの活動休止がサザンの所属事務所などから正式に発表された。なお、所属事務所や桑田佳祐は解散を否定しているものの、期限を設定しない活動休止であり、そのプレスリリースを受けて少なからぬ芸能マスコミ・音楽関係者が「公式発表は休止だが、事実上の解散に等しい」とコメントするなど、東スポの記事内容が事実上追認される格好になった。しかし当のサザンは2013年6月25日に活動再開を発表し、あくまでも休止に過ぎなかったことが露になった。
  • 2008年の暮れに取材でユニコーン再結成をスクープした。その後バンドは2009年に再結成を果たした。

番組表

東スポの場合は2018年3月まで、テレビ欄は社会面の下に掲載していた。東スポの場合、在京テレビ局の番組表のみ掲載、他の東スポ管轄エリアのテレビ局の番組表は掲載されていなかった。 大阪スポーツ(近畿圏のみ)もテレビ欄を掲載していたが、東スポと同時期に終了させている。

朝刊である九州スポーツのみ、発行日付当日の番組表を終日掲載している。中京スポーツはもとから収録していない。

東京スポーツのテレビ番組欄は、発行日当日と翌日のそれぞれ18時から深夜までの番組を掲載していた。

過去にはtvkチバテレテレ玉の番組欄も掲載されていた。

コラボレーション

  • 2006年にはソフト・オン・デマンドと共同で、アダルトビデオ日本一を決めるコンテストとして『AV OPEN〜あなたが決める!セルアダルトビデオ日本一決定戦〜』をスタートさせた。ただ同イベントは不祥事などの影響により、2007年をもって一旦終了しているが、2014年に復活した。
  • 2009年5月には関東のコンビニチェーン・セーブオンとタイアップし、セーブオンの店舗で缶コーヒー『東スポ 宇宙人からの「甘い誘惑コーヒー」』と『東スポ ビッグフットの足型大盛のり弁当』の2種類の商品が発売された。特に缶コーヒーは、缶の表面のデザインが東スポの1面を思わせるものとなっている[18]
  • 2010年12月にはハローキティとのコラボレーションでTシャツ根付を発売した。「ハローキティは宇宙から来た!」という見出しが一面の東スポをキティ自身が読んでいるというデザインになっている[19]
  • 2015年4月には金沢カレーで有名なゴーゴーカレーとタイアップし、ゴーゴーカレーの店舗でコラボレーションメニューである「UFO襲来カレー」を発売した。目玉焼きの部分がUFOを、ウインナーの部分が宇宙人をそれぞれ模している[20]
  • 2021年9月には栃木県宇都宮市に本社がある大和フーズとタイアップし、大和フーズとその子会社である南京軒食品で「東スポニンニクマシマシ餃子」を発売した。食材には青森県産のニンニクを使用している[21][22]

ウェブサイト

  • ウェブサイト「東スポWEB」は他社と異なり新聞記事そのものは掲載せず、独自の連載コラムで構成されていたが、2015年のリニューアルより、コラムや特集記事を除き紙面記事の掲載、配信がなされている。
  • アダルト面(男セン面)は別サイト「東スポ裏通りWEB」が設けられ配信されていたが、2019年7月1日、「URA STREET WEB(裏通りWEB)」としてリニューアルした[23]

その他

  • 日付欄は「令和○○年(20○○年)」のように元号西暦)と表記している。[24]
  • 東京スポーツ新聞社は、前身となった新夕刊の創刊にも関わった右翼大番頭児玉誉士夫が所有していた。現会長太刀川恒夫は児玉の側近である。
  • ケネディ大統領暗殺事件の際、他の新聞全てでこのニュースが1面に掲載された中、唯一「ブラッシー血だるま」を1面に掲載した、という都市伝説が存在する(実際の日本時間11月24日付紙面見出しは「力道不覚!新兵器も不発」であった。とはいえ、話題が他社とずれていることには変わらない)[25]。なお、この都市伝説については東スポ自身による考察[26]も参照のこと。
  • 1989年昭和天皇崩御の翌日の1面は「ブッチャー流血」だった。
  • 1994年アイルトン・セナが事故死した際の1面は前日の新日本プロレス福岡ドーム大会で行われたアントニオ猪木 vs グレート・ムタであった。
  • 1994年に日本テレビ『進め!電波少年』で松村邦洋の隠し子を探すという企画を行ったが、宛先は日テレではなく東スポだった。
  • 1995年の阪神大震災翌日の1面は、「ベイダー、オブライトに圧勝」だった。
  • 2005年ロンドン同時爆破事件が発生した際の翌日の1面は「健想WWE解雇」だった。
  • 2000年シドニーオリンピックの現地取材の際は、「東京スポーツ」という首都名を冠した名称のためか、現地関係者に「日本の一流スポーツ新聞」と勘違いされ、他紙よりも好待遇を受けた(※欧米系諸国では首都名は国の中央政府を意味することがある。例:ワシントン=米国連邦政府)。
  • 2006年にマイケル・ジャクソンが8年ぶりに訪日した際、取材拒否された。東スポでは以前に「マイケル、まだらチンポ」との見出しで「本人曰くマイケルは『色素が抜ける病気』なので、男性器も黒と白のまだらになっているという『信頼できる筋』からの情報がある」という内容の記事を掲載したことがある。
  • 2010年4月2日付(4月1日発行) 東スポの創刊50周年記念として、中面に東スポ第1号の1面(プロ野球の開幕をテーマにした記事)を復刻コピーした紙面を掲載した。
  • 東京スポーツの運動部記者は、スーツ姿で取材することが多いという。理由は、「選手がユニフォームという正装を着ているのだから、記者も正装すべき」という考えによるものだという[27]
  • 2011年6月、全日本プロレス所属だった平井伸和の事故に関する報道を一面で取り上げたが、当時の全日プロ社長武藤敬司に批判され一時取材拒否を受ける[28]
  • 前述のサザンに関する記事も含め、何度か東スポにデマを流された一人である桑田佳祐は、2017年に発売されたアルバム『がらくた』初回限定盤A・B・C特典「がらくたノート」で、前述した他社と話題がずれている見出しを「東スポ頑張れ!」「アナタ、いや御社だけは決してブレなかった」「東スポサイコー!!」と半ば冗談めいた形で絶賛している[29]
  • 全盛期に当たる1990年代には業績が好調で、ゴルフ場の買収やマンションへの投資にも手を広げていたほか、全社員に対して年に4回ボーナスを支給。当時は入社2年目の社員の年収が1,200万円に達していたが、後に新聞業界全体の市場規模が縮小へ転じたにもかかわらず、デジタル媒体の展開で他紙に大きく遅れを取った。2019年の5月決算では、純利益で約20億円の赤字を計上したことや、総資産の簿価が約65億円程度にとどまることを公表。デジタル媒体の展開に本腰を入れ始めた2020年には、デジタル事業部門の売上が前年から3倍以上増えたものの、紙媒体としては年頭からの新型コロナウイルスへの感染拡大の影響で売上部数が大幅に落ち込んだ。このような状況で会社が存亡の危機に瀕していることから、2021年には、全社員(約350名)の3分の1程度(100名)の人員を削減することを計画。その一環として、45 - 59歳の社員から希望退職者を募集している[30]

  1. ^ 2010年1月までは日曜のみ休刊となっていたが、東スポと中京スポは同2月から祝日も休刊になった(ただし、中央競馬確定時と休日が重なった場合は特別に発行。日曜日に特別版が発行された場合は翌日休刊になる)。大スポは祝日にも特別版を発行する場合がある。
  2. ^ 平成から令和への改元をまたぐ2019年4月30日(国民の休日、5月1日付)と2019年5月1日(天皇即位の日、5月2日付)は「平成▶令和 記念号」として発行された。
  3. ^ a b 朝刊として発行され、なおかつ休刊日が日本新聞協会が申し合わせた休刊日の九州スポーツを除く。
  4. ^ GW特大号は2010年より発行。中央競馬開催・非開催によって発行日は異なる。2009年までは通常通りGW期間中にも発行していた。
  5. ^ 毎日新聞、スポニチの他、機関紙なども印刷している。スポーツニッポン新聞社東京本社も入居
  6. ^ 実際の窓口は、当時デイリーの発行を担当した子会社「デイリースポーツ社」の東京本社。このため80年代以前は専ら関東版のみの掲載で、関西版には載らなかった。
  7. ^ 他の夕刊タブロイド紙は、球界内部の事情などが主なネタである
  8. ^ 競合紙「夕刊フジ」が“オレンジ色のニクい奴”だった事にあやかった
  9. ^ 東スポ・デイリー関東版・ニッカン以外のスポーツ紙がプロレス報道を本格的に行うようになるのは1990年代前半のことである。
  10. ^ 他の夕刊紙と同様だが。発行日付が翌日付であるため、「その日付も違ってる」とさらに言われることもある。
  11. ^ 1990年11月4日付の1面トップ[3]。『ナショナル・エンクワイアラー英語版』誌の特約記事[4]
  12. ^ 1990年10月18日付の1面トップ[5]
  13. ^ 1990年12月29日付の1面トップ[6]
  14. ^ 1990年11月23日付の1面トップ[7]
  15. ^ 1991年3月30日付の1面トップ[8]
  16. ^ 1992年4月10日付の1面トップ[4]
  17. ^ 参考:
    • 2019年…「本紙評論家」の肩書でプロ野球の順位予想に参加[44]
  18. ^ 参考:
    • 2019年…「本紙専属評論家」の肩書でプロ野球の順位予想に参加[44]
  19. ^ 参考:
    • 2019年…「本紙評論家」の肩書でプロ野球の順位予想に参加[44]
  20. ^ 参考:
    • 2019年…「本紙評論家」の肩書でプロ野球の順位予想に参加[44]
  21. ^ 参考:
    • 1987年…本紙評論家による対談企画[45]
    • 2019年…「本紙専属評論家」の肩書でプロ野球の順位予想に参加[44]
  22. ^ 参考:
    • 2019年…「本紙評論家」の肩書でプロ野球の順位予想に参加[44]
  23. ^ 参考:
    • 2019年…「本紙評論家」の肩書でプロ野球の順位予想に参加[44]
  24. ^ 参考:
    • 2019年…「本紙評論家」の肩書でプロ野球の順位予想に参加[44]
  25. ^ 参考:
    • 2013年…日本シリーズの解説を担当[46]
  26. ^ 参考:1987年[45]
  27. ^ 参考:
    • 東京スポーツの野球評論家として紹介…1995年[49]、2000年[50]、2001年[51]
      • 専属野球評論家として紹介…[52]
    • 1987年[45]
  28. ^ 参考:
    • 2015年…[53]
      • ウェブ版の3月6日配信記事(4日の阪神対ソフトバンク・オープン戦に登板した松坂大輔に関する記事)より、“今年から本紙評論家陣に加わった元阪神の遠山奨志氏”という記述あり(遠山のほか、本紙評論家として伊原春樹得津高宏前田幸長のコメントが掲載。うち、伊原のみ専属評論家として紹介)[54]
    • 2019年…「本紙評論家」の肩書でプロ野球の順位予想に参加[44]






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