年金記録問題
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年金記録問題発生の原因と責任
2007年(平成19年)6月14日、総務省は行政評価・監視機能の一環として、年金記録問題発生の経緯、原因や責任の所在等について調査・検証を行う年金記録問題検証委員会: (松尾邦弘座長)を発足させ、年金制度や情報システム等に詳しい外部有識者が、年金記録の管理・事務処理に関して、今回問題化した諸事項について、その経緯、原因、責任等の調査や検証を行った。 2007年(平成19年)10月31日、同委員会は検証結果の報告書を公表し、年金記録問題の原因と責任の所在について以下のとおり報告した。[36][37][38]
問題発生の根本にある問題
報告書では、年金記録問題発生の根本は、社保庁を管理する立ち場である厚生労働省及び、社会保険庁の年金記録管理に関する基本的姿勢にあると結論づけ、その原因として次の要因を挙げている。
- 厚生労働省及び社会保険庁の年金管理に関する基本的姿勢
- 国民の大切な年金に関する記録を正確に作成し、保管・管理するという組織全体としての使命感、国民の信任を受けて業務を行うという責任感が、厚生労働省及び社会保険庁に決定的に欠如していた。
- 年金記録の正確性確保に対する認識の問題
- 社会保険庁は、年金制度改正・記録管理方式の変更等の際に、年金記録の正確性を確保することの認識が不十分であり、関係する記録・資料を適切に管理していくという組織としての責任を果たしてこなかった。
- 裁定時主義の問題
- 社会保険庁は、年金の納付記録は本人がよく知っているはずだから、本人が問い合わせてきた場合のみ、記録を調べて間違いが有れば修正すれば良いという安易な方針(裁定時主義)で業務を行っており、厳密な姿勢を欠いたまま業務を継続した。
問題発生の直接的要因
報告書では、約5000万件の未統合記録が存在することの原因として、次の要因を挙げている。
- オンライン化する前の記録ミスがそのままコンピュータに残ったこと。
- 氏名、生年月日、性別、住所を軽視していたこと。
- 漢字カナ自動変換システムによる記録の誤りがあったこと。
- 過去の記録の誤りを減らす取り組みをしなかったこと。
- システムの開発・運用を長期間に渡り特定の業者に依存していたこと。
- 不正行為防止のための内部事務管理態勢が不十分であったこと。
これに加え、年金記録を電子化するさい、紙記録を廃棄させる命令が出されたこともあげられる
問題発生の間接的要因
報告書では、上記の年金記録問題発生の直接的な要因を助長する背景となった要因に、社会保険庁の組織上の問題点があると指摘している。
- 自治労加盟していた職員の体質・合理化への絶対的抵抗[39]
- 社会保険庁職員の多数派が加盟していた労働組合は、自治労国費評議会(現・全国社会保険職員労働組合)であった。社保庁職員の多くが、地方地方公務員でつくる自治労の下部組織「国費評議会」(全国社会保険職員労働組合)に参加していた背景には、社会保険事務所がかつては都道府県の指揮下だったためである[1]。公務員の労組には協約締結権は無いために「覚書」を締結する権利も無く、法的な効力は無効であるにもかかわらず、社保庁へ労組が結ばさせた内容は、A4判計105ページもあり、2005年まで社保庁は遵守させられていた[4]。
- 自治労国費評議会は、昭和50年代(1975-1984年)前半のオンライン化計画などについて、人員削減につながるものであり、労務強化および中央集権化に反対との理由から強く抵抗をし、合理化への絶対的抵抗してきたことを自賛していた[1]。
- そして、自分たちに有利な労働環境維持のために偏りすぎた内容の多数の覚書、確認事項等を社保庁当局へ結ばせていた。昭和54年(1979年)の「端末機の操作にあたりノルマを課したり、実績表を作成したりしない」、2002年に「昼休みの窓口対応は職場で対応できる必要最小限の体制で行う」「コンピューター端末の連続操作時間は50分以内(のちに45分以内)とし、15分の操作しない時間をつくる」「1人1日のキータッチは5000以内とする」ことなどが職員らに有利な新たな覚書が社保庁との間に締結されている[3][4]。
- 平成16年(2004年)までに、自治労国費評議会が社保庁へ約束させた覚書文書は、A4判で計105ページである[4]。社保庁職らに有利な運営を約束させた運営は、平成17年(2005年)の覚書廃止まで存在していた。また本庁から地方へ通達をする際に、そのような労働組合と事前協議をしなければならない、という職員有利な慣習が存在した。こうした職員団体が業務運営に大きな影響を与え、ひいては、年金記録の適切な管理を阻害した一因があると指摘。
- 三層構造に伴う問題
- 厚生労働本省採用のI種職員、本庁採用のII種・III種職員及び地方採用のII種・III種職員という三層構造が、企業統治(コーポレート・ガバナンス)の低下を招いた[4]。
- 地方事務官制度の問題
- 昭和22年の 地方事務官制度により、社会保険庁の地方に対する指導、監督および管理が行き届いていなかった[4]。
問題発生の責任の所在
報告書では、責任の所在を次のように結論づけている。
- 総括責任を有する歴代の社会保険庁長官を始めとする、幹部職員の責任は最も重い。
- 事務次官を筆頭とする厚生労働省本省の関係部署の幹部職員にも、重大な責任がある。
- 厚生労働大臣も、組織上の統括者としての責任は免れない。
- 年金記録問題発生の直接的な要因に直接または間接的に関わった職員は、その「関わり」に応じた責任がある。
- 職員団体には、職員の意識や業務運営に大きな影響を与え、ひいては、年金記録の適切な管理を阻害した責任がある。
今後の教訓
報告書の最後では今回の調査・検証を踏まえた上で、今後の主な教訓を次のように述べている。
- 社会保険庁のガバナンスの確立
- 意識改革などによって事務処理の誤りを是正する仕組み、被保険者の協力を確保する仕組みの構築などの改革を推進する。
- システムの刷新
- 委員会の検証結果を踏まえ、第三者機関による点検・評価を受けつつ、システムの刷新を推進する。
- 横領等から得られた教訓
- 防止策の検討・改善など、内部事務管理態勢の構築に努める。
- 国民の監視と協力
- 国民も自身の年金記録に関心を持ち、疑問が生じた場合は社会保険事務所にて国が保有する記録を確認するなど国民の側の監視と協力も重要である。
注釈
- ^ 前身の左派第一野党であり続けた日本社会党は国民識別番号制度反対、民主党時代も政権交代で国家運営を経験するまでは反対してきた。しかし、2011年7月に菅直人首相と与党民主党の社会保障改革検討本部は、社会保障と税の共通番号大綱を決定した。共通番号の名称を「マイナンバー」とすることと関連法案提出も決めた。
出典
- ^ a b c d e “asahi.com:消えた年金の遠因? 社保庁労組、手帳統一など次々反対 - 5000万件の不明年金”. www.asahi.com. 2023年6月22日閲覧。
- ^ 昭和54年の「端末機の操作にあたりノルマを課したり、実績表を作成したりしない」など、平成14年の「昼休みの窓口対応は職場で対応できる必要最小限の体制で行う」などと「覚書」が締結されていた。他にも社保庁職員労組は、職員の労働時間配分や仕事量も具体的な数字で有利に制限しており、「コンピューター端末の連続操作時間は50分以内(のちに45分以内)とし、15分の操作しない時間をつくる」「1人1日のキータッチは5000以内とする」ことなどが取り決められた。公務員の労組には協約締結権は無いために覚書は法的な効力は無効であるにもかかわらず、社保庁へ労組が結ばさせた内容は、A4判計105ページもあり、2005年まで社保庁は遵守させられていた。
- ^ a b c 社会保険庁と自治労国費評議会が締結していた覚書 内閣官房
- ^ a b c d e f g h i “「消えた年金?」問題について - 参議院議員 末松信介 ホームページ”. suematsu.org (2007年7月6日). 2023年6月22日閲覧。
- ^ a b “main”. www.jfss.gr.jp. 日本戦略研究フォーラム. 2023年6月22日閲覧。
- ^ “「消えた年金」問題 年金記録の回復が早くなります”. 厚生労働省. 2023年12月26日閲覧。
- ^ “ミスター年金の長妻氏、首相を追及 消えた年金問題重ね:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル (2019年2月4日). 2023年12月26日閲覧。
- ^ 社会保険事業運営評議会第16回議事録 [リンク切れ]
- ^ ASCII.jp:情報社会の新たな課題~消えた年金のシステム問題~ (1/5)
- ^ “社会保険庁改革関連法 | 時事用語事典 | 情報・知識&オピニオン imidas - イミダス”. 情報・知識&オピニオン imidas. 2023年6月22日閲覧。
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- ^ “共通番号(マイナンバー)制度 | 菅直人公式ブログPowered by Ameba”. gamp.ameblo.jp. 2020年6月8日閲覧。 “共通番号(マイナンバー)制度の法案が成立する可能性が高まっている。社会保障の重要性が高まり、その一方で公平性や制度の悪用の問題に関心が高まっている。共通番号制は公平性を確保するためにどうしても必要な制度であり、私の政権の時から本格的な制度設計を進めてきた。 デンマークなど北欧の国では、現役時代の税負担率は高いが、不満は少ない。それは生まれて亡くなるまで、教育、医療、介護といった個人が必要とする社会サービスは、全て無料で、実物支給が行われ、病気や老後に備えての個人的貯蓄は不要だからである。そして課税も共通番号制により所得はほぼ完全に捕捉され、不平等がなことを国民が知っているからである。 日本は老後や病気に備えての個人貯蓄率が高い。これがデフレの一つの原因ともなっている。社会保障と税の一体改革とともに、共通番号、マイナンバー制度もぜひ実現したい。”
- ^ “社会保障と税の共通番号、名称は「マイナンバー」”. 日本経済新聞 (2011年7月1日). 2020年6月8日閲覧。
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- ^ 国民年金・厚生年金の納付した保険料の記録が消滅する事案等に関する予備的調査(概要)
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- ^ 年金記録問題への新対応策の進め方
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- ^ 年金記録に対する信頼の回復と新たな年金記録管理体制の確立について
- ^ 年金記録問題のこれまでの取組と今後の道筋
- ^ 未統合記録5095万件の解明状況
- ^ 年金記録に係る申立てに対するあっせんに当たっての基本方針
- ^ 年金記録確認第三者委員会報告書-これまでの活動実績を振り返って-
- ^ 年金記録に係る苦情のあっせん等について
- ^ 第166回国会 参議院 厚生労働委員会 第23号 平成19年(2007年)5月29日
- ^ 年金問題50年前に指摘 旧行管庁が記録改善勧告(中日新聞)
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- ^ 社保庁職員の雇用確保と年金記録問題に関して舛添厚労大臣に要請2009年(平成21年)4月27日自治労
- ^ 社会保険庁の廃止に伴う職員の移行等の状況について
- ^ 社保庁長官退職 厚労相「懲戒処分歴、例外認められぬ」 朝日新聞 2010年(平成22年)1月5日
- ^ 「年金記録問題に対する基本的考え方」(自治労本部及び全国社保労組)
- ^ 新しい「VDT作業における労働衛生管理のためのガイドライン」の策定について
固有名詞の分類
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