島津忠彦 島津忠彦の概要

島津忠彦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/27 05:43 UTC 版)

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島津 忠彦
生年月日 1899年8月30日
出生地 鹿児島県鹿児島市清水町[1]
没年月日 (1980-05-12) 1980年5月12日(80歳没)
出身校 成蹊実業専門学校本科
前職 実業家
現職 帝都高速度交通営団理事、阪神高速道路公団監事
所属政党 自由民主党
称号 男爵
親族 島津珍彦(祖父)
島津忠欽(祖父)

在任期間 1939年7月 - 1947年5月2日

選挙区 鹿児島地方区
当選回数 2回
在任期間 1947年7月 - 1953年
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経歴

鹿児島県[4]鹿児島市清水町出身[1]男爵・島津壮之助の長男として生まれる[2][5]。父の死去に伴い、1925年4月15日、男爵を襲爵した[2][6]

鹿児島県立第二鹿児島中学校(旧制)を経て[1]1923年成蹊実業専門学校本科を卒業[3]三菱銀行に勤務[5](約10年間[1])。以後、三和電機社長、鈴木商店代表者、鹿児島製紙興業社長などを務めた[3][7]

1939年7月、貴族院男爵議員に選出され[8]公正会に所属して活動し、1947年5月2日の貴族院廃止まで在任[3]大蔵省委員も務めた[3]

戦後、1947年4月、第1回参議院議員通常選挙鹿児島地方区に出馬して当選し(任期3年)、第2回通常選挙でも再選された[7]。その後、自由民主党に所属し、参議院電気通信委員長を務めた[7]。その他、帝都高速度交通営団理事、阪神高速道路公団監事を務めた[4]

親族

参考文献

日本の爵位
先代:
島津壮之助
男爵
(重富)島津家第3代
1925年 - 1947年
次代:
華族制度廃止

  1. ^ a b c d 南日本新聞1950年6月6日1頁
  2. ^ a b c d e f g h i 『平成新修旧華族家系大成』上巻、739-740頁。
  3. ^ a b c d e 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』73-74頁。
  4. ^ a b 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』304頁。
  5. ^ a b 『人事興信録』第14版 上、シ63頁。
  6. ^ 『官報』第3792号、明治14年4月16日。
  7. ^ a b c 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』327頁。
  8. ^ 『官報』第3758号、昭和14年7月17日。


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