日本紅斑熱 日本紅斑熱の概要

日本紅斑熱

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/03 10:09 UTC 版)

病原体

リケッチアの一種である、日本紅斑熱リケッチア(リケッチア・ジャポニカ)によって引き起こされる。

リケッチアは真正細菌の一グループであり、宿主となる他の生物の細胞の中でのみ増殖が可能な偏性細胞内寄生体である。このうちのいくつかの種はヒトに対して病原性を持つが、これらはワイル・フェリックス反応と呼ばれる、患者血清中に生じる抗体を利用した検査法を用いて鑑別することが可能であり、以下の3グループに大別される(括弧内はワイル・フェリックス反応のパターン)。日本紅斑熱リケッチアはこのうち、紅斑熱群リケッチアに分類される。

  1. 発疹チフスまたは発疹熱を引き起こす発疹チフス群リケッチア(OX2:+, OX19:+++, OXK:-)
  2. 紅斑熱を引き起こす紅斑熱群リケッチア(OX2:+++, OX19:+, OXK:-)
  3. ツツガムシ病を引き起こすオリエンティア・ツツガムシOrientia tsutsugamushi、旧名ツツガムシ病リケッチア)(OX2:-, OX19:-, OXK:++)

感染経路

日本紅斑熱リケッチアは、他の紅斑熱群リケッチアと同様、森林に生息するマダニに感染しており、これらのマダニが「運び屋」(ベクター、媒介者)となって、ヒトに吸血した際にリケッチアを感染させると考えられている[3]

一般に森林性のマダニ類は、その一生を通じて1-3回(種によって異なる)のみ他の動物(鳥類や哺乳類などのいわゆる温血動物)から吸血を行い、その栄養を元にして、

  1. 幼虫から若虫への脱皮
  2. 若虫から成虫への脱皮
  3. 交尾と産卵

を行う[4]。この吸血の際に、保菌ダニから吸血された動物にリケッチアが伝達される。

その一方で、吸血された動物が本菌を保有している場合(リザーバーと呼ばれる)に保菌していないダニが吸血すると、リケッチアに感染する(ダニの有毒化)。複数回の吸血を行うマダニの場合は、リケッチアを持たない無毒の状態で生まれてきても、途中の吸血によって有毒化し、さらに別の動物(ヒトを含む)から吸血することで、リケッチアの伝染に関与することが知られている(ライム病も参照)。またこれに加えて、紅斑熱群リケッチアは親ダニから卵への垂直感染(経卵感染)も起こすことが知られており、生まれながらにして有毒なダニも存在している。

日本紅斑熱リケッチアでは、どの種類のマダニが媒介しているかについてはまだ不明な点もあるが、キチマダニ(Haemaphysalis flava)やフタトゲチマダニ('H. longicornis')、ヤマトマダニ('Ixodes ovatus')などがベクターとしての役割を担っている可能性が強く示唆されている。また、これらのマダニでの経卵感染によって保持されている(マダニがベクター兼リザーバー)だけでなく、小型のげっ歯類や野生のシカなどがリザーバーとして、自然環境中での本菌の保持に関与していることが示唆されている。

発見の歴史

1906年ハワード・テイラー・リケッツは、北アメリカから中南米にかけて多く見られる疾患であるロッキー山紅斑熱病原体を発見した。リケッツはその後、発疹チフス病原体の研究中に命を落としたが、その功績を讃えて、1916年にこれらの病原体はリケッチア('Rickettsia')と命名された。

その後、ユーラシア大陸に見られるシベリアマダニチフス('R. sibirica' による)やボタン熱('R. conorii' による)、オーストラリアに見られるクイーンズランドマダニチフス('R. australis' による)などが、ロッキー山紅斑熱(ロッキー山紅斑熱リケッチア 'R. rickettii' による)と同様のリケッチア症であることが見いだされ、紅斑熱群リケッチアは世界中の広い地域に亘る山麓、森林に分布していることが明らかになっていった。一方、日本では古くからの風土病としてツツガムシ病の発生が知られていたが、紅斑熱の存在は知られておらず、日本には固有の紅斑熱は存在しないと考えられていた。

1984年徳島県で高熱と紅斑を伴う疾患が3例続いて発生した[1]。(馬原文彦 2007)の報告によると、その症状とダニによる刺し口などから当初はツツガムシ病が疑われたが、ワイル・フェリックス反応の結果ツツガムシ病ではなく、これまでに知られていない紅斑熱群に分類されるリケッチアによる感染症であることが明らかになり、日本紅斑熱(Japanese spotted fever)と名付けられた。1986年に病原体が分離され、'R. japonica'と名付けられた。


  1. ^ a b c d 馬原文彦 2007.
  2. ^ a b つつが虫病/日本紅斑熱 2005年12月現在 国立感染症研究所 The Topic of This Month Vol.27 No.2(No.312)
  3. ^ 高田伸弘, 藤田博巳, 矢野泰弘, 及川陽三郎, 馬原文彦「日本紅斑熱の媒介動物」『感染症学雑誌』第66巻第9号、1992年、1218-1225頁、doi:10.11150/kansenshogakuzasshi1970.66.1218 
  4. ^ [1] バイエル製薬 (PDF) [リンク切れ]
  5. ^ Japanese spotted fever, South Korea. NBCI
  6. ^ 日本紅斑熱 国立感染症研究所 感染症の話 2002年第25週号(2002年6月17日~6月23日)掲載
  7. ^ 日本紅斑熱による死亡例の発生について(情報提供) 厚生労働省健康局結核感染症課 平成20年8月1日
  8. ^ 年別報告数一覧(その1:全数把握) 国立感染症研究所 感染症情報センター
  9. ^ 日本紅斑熱、過去最多 20年、マダニ媒介の感染症―野外活動に注意を・厚労省”. 時事ドットコム. 2021年7月17日閲覧。
  10. ^ a b 岩崎博道, 伊藤和広, 酒巻一平「我が国におけるダニ媒介感染症の現状と課題」『日本内科学会雑誌』第110巻第10号、2021年、2270-2277頁、doi:10.2169/naika.110.2270 
  11. ^ a b c 田原研司, 藤澤直輝, 金森弘樹「島根半島弥山山地における日本紅斑熱患者数の減少に繋がったThe One Health Approach」『日本獣医師会雑誌』第74巻第7号、2021年、444-448頁、doi:10.12935/jvma.74.444 
  12. ^ 日本紅斑熱の治療 国立感染症研究所


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