宮崎駿 作風

宮崎駿

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/05/03 22:40 UTC 版)

作風

子供の視点
一貫して子供に向けて作品を作り続けている。これについて、「厳しい現実世界からの、子供の一時の逃げ場が必要だ」という趣旨の発言をしている[36]児童文学を愛読し、「アニメーションは基本的に子供の物」と公言し、その作品はほぼ一貫して子供の視点に立ち、悪役を大人にすることが多い。ただし宮崎作品では悪役もまた、多くの場合重層的で複雑なキャラクターであり、どこかしら憎めない存在として描かれる[注 14]が、『千と千尋の神隠し』以降の作品ではそうした悪役が登場することもなくなっている。[独自研究?]
宮崎は、自分の息子が子供だった頃には、その年代に合わせて、成長するにつれて対象年齢を上げて作品を作り[37]、息子が成長しきると今度は友人などの子供を対象にしており、『千と千尋の神隠し』の公開時にはガールフレンドである友人の娘のために作った作品だと説明している[38]。スタジオジブリについても、子供向けのいい映画を作るスタジオにしたいと語っていた[39]
主人公が少女であることが多いが、この理由は同性であると対象化しきれず、元気な女の子の方がやる気が出るからのとのこと。同性だと自身と重ね合わせすぎて悲観的な物語にしかならないとも語っている。
最も本人の趣味が反映された『紅の豚』に関しては製作後も「道楽でくだらない物を作ってしまった」と罪悪感に囚われ続け、次回作が完成して漸く「呪い」から解放されたと述べている[40]
脚本なしでの制作
制作の準備段階でイメージボードを大量に描いて作品の構想を練り、脚本なしで絵コンテと同時進行で作品を制作していくという手法で知られる。これは、周囲から「日本アニメーション界のウォルト・ディズニー」「制作要らずの宮さん」と呼ばれる程の超人的制作管理能力を持つ宮崎にして初めて可能な手法である。また漫画作品においても、一コマ単位で下書き・ペン入れ・仕上げを行うという独特のスタイルで執筆されている。ただし、まったくの白紙の状態から絵コンテを描くわけではなく、ノートにストーリーの構成やアイディアを書いている。本人によれば、「一日中文字を書いていることもある」ということである[41]
軍事マニア
戦史兵器マニアとして知られ、第二次世界大戦から前の甲冑・鎧兜や兵器(装甲戦闘車両軍用機など)に造詣が深い。作中で登場する武器や乗り物にはその知識が十全に活かされている。この方面の趣味が発揮されている作品としてはアートボックス社『月刊モデルグラフィックス』誌の『宮崎駿の雑想ノート』という虚実織り交ぜた架空戦記物の超不定期連載漫画がある。連載初期は珍兵器を描いた数ページの絵物語だったが、次第にコマが割られてストーリー漫画に変貌していった。漫画の形態に変わった後の特徴として、作中に登場する女性は普通の人間だが、男性は欧米を舞台とした作品の場合は擬人化された動物になっている[注 15]。2009年から2010年にかけて『モデルグラフィックス』誌に零式艦上戦闘機の開発者である堀越二郎の若き日をフィクションも入れて描く『風立ちぬ』を連載し、前記の通りこれをベースとしてアニメ映画が制作された(2015年に単行本化)。また、一式戦闘機「隼」の活躍と陸軍エース・パイロットの戦果を記録した、戦史家梅本弘(市村弘)の著作『第二次大戦の隼のエース』の刊行に際して、アートボックス編集部に対し本書を読んだうえで賞賛・激励の文書を送っている[42]。ジブリ内の会議中でも、暇さえあれば今でも戦車の落書きを描いているという。また『天空の城ラピュタ』や『崖の上のポニョ』の劇中、モールス符号での通信シーンが登場するが、あの符号は全て実在し、言葉としてきちんと成り立っている。
声優の起用方針
もののけ姫』以降の作品では、主要なキャストに職業声優の起用を避ける傾向がある。[独自研究?]
ジブリにおいても、斯波重治が録音監督を担当した『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』『となりのトトロ』および、斯波の跡を継いだ浅梨なおこによる『魔女の宅急便』『紅の豚』では職業声優を中心に起用していた(『魔女の宅急便』のキャストは同時期に斯波が録音演出を担当していたテレビアニメ『らんま1/2』とほぼ被っている)。一方で、『天空の城ラピュタ』の寺田農や『となりのトトロ』の糸井重里のように、俳優、タレント、文化人などを重要な役柄に声優として起用していた。『もののけ姫』以降は、主役・準主役に声優を本業としない俳優女優を起用することが多い。キャスティングは主にプロデューサーの鈴木敏夫の管轄であり、『ハウルの動く城』の木村拓哉なども鈴木の発案である[注 16][独自研究?]
これに関して宮崎は、外国メディアからのインタビューの中で「日本の女性声優は男性を惹きつけるコケティッシュな声を持っているが、それは私達の望むものではない」と述べている[43]。また2008年ヴェネツィア国際映画祭では、「アニメとかじゃなく、映画を作っていると思ってます。」と語っている。[要出典]
宮崎が初期に関わった東映動画作品(『太陽の王子 ホルスの大冒険』等)でも、舞台や映画の俳優が多く出演している事でも分かるように、アニメーション映画の声の配役においては、宣伝効果を狙い知名度の高い俳優を起用することは変わったことではない。とは言え、ジブリにおいても主役以外のキャストはもっぱら職業声優によって占められている。『となりのトトロ』の続編である「メイとネコバス」を制作する際、サツキとメイのキャストを変更する案もあったが、結局オリジナルの声優を起用している。[独自研究?]
作品名の共通点
監督を担当した長編アニメーション映画のほとんどの作品名に、千と千尋神隠し、崖の上ポニョなど、平仮名の「」が含まれている[44]
ただし、必ずしも本人の意図ではなく、『もののけ姫』では『アシタカ𦻙記』[注 17]を題名にしたかったという宮崎の意に反して鈴木敏夫により『もののけ姫』で既成事実化されたといい、宮崎本人は必ずしも拘ってはいない[45]
作風の変化
作品には常に新しい試みを盛り込み、「昔のような作品を観たいなら、昔のやつを観てればいい。同じものを作って何の意味がある?」という旨の発言を度々行っている。特に『千と千尋の神隠し』以降からは劇的に作風が変化し、ストーリーの一貫性を放棄したとも見えるプロットを用いている。[独自研究?]彼自身も『崖の上のポニョ』制作の過程を追った『ポニョはこうして生まれた』で「僕はもう既成の起承転結のよくできたストーリーの映画なんか作りたくない」「自分の作品の大衆性が低くなっている」と発言している。



注釈

  1. ^ a b c d 外部リンクに映像
  2. ^ 「政治経済学部」としている場合が多い。[要出典]
  3. ^ 会社が中島飛行機の下請けとして軍用機の部品を生産していたことが、軍事用兵器に対する相矛盾する感情を生むことになった。宮崎が回想した戦争体験としては、宇都宮が空襲を受け、親類の運転するトラックで4歳の駿を含む宮崎一家が避難した際、子供を抱えた近所の男性が「助けてください」と駆け寄ってきた。しかし、トラックは既に宮崎の家族でいっぱい。車はそのまま走り出した。その時に「乗せてあげて」と叫べなかった事が重い負い目となって、後々の人生や作品に大きく影響を与えた、と語っている[5]
  4. ^ 医者からは20歳まで生きられないと言われ、これは後の創作に影響を与えた、と言う[6]
  5. ^ この時期、何本かの社会主義革命の漫画を執筆して持込みをした事もあったが、「ウチは時代劇扱ってないんですけど」と編集者に門前払いされている[9]
  6. ^ 未来少年コナン#本作の影響を参照。
  7. ^ 漫画版『風の谷のナウシカ』は、アニメ公開後も断続的に描き継ぎ、アニメ公開10年後の1994年に完結。
  8. ^ 初のオリジナル長編映画だった『風の谷のナウシカ』製作中、宮崎が6歳の時から病気で寝たきりの母が亡くなり、非常に悔やんだと話している。この後、宮崎の作品には自身の母をモチーフにしたキャラクターが頻出するようになる[6]
  9. ^ 宮崎駿は1987年公開『紅い眼鏡』のパンフレットに自分が脚本で押井が監督するはずだったアニメ映画がつぶれてスケジュールが空いたときに二人で知床まで自動車旅行をした話、「押井さんについて」を寄稿している。
  10. ^ 映画公開後、鈴木敏夫に対し「72歳で死ぬことに決めた、あと5年なら一本しか作れない」と発言[20]
  11. ^ 石川文洋、呉屋守將、佐藤優、菅原文子、鳥越俊太郎、長濱徳松、宮城篤実らとの共同就任。[要出典]
  12. ^ 妻の朱美には著書『ゴローとケイスケ―お母さんの育児絵日記』がある。
  13. ^ 式の司会は大塚康生。[要出典]
  14. ^ 『天空の城ラピュタ』のムスカは例外。
  15. ^ 一応国ごとに動物が割り当てられており、ドイツ=豚、イギリス=犬(自ら手がけた『名探偵ホームズ』と同じデザイン)、アメリカ=ゴリラとなっている(ソ連にも豚を用いた例あり)。アジア人が登場する作品では動物化はされていない。
  16. ^ 一部の報道記事では「木村が自らジブリ側に連絡を入れて出演を志願した」としているものもある。
  17. ^ 「𦻙記」の読みは「せっき」。「𦻙」(草冠の旧字体の下に耳を二つ)は宮崎による「正史には残らずに耳から耳へ伝えられた物語」を意味する創作であり日本の漢字には存在しない。これに相当するものが台湾の漢字に存在し、UnicodeではU+26ED9(CJK統合漢字拡張B)に収録されている。「聶」(耳を三つ)は誤記あるいは代用表記。
  18. ^ 原話は、君島久子の書いたチベットの民話「犬になった王子」、岩波書店
  19. ^ 「ブラッカムの爆撃機」「チャス・マッギルの幽霊」「ぼくを作ったもの」の3編を収録に加え、宮崎の描き下ろしで「ウェストール幻想 タインマスへの旅 前・後編」(コマ漫画、カラー24頁分)を併収。
  20. ^ 1991年、映画宣伝用に自主的に作ったキャラクターを、球団創設70年にあたる2006年、ファンクラブ設立にあたり起用したもの。熱心な中日ファンとして知られるスタジオジブリプロデューサー・鈴木敏夫の橋渡しによって採用されることとなった。
  21. ^ a b c d これら「絵コンテ全集」の出版とは別に、『風の谷のナウシカ』についてはアニメージュ文庫にて、『天空の城ラピュタ』『となりのトトロ』『魔女の宅急便』についてはロマンアルバムにて(いずれも徳間書店)、映画公開から程なくして出版されたものの、いずれも現在は絶版である。
  22. ^ 「崖の上のポニョ」の創作現場密着。
  23. ^ 「コクリコ坂から」の創作現場密着。
  24. ^ 「風立ちぬ」の創作現場密着。
  25. ^ 「毛虫のボロ」の創作現場密着。

出典

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  9. ^ 『風の帰り道』(pp.251)[要文献特定詳細情報]
  10. ^ 「劇画の世界と、アニメーションの世界と、どちらが表現方法として優れているかというので、ずいぶん自分でも悩み続けて、結局、アニメーションの方が優れているという結論を、自分なりに出してしまったんです」(『THIS IS ANIMATION 1』小学館、1982年)[要文献特定詳細情報]
  11. ^ 「これほどのことがアニメーションでできるなら、いつか自分もやってみたい、アニメーターになっていてよかったと思って、はっきりと腰が座った」(『THIS IS ANIMATION 1』小学館、1982年)[要文献特定詳細情報]なお、実線を描かずに白で目を表現するという手法は、この作品の影響である。[要出典]
  12. ^ NHK-BS『BSアニメ夜話/未来少年コナン』(2005年6月27日放送)での大塚康生の証言。及び大塚康生『作画汗まみれ』、2019年4月19日、増補改訂版、168頁。[要文献特定詳細情報]
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