対馬 産業

対馬

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/20 05:42 UTC 版)

産業

対馬の漁港

農林業

全島が山林におおわれ平地は少なく、農業は全般的にふるわない。明治時代まで山地の焼畑によるアワヒエ、ソバ、ダイズがつくられたが、現在はコメのほか、普通畑によるサツマイモジャガイモが主である。林業は、かつては薪炭材やパルプ材として利用されてきたが、今日ではスギやヒノキが重要性を増しており、ヒノキは「対馬ひのき」としてブランド展開されている。豊富なコナラの資源を利用したシイタケ栽培もさかんで、とくにドンコの品質には定評がある[11]

水産業

漁業は対馬の基幹産業のひとつで、伝統的に対馬近海や日本海でのイカの一本釣漁がさかんで、スルメが特産であった。タイブリなどの一本釣漁、沿岸での定置網漁もおこなわれている。日韓漁業協定による共同規制水域の設定により出漁隻数の制限を受け、漁獲高は年々減少しており、アワビは密漁による被害を受けている[11][45][46]。また、浅茅湾を中心に真珠の養殖がさかんであり、これは大正時代より始まったものである。

民俗

朝鮮動乱のなか対馬を踏査した民俗学者宮本常一は、鎌倉時代宗家来島以来の古文書をもっている旧家が幾つかあることに注目し[21]、全く同じ土地で600年もの間、人びとが生活し続け、しかも、中世の宛行状や安堵状にみえた田畑を今日まで作続けていることについて「世の中にこういう世界もあるのか」「中世がそのままといいたいほど残っている」と驚嘆している[21]。しかし、宮本の言う中世とは厳格な史料批判に基づいたものではなく、歴史学の観点からは批判が多い。ただし、『忘れられた日本人』 (1960) に収録された対馬に関する聞き書きは[47]、村の意志決定過程や身分制度、女性の在り方などに関する貴重な記録になっている。

九学会連合対馬調査

対馬における本格的な民俗学調査は1950年から1951年におこなわれた九学会連合対馬調査にはじまる[11][21]。調査報告書である『対馬の自然と文化』(1954) はその後の研究の基礎となった[48]。その結果、対馬は、身分制度の本戸と寄留、聖地と村落の独自の構成、年齢集団や隠居制家族、親分・子分関係、天道(天童)信仰など、多くの重要な文化項目が認められ、民俗学的にきわめて貴重な地域であることが指摘できる[11]

対馬の社会構造

対馬では旧士族村落に居住し、本戸(山林や海浜の共有権を持ち村落の社会運営にたづさわる家)や寄留(次三男以下、あるいはタビノモンと呼ばれる他から来住した者)などとともにきびしい身分制度があり、新戸(明治になって分家した家)もふくめ、村落のさまざまな権利関係や祭祀運営などにおいて特別な秩序があった。この身分制度は、東北日本型村落の親分子分による同族型(家連合)とは異なり、本戸の平等性を維持する。本戸の数が村ごとに一定数に定められていたのは、資源確保の意味があった。そして、隠居制家族や年齢集団などでは西南日本型村落の要素が強くみとめられる。[11][21]

生業の特色

かつて重要な役割を果たした焼畑は今日では衰退している。また、壱岐・対馬・五島列島山陰北陸など広い範囲で活動した筑前国鐘崎海人(海士・海女)は、中世前半に宗氏が鐘崎を領有していたところから対馬でも漁業権を得たものであるという。なお、江戸時代には、採集したアワビを乾燥させ、俵物などとして中国へ輸出することも多かった。

対馬方言

対馬方言は、九州方言に属し、かつては朝鮮語との関係を期待されて、その観点から多くの日本語との比較言語学的研究がなされた一時期もあったが、今日では語彙における借用語以上の共通性は見られないことが判明している。

対馬の民話

古くから対馬で言い伝えられてきた民話としては、「狐の仇うち」「夕影山の主」「美女塚」「京のさかづき」などがある[22]

わらべ唄

手毬つき唄[49]

さてもみごとな 万松院のさくら
宵につぼんで 夜中にひらく
朝の六つから ちらほらと ちらほらと

お手玉唄[50]

ひと ふた ちょうろくさん

なんぼが豆腐
豆腐がにんじん
にんじんが山椒
山椒が椎茸
椎茸がごぼう
ごぼうがローソク
ローソクが七輪
七輪が羽釜
羽釜が鯨
鯨が百匁

石屋根

対馬特有の景観として、板状の粘板岩や頁岩で屋根を葺く「石屋根」と呼ばれる建物がある。おもに高床倉庫などに用いられる。

天道信仰

対馬の山岳信仰太陽崇拝、母子神信仰、真言宗が習合して神仏混淆の天道信仰が展開した。根拠地は南の豆酘と北部の佐護湊である。『天道縁起』(元禄3年・1690。豆酘・主藤家蔵)によれば、ある女が太陽に感精して孕んで天道を生んだ。長じて霊験を表わし空中を飛んで朝廷に至り病気を治し、帰国後に山中の龍良山に祀られたと説く。山上に御子神、山麓の水辺に母神を祀る。観音信仰や八幡信仰と結びつく。遥拝所は浅藻に八丁角という塔が積まれた聖地がある。『津島紀事』(文化6年・1809)には、ウツロ船に乗った女御が内院に流れ着き、朝日の光で感精して天道を生んで霊験を表し山に祀られたと説く。豆酘では天道信仰は供僧くぞうと呼ばれる人々が、神前読経で神仏混淆で多久頭魂神社(たくつたま。旧観音堂)に奉仕し、旧暦正月10日に天道法師がもたらしたとされる赤米の頭渡し行事を行う[51]。『対州神社誌』(貞享3年・1686)には、島内各地で男女の法者ほさ命婦みょうぶが神仏混淆の祭祀を行う実態が描かれている。元禄15年(1702年)に藤氏が総宮司職に就任して復古神道を取り込み、社名や祭神を古代の神話にあてはめて以来、対馬神道と呼ばれる独自の祭祀が展開した。対馬の神社を式内社に比定する動きが高まり29社の考証が行われた[52]

うつぼ舟 

対馬にはうつぼ舟やそれに類似する伝承が多く存在する。例えば以下の通りである。

  • 対馬市の久原の伝承では、浜に流れ着いた朝鮮王族の姫から財宝を奪って殺し、その祟りで佐奈豊の村が滅んだというものがある[53]
  • 久原から程近い女連の佐奈豊には、朝鮮出兵時に某という武将によって対馬に連れて来られた(あるいは不義をして舟で流された)宣祖の娘(李昖王姫)のものとされる墓がある[53]
  • 上対馬町の三宇田には、「はなみごぜ(花宮御前)」という高貴な女性が財物と共に流れ着いたが、三宇田村の住人に殺害され財物を奪われ、祟りを恐れた住人は花宮御前を祀ったものの、祟りのせいで住人は絶え村は廃村となってしまったという伝承がある[53]。ただし、花宮御前は黒田藩の女性であり、キリシタンとなったため、黒田藩を追い出され三宇田に至ったという伝説も存在する[54]
  • 豆酘には高皇産霊尊とされる霊石(高雄むすふ)がうつぼ舟に乗って流れ着いたので、神として祀られた(現在も多久頭魂神社内に高御魂神社がある)[55]
  • 天道法師の母は一般的に内院の照日某の娘とされるが、都にて不義をして懐妊し、対馬に流され着いた女官とする伝承も存在する[55]
  • 豊玉町貝口には、高貴な姫とその侍女達や宝物が流れ着いたが、住人が姫達を殺害して宝物を奪ったという伝承がある[53]

祭祀と葬制

木坂と青海には海辺の石を積み上げて「ヤクマの塔」を造り、旧暦6月初午の日に神饌を供えるヤクマ祭りの祭祀がのこっている。麦の収穫を感謝し天道を祀る行事である[56]。対馬の各所で行われた習俗であったが、現代では両地区にのみに継承されている[57]。また、木坂と青海には「埋め墓」と「詣り墓」を別に設ける両墓制という独特の葬制がある。木坂は海神神社(旧木坂八幡宮)に奉仕する社人の集落であったという要因が大きい。両墓制は佐護湊や豆酘でも行われていた[58]

行事

  • 旧暦正月3日 - 豆酘・雷神社の亀卜行事(亀の甲を焼き、生じたひび割れによって吉凶を占う神事。豆酘の岩佐家の世襲行事。藩政時代には仁位で亀卜、佐護では鹿の骨の占いがおこなわれていたという記録がある)。
  • 旧暦正月10日 - 豆酘の赤米頭受行事

詳細は対馬の旧正月を参照。

  • 旧暦6月初午の日 - 木坂・青海のヤクマ祭り
  • 8月第1土・日曜日 - 対馬厳原港まつり
  • 11月12日13日 - 小茂田浜神社大祭(神官が元軍を想定して海に向かって弓を射る神事がある)。

豆酘集落

2009年(平成21年)、豆酘つつ集落が、「海士による潜水漁や赤米の栽培・神事など、古い文化を残す。供僧が天道の祭りに奉仕する形態が残る[59]里山を利用した養蜂や在来種ソバの栽培も盛ん」として「にほんの里100選」(朝日新聞創刊130周年・森林文化協会創立30周年記念事業)に選ばれた[60]

韓国との交流

対馬の韓国での呼称

韓国では長らく、「対馬島(對馬島)」を朝鮮漢字音で読んだ「대마도(テマド/Daemado)」という呼称を使用していた。

現行の外来語表記法制定以降、韓国政府や行政が公式に出版する資料では原音に合わせ「쓰시마섬(スシマソム/Sseusimaseom、つしま+「島」の固有語)」と表記されるが、民間などでは従来通りの「대마도」が慣用的に使われる場合もある。

交流の概況

対馬は1990年代頃から、日韓交流の拠点となるべくイベントの開催等さまざまな活動を行っており、なかでも厳原港みなと祭は島最大のイベントとなっている。他にも国境マラソンin対馬、対馬ちんぐ音楽祭などがある。

さらに島内のほとんどの道路標識に朝鮮語を併記するなど、観光客の誘致に力を入れている。また、対馬島内の複数の中学校が韓国内の中学校と姉妹校縁組を締結しておりホームステイなどの交流を行なっている。対馬市は釜山広域市の影島区と姉妹都市提携を結んでおり、釜山市内に市の事務所を構えている。長崎県が推定した2007年度の韓国人観光客による経済効果は21億6,000万円としている[61]

2013年には対馬仏像盗難事件などの影響もあり、韓国との種々の交流行事がストップしたが2014年には交流を再開した[62]

しま交流人口拡大特区

長崎県は、対馬全域を「しま交流人口拡大特区」として構造改革特別区域提案・申請し、2003年(平成15年)11月28日に認定された[63]。この認定により、以下の事業が可能になった[3]

  • 韓国人団体旅行者などが短期滞在型査証の発給を受ける場合、その手続きが簡素化される。
  • 長崎県立対馬高等学校国際文化交流コースにおいて、学校設定単位として、韓国との関係を重視した教科・科目を25単位設置する。

注釈

  1. ^ 平成28年三角点標高成果の改定に伴う標高変更で649mから648mと1m低くなった。[9]尚、山頂にある三等水準点の標高は648.40m[10]
  2. ^ 三等三角点 基準点名:真石、基準点コード: TR35129129001
  3. ^ 二等三角点 基準点名:男竜良、基準点コード:TR25129117701
  4. ^ 一等三角点 基準点名:有明山、基準点コード:TR15129224101
  5. ^ 峰町歴史民俗資料館の展示物
  6. ^ 正確には『三国志』魏書・東夷伝・倭人
  7. ^ 阿連(あれ。厳原町)の采女、玉調(たまつき。美津島町)の生まれ、遊女など、諸説あって定かでない。
  8. ^ 4月1日段階の推計。

出典

  1. ^ IHO (1953)「Limits of Oceans and Seas
  2. ^ 離島振興対策地域一覧(平成18年3月31日現在) (PDF) 5p
  3. ^ a b しま交流人口拡大特区構造区域特別区域計画 (PDF)
  4. ^ 対馬市市勢要覧 (PDF) 3p 島のプロフィール
  5. ^ a b 国立天文台編『平成19年 理科年表』p.565 ISBN 4-621-07763-5
  6. ^ http://www.city.tsushima.nagasaki.jp/web/updata/jinko43109.pdf
  7. ^ 長崎県離島振興計画 長崎県、2018年7月22日閲覧。
  8. ^ a b c d 『民力 2004』p.159
  9. ^ 日本の主な山岳標高〔更新内容(平成21年度以降)はこちらをご覧下さい。〕 (PDF)”. 国土地理院. 2016年5月11日閲覧。
  10. ^ 基準点成果等閲覧サービス”. 国土地理院. 2016年5月11日閲覧。 “基準点コード TR35129211801”
  11. ^ a b c d e f 平凡社『世界大百科事典18』(1988) p.564
  12. ^ 平年値ダウンロード”. 気象庁. 2021年6月閲覧。
  13. ^ 観測史上1〜10位の値(年間を通じての値)”. 気象庁. 2021年6月閲覧。
  14. ^ 水と緑のキャンペーン2007 | KBC九州朝日放送
  15. ^ a b “対馬の森 市が購入 ツシマヤマネコ生息地 競売中止へ”. 産経新聞. (2013年8月29日). http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130829/dst13082923430017-n1.htm 2013年8月31日閲覧。 
  16. ^ a b 岡崎 (2003)
  17. ^ 伊東ひとみ『地名の謎を解く』新潮社、2017年、10頁
  18. ^ a b 新川(1998)pp.43–44
  19. ^ a b c d e 田中健夫(1974)
  20. ^ 佐伯(1998)p.77
  21. ^ a b c d e 宮本常一(1978)pp.162–164
  22. ^ a b 吉松・浜名編『日本の民話 21』(1978)pp.223–232
  23. ^ a b c d 対馬の歴史 - 対馬観光物産協会
  24. ^ 申叔舟『海東諸国紀 朝鮮人の見た中世の日本と琉球』田中健夫訳注、岩波文庫、1991年、194〜223頁、ISBN 4-00-334581-9
  25. ^ a b c 長(1981)p.96
  26. ^ 『ランドジャポニカ』(1996)p.747
  27. ^ a b 対馬ポータルサイト[リンク切れ](対馬新聞社)
  28. ^ a b c 長(1981)p.94
  29. ^ 高橋 (2001)
  30. ^ a b 対馬島庁文書 (PDF) (独立行政法人水産総合研究センター中央水産研究所
  31. ^ ウィキソースには、町村制ヲ施行セサル島嶼指定ノ件 (明治22年勅令第1号)の原文があります。
  32. ^ ウィキソースには、沖繩縣及島嶼町村制ヲ鹿兒島縣大島郡及長崎縣對馬國ニ施行の原文があります。
  33. ^ 長崎縣令第二十號『対馬の各町村合併及びその名称に関する件〔1〕〔2〕 』長崎県公報 明治41年3月25日付号外
  34. ^ 長崎縣告示第百二十四號『下県郡厳原町の内大字久田分割の件』長崎県公報 明治45年3月2日付号外
  35. ^ ウィキソースには、長崎縣對馬國等ニ於ケル町村制度ニ關スル件の原文があります。
  36. ^ a b c 『対馬新聞』に思う - 東京対馬館2006.10
  37. ^ 歴史年表 - 対馬観光物産協会
  38. ^ 4・3事件犠牲者の遺体、日本から済州送還を本格推進 中央日報 2002.10.01
  39. ^ 「厳原港」(文化百選みなと編)(長崎新聞ふるさと探訪)
  40. ^ 蒙古襲来がテーマの海外ゲーム『Ghost of Tsushima』はなぜ大ブレイクしたのか?” (日本語). 日刊SPA!. 扶桑社 (2020年8月1日). 2021年5月27日閲覧。
  41. ^ INC, SANKEI DIGITAL (2020年12月2日). “観光の島・対馬、「脱韓国観光客一本足」へ日本人誘客に本腰” (日本語). 産経ニュース. 2021年5月26日閲覧。
  42. ^ GORT Real Tsushima” (日本語). GORT Real Tsushima. 2021年5月26日閲覧。
  43. ^ ゴーストオブツシマ、対馬市永久アンバサダーと公式サイトについて” (日本語). 本物が息づく島 対馬観光物産協会 (2021年3月5日). 2021年5月26日閲覧。
  44. ^ 『Ghost of Tsushima』映画化決定のお知らせ” (日本語). PlayStation.Blog (2021年3月26日). 2021年5月26日閲覧。
  45. ^ 2003年度、対馬市市勢要覧 DATA(資料編) (PDF) 56p下段 主な魚種別漁獲量の推移
  46. ^ a b 密漁の海・対馬海峡-繰り返されていた領海侵犯 - テレビ朝日「報道ステーション」2006年10月18日放送
  47. ^ 宮本常一『忘れられた日本人』未来社 (1960) 。岩波文庫、1984年
  48. ^ 九學會連合對馬共同調査委員會編『対馬の自然と文化』古今書院 (1954)
  49. ^ 吉松・浜名編『日本の民話 21』(1978) p.247
  50. ^ 吉松・浜名編『日本の民話 21』(1978) p.248
  51. ^ 鈴木棠三『対馬の神道』三一書房 (1972)
  52. ^ 永留久恵『海神天神 - 対馬の風土と神々』白水社 (1988)。『対馬国志』私家版 (2009)
  53. ^ a b c d http://takesue.co.jp/history/29-2.html
  54. ^ http://takesue.co.jp/history/30-2.html
  55. ^ a b 鈴木棠三『対馬の神道』(三一書房、1972年)
  56. ^ 鈴木正崇「対馬・木坂の祭祀と村落空間」「対馬・青海の祭祀と村落空間」『祭祀と空間のコスモロジー』春秋社 (2004)
  57. ^ ヤクマの塔 - 対馬の民俗&伝統行事
  58. ^ 木坂地区(長崎県対馬市峰町木坂) - 写真満載九州観光
  59. ^ 鈴木正崇「対馬・豆酘の祭祀と村落空間」『祭祀と空間のコスモロジー』春秋社(2004)
  60. ^ にほんの里100選「豆酘」
  61. ^ “韓国人観光客の対馬市来訪 経済効果21億6000万円 07年、長崎県推計”. 西日本新聞. (2009年4月29日). http://qnet.nishinippon.co.jp/travel/busan/news/20090429/20090429_0001.shtml 2009年12月6日閲覧。 
  62. ^ 日韓2万人参加の対馬厳原港まつり中止へ”. 長崎新聞. 2020年5月10日閲覧。
  63. ^ 構造改革特区について(長崎県)
  64. ^ 「対馬にごみ襲来 ドラム缶や注射器、韓国などから」-2009年2月27日読売新聞
  65. ^ 対州馬(原出典は国勢調査)
  66. ^ a b c 対馬市地域公共交通総合連携計画 (PDF)
  67. ^ 対馬市長「来島自粛を」 動画サイトで呼び掛け”. 長崎新聞. 2020年5月10日閲覧。
  68. ^ [h “「新過疎法」の制定促進を求める意見書”] (プレスリリース), 長崎県議会, (2009年12月17日), h 2010年5月29日閲覧。 
  69. ^ “対馬は今「小さな韓国」”. 中央日報. (2006年1月10日). http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=71565&servcode=400&sectcode=400 2009年12月6日閲覧。 
  70. ^ a b c d 小島健一 (2009年11月9日). “対馬が危ない! 小島健一 (神奈川県議)”. 草莽全国地方議員の会. 2009年12月12日閲覧。
  71. ^ 長崎新聞 2012年11月9日 【地域】「宝の島」対馬で文化財が次々に窃盗被害…韓国に流出、闇取引される可能性も 防犯体勢整わず
  72. ^ “今日の歴史(1月7日)”. 聯合ニュース. (2009年1月7日). http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2009/01/07/0200000000AJP20081222003300882.HTML 2010年1月2日閲覧。 
  73. ^ “韓国、サンフランシスコ講和条約で対馬領有権を要求”. 朝鮮日報. (2005年4月10日). http://www.chosunonline.com/article/20050410000024 2010年1月2日閲覧。 
  74. ^ “馬山市議会が「対馬島の日」条例を可決”. 朝鮮日報. (2005年3月18日). http://www.chosunonline.com/article/20050318000076 2010年1月2日閲覧。 
  75. ^ “"'대마도의 날' 폐지 못해"” (韓国語). 釜山日報. (2006年11月2日). http://news.naver.com/news/read.php?mode=LSD&office_id=082&article_id=0000112326 2010年1月2日閲覧。 
  76. ^ “한국일보 : "대마도는 한국땅, 즉각 반환" 국회 결의안 발의(国会決議 『対馬は韓国の地 すぐに返還を』)” (韓国語). 韓国日報. (2008年7月21日). http://news.hankooki.com/lpage/politics/200807/h2008072119143721060.htm 2010年1月2日閲覧。 
  77. ^ “「日本に対馬返還要求すべき」賛成50.6%”. 中央日報. (2008年7月27日). http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=102897&servcode=400&sectcode=400 2010年1月2日閲覧。 
  78. ^ アジア経済(韓国語) "対馬は私たちの土地"与野党の議員37人対馬フォーラム創立 [1]
  79. ^ 田中健夫 (1997) p.15
  80. ^ 九州大学デジタルアーカイブ・海東諸国紀
  81. ^ 長崎新聞2008年7月22日
  82. ^ a b “【動画】竹島問題で韓国退役軍人が抗議 対馬市民反発で現場騒然”. 長崎新聞. (2008年7月24日). オリジナルの2012年9月4日時点におけるアーカイブ。. https://archive.is/20120904174551/http://www.nagasaki-np.co.jp/douga/20080723/03.shtml 2010年5月31日閲覧。 
  83. ^ “男3人がソウル日本文化センターの図書閲覧室を一時占拠 「対馬は韓国領土」”. 産経新聞. (2009年3月26日). http://sankei.jp.msn.com/world/korea/090326/kor0903262348004-n1.htm 2010年1月10日閲覧。 
  84. ^ “「対馬は韓国領」 韓国人の男、日本大使館放火未遂で拘束”. 産経新聞. (2009年11月5日). http://sankei.jp.msn.com/world/korea/091105/kor0911051250002-n1.htm 2010年1月2日閲覧。 
  85. ^ “「日本の天照大神のルーツは韓国」「西郷隆盛も韓国人」「対馬は韓国の領土」…!統一教会教祖の過激すぎる発言録”. 週刊現代. (2022年11月19日). オリジナルの2022年11月20日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20221120013817/https://gendai.media/articles/102257?page=2 
  86. ^ “ハンナラ党「韓国の教科書に対馬領有権を記述しよう」”. 産経新聞. (2010年4月2日). http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=127828&servcode=200&sectcode=200 2010年4月7日閲覧。 
  87. ^ a b c “【対馬が危ない!】防人新法、作業着手へ 議連、政府に早急調査求める”. NSN産経ニュース (産経新聞社). (2009年1月15日). https://megalodon.jp/2008-1222-1351-08/sankei.jp.msn.com/politics/policy/081220/plc0812202227008-n2.htm 2009年12月12日閲覧。 
  88. ^ 金成萬 (2007年7月13日). “우리 땅 '독도'를 지키자” (韓国語). Korean National Security Net. 2009年12月5日閲覧。
  89. ^ “【対馬が危ない!】日本に帰化韓国人男性 海自施設で不可解行動”. MSN産経ニュース (産経新聞社). (2009年6月9日). http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/090609/plc0906090121000-n1.htm 2009年12月5日閲覧。 
  90. ^ 韓国が北朝鮮と組んで「対馬奪回」作戦 ベストセラー『千年恨 対馬島』の荒唐無稽 Jcast news 2013/9/27
  91. ^ a b c d e 「対馬の自衛隊増強を」市長と市議会1個連隊常駐など要望 朝雲ニュース 2009年1月29日
  92. ^ 宮本雅史 (2008年12月20日). 産経新聞. http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/081220/plc0812202227008-n2.htm = 【対馬が危ない!】議員団、現地視察で驚いた! 韓国資本の買収地は旧日本軍港だった 2009年12月12日閲覧。 
  93. ^ 宮本雅史、池田証志 (2008年12月28日). “【対馬が危ない!!】防衛相、外相ともに危機感表明 「政府で検討」対応前進”. iza! (産経新聞社). https://megalodon.jp/2009-0107-0911-35/www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/199784/ 2009年12月12日閲覧。 
  94. ^ 宮本雅史 (2008年10月21日). “【対馬が危ない】(上)韓国、不動産相次ぎ買収”. MSN産経ニュース (産経新聞社). http://sankei.jp.msn.com/life/trend/081021/trd0810210907005-n1.htm 2009年12月5日閲覧。 
  95. ^ “永住外国人への地方参政権付与の法制化に反対する意見書” (プレスリリース), 長崎県議会, (2009年12月17日), http://www.pref.nagasaki.jp/gikai/2111teirei/tayori2111_ikensyo.html 2010年1月16日閲覧。 
  96. ^ 対馬宗家文書の世界「桟原屋形」九州国立博物館
  97. ^ 大船越瀬戸と大船越橋(長崎県対馬市美津島町大船越) - 写真満載九州観光
  98. ^ 対馬野生生物保護センター
  99. ^ 島の宝100景「ツシマハチミツ・蜂洞」
  100. ^ 対馬の釣り情報(対馬新聞社)
  101. ^ 対州馬
  102. ^ 長 (1981) pp.92–93
  103. ^ ANAウイングスの機材・乗務員による運航
  104. ^ 全日本空輸(ANA)とコードシェア
  105. ^ http://japan.busan.com/jp/news/sub2.asp?num=678
  106. ^ 会社概要 - 対馬市CATV






固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「対馬」の関連用語

検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



対馬のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの対馬 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2022 GRAS Group, Inc.RSS