日本武道館 行事

日本武道館

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/04/06 04:14 UTC 版)

行事

例年以下のような行事が開催されている。

また武道館では毎月1回全剣連主催の剣道合同稽古会を大道場で行っている。

館内設備等

館内の日章旗
  • 大道場(アリーナ)の天井に掲揚してある日章旗は、いかなるイベントの場合でも降ろしてはいけないことになっている。
  • 大道場は板張りで、柔道の競技場として使用する時は畳を敷き、コンサートでは養生シートを敷き椅子を設置したりなどする。柔道の際に使用される数百枚の畳は、アリーナの地下(建物レベルでいうと地下3階)に収納されている。
  • 1階固定席は3,199席、2 - 3階固定席は7,846席、立見席(3階)は480、アリーナには最大2,946席まで設置できる。
  • 2階スタンドには、カラー電光掲示板が東西スタンド前方の2か所に設置されている。現在の電光掲示板は2005年2月に設置されたもので、小型のフルカラーLCDモニター画面アスペクト比4:3)付である。
  • 大道場の他、小規模な柔道場と剣道場がある。
  • 各武道の学生連盟事務所や国際武道大学の事務所がある。
  • 擬宝珠の下の部分には12台の換気扇があり、館内の換気を行っている。
  • 武道の普及・振興のため、武道の競技場として使用する場合は利用料金の割引制度がある(コンサートの合間に演武を入れることでも適用)[9]

使用例

公演

プロボクシング興行

武道館でプロボクシングの試合が初めて行われたのは1965年11月30日の世界バンタム級選手権試合:ファイティング原田笹崎)対アラン・ラドキンイギリス)戦である。原田はチャンピオンとしての5回の防衛戦のうち、4回を武道館で開催している[注 3]。また1966年3月1日には、高山勝義木村)とオラシオ・アカバリョアルゼンチン)との間で行われたWBAWBC世界フライ級王座決定戦も武道館であった。

さらにモハメド・アリアメリカ)がマック・フォスター(アメリカ)を相手に、ノンタイトル10回戦を行ったのも、1972年4月1日の武道館である。

1973年9月1日、WBA・WBC世界ヘビー級王者:ジョージ・フォアマン(アメリカ)がジョー・キング・ローマンプエルトリコ)を相手に、武道館で初防衛戦を行い、1ラウンドKOで勝利した。これが、日本に於ける初の世界ヘビー級選手権試合であった[10]。また、WBA・WBC世界ヘビー級選手権試合と同日にはWBC世界ジュニアライト級選手権試合(王者:リカルド・アルレドンドメキシコ)対柏葉守人野口))も開催されており、日本で初めての複数世界選手権試合開催興行でもあった。

その後も数々の世界選手権試合が武道館で開催されており、プロボクシングの聖地の一つともされている。武道館で初めて王座に就いた選手としてアレクサンデル・ムニョス長谷川穂積清水智信らがいる。ただし、昨今では、興行の開催が著しく減っており、現在のところ、2011年8月31日のWBA世界バンタム級・亀田興毅 vs ダビド・デラモラ、WBA世界スーパーフライ級・ウーゴ・カサレス vs 清水智信のダブル世界戦が最後の開催となっている。ちなみに、日本の歴史上初めてプロボクシング興行が開催された会場は、武道館に隣接した靖国神社相撲場であった。

プロレス興行

武道館へのプロレス興行の初進出はオープン2年後、1966年12月3日に行われた日本プロレスの大会で、メインイベントはジャイアント馬場VSフリッツ・フォン・エリックインターナショナル・ヘビー級選手権試合であった。

それ以降、力道山十三回忌追善特別大試合アントニオ猪木VSウィレム・ルスカモハメド・アリ異種格闘技戦プロレス夢のオールスター戦など数々のビッグイベントが開催された。1970年代後半は新日本プロレス、1980年代中期以降は全日本プロレスがビッグマッチ用の会場として使用した。中でも1990年代の四天王プロレス全盛期の全日本は、年間7試合ほど武道館大会を打っていたが、そのほとんどが満員札止めになる程の驚異的な集客力を誇った。

女子プロレスも、度々武道館で興行を行なっていた。ビューティ・ペア全盛時代、ジャッキー佐藤マキ上田の「最初のBP対決」、ジャッキー佐藤と池下ユミの善悪ライバル対決、敗者引退ルールで行われた「最後のBP対決」が行なわれ、いずれも超満員であった。その後クラッシュギャルズのブームの時はジャガー横田ライオネス飛鳥WWWA選手権デビル雅美長与千種オールパシフィック選手権が同所で行なわれ、これまた超満員であった。さらに団体対抗戦時代にも、アジャ・コングダイナマイト関西のWWWA選手権をメインに据えたオールスター戦が行なわれ、やはり超満員となった。

1999年のジャイアント馬場の葬儀にも武道館が使用されている。2000年代に入ると、全日本プロレスから独立したプロレスリング・ノアが定期的に興行を行い、2002年2月には怪我、2007年12月には病気により長期欠場していた小橋建太の復帰戦が行われた。

2011年には東日本大震災チャリティー興行『ALL TOGETHER』が開催された。

2012年にはDDTプロレスリングの武道館大会『武道館ピーターパン』が開催された。

2013年には小橋建太引退興行が開催された。

東京ドームのオープン以降はオールスター戦級のビッグイベントはそちらに移ったが、今なお日本のプロレス界にとっては特別視される主要な大会場である。また日本のみならず、アメリカのプロレス界にとっても、武道館は国技である相撲を行う両国国技館以上に、日本の神聖な会場として認識されており、世界最大のプロレス団体「WWE」の日本公演にも使用された実績がある。また、国技館が「Sumo Hall」「Sumo Arena」と呼ばれるのに対し、武道館はそのままの「Nippon Budokan」や「Budokan Arena」と呼ばれる。

その他の格闘技興行

キックボクシングも、その全盛期には武道館で興行を開催した実績がある。1969年6月28日に行われた「東洋チャンピオン・カーニバル」の会場に使用され、メインイベントでは沢村忠が東洋ライト級王座初防衛を成功させた。

K-1も、1994年に旗揚げ2度目となる興行を武道館で開催しており、2004年にもK-1 WORLD GP開幕戦で使用した。K-1 WORLD MAXにおいては、2002年に初代王者を決めるトーナメント決勝戦を開催しており、2007年から2009年までは主会場として使用している。このため日本武道館はK-1においても重要な会場のひとつに位置づけられている。

総合格闘技では『VALE TUDO JAPAN '95』や『PRIDE.3』の会場となった他、パンクラスが1994年から2000年までほぼ年1回のペースで使用していた。2010年4月25日には、吉田秀彦引退興行『ASTRA』も開催された。ちなみに、吉田が柔道選手として出場した最後の公式試合も、2002年に武道館で開かれた全日本柔道選手権である。

使用条件 (格闘技興行)

有料の興行・イベントに使用する場合に於いて、例えばプロレス興行の場合は次のような条件があり、これらを全て満たさなければ、会場として当館を使用することができない。

  • 団体が1年以上経営・存続されていること
  • 決算書を公開していること
  • 興行での黒字収支が見込めること
  • 日本武道館側が負債を背負わない見解が出来ていること
  • 備品の破損時には即弁償ができること

プロレスリング・ノアが、旗揚げから1年間会場として使えなかったり、武藤体制の全日本プロレスが、日本武道館で興行を打たなかったりしたのは、このような制約があったためである。他にも、一時期プロレス界で『時代の寵児』となりながらも、武道館大会を遂に開催できなかった団体は、ハッスルなど数多い。

アニメ関連イベント

テレビ番組

音楽関連イベント

1970年代から1990年代にかけての時期には、日本テレビ音楽祭日本レコード大賞FNS歌謡祭全日本歌謡音楽祭日本歌謡大賞といった音楽賞授賞イベントや、世界歌謡祭東京音楽祭日本民謡大賞日本寮歌祭といった音楽発表会が当館にて開催されていた。

その他

1966年12月、キャラクターのイベントとして「第1回ケロヨンショー」が開催。

1969年と1978年には当地でライオンズクラブ国際大会が開催された。

近年[いつ?]では、超大作洋画のジャパンプレミア(試写会)の会場として使用[注 5]されている。

他に春と秋の年2回、実践倫理宏正会の講演会が開催されている[いつ?]。さらに2014年からナプラ主催のヘアコンテスト「DREAM PLUS」が開催されている。

女性ボーカルグループLittle Glee Monsterが2016年11月にリリースしたシングル曲『はじまりのうた』のミュージック・ビデオの一部シーンの撮影が、武道館玄関前で行われた(同グループは2017年1月8日に武道館で単独ライブを行っている)[13]。1984年に映画「五福星」の上映記念としてジャッキー・チェンサモ・ハン・キンポーユン・ピョウが来日しイベントを行った。ゲストは陣内孝則渡辺徹だった。

学校

入学式シーズンにに囲まれる日本武道館

入学式や卒業式等で使用。

企業

著名人の葬儀

内閣総理大臣経験者の本葬は、日本武道館で行われる場合が少なくない。

スポーツ(格闘技以外)




注釈

  1. ^ 日本武道館が公益財団法人の認定を受けたのは2013年4月1日。[1]
  2. ^ 日本武道館の建設は国会決議で承認されたものの、東京オリンピック組織委員会は柔道競技は水泳の後に行うため、代々木に建設中の屋内水泳場を兼用し、プールに板を敷き柔道場を作る計画を持っていたが、「出場選手の直前練習が出来ない」などの指摘があったため、1963年7月にようやく建設の運びとなった。[2]
  3. ^ 原田の3回目の防衛戦となったジョー・メデルメキシコ)戦のみ愛知県体育館であった。
  4. ^ 1991年の24時間テレビは武道館の改修期間と重なったため(日本テレビが第3回世界陸上競技選手権大会を放送する関係で同番組が7月下旬に放送された影響もあるとされる)。2009年の24時間テレビは同番組の放送日(8月30日)が第45回衆議院議員総選挙の投開票日と重なり、撤収のための人材の確保が難しい状態を考慮し、日本武道館の使用を避けたとされる。2019年の24時間テレビは同番組の放送日(8月24日・25日)を含む期間に当地で2020年東京五輪のテスト大会を兼ねた2019年世界柔道選手権大会が挙行されるため。ちなみに1991年はこの年に現在地へ移転した東京都庁舎都民広場、2009年は東京国際展示場、2019年(予定)は両国国技館をメイン会場としている。
  5. ^ 一例として、2002年11月23日日本公開作品『ハリー・ポッターと秘密の部屋[11]、2004年5月22日日本公開作品『トロイ[12]の両ジャパン・プレミア試写会を当館に於いて開いた
  6. ^ 関東・信越地区各校の専門課程在籍の生徒・教職員や大原学園高等学校生徒(観覧のみ)などを参加対象にした体育祭で毎年10月上〜中旬頃開催される。

出典

  1. ^ 『公益財団法人日本武道館五十年史』 公益財団法人日本武道館、2015年、58,146頁。 
  2. ^ 『公益財団法人日本武道館五十年史』 公益財団法人日本武道館、2015年、122-125頁。 
  3. ^ 『公益財団法人日本武道館五十年史』 公益財団法人日本武道館、2015年、126頁。 
  4. ^ 『公益財団法人日本武道館五十年史』 公益財団法人日本武道館、2015年、127頁。 
  5. ^ 『公益財団法人日本武道館五十年史』 公益財団法人日本武道館、2015年、41頁。 
  6. ^ 平成22年度補助金等報告書 (財)日本武道館
  7. ^ 『公益財団法人日本武道館五十年史』 公益財団法人日本武道館、2015年、118-119頁。 
  8. ^ 『公益財団法人日本武道館五十年史』 公益財団法人日本武道館、2015年、120頁。 
  9. ^ 春風亭小朝『言葉の嵐』
  10. ^ ボクシング・マガジン編集部 『日本プロボクシング史 世界タイトルマッチで見る50年』 ベースボール・マガジン社、2002年
  11. ^ フォルティ大滝 (2002年11月11日). ““フォルティめはプレミア試写に行って参りました。””. ハリー・ポッターと秘密の部屋. ぴあ映画生活. 2014年6月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年6月13日閲覧。《》
  12. ^ 『トロイ』ジャパン・プレミア”. 映画『トロイ』. シネマトゥデイ (2004年5月). 2014年6月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年6月13日閲覧。《》
  13. ^ リトグリ、武道館前で初の制服姿 山戸結希監督MV公開”. ORICON STYLE (2016年11月9日). 2016年11月16日閲覧。
  14. ^ 交通のご案内”. 日本武道館について. 日本武道館. 2015年9月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年10月15日閲覧。《》
  15. ^ 【王子駅南口バスのりば】駅から徒歩30秒”. VIPライナー. (株)平成エンタープライズ. 2015年10月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年10月15日閲覧。 “ページ中程に飯田橋駅から日本武道館までの徒歩所要時間の標記有”《》


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