大沢逸美 大沢逸美の概要

大沢逸美

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/07 22:04 UTC 版)

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おおさわ いつみ
大沢 逸美
生年月日 (1966-03-23) 1966年3月23日(55歳)
出生地 北海道札幌市白石区
国籍 日本
民族 日本人
血液型 A
職業 女優歌手タレント
活動期間 1982年 -
活動内容 テレビドラマ映画演劇バラエティ番組アイドル歌謡曲
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来歴・人物

1982年、第7回ホリプロタレントスカウトキャラバン山口百恵の『乙女座 宮』を歌いグランプリを受賞。翌年の1983年、新タイプのアイドル歌手としてテイチクレコードから『ジェームス・ディーンみたいな女の子』でデビュー。当時のキャッチコピーは、“グッドガール it's me”(イッツミー)[1]。当初はボーイッシュなヘアスタイルがセールスポイントで、(当時のアイドルとしては)背が高かったこともあり「男装の麗人風」のような中性的なイメージで売り出された。また、一部のメディアでは“ポスト(山口)百恵”と称されることもあった[2]

同年デビューの歌手に桑田靖子森尾由美松本明子小林千絵THE GOOD-BYE岩井小百合いとうまい子原真祐美武田久美子などがいたが、基準的に売れたアイドルが存在しなかったために「不作の83年組」と言われた。

その後は、司会・女優と活動の幅を広げる。1995年には写真集『CAST』(ぶんか社)にてヘアヌードを発表。本人によると女優活動の転機となった作品として、26歳の時にヒロインを演じた昼ドラ「約束の夏」を挙げて「やっと職業欄に“女優”と記せるほど役にのめり込めた」と語っている[2]

また、最愛の母親が要介護認定を受け、介護を続けていた(詳しくは後述)。母親の死後、介護生活をまとめた手記の出版のほか、介護に関する講演活動も行っている[3]

2012年8月23日、『J-POP青春の'80』(NHK BSプレミアム、9月7日放送)収録に出演。約20年ぶりに歌手としてのTV出演を果たした。

2018年11月19日11月20日、東京・銀座博品館劇場にてデビュー35周年を記念して、同期デビューの桑田靖子森尾由美小林千絵松本明子徳丸純子木元ゆうこを集めライブイベント~不作と言われた私たち「お神セブンと申します」~を開催[4]

両親と介護について

両親は北海道の実家で暮らしていたが大沢が25歳の頃に突然父親をガンで亡くし、その後母親を東京の自宅に呼び寄せて同居生活を始める[3][2]

しかしほどなくして母親に病気が重なって生じてしまい、大沢は20代後半から仕事をしながら母親の介護をするようになる。その生活は約11年間にも及び、ある時には大沢は名古屋の舞台に出ながら母親を風呂に入れるためだけ東京に戻り、それを終えると再び名古屋にとんぼ返りしたこともある[3]。特に2002年に母が他界するまでの2年間は介護中心の生活となり、大沢は地方ロケを断るようになり一時芸能の仕事から遠のいたとのこと[2]


  1. ^ 「it's me!★」”. 大沢逸美オフィシャルブログ (2017年11月7日). 2020年3月18日閲覧。
  2. ^ a b c d 「ポスト百恵」大沢逸美 母の介護で培った経験と度胸”. 女性自身 (2018年10月14日). 2020年3月18日閲覧。
  3. ^ a b c 大沢逸美 華やかな舞台の裏側で11年にわたる壮絶介護の過去”. NEWSポストセブン (2011年9月15日). 2020年3月18日閲覧。
  4. ^ “不作の83年組アイドル7人合同で35周年イベント”. 日刊スポーツ. (2018年7月20日). https://www.nikkansports.com/entertainment/news/201807200000073.html 2018年7月20日閲覧。 
  5. ^ Louise Tuckerの同名曲の日本語カバー。


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