大砲
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/10 00:54 UTC 版)
砲兵
砲弾
大砲に使われる弾を砲弾と呼ぶ。砲弾は、発射される際に得た運動エネルギーによって破壊、殺傷効果を及ぼす運動エネルギー弾と、命中時に爆発することで被害をもたらす化学エネルギー弾に大別される。
大砲自体の発展に伴い、砲弾も殺傷力を高めるために進化していく。初期の砲弾は固い石が使われていた。そして徐々に殺傷力を向上させ、金属の砲弾や中に爆薬を仕込んだ砲弾が登場した。1784年イギリスの砲兵ヘンリー・シュラプネルが榴散弾という画期的な砲弾を生み出した。殺傷能力が桁違いでシュラプネルの名が榴散弾の別名になっている程である。更にアルフレッド・ノーベルの爆薬の開発により、砲弾は飛躍的に進化する。これにより砲弾が爆発する際の殺傷能力が高まった。軍でも爆薬の開発に勤しみ、コルダイトなどの爆薬が誕生した。爆発物としての性能が実に高く、破壊力も著しく向上した。
基本用語集
あいうえお順
脚架 ()- 迫撃砲及び無反動砲において、高低装置、脚などで構成され、方向装置を介して砲身部を支える装置。
前車 ()- 野戦砲が牽引行軍する際に装着する補助輪。
駐鋤 ()- 主に砲架の後端につく、地面に食い込んで耐反動力を強化する器具。スペードともいう。
駐退機 ()- 砲身を後退させて射撃反動の一部を逃がし、元の位置へ復帰させる、一種のサスペンション装置。
平衡機 ()- 砲身の俯仰動作の妨げになる、前後の重量の偏りを補正する装置。
閉鎖器 ()砲口 ()- 砲身の先端
砲口制退器 ()- 単に制退器、マズルブレーキともいう。砲口からの発射ガス圧の一部を後方寄りに偏向し反動を軽減する装置。
砲耳 ()- 大砲の狙いをつける(射距離を調節する)ための、砲身の上下の俯仰動作を行う可動軸。
砲尾 ()- 砲身部の後端部
砲架 ()- 砲身の支持架台
砲車 ()- 大砲を移動させるための車輪。車台は普通は砲架と一体化されている。
逸話
- ガリレオ・ガリレイは、大砲の弾道学を研究した。
- 世界最初のコンピュータのひとつであるENIACは火砲の弾道計算の目的で製作された。
- 大砲を製造する技術・資材のない土地では、木砲を製作して利用することがあった。木砲とは、砲身を一つの丸木からくりぬくか、または複数の木材を組み立てて形成し、周囲を竹のたがやロープで幾重にも巻いて補強したものである。金属製の大砲と比べ使用できる発射薬の量も砲身命数も当然大きく劣る。砲身を英語で樽と同じbarrelと呼ぶのは、木砲作りに樽作りの技術を応用した名残といわれる。有名な話としては、日露戦争の際旅順の戦いにおいて日本軍は木砲を造り使用したという話も残っている[注 4]。
- 「弾丸(球)を遠くに運ぶ」というイメージから野球において頻繁に本塁打を打つ打者又は強打者のことを表す言葉としても用いられる。日本人の強打者は和製大砲とも呼ばれる。
- 野球では投手と捕手の組を「バッテリー」というが、「battery」には「一組の」という意味の他に「砲兵中隊・砲列」という意味もある。これは、チームの投手力を砲台に喩えたことが由来とされる。
- 楽器として用いられることもある。よく知られているものはチャイコフスキー作曲の「序曲1812年」だが[13]、それ以前にベートーヴェンの「ウェリントンの勝利」にも使われている。どちらの曲にも、楽譜上に “Cannon” 等のように楽器指定されている。
- 人間を砲弾として打ち出す曲芸は人間大砲と呼ばれる。
注釈
- ^ 城郭や軍船などの構造物を破壊する目的で登場したが、近世江戸期になると砲術家が技能を誇示するために用いた[3]。
- ^ 『大友興廃記』天正4年(1576年)の記述として、南蛮から石火矢を得て悦び、「国崩し」と名付けたと記述があり、天正14年(1586年)の薩摩との戦いにおいて使用され、大きな威力を発揮したとされる[7]。
- ^ 砲全般の分類や用語そのものが曖昧で、厳密な分類は非常に困難。同じ用語でも国や時代によって語義やその範囲が異なることもある。また、日本語には紛らわしい和訳や造語が多いので注意を要する。例として、英語の"cannon(キャノン)"は全ての火砲を包括する名詞だが、大日本帝国陸軍において「加農(カノン砲)」とは長砲身砲を指す(帝国陸軍はドイツ式に範をとったため、ドイツ語の"kanone"に由来)。また、「榴弾」は弾種を指す用語でほぼ全ての火砲(砲種)で使用する砲弾だが、「榴弾砲」として砲自体の名称に用いられる。
- ^ ただし、製作したものは今日の分類においては迫撃砲に当たる。
出典
- ^ マクニール 2002, p. 114.
- ^ マクニール 2002, p. 117.
- ^ 『テーマ展 武装 -大阪城天守閣収蔵武具展-』 大阪城天守閣特別事業委員会 2007年 p.76
- ^ マクニール 2002, p. 120.
- ^ マクニール 2002, p. 121.
- ^ 荘司武夫『火砲の発達』愛之事業社、1943年、214-215頁。doi:10.11501/1707339 。
- ^ 菊池, 俊彦『図譜 江戸時代の技術 下』恒和出版、1988年、544頁。ISBN 4-87536-060-6。
- ^ 『歴史を動かした兵器・武器の凄い話』河出書房新社〈KAWADE夢文庫〉、2013年、133頁。ISBN 978-4-309-49884-3。
- ^ a b 貝塚 1970, p. 50.
- ^ 貝塚 1970, p. 49.
- ^ 貝塚 1970, p. 51.
- ^ a b 貝塚 1970, p. 52.
- ^ ダイアプレス 2009, p. 72.
- ^ 荒木 2012, p. 79.
- ^ ダイアプレス 2009, p. 73.
- ^ 「ワイド特集『文春砲』って何だ?」『週刊文春』2016年12月1日号
- ^ 有井太郎 (2016年3月11日). “『週刊文春』編集長が明かした、列島を揺るがす「文春砲」の神髄”. 週刊ダイヤモンド (ダイヤモンド社) 2016年6月28日閲覧。
- ^ “田代砲 - アンサイクロペディア”. 2023年10月25日閲覧。
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