大林宣彦
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外部リンク
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- 大林宣彦 - NHK人物録
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- 大林宣彦 日本映画監督協会
- 映画「海辺の映画館ーキネマの玉手箱」公式サイト
- この空の花「長岡映画」製作委員会 大林宣彦からの手紙
- この空の花「長岡映画」製作委員会 大林宣彦監督プロフィール
- 山口情報芸術センター
- 第2回 2018 尾道映画祭「車座シンポジウム」大林監督を囲んで映画を使って僕たちは何ができるのか
- Nobuhiko Obayshi - IMDb(英語)
- 大林宣彦の映画 普遍的個人映画--A MOVIE
- OKWAVE Stars vol.28 映画監督 大林宣彦 | 10Questions OKな人をもっと知りたい
- 【ドキュメンタリストの眼(2)】大林宣彦インタビュー「高林陽一君と青春の個人映画」 text 金子遊
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注釈
- ^ 撮影所システムで育った映画監督ではないとの理由から[3][4]、気取っているわけではなく[3]、映画監督とは名乗れないという理由で「映画作家」と称している[出典 1]。映画を作ることが決まって、名刺を作る際に肩書きをどうすればいいだろうかと考え、「映画作家」と名刺に印刷した[3]。
- ^ 成城大学時代の1960年に8ミリで映画『だんだんこ』を大林と共作したのが平田オリザの父・平田穂生で、後に大林の妻の姉と結婚したため平田オリザは甥となる[18]。
- ^ 1977年の『ハウス』公開時の宣材に「CM界の魔術師・大林宣彦が鮮烈映像とハッピーなサウンドで描く新しい驚きと美しいオカルト映画新登場!」というキャッチコピーが使われた[33]。
- ^ 大林によれば、戦前の尾道はカーストのようなものがあり、住む地域によってきれいに色分けされていて、大林が育った山陽本線より上の斜面が山の手の上流階級、今の国道2号線がある場所は戦争中は民家が立ち並ぶ下町。その下が商人の町で、海岸が漁師町でさらに海岸の先に船上民族がいて、高校生ぐらいまで女の子が裸で暮らしていたという[34]。
- ^ 商業映画デビューする際に、馬場毬男以外に、団茂(ドン・シーゲル)、鳥鳳介(フランソワ・トリュフォー)なども候補に考えていた[41]。
- ^ 平田オリザの父と大林は一緒にインディーズ映画を撮っていた仲間で[50]、平田オリザの父は「大林に最初に16ミリを持たせたのはオレだ」と生涯自慢していたという[50]。大林の初期の代表作『だんだんこ』は8ミリだが、原作は平田オリザの父[50]。平田オリザの父が監督としてクランクインしたが、撮影の大林が才能がありすぎ、大林作品になってしまったという[50]。『だんだんこ』には平田の姉も出演している[50]。平田の母と父をくっつけたのは大林夫妻の策略で、平田オリザは「世の中では『私のいまあるは、〇〇さんのおかげです』というようなスピーチをよく聞くが、私がこの世にあるのは(恩人というだけではなく)生物学的にも大林夫妻のおかげなんです」などと話している[50]。大林は小学校3年生の平田に「オリザ君、映画監督というのはね、ゼロから世界を創る仕事なんだよ。神様と同じ仕事をするんだから、他人には謙虚じゃなきゃいけないんだよ」と真顔でいうような人だった。偉大な叔父から学んだ一番のことは、監督(演出家)は、いくつになっても、こういう台詞を吐いていいのだという点だった」などと述べている[50]。
- ^ 映画を映画館ではなく、画廊でキャンパスに8ミリを映すというアイデアは飯村隆彦が発案した[3]。
- ^ 大林は「『アンダーグラウンド』という言葉を日本に紹介したのはフィルム・アンデパンダンの同人・金坂健二。金坂が留学から帰って来て『アメリカではもう実験映画ともアバンギャルドとも言わずに、"アンダーグラウンド"と言うんだ』と言い出して、佐藤重臣が『それは面白い、その言葉を流行らせよう』と、佐藤が『アンダーグラウンド』を『アングラ』と命名した。『アングラ』は佐藤が作った造語。佐藤は当時『映画評論』の編集長だったから、『アングラ』という言葉をバンバン売り出した。しかし日本では結果として演劇の方へ行った(アングラ演劇)」と述べている[35]。
- ^ 当時、8ミリや16ミリを上映できるホールは草月会館しかなかったため、草月に対抗して新宿のホールとして何をやるかと議論があり、開館イベントとして大林たちに声がかかった[3]。
- ^ マンダムのCMを手掛けたのは大阪電通。大林は売り出す商品に愛を持っていないスポンサーを許せず、某菓子メーカーから発売された×レーのCMを作る際、その会社の宣伝部長が「×××みたいな×レー」と連発するので、大林がハラを立てて胸ぐらを掴んで「出ていけ!」と言ったら、その部長も怒鳴り返し、結局3億円の仕事が飛び、小田桐も責任を取らされて系列の子会社に飛ばされ、大林も以降は東京電通の仕事は出来なくなった。その話を聞いた大阪電通に呼ばれてやった仕事がマンダム[47]。
- ^ 勝と初対面の日に相撲をやろうというので、撮影所の砂場で相撲を取ったら相打ちで、勝から気に入られ、座頭市とチャールズ・ブロンソン共演による西部劇をやろうと約束していたという[97]。
- ^ 真野の起用は大林の推薦[99]。
- ^ 1985年『さびしんぼう』公開時のキネマ旬報の記事で、映画評論家・増淵健が「大林は舛田利雄と並ぶ当代の"アイドル使い"」と評している[154]。
出典
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