日本医師会 概要

日本医師会

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/25 11:36 UTC 版)

概要

医道の高揚、医学教育の向上、医学と関連科学との総合進歩、医師の生涯教育などを目的としており、その目的を達成するため医師の生涯教育や公開の健康セミナーなどの学術活動、医療保健福祉を推進するための医療政策の確立、生命倫理における諸問題の解決などの幅広い公益事業を行っている。また、自由民主党の支持母体で政治組織である日本医師連盟を通して政治活動を行っており、選挙の際は自民党支持を公言している[5]

日本医師会は強制加入団体ではなく、任意加入団体であるので、その組織率は2019年時点で全医師の約5割強に留まっている。1947年の発足時、約5万人であったが、2019年12月1日現在、172,763人を擁している。そのうち、開業医が83,368人、勤務医等が89,395人とほぼ半数ずつを占めており[6]、世界医師会には、1951年の第5回ストックホルム総会において加盟した。

平成24年度から「日本医師会 赤ひげ大賞」を産経新聞社と共同で主催して、地域医療現場で長期に住民の健康生活を支え、その地域のまちづくりに寄り添った活動を続けている医師を顕彰している[7]

沿革

誕生までの歴史

明治になって洋方医が増えるに従い、全国各地に互いの研修や親睦を目的に任意の業種団体が設立された。時代と共に組織の法定化を要望する声が高まり、1906年(明治39年)、1)医師会を郡市区医師会及び道府県医師会の2種類とする、2)官公立病院以外の医療施設で医業に従事する医師は全てその所在地の郡市区医師会員になり、道府県医師会が設立されれば管内の郡市区医師会員は自動的にその会員になる、内務省令の医師会規則により規定された。

更に1922年の改正医師会令では、a)日本医師会は、五道府県以上の医師会長が設立委員になって会則案を作成し、道府県医師会の3分の2以上の同意を得た上で設立総会を開き、その議決を経て設立することが出来る、b)日本医師会の総会は、道府県医師会がその会員である郡市区医師会の会員中より選んだ日本医師会議員を以て組織する、とされた。

1924年3月31日発行の内務省衛生局資料には、「医師会並に医学会の起源は明治8年、松山棟庵佐々木東洋等数十名の発起に由りて成立せる“医学会社”なるべし。次で1882年高木兼寛等の“成医会”及び田口和美等の“興医会”が起り、1883年佐野常民長與專齋等が“大日本私立衛生会”を、1886年には北里柴三郎が“東京医会”を設立した。その後、1906年5月2日に医師法が発布されて法定の府県郡市区医師会が誕生し、更に1923年3月に至って医師法が改正され、法定の日本医師会が設立した」と記されている。

これに先立ち、1916年北里柴三郎などにより初めての全国的組織である大日本医師会が設立されたが、1919年の医師会令公布により郡市区医師会、道府県医師会が次々と法的に整備された為、その上部機構である大日本医師会も法定化を急ぐべきとの意見が高まり、医師会令も改正され、1923年11月25日、日本医師会創立総会が開催され、北里柴三郎を初代会長として、ここに法定の日本医師会が誕生した。

1939年第二次世界大戦が勃発すると、 1942年には日本医療団令、改正医師会令が公布され、翌年、日本医師会は解散となり日本医療団総裁稲田龍吉を官選会長とする新正日本医師会が作られた(1943年1月22日)。

敗戦後、1946年に中山寿彦会長以下新役員を選出して日本医師会改組審議会を発足、新制医師会設立要綱を作成し、翌年には「設立準備委員会」(委員長榊原亨以下7名)を設けた。しかし、突然、中山日医会長ら13名がGHQから呼び出され、戦争協力者に対する公職追放を医師会役員にも適用するという通告を受けた。そこで榊原委員長名を以て「昭和17年国民医療法施行後、昭和22年までの日本医師会の会則上の役員、及び都道府県医師会の支部長(副支部長以下は非該当)は、新制医師会の役員たることを自発的に辞退すべきこと」という要望を都道府県医師会に伝え、全医師会が要望を受け入れ、1947年11月1日、高橋明を会長とする新制社団法人日本医師会が誕生した。

新生日本医師会

  • 1947年11月 - 新生日本医師会設立認可。
  • 1948年03月 - 日本医師会初代会長に高橋明を選出。日本医師会と日本医学会統合。
  • 1951年09月 - 「医師の倫理」策定。
  • 1975年10月 - 世界医師会東京総会開催。武見太郎日本医師会長が世界医師会長に就任。
  • 1987年04月 - 日本医師会生涯教育制度発足。
  • 1988年01月 - 日本医師会生命倫理懇談会「脳死は人の死」とする最終報告とりまとめ。
  • 1989年03月 - 日本学校保健会との共同で『漫画ヘルシー文庫シリーズ』の監修に参加(大塚ホールディングス企業メセナ活動として発行)。
  • 1990年02月 - 日本医師会館移転。
  • 1990年04月 - 日本医師会認定産業医制度発足。
  • 1991年04月 - 日本医師会認定健康スポーツ医制度発足。
  • 1995年01月 - 阪神淡路大震災(救援活動展開)。
  • 1997年04月 - 日本医師会総合政策研究機構(日医総研)創設。
  • 1997年11月 - 平成設立50 周年記念式典(天皇・皇后臨席)。
  • 2000年04月 - 「医の倫理綱領」策定(「医師の倫理」全面改定)。
  • 2000年10月 - 坪井栄孝日本医師会長が世界医師会長に就任。
  • 2003年05月05日 - 機関紙『日医ニュース』が通巻1000号を達成[8]
  • 2003年08月 - 日本医師会治験促進センター発足。
  • 2004年10月 - 世界医師会東京総会開催。
  • 2007年01月 - 日本医師会女性医師バンク開設。
  • 2011年03月 - 東日本大震災(救援活動展開)。
  • 2013年04月01日 - 公益法人改革に伴い、「公益社団法人日本医師会」となる[9]
  • 2017年10月- 横倉義武日本医師会長が第68代世界医師会長に就任。
  • 2020年04月 - 新型コロナウイルス感染症に対応する有識者会議を設立[10]
  • 2020年12月21日 - 新型コロナウイルス感染症の急拡大に対し日本看護師会ら8団体と共に医療緊急事態宣言を発表[11]

医師会代議員選挙・会長選挙

日本医師会の会長は医師会員の代表決議機関である日本医師会代議員会で、代議員による選挙により選出され、任期は約2年間である。この代議員の選挙は都道府県医師会に委託される為、代議員会は比較的高齢の会員(平成14年1月現在平均年齢68.7歳)で構成されている。

1957年から連続13期25年間と歴代最長期間会長を務めた武見太郎は、医師会代表として保険医総辞退、全国一斉休診(事実上のストライキ)を強行するなど、開業医らの利益のための圧力団体の長として、膨張し続ける医療費削減・勤務医と開業医の格差是正を目指す厚生官僚との対決を辞さない強い姿勢から喧嘩太郎と呼ばれた[12]

2006年、前年の第44回衆議院議員総選挙郵政民営化反対派を支援して当時の内閣総理大臣自由民主党総裁小泉純一郎らから「抵抗勢力」と見なされた会長植松治雄が、政府与党との関係修復を強調した東京都医師会長唐澤祥人に敗れ、一期のみで退陣した。

2020年、新型コロナウイルス感染症の世界的なパンデミックの最中、政権与党とのパイプがあり調整型の会長として5期目を目指した横倉義武を、政府に対する批判も辞さない論客と言われた中川俊男が破り、会長となった。中川は任期中は新型コロナウイルス対策に忙殺されて目立った実績を残せず、加えて新型コロナウイルス対策を巡って数々の発言が物議を醸した上に自身の醜聞などもあり、世論や政財界から医師会への信頼低下を招く要因となり、また医師会が強硬に抵抗していたリフィル処方箋導入が決定したことで、運営手腕に対する疑念や反発から医師会内部で支持を失ったことで、一期のみでの退陣を余儀なくされた[13][14]

歴代会長

代数 氏 名 学歴 在 任 主な前職
初代 北里柴三郎 旧制官立東京医学校(現在の東京大学医学部)卒 1916年 - 1931年 北里研究所所長
2代 北島多一 東京帝国大学医科大学卒 1931年 - 1943年 慶應義塾大学医学部
3代 稲田龍吉 帝国大学医科大学(現在の東京大学医学部)卒 1943年 - 1946年 東京帝国大学教授
4代 中山寿彦 東京帝国大学卒 1946年 - 1948年 東京都医師会長
5代 高橋明 京都帝国大学福岡医科大学(現在の九州大学医学部)卒 1948年 - 1950年 東京帝国大学医学部長
6代 田宮猛雄 東京帝国大学卒 1950年 東京帝国大学医学部長
7代 谷口弥三郎 熊本医科大学(現在の熊本大学医学部)卒 1950年 - 1952年 熊本県医師会長
8代 田宮猛雄 東京帝国大学卒 1952年 - 1954年 東京帝国大学医学部長
9代 黒澤潤三 東京帝国大学卒 1954年 - 1955年 東京都医師会長
10代 小畑惟清 東京帝国大学卒 1955年 - 1957年 東京都医師会長
11代 武見太郎 慶應義塾大学医学部 1957年 - 1982年 日本医師会代議員
12代 花岡堅而 旧制新潟医科大学(現在の新潟大学医学部)卒 1982年 - 1984年 長野県医師会長
13代 羽田春兔 北海道帝国大学 1984年 - 1992年 東京都医師会長
14代 村瀬敏郎 慶應義塾大学医学部卒 1992年 - 1996年 日本医師会副会長、東京都医師会理事
15代 坪井栄孝 日本医科大学医学部卒 1996年 - 2004年 日本医師会副会長、福島県医師会常任理事
16代 植松治雄 大阪大学医学部卒 2004年 - 2006年 大阪府医師会長
17代 唐澤祥人 千葉大学医学部卒 2006年 - 2010年 東京都医師会長
18代 原中勝征 日本大学医学部卒 2010年 - 2012年 茨城県医師会会長、東京大学助教授
19代 横倉義武 久留米大学医学部卒 2012年 - 2020年 日本医師会副会長、福岡県医師会会長
20代 中川俊男 札幌医科大学医学部卒 2020年 - 2022年 日本医師会副会長、北海道医師会常任理事
21代 松本吉郎 浜松医科大学医学部卒 2022年 - 日本医師会常任理事、埼玉県医師会常任理事

注釈

  1. ^ 2012年3月時点で、会員のうち47.2%が勤務医だが、執行部は開業医が全て占めていて、勤務医の代議員は357人中38人(10.6%)である。[要出典]

出典

  1. ^ a b 令和2年度決算報告書. 公益財団法人 日本医師会. pp. 49-51. オリジナルの2022年1月8日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20220108001837/https://www.med.or.jp/dl-med/jma/gyozai/R02kessan.pdf 2022年3月21日閲覧。 
  2. ^ 日本医師会会員数調査【令和3年12月1日現在】”. 公益財団法人 日本医師会. 2022年3月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年3月21日閲覧。
  3. ^ 日本国語大辞典,世界大百科事典内言及, ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典,デジタル大辞泉,百科事典マイペディア,日本大百科全書(ニッポニカ),精選版. “日本医師会とは” (日本語). コトバンク. 2021年3月3日閲覧。
  4. ^ 「勤務医にとって医師会は疑念の対象」|医療維新 - m3.comの医療コラム” (日本語). www.m3.com 29万人以上の医師が登録する日本最大級の医療従事者専用サイト. 2020年11月15日閲覧。
  5. ^ https://news.tv-asahi.co.jp/news_politics/articles/000187439.html」テレ朝ニュース2020年7月1日
  6. ^ a b c d 「勤務医にとって医師会は疑念の対象」|医療維新 - m3.comの医療コラム” (日本語). www.m3.com 29万人以上の医師が登録する日本最大級の医療従事者専用サイト. 2020年11月15日閲覧。
  7. ^ 日医ニュース(平成26年5月5日号)
  8. ^ 「日医ニュース」一〇〇〇号を顧みて」『日医ニュース』第1000号、社団法人日本医師会、2003年5月5日。2022年1月25日閲覧。
  9. ^ 平成21年~31年」(PDF) 『日本医師会 平成三十年の歩み』公益社団法人 日本医師会、2020年3月1日、234頁https://www.med.or.jp/jma/about/30th/pdf/30th04.pdf2022年1月24日閲覧 
  10. ^ 日刊スポーツ(2020年4月18日)
  11. ^ 共同通信2020年12月21日付「日本医師会などが「医療緊急事態宣言」」
  12. ^ a b c 「投資型医療 医療費で国がつぶれる前に」p23 武内和久, 山本雄士 · 2017年
  13. ^ 日医会長、求心力失う 言行不一致/医療費圧縮 - 毎日新聞 2022年4月22日
  14. ^ 日医会長選、現職中川氏不出馬へ 診療報酬改定で批判 - 時事ドットコム 2022年5月23日
  15. ^ 湧, 古川. “医療費が過去最高の42兆6000億円、それでも進まない抜本的改革日経ビジネス電子版” (日本語). 日経ビジネス電子版. 2020年11月15日閲覧。
  16. ^ a b c d e f 飯島勲 『小泉官邸秘録』日本経済新聞社、2006年、86-88頁。ISBN 4532352444 
  17. ^ 薬業界の役員報酬‐12社29人が1億円以上 薬事日報(2012年7月3日)
  18. ^ 医師は粥すすり、薬剤師はすき焼き三昧日医・鈴木常任理事 “敵陣”日薬学術大会で分業批判の大立ち回り 医薬経済社(2013年9月24日)
  19. ^ 薬のカルテ17万件未記載 調剤薬局「くすりの福太郎」 朝日新聞(2015年2月10日)
  20. ^ 「行きすぎた医薬分業、押し戻す」中川日医副会長2016年度改定に向け調剤報酬の議論にも関与 m3.com(2015年6月28日)
  21. ^ 分業批判一色、日医「そもそも論」繰り返し中医協で次期改定の議論開始、日薬「建設的な議論を」PHARMACY NEWSBREAK(2015年7月22日)
  22. ^ 診療所の無資格調剤、医師の指示があれば問題ない薬剤師とは法の組み立て異なるPHARMACY NEWSBREAK(2015年9月1日)
  23. ^ 日薬・山本会長「調剤は少なくとも薬剤師の仕事」 日医・松原副会長に反論、「誤解生じているのではないか」PHARMACY NEWSBREAK(2015年9月3日)
  24. ^ 【日薬】医師の調剤行為、例外除き禁止‐日医総研の解釈に反論 2016年3月11日薬事日報 http://www.yakuji.co.jp/entry49553.html
  25. ^ 第101回国会衆議院社会労働委員会議事録第19号 https://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/101/0200/10106280200019.pdf#page=22
  26. ^ a b 日本調剤 中医協・中川委員の中医協での不正請求発言に猛抗議 2017年3月30日ミクスオンライン https://www.mixonline.jp/Article/tabid/55/artid/57345/Default.aspx
  27. ^ いつまで「医薬分業の是非」を蒸し返すのか 2018/7/24日経DIオンライン https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/di/column/kumagai/201807/557114.html
  28. ^ 高度薬学管理の担い手巡り、議論が紛糾 2018/7/26 日経DIオンライン https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/di/trend/201807/557176.html
  29. ^ 『解剖財界5』読売新聞 2018年10月30日付朝刊経済面






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