新自由主義
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議論
新自由主義に関しては、その用語の定義や範囲を含め、多くの論争的な議論が存在している。
肯定論
- 新自由主義者である八代尚宏は著書『新自由主義の復権 日本経済はなぜ停滞しているのか』(2011年8月、中公新書)で以下を記した。新自由主義(ネオリベラリズム)は、1970年代にケインズ政策の批判の主体となり、主要な思想家にはハイエク、フリードマン、ベッカーなどが挙げられる[43]。日本における「反市場主義」の思想は、「賢人政治」の思想と、伝統的な「共同体重視」の思想がある[44]。「本来の新自由主義の思想」は、市場競争を重視した資源配分、効率的な所得再配分政策、公平な社会保険制度などである[45]。アダム・スミスは重商主義を非難したが政府の役割を否定しておらず[46]、世界金融危機などは政府の失敗も大きい[47]。
- エコノミストの山田久は「新自由主義は世界に所得の不平等をもたらしたとして批判を受けている。しかし『富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しく』という状況が生まれたのは、新自由主義そのものの構造的欠陥というよりも、世界経済の構図の変化による結果なのである。むしろ、それ以前の経済システムにおける反市場主義的な思想を後退させ、市場原理尊重の考え方を『常識化』して、世界経済の成長力を取り戻したという歴史的意義があったというべきである」と指摘している[32]。
批判
- ナオミ・クラインは著書『ショック・ドクトリン』で、ミルトン・フリードマンとシカゴ・ボーイズの理論と政治活動が、いかに世界各国に悪影響を与えたかを、劇的に明らかにした。フリードマンは公園や水事業などまで含む公共財の民営化を主張し、極端な原始的資本主義の賛美をおこなった。さらにフリードマンもハイエクもチリの独裁者であるピノチェトや、英国のサッチャーらと個人的にも親しかったことまで暴露されている[48]。
- デヴィッド・ハーヴェイは著書『ネオリベラリズムとは何か』で、ネオリベラリズムとはグローバル化する新自由主義であり、国際格差や階級格差を激化させ、世界システムを危機に陥れようとしていると批判した[49]。また著書『新自由主義:その歴史的展開と現在』で、新自由主義は世界を支配し再編しようとしていると記した[50]。
- 宇沢弘文は「新自由主義は、企業の自由が最大限に保証されてはじめて、個人の能力が最大限に発揮され、さまざまな生産要素が効率的に利用できるという一種の信念に基づいており、そのためにすべての資源、生産要素を私有化し、すべてのものを市場を通じて取り引きするような制度をつくるという考え方である。新自由主義は、水や大気、教育や医療、公共的交通機関といった分野については、新しく市場をつくって、自由市場・自由貿易を追求していくものであり、社会的共通資本を根本から否定するものである」と指摘している[51]。
- もともと新自由主義者であり、転向したかに見えた中谷巌は「新自由主義が、市場で『値段がつかないもの』の価値をゼロと見なしている。これこそが21世紀における人類社会に最大の困難をもたらした原因である」と指摘している[52]。一方、中谷は後に「自分は現在も新自由主義者」と語っている。
- リベラルの森永卓郎は「新古典派経済学を勉強したのが、新自由主義者たちである」と指摘している[53]。森永は「新古典派経済学を曲解した新自由主義者が構造改革を行い、アメリカをモノ作りの国から金融・情報・エンターテインメントの国に変えてしまった」と指摘している[54]。
- 反米右派の中野剛志は日本で1990年代から流行した新自由主義に対しては違和感を覚えており、その理由として日本的経営が急に批判対象となったことや、人間は歴史的に形成されたルールに強く拘束されていることを挙げている。
- 個人とは共同体の一員で、歴史・伝統・慣習に束縛された存在であり、そのような人々が活動して初めて安定的な市場秩序が成立すること
- 人間関係・歴史・伝統・共同体から切り離された個人は全体主義的なリーダーに集まり、国家の言いなりになること
- 共同体・文化を破壊したり、強引に作り替えようとすると必ず全体主義に辿りつく
- というハイエクによる指摘に特にショックを受けたと述べている。日本型経営も歴史や文化の流れで少しずつ形成されたものであり、ハイエクも日本型経営こそが自生的な秩序(スポンテニアス・オーダー)であり、真の個人主義の基礎であると言ったに違いないとしている。日本の新自由主義者たちはそれを破壊することを明言しており、ハイエクに言わせれば彼らは偽りの自由主義者であり、全体主義者であるとし、小泉政権時の政治は見事に全体主義であったと述べている[55]。
- 兼子良夫神奈川大学学長(経済学・地方財政学、2016年4月より神大学長)は新自由主義経済の弊害を指摘、フリードリヒ・ハイエクなどが起草したモンペルラン協会の設立宣言にも「人間の尊厳」という文言が記載されている事を指摘、新自由主義的資本主義がもたらしたグローバル化の中で学生には「人間の尊厳」を守る社会を構築する義務と責任を果たしてほしいと説く。[56]
その他
- 中谷巌は「グローバリズム、新自由主義は、大航海時代以来続いてきた『西洋による非西洋世界の征服』という大きな歴史の流れの中で理解する必要がある。新自由主義の本質とは『グローバル資本が自由に国境を超えて移動できる金融資本主義を完成させようという思想』である。新自由主義の理論は市場経済を簡潔に説明することはできるが、社会・伝統・文化に与える影響については、誰も理論化できていない」と指摘している[52]。
- 増田壽男(元法政大学総長)らは「サッチャーやレーガンによって主張されるようになった新保守主義・新自由主義の考え方は、その根底に1960年代に主流であったケインズ政策に対する批判がある」とし[57]、1970年代のスタグフレーションと経済政策破綻をいかに解決するかという中から生まれた市場原理主義とした[57]。新自由主義は雇用面ではケインズ主義の「硬直性」を排除し、福祉国家を解体する[58]。また1982年の日本の中曽根政権も新自由主義、新保守主義の思想潮流の一翼を担った[59]。新自由主義・新保守主義は、ケインズ経済学であるインフレをマネタリストの立場で貨幣供給のコントロールにより克服しようとした点では一面の真理があったが、スタグフレーションは克服できず、多国籍企業によるグローバリゼーションと「カジノ経済」をもたらし、世界経済は新しい危機に見舞われる事になった、とした[60]。
- ハイエクや石原慎太郎を支持する森元孝(早稲田大学教授)は著書『フリードリヒ・フォン・ハイエクのウィーン - ネオ・リベラリズムの構想とその時代』で、第二次世界大戦後に出現した「新自由主義」というコンセプトは、現在アメリカや日本で「ネオ・リベラリズム」と呼ばれているものとは相違がはなはなしい、と記した[61]。第二次世界大戦後の復興期に現れてくる新自由主義者には、古自由主義は弱肉強食の競争を生むものの、次段階でトラスト、経済と政治の融合、経済の腐敗を生み、最終的にナチズムのような専制独裁を許したという共通した考え方があり、こうした古い自由主義から決別するという信念があるとした[62]。
- アレキサンダー・リュストウはフリードリヒ・ハイエクの立場を古自由主義と呼び批判し、文化理論を経済政策に結びつけようとした[63]。またオイケンは秩序ある自由主義、古自由主義の刷新という意味で新自由主義と称したが、競争の抑制という点では社会民主主義との区別は困難である。ハイエクは経済と市場を区別し、いわば経済の諸秩序の外に市場があり、個別経済は市場を通じて相互調整していき、そこには固有のルールが存在していると考えた[64]。
- 経済学者の小宮隆太郎(元東京大学教授)は「最近(2008年)、市場原理主義・新自由主義批判が目立つが、何を批判しているのか。レッセ・フェールの”弊害”や『市場の失敗』はケインズ、マーシャル、ピグーも指摘していた。ミクロ経済学の常識である」と指摘している[65]。
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