山
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/12 10:28 UTC 版)
山と人間
古代史において「山は隔て、海は結ぶ」という言葉がある[25]ように、海は交通路として遠隔地を結びつける役割を果たす一方、山は逆に交通の障害として隣接する地域同士を隔てる役割を持った。近代に入り交通網が整備されるようになるまで山、特に山脈は人々の交流を妨げることが多く、山脈を一つ隔てた両側で文化、さらには言語や民族にいたるまで異なっていることは珍しいことではなかった。こうしたことから自治体や国家の境界線は山の尾根の線におかれることが多くなっており、地政学においても山岳はしばしば望ましい自然国境であるとみなされている[26][27]。
居住と利用
国際連合環境計画が定義した山岳の条件下では、世界陸地面積の24%が山岳となっており、世界人口の12%がその地帯に居住している[28]。地球上の陸地面積の7%が標高2500m以上の高度に属し、およそ1億4000万人がその高度帯に居住している[29]。標高3000m以上の土地にはおよそ200万から300万人が居住している[30]。こうした山岳居住人口のおよそ半分はアンデス、中央アジア、およびアフリカに居住している。
インフラへのアクセスが限られるために、高度4000m以上の地帯には少数の居住者しか存在しないが、4150mの地点にあるボリビアのエルアルト市は例外であり、盛んな商業と多様な工業、そしてほぼ100万人の人口を有する[31]。
世界で最も高い地点に存在する都市はペルーのラ・リンコナダであり、標高5100mの地点に位置する金鉱山の都市である[32]。
ヒトの定住が可能である高度は約5,950mが限度とされている[33]。標高の非常に高い場所では、呼吸のために必要な酸素が非常に少なく、また日光に含まれる紫外線からもあまり保護されない。特に標高8000m以上の地点では人類の生息に必要なだけの酸素が存在しない。この高度の地帯はデスゾーンと呼ばれ[34]、エベレストやK2の山頂がこれに含まれる。
ヒトにとって山は必ずしも生活しやすい場所ではない。気象変動は激しく、さらに標高が高くなると空気が薄くなり酸素が不足するため、約2500m付近からは高山病にかかるものもあらわれはじめる。山岳の大部分は地面が傾斜しているため、居住には余り適さず[35]、また広い平地を確保できないために大規模な農地を設けることが難しく、食料生産効率も低地に比べ一般に劣る。
一方で、山岳は決して不毛の地ではなく、豊かな植生に恵まれ動物や植物が豊富なところも多いことから、山岳地帯に居住する人々もかなりの数にのぼる。可耕地に乏しい日本の山村において山は材木や燃料などの林産物を産出し、狩猟や交易、鉱山の経営など山稼ぎは山村の生業における重要な要素であった。また、傾斜の緩やかな地点を切り開いて焼畑を行ったり、段々畑、棚田を建設して農耕をおこなうことも世界中に広くみられる[36]。
また、特に低緯度地帯においては標高の高い山岳地帯は気温の高い低地に比べ温和な気候となるため、標高による空気の薄さを考慮しても必ずしも暮らしにくい地域ではない。このため、アンデス山脈やメキシコ高原、エチオピア高原といった地域は古くから栄え、独自の文明を築いてきた。現代においてもこれら地域は大きな人口を抱え、メキシコシティやボリビアのラパス、エチオピアのアジスアベバなどの大都市も存在している。
また、ユーラシア大陸中央部のチベット高原は標高が高く寒冷な地域であるが、牧畜を中心に古くから人類が居住し、一つの文化圏を形成してきた。こうした山岳地においては標高によって気温が変わるため土地利用が異なっており、特にアンデス山脈においてはやや標高の低く温暖な地域ではトウモロコシ、やや標高の高い地域ではジャガイモ、それより標高の高い地域では放牧を行うなど、高度によって明確に異なった土地利用を行っている[37]。
このほか、人々が山岳地帯に居住する理由としては鉱物資源の存在がある。農耕に不適で本来人間が居住できない地点においても、高価な鉱物資源の存在によって鉱山が開かれ多くの人々が生活していることは珍しくない。
世界の河川の多くは山岳地帯を源流としており、山岳に降り積もった雪は下流の住民のために水を貯蔵する機能を果たしている[38]。人類の半数以上は山からの水に依存して生活している[39][40]。
山岳は上記のように降雨を多くもたらすため、多くの国々で山岳地帯にダムを設け水資源確保や発電を行っている[41]。こうした山岳流水のエネルギーは古くから水車などで利用されており、20世紀後半以降は小規模水力発電が各所に設けられるようになった[41]。
信仰と観光
世界の多くの地域では、神聖な山として山に対する信仰が生まれている(山岳信仰)。
日本では富士山をはじめ主要な山々で山岳信仰が存在し、山岳信仰は特に修験道と結びつき、信仰の興隆に伴い登山者に宿所などを提供する御師が成立した。また、民間信仰においても山は異界へ通じる恐れの対象であると同時に、天候や生業に関わる神性な世界としても認識され、山の神や雨乞いなどに山に関する民俗が存在している。
山岳信仰には、山へ登るという形態もあれば、山を敬遠して眺めるだけという形態もあった。このうち前者が、近代に入って信仰色が希薄化・消滅し、余暇としての登山へと変わり、山は余暇・娯楽の場としてとらえられる様になっていった。現代では、登山のみならず、スキー、キャンプなど多様な余暇活動が行われている。
また、山を眺めることについても、信仰色が薄まっていき、現代では山岳展望という新たな余暇活動として楽しむ人が増えている。最近ではパワースポットの一つとして、富士山などの山がその対象の1つとなっている[42][43]。
また、超短波以上の周波数で発射する送信所の多くは山に設置されている。
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注釈
出典
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- ^
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