女峰山 概要

女峰山

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/12/23 10:11 UTC 版)

概要

かつては旧・日光市と旧・栗山村(現在は日光市に合併)の境とされた山で、女貌山、女体山とも呼ばれる[1]。いわゆる日光表連山の東に位置し、日本国内では女峰山より東にこれより高い地点はない。山頂には二等三角点「女峰山」(標高2,463.5m)が設置されている。

女峰・赤薙山を南東上空から

35万年前ころから噴火をはじめ、平均して1万年に1回の割合で噴火を繰り返したが、8万6000年前を最後に噴火を停止し、開析が進んだため山頂は鋭くなり、日光連山の中で最も尖った外観となっている[1]。浸食によりえぐられた山頂の火口は、約3kmほどの馬蹄形をしており、その西の峰が女峰山、東の峰が赤薙山と呼ばれ、西の帝釈山とも、日光三剣の1つ「剣ガ峰」とされるやせ尾根でつながっている[1]。火口壁はいまも崩壊を続けており、数100mの絶壁がみられる[1]

日光三山のひとつである女峰山は山岳信仰でも知られ、修験道の修行である「日光三山掛け」の一番山とされる[1]。男体山の祭神が大国主神であるのに対して、女峰山の山頂には滝尾神社の奥社女峰山神社があり、大国主命の妃の一人、田心姫命(たごりひめのみこと)を祭る[1]

女峰・赤薙火山と日光地域の地形図
名称の付けてある山は全て火山である

登山

登山道には、日光市内から黒岩の頭、唐沢小屋を経由する長い尾根をたどるもの、霧降高原から天空回廊と呼ばれる1445段の階段を登り赤薙山を経由するもの、小真名子山との間の富士見峠から帝釈山を経由するものの3本がある。その中では、山岳信仰が盛んだったころの修験者の道である、日光二荒山神社からの道が主だが、道程の標高差が1800mもあり、登頂まで6時間を要する[1]。長い尾根沿いの登山道は、登山愛好家の間で女峰の馬鹿尾根と呼ばれ親しまれている。最近は霧降高原から登る人も多く、こちらは約5時間40分を要する[1]。なお、以前は霧降高原から赤薙山へはリフトが利用できたが、2010年にすべて廃止されて前述の階段が設置された。

山頂からは、日光連山、会津、越後、那須筑波山富士山などの山々を展望できる[1]。山頂の南東側にある雲竜渓谷は、稲荷川の源泉をなしており、深い谷に七滝をはじめとする多くの滝をかけており、冬場の氷瀑登りで知られる[1]

参考画像


  1. ^ a b c d e f g h i j 「女峰山」(ヤマケイオンライン)
  2. ^ 不明の軽飛行機発見 日光山中 四人とも遺体で『朝日新聞』1978年(昭和53年)8月18日朝刊、13版、23面


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