太宰治 作品研究

太宰治

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/06/26 07:01 UTC 版)

作品研究

  • 無頼派」または「新戯作派」の一人に数えられる太宰は、4回の自殺未遂や自身の生活態度ととも相まって、退廃的な作風にのみ焦点があてられがちだが、『お伽草紙』『新釈諸国噺』「畜犬談」「親友交歓」「黄村先生言行録」などユーモアの溢れる作品を多数残している。永らく太宰文学を好きになれなかったという杉森久英は、戦後だいぶ経ってから『お伽草紙』や『新釈諸国噺』を読んで感嘆し、それまで太宰を一面的にしか捉えていなかった自分の不明を深く恥じたという[68]
  • 長編・短編ともに優れていたが、特に「満願」等のようにわずか原稿用紙数枚で見事に書き上げる小説家としても高く評価されている。
  • 女生徒」「千代女」「葉桜と魔笛」「皮膚と心」「」「十二月八日」「きりぎりす」「燈籠」「雪の夜の話」「待つ」「誰も知らぬ」「おさん」など、女性一人称の作品を多く執筆した。太宰の代表作とみなされる『斜陽』「ヴィヨンの妻」もそうである。なお「女生徒」は、未知の女性の読者から送られてきた日記に基づいて執筆したものである[69]
  • 1948年4月、太宰の死の直前から『太宰治全集』が八雲書店から刊行開始されるが、同社の倒産によって中断した。その後、創藝社から新しく『太宰治全集』が刊行される。しかし書簡や習作なども完備した本格的な全集は1955年筑摩書房から刊行されたものが初めてである。
  • 2014年(平成26年)12月、韓国語版の「太宰治全集」全10巻が完結した。小説は発表順に収められ、同全集にはエッセイを含む全作品が収録されている[71]

注釈

  1. ^ 太宰が逗留した老舗旅館「ヤマニ仙遊館」は休業を経て2018年8月、土蔵をレストランとして再開した。太宰が使ったとされる文机などが残っている。『読売新聞』夕刊2018年8月7日掲載「太宰が自殺未遂後療養、老舗旅館がレストランに」(2018年8月9日閲覧)。2019年4月27日には旅館業も再開した(『読売新聞』朝刊2019年5月3日「太宰の宿 4年ぶり再開/宿泊再開 5時代続く」)。
  2. ^ なお、この処分については、担当の宇野検事がたまたま太宰の父の実家である松木家の親類であることや、担当の刑事がたまたま金木出身であることが太宰にとって有利に作用したとする説もある(中畑慶吉の談話)。
  3. ^ 東京大学卒業に際して口頭試問を受けた時、教官の一人から「教員の名前が言えたら卒業させてやる」と言われたが、講義に出席していなかった太宰は教員の名前を一人も言えなかったと伝えられる。
  4. ^ 随筆『服装に就いて』[55]によれば5尺6寸5分(約171.7cm)。
  5. ^ しかし『私の遍歴時代』では、それらを読んだことを「太宰氏のものを読みはじめるには、私にとつて最悪の選択であつたかもしれない」と三島は述べている。
  6. ^ 貴族の娘が台所のことを「お勝手」と言ったり、「お母さまの食事のいただき方」(正しくは「召上り方」)、「かず子や、お母さまがいま何をなさっているか、あててごらん」(自分に敬語を付けている)というような敬語の使い方の間違いを指摘している。
  7. ^ 戸板康二『泣きどころ人物誌』、瀬戸内寂聴『奇縁まんだら』、出口裕弘『三島由紀夫・昭和の迷宮』などにその種の発言が記されている。
  8. ^ 不道徳教育講座』や「奥野健男著『太宰治論』評」など。

出典

  1. ^ a b 朝日新聞』東京西部版 2009年11月24日「カメラがとらえた作家太宰治 肖像写真86点展示 三鷹で来月23日まで/東京都」
  2. ^ 宇野俊一ほか編 『日本全史(ジャパン・エミルカ‘クロニック)』 講談社、1991年、1095頁。ISBN 4-06-203994-X
  3. ^ コトバンク - 太宰治”. 2019年10月12日閲覧。
  4. ^ 野原 1998, p. 34.
  5. ^ 野原 1998, p. 35.
  6. ^ 野原 1998, p. 40.
  7. ^ 野原 1998, p. 44.
  8. ^ 野原 1998, p. 47.
  9. ^ 猪瀬 2000, p. 31.
  10. ^ 野原 1998, p. 51.
  11. ^ 猪瀬 2000, p. 50.
  12. ^ 猪瀬 2000, p. 60.
  13. ^ 野原 1998, p. 62.
  14. ^ 猪瀬 2000, pp. 70-71.
  15. ^ a b c 『太宰治に出会った日』所収、平岡敏男「若き日の太宰治」39-40頁
  16. ^ 猪瀬 2000, p. 110.
  17. ^ 猪瀬 2000, p. 109.
  18. ^ 猪瀬 2000, p. 125.
  19. ^ 猪瀬 2000, p. 132.
  20. ^ 野原 1998, p. 89.
  21. ^ 猪瀬 2000, p. 135.
  22. ^ 猪瀬 2000, p. 136.
  23. ^ 猪瀬 2000, p. 199.
  24. ^ きらら山口
  25. ^ 野原 1998, p. 117.
  26. ^ 猪瀬 2000, p. 257.
  27. ^ 猪瀬 2000, pp. 258-259.
  28. ^ 猪瀬 2000, p. 263.
  29. ^ 猪瀬 2000, p. 266-269.
  30. ^ 猪瀬 2000, pp. 275-276.
  31. ^ 猪瀬 2000, pp. 284-290.
  32. ^ 猪瀬 2000, pp. 296-299.
  33. ^ 野原 1998, pp. 213-214.
  34. ^ 猪瀬 2000, p. 351.
  35. ^ 猪瀬 2000, pp. 395-396.
  36. ^ 野原 1998, pp. 366-367.
  37. ^ 猪瀬 2000, pp. 402-406.
  38. ^ 野原 1998, p. 420.
  39. ^ 猪瀬 2000, p. 451.
  40. ^ 猪瀬 2000, pp. 439-440.
  41. ^ 猪瀬 2000, pp. 455-456.
  42. ^ a b c 『太宰治に出会った日』82-83頁
  43. ^ 新潮』1998年7月号に原文資料掲載、『朝日新聞』1998年5月24日記事。
  44. ^ 『太宰治全集 第9巻』筑摩書房、1990年10月25日、474頁。解題(山内祥史)より。
  45. ^ 太宰治の作品に対しての著作権の保護期間は、第1次-第4次暫定延長措置及び1971年の改正著作権法が適用される。
  46. ^ 猪瀬 2000, pp. 54-55.
  47. ^ 猪瀬 2000, pp. 55-60.
  48. ^ 猪瀬 2000, pp. 67-71.
  49. ^ 猪瀬 2000, p. 92.
  50. ^ 野原 1998, p. 78-79.
  51. ^ 猪瀬 2000, pp. 185-190.
  52. ^ 猪瀬 2000, p. 198.
  53. ^ 野原 1998, p. 106-108.
  54. ^ a b 嵐山光三郎『文人悪食』マガジンハウス、1997年、356頁。
  55. ^ 服装に就いて 青空文庫。
  56. ^ 津島 1997, p. 20.
  57. ^ 嵐山光三郎『文人悪食』マガジンハウス、1997年、364頁。
  58. ^ 大本泉『作家のごちそう帖』(平凡社新書 2014年pp.150-158)。
  59. ^ 津島 1997, pp. 80-81.
  60. ^ 津島 1997, p. 30.
  61. ^ 津島 1997, pp. 164-167.
  62. ^ 津島 1997, pp. 150-151.
  63. ^ 鉄道ファン 2011年3月号(通巻599号)p.68, 69
  64. ^ 陸橋(三鷹電車庫跨線橋)”. みたかナビ. 2017年10月9日閲覧。
  65. ^ 三鷹駅 「電車庫通り」を歩いて太宰治の散歩道だった跨線橋へ”. 朝日新聞デジタル (2015年10月6日). 2017年10月9日閲覧。
  66. ^ 「吉川英治氏が250万円で筆頭 芸能人の所得番付」『日本経済新聞』昭和24年4月12日2面
  67. ^ 番組エピソード 文豪の世界への誘い 〜大作家の作品のドラマ化〜 -NHKアーカイブス
  68. ^ 杉森久英『苦悩の旗手 太宰治』文藝春秋、1967年。
  69. ^ 太宰治著『女生徒』(角川文庫)、小山清の作品解説より。
  70. ^ “太宰作品にGHQ検閲=「神国」など削除指示-4短編集7作品、米で新資料”. 時事通信. (2009年7月31日). http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2009073101151 
  71. ^ “韓国語版の太宰治全集 全10巻が完結”. 聯合ニュース. (2014年12月22日). http://japanese.yonhapnews.co.kr/relation/2014/12/22/0400000000AJP20141222002600882.HTML 2015年4月28日閲覧。 
  72. ^ 鎌田慧著『津軽・斜陽の家 〜太宰治を生んだ「地主貴族」の光芒』81頁)
  73. ^ a b 猪瀬直樹 (2000). ピカレスク 太宰治伝. 小学館. pp. 35-36 
  74. ^ 猪瀬直樹 (2000). ピカレスク 太宰治伝. 小学館. pp. 88-90 
  75. ^ “津島園子さん死去 太宰治の長女”. 産経新聞 (産業経済新聞社). (2020年4月20日). https://www.sankei.com/life/news/200420/lif2004200020-n1.html 2020年4月20日閲覧。 
  76. ^ 朝日新聞2016年10月25日、37面
  77. ^ 安藤武「年譜」(三島由紀夫中世』)(講談社文芸文庫、1998年)
  78. ^ 三島由紀夫「川端康成への書簡 昭和22年10月8日付」(『川端康成・三島由紀夫 往復書簡』)(新潮社、1997年。新潮文庫、2000年)
  79. ^ a b 三島由紀夫「私の遍歴時代」(東京新聞夕刊 1963年1月10日 - 5月23日号に掲載)。『私の遍歴時代』(講談社、1964年)
  80. ^ 矢代静一「太宰治と三島由紀夫」(新潮 1998年7月号に掲載)
  81. ^ 野原一夫『回想 太宰治』(新潮社、1980年)
  82. ^ 三島由紀夫『小説家の休暇』(講談社 ミリオン・ブックス、1955年)
  83. ^ 三島由紀夫「学生とのティーチ・イン――国家革新の原理」(『文化防衛論』)(新潮社、1969年)
  84. ^ 村松剛『三島由紀夫の世界』(新潮社、1990年)
  85. ^ 井上ひさし・小森 陽一編著『座談会昭和文学史 第三巻』(集英社、2003年)
  86. ^ “井の頭公園に太宰治文学館/三鷹市が計画”. 東奥日報. (2017年1月24日). http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2017/20170124021799.asp 2017年1月25日閲覧。 
  87. ^ 文学施設の整備に向けた『基本的な考え方』をとりまとめました - 三鷹市ウェブサイト(2018年3月30日)





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