書道 書道の概要

書道

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/03/27 21:41 UTC 版)

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蘭亭序』(部分)王羲之

本項では主に中国語圏及び日本語圏の書道について述べる。その他の文字・地域における書道は他の文字による書道を参照。

概説

玉泉帖』(部分)
小野道風

文字ははじめ実用として生まれたが、文化の進展につれ美的に表現する方法が生まれた。この美化された文字を書という。書道とはこの文字の美的表現法を規格あるしつけのもとに学習しながら実用として生活を美化し、また趣味として心を豊かにし個性美を表現していくことである。そしてその学習過程において人格を練磨し情操を醇化していく。よって書道は人間修養の一方法であり、古来中国では六芸の一つとして尊崇されてきた[1]

書道は主に毛筆を使いその特徴を生かして紙の上に文字を書く。その技法(書法)には、筆法間架結構法布置章法があり、それぞれに様々な方法が編み出され、書体書風などによって使い分けられている。技法の習得には色々な教育機関を通じて書家に師事し古典を中心に学習し、書道展などに出品しながら技量を高めていくのが一般的である。

大作などの特殊な場合を除いて文化圏により書字動作に違いがみられ中国では高机に向かって立ったまま書くことが慣習であるが、日本では正座してしたためることが通例となっている。

歴史

『本能寺切』(部分)藤原行成

書道史は美術に関する史学の一部門であり、本源である中国の書道史と傍系である日本の書道史の2つに大別することができる。その書道史において現存する筆跡がもっとも重要な資料として活用され、その筆跡のもっとも重要な点はいつの時代に誰が何の目的で書いたかということである[1][2]

書人

中国

称号 書家
書聖 王羲之
草聖 張芝(草書)・張旭(狂草)
二王 王羲之(大王)・王献之(小王)
二大宗師 王羲之・顔真卿
古今の三筆 王羲之・鍾繇・張芝
初唐の三大家 欧陽詢虞世南褚遂良
唐の四大家 欧陽詢・虞世南・褚遂良・顔真卿
宋の四大家 蘇軾米芾黄庭堅蔡襄
楷書の四大家 欧陽詢(欧体)・顔真卿(顔体)・柳公権(柳体)・趙孟頫(趙体)
四賢 張芝・鍾繇・王羲之・王献之

日本

称号 書家
三筆 空海嵯峨天皇橘逸勢
三跡 小野道風(野跡)・藤原佐理(佐跡)・藤原行成(権跡)
書の三聖 空海・菅原道真・小野道風
世尊寺流の三筆 藤原行成・世尊寺行能世尊寺行尹
寛永の三筆 本阿弥光悦近衛信尹松花堂昭乗
黄檗の三筆 隠元隆琦木庵性瑫即非如一
幕末の三筆 巻菱湖市河米庵貫名菘翁
明治の三筆 中林梧竹日下部鳴鶴巌谷一六
昭和の三筆 日比野五鳳手島右卿西川寧[要出典]
近代書道の父 日下部鳴鶴
現代書道の父 比田井天来

筆跡

中国の筆跡は中国の筆跡一覧を、日本の筆跡は日本の書道史の各時代を、墨跡は禅林墨跡をそれぞれ参照のこと。

書論

書論とは書道に関する理論のことで、一般にはその著作物を指し書論書ともいう。

芸術はまず物作りから始まり、あとから理論が体系付けられてくる。長い書の歴史の中で文字を書くという行為が造形芸術となり、中国・日本で書道に関する理論が展開された。中国の場合、文字や書体の起源から始まり、書法、書品などを述べることが多く、初期の書論においてすでに書の本質的な価値が論じられている。これに対して日本の書論では書式や故実が語られ、中世・近世は特に家の格式や書風を伝えることの価値が重視された[3][4][5]

現存する中国最古の書論は、後漢時代に著された趙壱の『非草書』である。日本最古の書論は、唐様では空海の『遍照発揮性霊集』(空海の弟子・真済が空海生存中に編集)、和様では平安時代後期(1177年以前)に著された藤原伊行の『夜鶴庭訓抄』とされる。また藤原教長の口伝を藤原伊経が記録した書道秘伝書『才葉抄』も1177年頃のものである[6]

基本

用具
古典(九成宮醴泉銘
古典の学習(臨書)

用具

毛筆による書道の場合、最低限必要な用具であり、これらは文房四宝と呼ばれる。墨が固形の場合、も必要となる。このほか、毛氈と呼ばれる下敷きも多用される。

文房四宝
絵画におけるパレットと用途は同じである。墨を磨る、或いは墨汁をためておく役割を果たす。通常、石材が用いられるが、中には陶器や漆器などで出来たものもある。近年の学童用としては、セラミックやプラスチックで出来たものも使われている。
などの動物の毛をまとめての柄の先に取り付けたものが一般的である。ほかに、マングース孔雀などもある。楷書用の大筆は八分目までおろし、行草用は根本までおろして使うのが良いとされる。小筆は半分以上おろさない方がよい。
大量生産された書道用紙が多く用いられるが、高級なものでは画仙紙和紙なども使用される。
インクである。植物油石油などので固め、保存性を高めたものが市販されている。煤を植物油や石油から採ったものを「油煙墨」、松から採ったものを「松煙墨」という。また、液体として墨汁も多用される。
  • 文鎮 - 紙を固定するための重りである。大きさや重さに特に制限はない。

古典

書の古典とは、先人たちの努力と創意の積み重ねにより生まれた美しい筆跡であり、この古典を学ぶことが最も正統な書の学習とされる。書を究めることは容易ではないが、古典を学び先人たちの書とその変遷を知ることにより学書者に指針を与え、さらに作品の深さや心の高さなど独りでは到底到達できない境地まで引き上げる効果が期待できる[7]。古典は数多くあるが、最初に学習すべき各書体の基本的な古典は通常以下のものとされる。

楷書 九成宮醴泉銘孔子廟堂碑[8]
行書 集王聖教序蘭亭序[8]
草書 書譜[8][9]
隷書 乙瑛碑曹全碑[8]
篆書 泰山刻石石鼓文[8]
かな 高野切第一種高野切第三種[8]

臨書

手本を見ながら書くことを臨書(りんしょ)といい、古典などの学習手段とされている。臨書には、形臨(けいりん)、意臨(いりん)、背臨(はいりん、暗書(あんしょ)とも)の方法があり、それを用いて技術・書作の原理を習得し、創作活動への自己の成長を図る。対象となる手本の全部を臨書することを全臨といい、その一部の臨書を節臨という[10][11]。臨書は古来から行われており、奈良時代光明皇后による王羲之の『楽毅論』の臨書が正倉院に現存する。臨書に対し、他人の書を参考にしないで、自分で創意工夫して書くことを自運(じうん)という[12]

形臨 字形を真似することに重点を置いて書く。手本にできるだけ忠実に字形や用筆法だけを模倣し、もっぱら技術面の習得を図る。
意臨 筆意を汲みとることに重点を置いて書く。作品が生まれた時代背景や作者の生き方、精神性まで模倣する。
背臨 手本を記憶した後、手本を見ないで記憶を頼りに書く。その書風を自分のものとして他の作品にも応用していく。

技法




  1. ^ a b 藤原鶴来(緒論)
  2. ^ 古谷稔 P.3
  3. ^ 角井 P.4
  4. ^ 西川(辞典)P.69
  5. ^ 萱 P.140
  6. ^ 飯島(辞典)P.372
  7. ^ 木村卜堂 序
  8. ^ a b c d e f 牛窪梧十 P.148
  9. ^ 日本の書論#米庵墨談を参照
  10. ^ 中西慶爾 p.1014
  11. ^ 飯島(辞典) p.861
  12. ^ 西川(辞典) p.57
  13. ^ 平成26年度東京学芸大学教育学部組織の再編について(予定) (PDF) [リンク切れ]


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