摩擦 摩擦の基礎

摩擦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/08 06:24 UTC 版)

摩擦の基礎

摩擦とは、互いに接する二つの物体が接触面に沿って相対的な運動を行うことを妨げる力である。静止した物体の間にはたらく静止摩擦(静摩擦)と、互いに対して運動している動摩擦(運動摩擦)の二つの領域がある。摩擦力は常に接触面の相対的な滑り運動を妨げる方向にはたらく。すなわち、静止摩擦の場合には動き出そうとする方向の逆向き、動摩擦の場合には相対速度の逆向きである。たとえば、斜面上の物体が滑り落ちずにその場に止まることができるのは静止摩擦力のはたらきである。また氷の上を滑るカーリングの石はそれを減速させるような動摩擦力を受ける。

この節では摩擦面の間に流体が挟まれておらず(乾燥摩擦)、物体が転がらない場合(滑り摩擦)について論じる。

クーロンの摩擦モデル

摩擦の基本的な性質は15~18世紀に実験的に明らかにされた。現在では以下の三つの経験則(アモントン=クーロンの法則)が知られている。

  • アモントンの第一法則: 摩擦力は加えた荷重に直接比例する。
  • アモントンの第二法則: 摩擦力は見かけの接触面積にはよらない。
  • クーロンの摩擦法律: 動摩擦は滑り速度によらない。

これに「静止摩擦は動摩擦より大きい」という第四の法則を付け加える場合もある[4][10][28]。アモントン=クーロンの法則に基づく近似的なモデルをクーロンの摩擦モデルという。このモデルは適用範囲が広いことから摩擦の計算に一般に用いられている。

静止摩擦

斜面に置かれたブロックが受ける力ベクトルの図解。
物体につけたひもを引く力 T を増やしていく。物体が静止している間は、静止摩擦力 fT がつり合っており合力はゼロとなる。外力が増えるとともに摩擦力も増えていき、最大静止摩擦力 f0 に達するとつり合いが崩れて物体は動き出す。いったん動き始めると動摩擦力 f がはたらくようになるが、その大きさは f0 よりも小さい。

動摩擦とは、地面の上をすべるそりのように、二つの固体が互いにこすりながら相対運動を行う時に生じる摩擦である。動摩擦力

摩擦角 θ とはブロックがちょうど滑り始める角度をいう。滑り出す直前、斜面に沿った方向にかかっている重力の分力 mg sinθ は最大静止摩擦力 f = μN と等しくなっている。

斜面上に静止させた物体が滑り落ちずに済む最大の傾斜角として静止摩擦を定義することも可能である。この角度を摩擦角といい、以下のように定義する。

二つの物体の真実接触部(矢印)は見かけの接触面のごく一部に過ぎない。

摩擦面において実際に接触を担っているのは、様々な長さスケールにわたる固体表面の隆起(アスペリティ)だと考えられている。アスペリティ構造はナノスケールの小ささに至るまで存在する。固体と固体が接触するとき、実際に触れあっているのは有限個のアスペリティの突端のみであり、それら真実接触部の面積は見かけの接触面積のわずかな部分(10−3% - 1%)を占めるに過ぎない[27]:179[9]。接触面への荷重が増加すると、アスペリティはもう一方の表面に押し付けられ、塑性流動によって接触面積が広がる。これにより、荷重と真実接触面積の間に線形の関係が生まれる。接触部で作られる分子間接合(凝着)を壊して面を滑らせるためには、真実接触面積に材料のせん断強さ(単位面積当たりの結合を切るのに必要なせん断応力)をかけた分だけの力が必要である。このように、クーロン摩擦において最大静止摩擦力と荷重(垂直抗力)が比例する理由は凝着に基づいて説明できる(凝着摩擦の節参照)[9][37]

ただし、この経験則は結局のところ、極度に複雑な物理的相互作用の詳細を無視した近似則でしかない。たとえば、真実接触面積が見かけの接触面積に近づくと変化が飽和して比例関係が壊れるため、荷重が大きい領域ではクーロン近似は成り立たない。あるいは、表面酸化膜が弱いのような金属では、荷重によって表面層が壊れるため摩擦係数は一定とみなせない[25]:71。また、接触面に結合が生じると、クーロン摩擦は非常に悪い近似となる。たとえば粘着テープが滑りを妨げる効果は垂直抗力がゼロや負であっても生じる。ゲルにはたらく摩擦力は接触面積に強く依存することがある[9]:10。この理由によりドラッグレース用のタイヤには粘着性を持つものがある。

クーロン近似が当てはまらない状況もあるとはいえ、その強みは単純さと適用範囲の広さにあり、多くの物理系の摩擦について十分に有効な描像である[9]

クーロンモデルの数値的シミュレーション

クーロンモデルは単純化されたものであるが、多体系粉粒体での数値的シミュレーションへの適用は多くの場合有用である。そのもっとも単純な表式であっても本質的な凝着と滑りの効果が取り入れられており、多くの場面に適用することができる。ただし、クーロン摩擦と単側接触・両側接触を持つ力学系を数値積分するためには専用のアルゴリズムを設計しなければならない[38][39][40][41][42]。いわゆるパンルヴェのパラドックス英語版のような非線形性の強い効果のいくつかはクーロン摩擦から起きる[43]

摩擦係数

摩擦係数
coefficient of friction
量記号 μ
次元 無次元量
種類 スカラー
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摩擦係数とは垂直抗力に対する摩擦力の比で定義される無次元量で、多くの場合ギリシャ文字 μ で表される。摩擦係数は物質の組み合わせによってゼロに近い値から1を超える値にまでなる。摩擦係数の項を初めて導入し、その使い方を示したのはアーサー・モリンである[15]。 摩擦係数が結び付ける二つの物理量はどちらも力で同一の次元を持つので,本来は摩擦因子: friction factor)と呼称するのがよいが, 日本国においては慣習的に摩擦係数との語が用いられている[44]

静止摩擦係数と動摩擦係数はどちらも接触している物質の組み合わせに依存する。たとえば、の上に置かれたは摩擦係数が小さく、舗装道路の上に置かれたゴムは摩擦係数が大きい。金属同士の接触では、異種金属よりも性質の似た金属の組み合わせの方が大きい摩擦係数を持つという原則がある。つまり、真鍮を鋼やアルミニウムとこすり合わせるより、真鍮どうしをこすり合わせる方が摩擦係数は大きくなる[45]。互いに静止している接触面についての静止摩擦係数は、ほとんどの場合、同じ接触面が互いに滑っている場合の動摩擦係数よりも大きい。しかし、テフロンどうしの組み合わせのように静止摩擦係数と動摩擦係数に差がない場合もある[46]

乾いた物質の組み合わせでは、摩擦係数はほとんどの場合0.3から0.6までの値になる。この範囲を超える値は希少だが、たとえばテフロンは0.04という低い値を持ちうる。摩擦係数が0となるのは摩擦が全くはたらかない場合であって現実には考えにくい。摩擦係数が1より大きくなることはないという主張がしばしば見られるが、正しくない。1を超える摩擦係数は、単に物体を滑らせるのに必要な力が接触面にはたらく垂直抗力より大きいということを意味するに過ぎない。現実的には

微小な凹凸を持つ摩擦面のモデル。外力 と荷重 、接触面での垂直抗力 がつり合っている。

クーロンモデルが成立する機構として、凝着説とともに古くから検討されてきた候補の一つが凹凸説である。クーロンによる議論は以下のようなものである。固体表面の微小な凹凸を、のこぎり歯のような三角形の連なりとしてモデル化する。どの三角形も高さや傾斜角 は等しいとする。上下の面の三角形が図のように噛み合った状態で横方向の力を加えて滑り運動を起こさせようとすると、接触点の一つでは、横方向の力 、鉛直方向の荷重 、斜面からの垂直抗力 がつり合う。つり合いの条件は

であるから、

のように、荷重に比例する横方向の力が発生することになる。この場合、摩擦係数は に対する の比として

と決まり、見かけの接触面積にはよらないため、アモントン=クーロンの法則と矛盾しない。しかし、凹凸説で動摩擦を説明するには、凸部の頂点を越えて斜面を下るときに正の加速が行われることが難点となる。接触部の変形による損失を考えなければ、斜面を登るときと下るときに受ける仕事の和がゼロとなるので、正味の摩擦力が発生しないことになる。そのほか、凹凸説では表面が平坦に近いほど()摩擦力は小さくなるが、実際の物体では逆の振る舞いを示す場合も多い。これらのことからクーロンの凹凸説は摩擦の主要因としてはすでに否定されたと言える。[3]:14-19[9]:4-7[25]:48-51

凝着摩擦

一つの接触点における凝着摩擦について、真実接触面積を 、材料のせん断強さ(凝着を壊すために必要なせん断応力の大きさ)を とすると、摩擦力は で与えられる。またアスペリティ先端が摩擦面に圧迫されて塑性変形を起こしているとすれば、材料の塑性流動圧力(塑性変形を与えるために必要な圧力の大きさ)を として荷重が となる。この時摩擦係数は

となる。 はいずれも材料の特性であって滑り速度や荷重にはよらないので、摩擦係数がアモントン=クーロンの法則にしたがうことが示される。また塑性論によれば はどんな物質でもおおよそ一定の関係にあり、 という妥当な大きさの摩擦係数が導かれる。ただしこの単純な理論は大まかな見積もりであって、現実の金属ではしばしば摩擦係数が1以上になることを説明できない。[25]

バウデンとテーバーは、垂直荷重だけではなく滑り方向の力が加わることで凝着部が成長するという理論(修正凝着説)を展開し、清浄表面で摩擦係数が高くなりうることを説明した[4][28]。それによると、滑り方向の力 が加わらないときの接触面積を とすると、真実接触面積

で表される。 は横方向の力によって凝着部が成長することを表すパラメータで、たとえばミーゼスの降伏条件(弾性エネルギーが限界値に達したときに塑性流動が始まるとするモデル[62])では となる[28]。さらに、表面の清浄度を表すパラメータ )を導入して

とおく。完全な清浄面のせん断強さを として、界面の汚れによって実際のせん断強さ が減少することを表したものである。これらの前提から導かれる摩擦係数は

というものである。完全な清浄面()に近づくにつれて摩擦係数は発散する(焼き付きが生じる)。[25][28]

ナノスケールにおける凝着が動摩擦力を生むメカニズムは熱力学によっても説明できる[63]。アスペリティ先端の真実接触部がもう一方の面に対して運動すると、接触部が通り過ぎた後方では新たな表面が作られ、前方では既存の表面の上に接触部が被さっていく。あらゆる表面は熱力学的な表面エネルギーを持つので、表面を作るためには仕事を与えなければならないし、表面が消失するとその分のエネルギーが熱として放出される。したがって、接触部の後方では抵抗力が、前方では摩擦熱が発生する。

掘り起こし摩擦

硬いアスペリティが柔らかい面に突き刺さり、やすりをかけるかのように面に沿って動くような状況を考えると、掘り起こしによる摩擦力は

で与えられる。 は突き刺さった部分の進行方向に対する投影面積、 は柔らかい方の物質の塑性流動圧力である。 はアスペリティ形状と荷重によって決まるが、半頂角 の円錐を考えるなら

が成り立つため、摩擦係数は

のように物質によらない一定値となる。機械加工による標準的な粗さの面では °程度であるから という比較的小さな値となり、掘り起こし摩擦の寄与はそれほど大きくないことがわかる。[25]

乾燥摩擦と不安定性

本来安定な振る舞いを示す力学系でも、摩擦によって様々な種類の不安定性が引き起こされることがある[64]。たとえば滑り速度の増加とともに摩擦力が減少するような系や、摩擦熱の発生によって物体が膨張する場合や(熱弾性不安定性)、あるいは純粋に弾性体間の滑り運動のダイナミクスから不安定性が発生する場合(Adams-Martins不安定性)である。最後の現象は1995年にジョージ・G・アダムスとJoão Arménio Correia Martinsによってなめらかな表面について初めて発見され[65][66]、後に周期的な粗さを持つ表面についても発見された[67]。特に、ブレーキノイズやグラス・ハープなどスティックスリップ現象英語版と関連する振動現象は、滑り速度とともに摩擦係数が低下するというモデルに基づいて[68]、摩擦を伴う系のダイナミクスにおける不安定性が原因だと理解されるようになった[69][70]

実用上重要なケースにはヴァイオリンチェロハーディ・ガーディ二胡のような擦弦楽器の弦の自励振動がある。

単純な力学系について、空力弾性力学におけるフラッター不安定性と乾燥摩擦とのつながりが発見された[71][72]

摩擦による不安定性が原因で、摩擦面にトライボ膜のような自己組織パターン(二次構造)がその場で形成されることがある。これはいわゆる自己潤滑材料で摩擦や摩耗を低減するために利用される[73]


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名詞およびサ変動詞(接する)直接  外接  摩擦  癒着  密接

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