宇佐美珍彦 宇佐美珍彦の概要

宇佐美珍彦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/19 01:20 UTC 版)

経歴

長野県出身。1918年大正7年)、東京帝国大学法科大学政治科を卒業し、高等試験行政科に合格した[1]農商務省に入省し、同年文官高等試験に合格。1920年(大正9年)に外務事務官・臨時平和事務局勤務に転じ、1921年(大正10年)に外交官補・国際連盟帝国事務局勤務。フランス大使館三等書記官、同二等書記官、外務事務官・条約局第一課勤務、同亜細亜局第一課勤務を経て、1929年昭和4年)安東領事1930年(昭和5年)外務書記官・通商局第二課長。1934年(昭和9年)福州総領事。1935年(昭和10年)奉天総領事。1937年(昭和12年)大使館参事官兼国際会議帝国事務局次長兼在ジュネーヴ総領事1938年(昭和13年)ドイツ大使館参事官1940年(昭和15年)エジプト駐箚特命全権公使[1][3]1940年(昭和15年)、駐エジプト公使に就任[3][4]

1940年(昭和15年)、興亜院経済部長に転じ[3][4]1942年(昭和17年)からは大東亜省支那事務局長となった[5]1944年(昭和19年)からは駐中華民国特命全権公使・在上海大日本帝国大使館事務所長を務めた。

栄典

参考文献

  • 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第3版』帝国秘密探偵社、1930年。 
  • 人事興信所編『人事興信録 第13版(上)』人事興信所、1941年。 
  • 人事興信所編『人事興信録 第14版(上)』人事興信所、1943年。 
先代
横山正幸
国際会議帝国事務局次長
1937年 - 1938年
次代
柳井恒夫

  1. ^ a b c 大衆人事録 1930.
  2. ^ 戦前期官僚制研究会編『戦前期日本官僚制の制度・組織・人事』東京大学出版会、1981年、p.42。
  3. ^ a b c 人事興信録 1941.
  4. ^ a b 宇佐美珍彦うさみうずひこ国立公文書館
  5. ^ 人事興信録 1943.
  6. ^ 『官報』第4438号・付録「辞令二」1941年10月23日。


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