己が罪 己が罪の概要

己が罪

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/05 05:55 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動
己が罪
作者 菊池幽芳
日本
言語 日本語
ジャンル 長編小説
発表形態 新聞連載
初出情報
初出 大阪毎日新聞
前編 1899年8月17日-10月21日
後編 1900年1月1日-5月20日
刊本情報
刊行 春陽堂
前編 1900年8月
中編 1901年1月
後編 1901年7月
ウィキポータル 文学 ポータル 書物
テンプレートを表示

概要

のちに子爵夫人となる女性主人公・箕輪環の薄幸の人生を描く。 大阪天下茶屋の農家箕輪伝蔵の娘箕輪環が主人公である。彼女は母親を亡くしてから父に育てられた。14歳で上京して、女学校に入学した。彼女の美貌は評判になって、大学医科生塚口虔三にもまた注目される。彼は福島の出身であるが、女を誑かし弄ぶのをなんとも思わない男であった。そんな彼が、同郷の女教師大木小枝子が環の世話をしていることを知ったために、環と虔は接近し、環もまんざらではなくて、夏に箱根に行くと、なんとそこには虔三がいて、彼女は甘い言葉にだまされて身体を許してしまった。結婚、同棲するにいたるが、その間、許嫁のお島が上京するなどして、トラブルもあり、婚礼まであげたのにだまされていたことがわかり、妊婦として投身自殺を図るが、とある老女に救助された。玉太郎が生まれたが、彼女は精神の安定を欠き、玉太郎は房州の里子となり、彼女は実家に帰った。彼女も縁あって桜戸子爵と結婚し、正弘が生まれた。房州で、正弘を亡くしたが、同時に死亡した少年は玉太郎であった。彼女は子爵に一部始終を告白し、伝蔵は引責自殺をとげた。子爵も心を動かされ、虔三も脅迫したり、復縁を求めなどするが、やっと眼を覚ました。

新派劇としてしばしば脚色、上演された。初演は1900年7月、京都常磐座、静間小次郎一座。1900年(明治33年)大阪・朝日座喜多村緑郎(桜戸子爵役)、河合武雄(環役、女形)らが出演した。その後、のべ20回も映画化されている。⇒ #映画化された一覧

映画化された一覧

1908年版

己が罪
己が罪 続編
己が罪 続
監督 不在
原作 菊池幽芳
出演者 中野信近 一座
撮影 千葉吉蔵
製作会社 吉沢商店
配給 吉沢商店
公開 1908年11月(正)
1908年12月10日(続編)
1909年1月5日(続)
製作国 日本
言語 日本語
テンプレートを表示

己が罪』(おのがつみ)は、1908年(明治41年)製作・公開、吉沢商店製作・配給による日本のサイレント映画女性映画である。監督・脚本等は不明である。吉沢商店は、現在の日活の前身の一社である。2作の続編が製作・公開された。初の野外ロケーション撮影(出写し)を行ったことで知られる作品である[1]。同年10月、主演の中野信近の別荘がある神奈川県片瀬、および江ノ島で撮影は行われた[1]。当時の吉沢商店では「演出家」(映画監督)は存在していなかった[1]

スタッフ・作品データ・キャスト




  1. ^ a b c d 『日本映画発達史 1 活動写真時代』、田中純一郎中央公論社、1968年、p.136-139。


「己が罪」の続きの解説一覧




固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「己が罪」の関連用語

己が罪のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



己が罪のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの己が罪 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2021 GRAS Group, Inc.RSS