孤児院 日本

孤児院

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/25 06:00 UTC 版)

日本

日本においては、奈良時代に83人の孤児を収容養育した和気広虫淳和皇后などをはじめ、京都悲田院加賀の非人小屋など昔から寺社などに身寄りのない児童が引き取られていた。明確に孤児を保護する施設として設立された最初期のものとしては、19世紀半ばに千葉の大高善兵衛が孤児を養育することを記した看板を自宅の門に掲げ、乳母を雇って30人以上を育てた例のほか[2]、1864年(元治元年)に小野他三郎(太三郎)が金沢で始めた小野救済所(1873年に小野慈善院)、1869年(明治2年)に松方正義によって日田県大分県日田市)に設立された日田養育館[3]または、1887年(明治20年)に石井十次により設立された岡山孤児院が挙げられる。1872年に生活困窮者の救済を目的に設立された東京市養育院に子供も含まれていたことから、1886年からは親のない児童の救護も同養育院で行なうようになった[4]。また、1890年(明治23年)に発生した経済恐慌から1893年(明治26年)頃までの間の不景気の間にも、資本主義社会の急速な発達と社会福祉制度の不備から貧困住民が増大し、孤児や捨て子が大量に発生し、これらを救済する民間の孤児院が設立された。

第二次世界大戦後の一時期には戦争で両親を亡くした戦災孤児、日本人を母に、アメリカ軍兵士を中心とした父との間に生まれ、両親から見捨てられた混血孤児(GIベビー)が多く発生した。戦災孤児らの保護活動で知られた施設として、「障がい者福祉の父」とも呼ばれた糸賀一雄による近江学園(滋賀県湖南市)がある。設立当初から戦争孤児たちとともに、親のいる家出してきた子どもや障がい児が入園していたとされる[5]。このほか沢田美喜により設立されたエリザベス・サンダースホームが挙げられる。

1948年(昭和23年)以降の孤児を保護する施設については児童養護施設を参照のこと。


  1. ^ 児童館の訳に充てられる場合もあるため、文脈により注意が必要。
  2. ^ 大高善兵衛『読史随筆』赤堀又次郎 著 (中西書房, 1928)
  3. ^ 大分の歴史事典 - 日田養育館
  4. ^ 『養育院六十年史』 東京市養育院、1933
  5. ^ 本庄 豊『児童福祉の戦後史: 孤児院から児童養護施設へ』(吉川弘文館、2023年)ISBN978-4642039239
  6. ^ [1] - 2007年6月10日時点のアーカイブ






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