対馬 外交問題

対馬

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外交問題

韓国の対馬領有権主張

李承晩時代
1949年1月17日大韓民国(韓国)初代大統領李承晩は「対馬は韓国領」として日本に「返還」を要求した[72]。また、第二次世界大戦後に日本を占領した連合国軍総司令部 (GHQ) に対し、韓国の李承晩政権は竹島だけでなく対馬についても「歴史的にこの島は韓国の領土であり、日本によって強制的、不法に占領された」と述べ[73]、日本からの割譲を要求したが、GHQからは「根拠がない」として拒否された。
「対馬島の日」
2005年3月18日、韓国慶尚南道馬山市議会は、島根県議会の「竹島の日」に対抗すると称して、「対馬島の日(대마도의 날)」条例を可決した。条例は「対馬島が韓国領土であることを内外に知らしめ、領有権確立を目的とする」と規定している[74]。これに対して韓国政府は馬山市に条例の撤回を要請した。また、対馬市議会の波田政和議長は2006年10月6日、馬山市議会に「対馬島の日」条例の廃止措置を要請したが、馬山市議会は「対応する価値がない」として条例を廃止しないことを明らかにした[75]2012年に馬山市が合併により昌原市となった後も、同市により同様の条例が再制定されている。
「対馬の領土を要求する韓国議員連盟」
現在の韓国政府は李承晩時代のように、公式に対馬の領有主張を行ってはいないが、2008年7月21日、韓国のハンナラ党ホ・テヨルチョン・カビュン議員ら50人余の国会議員が「対馬は韓国の領土であり、日本は対馬を韓国政府に即時返還すること」を求める『対馬の大韓民国領土確認および返還要求決議案』を提出し、韓国国会の外交通商統一委員会に付託された[76]
同案に対して世論調査機関リアルミーターが2008年7月に実施した19歳以上の男女700人を対象にした世論調査によると「日本に対馬返還要求すべき」との主張に賛成する人は50.6%、反対意見は33.5%である[77]。2010年9月、「対馬は歴史的、文化的、人種的に私たちの領土であることが明らかであるにも関わらず、対馬に対する私たちの関心は初代制憲国会での領有権主張とサンフランシスコ講和会議での返還要求以後、事実上一度もない状態で現在に至った」と主張する韓国議員37名が、日本が不法に強制占領している対馬を早く返還させるための議員連盟を結成した[78]
領有権主張の歴史的根拠
李氏朝鮮が応永の外寇の最中、朝鮮国王世宗宗貞盛に宛てた書簡に「対馬の島たる、慶尚道の鶏林に隷す。本是れ我が国の地なり。載せて文籍に在り。昭然考うべし」と記し、2年後、対馬から朝鮮に派遣された使者は「本島(対馬)は本大国の牧馬の地なり」との返事を送った記録がある(『朝鮮世宗実録』元年7月庚申条及び3年4月己亥条)。この返答は偽使によるものと考えられ、15世紀の対馬の人びとに朝鮮への帰属意識があった証拠とはならないが、朝鮮側のこうした対馬観を当時の倭寇鎮圧にみられる強硬策の背景として考えることはできる[79]
申叔舟海東諸国紀』(1471年)の「日本国対馬嶋図」
その後、朝鮮の領議政宰相)であった申叔舟1471年に編纂した『海東諸国紀』は日本国対馬島の図[80]を掲載し、本文では対馬島を「日本国西海道に属す」として島内の事情を詳述している。16世紀に刊行された朝鮮の地理書『新増東国輿地勝覧』の「八道総図」には対馬が明確に朝鮮領として記述はしていないものの、地図には朝鮮に隣接する領土外地域もともに描かれており、北方国境である鴨緑江豆満江北側のの領土が地図内に描かれているとともに対馬も描かれている。この「領土外地域」を、現代の韓国では「八道総図」で対馬が朝鮮領として描かれていると解釈して、これを根拠に対馬は韓国領だとする主張がある。
対馬市長の声明
2008年7月、これらの韓国側の主張に財部能成対馬市長は「主張は自由だが、対馬は先史時代以降ずっと日本。『魏志倭人伝』にも倭国の中に入っている。対馬が韓国領土というのはあり得ない」との声明を発表した[81][82]
2008年7月23日、韓国の退役軍人らで構成する抗議団21人が対馬市役所前で「独島は韓国領土、対馬も韓国領土」と主張する横断幕を掲げ抗議活動を展開、一部の市民と道路を挟んで対峙し、怒号が飛び交うなど騒然とした雰囲気に包まれた[82]2009年3月26日には、ソウルにある日本文化センターに火炎瓶のようなものをもった3人組の男が侵入し、「対馬は韓国領土」などと書いたビラを持って立てこもった[83]。同年11月4日には、「対馬は韓国領」と記載された文書や刃物などを持ちこんで、在大韓民国日本国大使館放火し、大使館員を人質にしようとした男が逮捕された[84]。このほか市民団体活貧団ファルビンダンなども「対馬は韓国領土」と継続して主張し、活動している。
「日韓トンネル」と世界平和統一家庭連合(旧統一教会)教祖・文鮮明の主張

1981年に「日韓トンネル」の建設を提唱し、1982年に「国際ハイウェイ建設事業団」を設立した世界平和統一家庭連合(旧統一教会教祖文鮮明は、日韓トンネルの経由地点候補地となっている対馬について、「釜山から対馬が見えるでしょう。対馬は韓国の領土なんです」「小さな島から進んでいけばいいでしょう。対馬に朝鮮総連民団移住すれば、自動的に韓国と連結されるのです」と発言しており、「対馬は韓国の領土」「朝鮮総連と民団は対馬に移住せよ」と文鮮明は主張している[85]

歴史教科書への領有権記載運動
2010年4月1日、韓国の政府与党であるハンナラ党は韓国の歴史教科書(国定国史教科書)に、対馬の領有権についての記述を推進することを決定した[86]

防衛問題

日本側の防衛体制

対馬には陸上自衛隊対馬警備隊海上自衛隊対馬防備隊、および航空自衛隊第19警戒隊が置かれているが、超党派の議員連盟日本の領土を守るため行動する議員連盟自民党真・保守政策研究会が2008年12月に現地で行った調査では、必要な艦船・航空機の欠如、少数の要員(全体で700人)、実弾の供給不足に起因する隊員の訓練不足が指摘され、防衛機能を果たすには不十分な状況にあることが明らかにされている[87]。また、現地における自衛隊の国防意識が希薄になっている現状も指摘され、防衛上の新法作成が必要との提言がなされている[87][70]後述)。

韓国側の動き

韓国海軍作戦司令官の金成萬は、2007年(平成19年)に対馬への軍事侵攻計画を作成するよう韓国政府に進言している[88]

2008年には、韓国軍退役軍人の団体が対馬市役所前で指を噛み切り、韓国国旗に血書で「独島は韓国領土」などと書きこむ事件が起きた[70]。2009年には、在日本大韓民国民団(民団)対馬島地方本部事務局長の妻を持つ、日本に帰化した元韓国人男性が20年間にわたって自衛隊員との親密な交流を深めながら、基地を訪れては自衛隊の演習や人員配置などを書き写していることが報じられている[89]。2013年には観光客として対馬に潜入した数千人の工作員と韓国系自衛官などが韓国・北朝鮮政府に協力して対馬を征伐奪回するとした書籍が韓国でベストセラーとなる[90]

対馬島民による自衛隊増強要請

2009年1月29日、財部能成対馬市長、作元義文対馬市議会議長をはじめとする対馬市民が防衛省を訪れて対馬市議会作成の自衛隊増強の嘆願書を提出している[91]。要望書の概要は以下の通り

陸上自衛隊
現在の部隊規模では侵攻に対する抑止力が不十分であり、実効的対応は極めて困難であるため、1個連隊規模の常駐部隊の配置、ヘリ部隊の配置、演習場の確保、装備弾薬の集積地の確保など[91]
海上自衛隊
イージス艦を始めとする護衛艦専用岸壁の整備、哨戒ヘリ、ミサイル艇の常備配備、それらを支援する部隊の常駐など[91]
航空自衛隊
大型輸送機による離着陸を可能とする空港、訓練場の整備など[91]

自衛隊増強要望書提出に際しては、島民は、対馬が古来より現在まで変わることなく国境の最前線であるという認識を持ち続けていることを理由として掲げている[91]

韓国資本の土地買収問題

2008年頃から韓国資本が対馬で土地の買い占めを行っているとの報道がなされるようになり、浜田靖一防衛大臣は「政府で検討すべき問題」、中曽根弘文外務大臣は「わが国の領土を守るのは国家の最重要課題」と国会で答弁した。

また、海上自衛隊対馬防備隊本部の隣接地で旧日本海軍の施設のあった土地の所有者が自衛隊への売却を希望したが、自衛隊側が買収予算計上に時間をかけている間に、韓国資本が日本人名義で土地を買収し、リゾート施設を建設したことも明らかになった[70]。2008年12月20日に超党派の国会議員グループ11人が対馬を公式視察した際、視察団長の平沼赳夫はこの件に触れ、海上自衛隊が危機意識を感じていないとして「領土意識が希薄になっていることを象徴している」と危機感を表明し、国境対馬振興特別措置法(防人の島新法)制定の必要性を訴えた[87][92][93]

2008年11月12日の合同会議では、韓国資本による不動産買い占めは5500坪(島全体の0.26%)におよぶことが報告された。新法では、国防機関の設置や領土保全に対する特別措置などを盛り込むよう求めた。ただし、韓国人が日本人名義で不動産の買収を行うケースもあるため、実際の買収状況を把握することは困難という指摘がある[94]

外国人参政権問題

長崎県議会からは、外国人参政権について日韓両国は相互主義の成り立つ条件にないことを指摘したうえで、「長崎県は、対馬の問題を抱えている。対馬は韓国領だと主張する韓国人がいて、実際に韓国資本により対馬の土地の多くが買われ、韓国人が移住しているという現在、もし、在日韓国人に地方参政権が与えられたとしたら、韓国政府の意向を受けた地方公共団体の長や議員が誕生し、実質的に対馬を韓国領とされてしまうという悪夢が実現するのではないかという大きな懸念を持っている」として、外国人参政権付与に反対する意見書が鳩山由紀夫内閣総理大臣、平野博文官房長官、横路孝弘衆議院議長、江田五月参議院議長などに提出されている[95]


注釈

  1. ^ 平成28年三角点標高成果の改定に伴う標高変更で649mから648mと1m低くなった。[9]尚、山頂にある三等水準点の標高は648.40m[10]
  2. ^ 三等三角点 基準点名:真石、基準点コード: TR35129129001
  3. ^ 二等三角点 基準点名:男竜良、基準点コード:TR25129117701
  4. ^ 一等三角点 基準点名:有明山、基準点コード:TR15129224101
  5. ^ 峰町歴史民俗資料館の展示物
  6. ^ 正確には『三国志』魏書・東夷伝・倭人
  7. ^ 阿連(あれ。厳原町)の采女、玉調(たまつき。美津島町)の生まれ、遊女など、諸説あって定かでない。
  8. ^ 4月1日段階の推計。

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  102. ^ 長 (1981) pp.92–93
  103. ^ ANAウイングスの機材・乗務員による運航
  104. ^ 全日本空輸(ANA)とコードシェア
  105. ^ http://japan.busan.com/jp/news/sub2.asp?num=678
  106. ^ 会社概要 - 対馬市CATV






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