大橋武夫 (政治家) 大橋武夫 (政治家)の概要

大橋武夫 (政治家)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/02/21 21:40 UTC 版)

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大橋 武夫
おおはし たけお
生年月日 1904年11月24日
出生地 京都府舞鶴市
没年月日 (1981-10-03) 1981年10月3日(76歳没)
出身校 東京帝国大学法学部
前職 内務省官僚
所属政党 (民主自由党→)
(自由党→)
自由民主党
称号 正三位
勲一等旭日大綬章
親族 濱口雄幸(義父)

第36-37代運輸大臣
内閣 第1次佐藤第3次改造内閣
第2次佐藤内閣
在任期間 1966年12月3日 - 1967年11月25日

第20-21代労働大臣
内閣 第2次池田内閣
第3次池田内閣
在任期間 1962年7月18日 - 1964年7月18日

第5代法務総裁
内閣 第3次吉田第1次改造内閣
第3次吉田第2次改造内閣
在任期間 1950年6月28日 - 1951年12月25日

内閣 第3次吉田第3次改造内閣
在任期間 1951年12月26日 - 1952年7月31日

選挙区 島根県全県区
当選回数 10回
在任期間 1949年 - 1976年
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概要

島根県仁多郡三成町出身[1]。島根士族大橋只三郎の養子である常三郎の長男[2]

内務省に入り岡山県警察部長のあと終戦直後の戦災復興院次長となる[3]1949年(昭和24年)の衆議院選挙(島根県全県区)に初出馬当選、1976年(昭和51年)の総選挙で落選、引退するまで連続10回当選[3]。この間第3次吉田内閣法務総裁、国務大臣(警察予備隊担当)など就任[3]

第2次池田内閣労働大臣第1次佐藤内閣運輸大臣を歴任する[3]濱口雄幸内閣総理大臣は義父。子息に元大蔵省関税局長大橋宗夫、元昭和電工社長大橋光夫がいる。

経歴

大日本帝国陸軍少将大橋常三郎の長男として、父親の任地である京都府舞鶴に生まれる。東京府立一中第一高等学校を経て、1928年東京帝国大学法学部を首席で卒業。高等文官試験にもトップ合格し、内務省に入省する。

厚生省労働局賃金課長、内務省土木局計画課長、戦災復興院計画局長、同次長を経て、1949年第24回衆議院議員総選挙民主自由党から島根県全県区にて立候補し当選を果たす(当選同期に池田勇人佐藤栄作前尾繁三郎橋本龍伍麻生太賀吉小渕光平西村英一橋本登美三郎福永健司塚原俊郎藤枝泉介木村俊夫稲葉修河本敏夫森山欽司床次徳二有田喜一など)。以後当選10回。翌1950年第3次吉田第1次改造内閣法務総裁に抜擢された。法務大臣時代に最高検次長検事の木内曽益を札幌高検検事長にし、後任を岸本義広広島高等検察庁検事長を起用する人事に関する「木内騒動」が起こった。また国家公務員レッドパージを指揮した。1951年には、警察予備隊担当大臣となり、同隊の育成に努めた。

保守合同後は池田派佐藤派福田派に所属。1962年第2次池田第2次改造内閣労働大臣1966年第1次佐藤第3次改造内閣では運輸大臣を歴任する。1976年の総選挙で落選し、政界から引退した。

1975年勲一等旭日大綬章受章。1981年10月3日死去。享年76。没後、叙・正三位

人物像

カミソリの異名を取るほどの切れ者で仕事に厳しく、部下には容赦なく辛辣な叱責を浴びせ恐れられたが、労相時代は新聞配達少年たちのために「日曜夕刊廃止」を実現に導くなど、きめ細やかな人情味をうかがわせる一面もあった。[要出典]

宗教日蓮宗[2]趣味[2]




  1. ^ a b 『新日本人物大観』(島根県版) 人事調査通信社 1957年 オ…497頁
  2. ^ a b c d e f g h i j k 第二十一版 人事興信録 』(昭和36年)お一三六
  3. ^ a b c d 新訂 政治家人名事典 明治~昭和』119頁
  4. ^ a b c 神一行 著『閨閥 改訂新版 特権階級の盛衰の系譜』339頁
  5. ^ 尾瀬あきらぼくの村の話 2巻』講談社東京都、1993年、19頁。ISBN 978-4-06-328313-6。「第11話 運輸大臣」


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