富山県 文化・スポーツ

富山県

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文化・スポーツ

県民性

下山芸術の森 発電所美術館
県内には美術館が多く、芸術活動が盛んである。

貯蓄率は高く、「越中の一つ残し」と言われるほどである。「自分の家を持って一人前」という風潮があり、持ち家率は全国最高である[230]。さらに家のサイズ(延べ床面積)も全国一大きい[231]

子弟の教育にも熱心な傾向があり、全国学力調査など教育関係の統計で、上位に位置することが多い[232]

大家族傾向がある[233]ため、世帯収入が全国最高水準である[234]。逆に生活保護家庭の割合は極端に低く、全国ワーストである[235]

乳幼児を祖父母等に預けることが比較的容易なこともあって、共働き率が全国最高水準である[236]。石川の「嫁は越中から貰え」という格言は、富山の女性は働き者とされるところからきている。コロッケの消費が多いのも共働きが多いからとされる。

「サラリーマン小説」を得意にした富山市出身の源氏鶏太は「富山県人である宿命」(『わが文壇的自叙伝』集英社)に同窓会に出てみんな泥くさいとし「私自身、極めて泥くさい人間であることを知っているし、それが富山県人の特性であると信じている。ただし、あえて弁解すれば、泥くさいということは、軽薄でないということだ」と書いている。

富山で過ごしたことがある宮本輝天の夜曲 流転の海・第四部』には主人公の友人・久保敏松が富山人というのは、地味ではあっても、進取の気概を内に秘めていて、粘り強く自分の仕事に工夫を凝らすという特質を持っているような気がする、という。

この勤倹克己を地で行くような県民性は、安田財閥安田講堂に名を残す安田善次郎や、浅野財閥浅野総一郎ホテルニューオータニ大谷米太郎のような経済的成功者を多く生み出してきた。

海産物を好む食文化を持っており、魚介類の消費額が全国一多い[237]。特にコンブブリイカの消費額が群を抜いて大きい[238]

北陸地方は一向一揆で知られる浄土真宗が盛んで、富山県民の価値観にも強い影響を与えてきた。たとえば堕胎間引きを忌んだことから、江戸時代から人口増加率が特に高く、全国に移住者を出していた[239]。関東での銭湯経営者に新潟県と共に富山県出身者が多い理由は、これは厳しい仕事だからとされる。北海道開拓においても、富山県出身者が有意に多く[240]北方領土からの引揚者も北海道に次ぎ2番目に多い。北陸銀行も北海道各地に支店が存在し、北海道銀行ほくほくフィナンシャルグループとして経営統合するに至った。

県内の広範囲から見られる立山連峰は、山岳信仰の舞台になっていて立山は富士山白山と共に日本三霊山の一つである。

プロ野球の父と呼ばれる正力松太郎の出身地であることや、『読売新聞』の発行部数が多いことなどから読売ジャイアンツ(巨人)のファンと、『北陸中日新聞』の発行エリアであることから中部地方唯一のNPB所属球団である中日ドラゴンズのファンが多いと言われる。ちなみに、フジテレビアナウンサーの石本沙織は巨人ファン、千葉ロッテマリーンズの石川歩は中日ファン、元鹿島アントラーズ柳沢敦阪神タイガースファンを公言している。これは、「富山県民は人と違うことをしたがらない」とされる県民性があるからである。

富山県総合運動公園
富山市総合体育館
富山市民球場アルペンスタジアム

県民性に関する本の多くは浄土真宗信者の勤勉さと家族の絆、富山の売薬によるパイオニア精神などを通して、勤勉でありながら、結婚式などのライフイベントでお金を蕩尽する部分にフォーカスしている。NHKなどの県民調査では石川県とのライバル意識が強いとされる。

食文化

郷土料理

方言

伝統工芸

経済産業大臣指定伝統的工芸品
伝統工芸品

スポーツ




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