小川芋銭 小川芋銭の概要

小川芋銭

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/01/12 01:36 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動
河童の碑

来歴・人物

小川家は武家で、親は常陸国牛久藩大目付であったが、廃藩置県により新治県城中村(現在の茨城県牛久市城中町)に移り農家となる。最初は洋画を学び、尾崎行雄の推挙を受け朝野新聞社に入社、挿絵や漫画を描いていたが、後に本格的な日本画を目指し、川端龍子らと珊瑚会を結成。横山大観に認められ、日本美術院同人となる。

生涯のほとんどを現在の茨城県龍ケ崎市にある牛久沼の畔(現在の牛久市城中町)で農業を営みながら暮らした。画業を続けられたのは、妻こうの理解と助力によるといわれている。画号の「芋銭」は、「自分の絵がを買うくらいの銭(金)になれば」という思いによるという。

身近な働く農民の姿等を描き新聞等に発表したが、これには社会主義者の幸徳秋水の影響もあったと言われている。また、水辺の生き物や魑魅魍魎への関心も高く、特に河童を多く残したことから「河童の芋銭」として知られている。

芋銭はまた、絵筆を執る傍ら、「牛里」の号で俳人としても活発に活動した。長塚節山村暮鳥野口雨情などとも交流があり、特に雨情は、当初俳人としての芋銭しか知らず、新聞記者に「あの人は画家だ」と教えられ驚いたという逸話を残している。

芋銭の墓は1943年(昭和18年)、自宅近くの曹洞宗の寺院、稲荷山得月院(牛久市城中町258)に建てられた[1]

贋作が多く作られた作家でもある。そのため、公的機関が「小川芋銭の作品」を公費で購入する際、仮に贋作であるとすると無意味かつ税金の無駄であるため、購入の正当性や鑑定依頼先を巡ってしばしば議論になる[2]

年表

  • 1868年 - 江戸赤坂溜池の牛久藩邸で生まれる[3]。幼名、不動太郎[3]
  • 1871年 - 廃藩置県により新治県城中村に移住する。
  • 1879年 - 牛久小学校下等小学校第三級を卒業し上京、小間物屋に奉公する。
  • 1880年 - 桜田小学校尋常科第三級後期を卒業。本多錦吉郎の画塾、彰技堂に入り洋画を学ぶ[3]
  • 1887年 - 尾崎行雄の推挙を得て、『朝野新聞』に客員として入社する。
  • 1888年 - 磐梯山噴火の惨状をスケッチし新聞に掲載。
  • 1893年 - 父親の命により牛久に戻り農業に従事する[3]
  • 1896年 - 渡辺鼓堂の推奨により『茨城日報』に漫画が採用される。
  • 1900年 - 句会『水月会』に入会。
  • 1904年 - 幸徳秋水らが主催する『平民新聞』に漫画を描き始める。文芸運動の『木星会』の結成に参加。
  • 1908年 - 初の画集『草汁漫画』を刊行。
  • 1911年 - 俳誌「ホトトギス」の表紙画・挿絵を描く。
  • 1911年 - 東京・大阪三越で漫画展を開く。
  • 1915年 - 川端龍子らと『珊瑚会』設立。
  • 1917年 - 珊瑚会展に出品した「肉案」が横山大観に認められ日本美術院同人に推挙される。
  • 1922年 - 茨城新聞社社長飯村丈三郎古希記念画冊を描く。
  • 1923年 - 茨城美術展の顧問になる。
  • 1935年 - 帝国美術院参与となる。
  • 1938年 - 牛久の自宅で死去[3]

主な作品

画集等

  • 草汁漫画(1908年)
  • 三愚集(1920年):小林一茶の句を夏目漱石が書き芋銭が画を付けたもの。
  • 芋銭子開七画冊(1928年)
  • 俳画の書き方(1934年)
  • 河童百図(1938年)

  1. ^ 芋銭の散歩道(牛久市観光協会)
  2. ^ 牛久市議会平成18年第4回定例会、同平成23年第4回定例会など
  3. ^ a b c d e 小川芋銭 東京文化財研究所 2018年8月10日閲覧。
  4. ^ 増田れい子著『母・住井すゑ』(海竜社 1998年1月)


「小川芋銭」の続きの解説一覧



小川芋銭と同じ種類の言葉


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

カテゴリ一覧

全て

ビジネス

業界用語

コンピュータ

電車

自動車・バイク

工学

建築・不動産

学問

文化

生活

ヘルスケア

趣味

スポーツ

生物

食品

人名

方言

辞書・百科事典

すべての辞書の索引

「小川芋銭」の関連用語

小川芋銭のお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング



小川芋銭のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの小川芋銭 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2019 Weblio RSS