時制
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/13 15:33 UTC 版)
過去未来
未来が現在における予測とすれば、過去における予測もある。これを過去未来と呼ぶ。フランス語で伝統的に条件法と呼ばれているものは、過去未来である[16][17]。英語の助動詞 would も過去未来に当たる。
絶対時制と相対時制
主節では時制は発話時点に基づいている。これを絶対時制と呼ぶ。これに対し、従属節や関係節では発話時点ではなく主節の時間に基づく場合があり、これを相対時制と呼ぶ。日本語では従属節は相対時制であり、発話時点とは関係がない。
- 彼はその時、駅にいると言った。 (そう言った時には彼は駅にいた。)
一方、ヨーロッパ諸言語では従属節や関係節も絶対時制であり、発話時点に基づく。従って、直接引用を除くと、時制を発話時点に合わせる必要がある。これを時制の一致と呼ぶ。なお言語学で一般にいう一致とは異なる。
- 英語: He said, "I am at the station now." (彼は「今駅にいる」と言った。 - 「いる」は現在)
- 仏語: Il a dit : « je suis maintenant à la gare. » (〃)
- 英語: He said he was at the station then. (彼はその時、駅にいると言った。 - 「いる」は過去)
- 仏語: Il a dit qu'il était alors à la gare. (〃)
これらの言語では、主節が過去であり従属節がそれ以前の時点なら、大過去と呼ばれる形式を取る。実際には大過去は独立の時制ではなく、過去完了で表される[18]。
従属節や関係節の内容が現在も真であると話者が判断するなら、現在形のままである。
- 英語: Galileo said that the earth moves. (ガリレオは、地球は動くと言った。 - 「動く」は現在)
- 仏語: Galileo a dit que la terre tourne. (〃)
名詞時制
時制・相・法は基本的に動詞の語形に関わる範疇である。これに対し、名詞時制 (nominal tense) や名詞TAM (nominal TAM) はこれらの範疇が名詞に標示されたものを指す[3]。例えば、ブラジルのタリアナ語は、名詞の「現在形」には何も付かない (無標である) 一方、未来形は-pena、過去形は-miki-ɾi (男性)、-miki-ɾu (女性)、-miki (複数) という接辞を取る[19]。名詞Xの未来形は「これからXになるもの」、過去形は「以前Xだったもの」を表す。
タリアナ語の名詞未来形
タリアナ語の名詞過去形
- panisaɾu-miki-ɾi「廃屋 (家だったもの)」[20]
- du-sa-do-miki-ɾu「故人である彼の妻 (彼の妻だった人)」[20]
- Ave-miki-ɾi「可哀想なアヴェ ('poor Ave') 」[20]
- ^ a b c 亀井孝; 河野六郎; 千野栄一, eds. (1995), “時称”, 言語学大辞典, 6, 東京: 三省堂, pp. 635-638, ISBN 978-4385152189
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- ^ 寺村秀夫 (1984)『日本語のシンタクスと意味 II』p.76,くろしお出版.
- ^ a b 山口明穂; 鈴木英夫; 坂梨隆三; 月本雅幸 (1997), 日本語の歴史, 東京大学出版会, ISBN 4-13-082004-4
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