多岐川裕美 多岐川裕美の概要

多岐川裕美

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/02/19 15:21 UTC 版)

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たきがわ ゆみ
多岐川 裕美
本名 大内 薫 (おおうち かおる)
生年月日 (1951-02-16) 1951年2月16日(68歳)
出生地 日本の旗 日本 東京都杉並区
身長 160 cm[1]
血液型 O型
職業 女優歌手
ジャンル 映画テレビドラマ演劇
活動期間 1973年 -
配偶者 阿知波信介 (1984年 - 1997年)
著名な家族 華子 (長女)
事務所 ハーキュリーズ(2014年まで)
トライストーン・エンタテイメント
公式サイト 公式プロフィール
主な作品
映画
聖獣学園
仁義の墓場
けんか空手 極真拳』シリーズ
新女囚さそり 701号
テレビドラマ
柳生一族の陰謀』/『七瀬ふたたび
俺たちは天使だ!』/『峠の群像
山河燃ゆ』/『鬼平犯科帳
炎立つ』/『誰かが私を愛してる

長女はタレント華子。元夫は阿知波信介

来歴

父は会社員、母は保険外交員[3]。開進第二小学校~山脇学園中学校・高等学校卒業[3]1974年山脇学園短期大学在学中に東京駅近くでアルバイトをしていた時[4]、『聖獣学園』のヒロインを探していた同作の監督・鈴木則文にスカウトされ、東映岡田茂社長の面談を受けて合格し女優となる[4][5]。芸名は同作の役名・「多岐川魔矢」の多岐川と、鈴木が偶然開いた女性週刊誌の中にあった懸賞の一等入選者の名を見て、その運を貰うことを思いつき、合わせて「多岐川裕美」とした[4]。同作で主演デビューしヌードも披露[6]

本作以降、脱ぐことを拒否したが[6][7]東映実録ヤクザ路線極北といわれる『仁義の墓場[8](1975年)での主人公・石川力夫と破滅に向かうヒロイン役や『続・愛と誠』(1975年)での影の大番長・高原由紀役などで好演した[3]千葉真一主演作品『けんか空手 極真拳』シリーズなどに出演した後、1976年女囚さそりシリーズ」『新・女囚さそり 701号』で梶芽衣子に代わって松島ナミを演じたが、梶ほどの強烈な個性は発揮できなかった[3]。同年放送されたNHK大河ドラマ風と雲と虹と』で主役の加藤剛が演じる平将門の恋人・小督役を演じて以降、東映作品を敬遠しテレビを主とした[3]1978年フジテレビテレビドラマ版『飢餓海峡』のヒロイン役をヌードがイヤと降板[3][6]。以降、東映から三船プロダクションへの移籍問題、その後の田中プロモーションへの集団脱退などでメディアを騒がせ[3][6]多岐川の過去をほじくり返す記事も芸能誌に多数出た[9][10]。ただし、この頃から人気女優となり、1978年から1979年まで放送された『柳生一族の陰謀』でヒロインに扮し、1979年『俺たちは天使だ!』(日本テレビ)ではクールながらコミカルな一面を持つ秘書を演じている。特に1979年のNHK少年ドラマシリーズ」『七瀬ふたたび』のヒロイン・火田七瀬役は、当時の青少年の心をガッチリ掴んだ[11][12]

早大生の人気投票第一位になるなど[9]、清純派スターとして売れっ子だった1980年にデビュー作である『聖獣学園』でヌードになっていることが当時のメディアに取り上げられ、これを受け多岐川が女性週刊誌上で「監督に騙されてヌードになった」と言ったと報じられた[6][9]。これに同作の監督・鈴木則文が「騙したとは何ごとか!」と「映画人の名誉に関わる問題、告訴も辞さず」などと厳重抗議し芸能誌を賑わせた[6][9]。この騒動に便乗して東映が1980年5月24日から『聖獣学園』をニュープリントで石井聰亙監督の『狂い咲きサンダーロード』と併映でリバイバル公開しヒットした[13]

歌手としてもレコードを何枚か発売している。1980年の「酸っぱい経験」はカゴメCM曲として、さらに1983年の「めぐり逢いしのび逢い」は渡哲也とのデュエット曲として、共にヒット・ソングとなった。

人物

クイズ番組やトーク番組では天然ボケを見せる一方、かなりの酒豪で親友の萬田久子は飲み仲間である。大の愛煙家でもある。

1984年8月に担当マネージャーだった阿知波信介と結婚。一人娘の華子をもうけたが、1997年に離婚。阿知波信介2007年5月に死去するまで阿知波が社長をしていたアクターズプロモーションに多岐川は所属し続けた[6]

週刊現代』1978年11月16日号で浅利慶太と対談し[14]テレビドラマ版『飢餓海峡』のヒロイン役でヌードを拒否し、浦山桐郎監督と揉めて[14]、降板した事件は、自身も一半の責任があることを認めているが[14]、当時、三船プロダクションへの移籍問題があり、所属していた東映とも揉めていて、そこを突き詰めることができず、曖昧な形で撮影に入ったことが原因で、泣き寝入りせず、断固拒否したことが降板に繋がったと話している[14]。浅利が「東映の専属をはずれて三船プロに行くの、なかなか大変だったでしょう」と聞いたら「二年くらかかりました」、浅利「東映の岡田茂社長は、あなたを"第二の佐久間良子"にするって、張り切ってたんだよ」、多岐川「知りません、そんなこと」と言い、浅利から「あなた、相当に気性が強いな」と言われた[14]




  1. ^ 多岐川 裕美”. 日本タレント名鑑. VIPタイムズ. 2016年5月27日閲覧。
  2. ^ 『読売年鑑 2016年版』(読売新聞東京本社、2016年)p.548
  3. ^ a b c d e f g h i 『日本映画俳優全集・女優編』 キネマ旬報社1980年、414-415頁。
  4. ^ a b c 鈴木則文 『東映ゲリラ戦記』 筑摩書房2012年、136-137頁。ISBN 978-4-480-81838-6
  5. ^ 志穂美悦子さん、海外映画祭で空手の相手に…岡田茂氏死去 - スポーツ報知(archive)
  6. ^ a b c d e f g 日刊ゲンダイ|「裸はイヤ」と連ドラを降板した多岐川裕美p1p2p3
  7. ^ 杉作J太郎・植地毅(編著) 『東映ピンキー・バイオレンス浪漫アルバム』 徳間書店1999年、144頁。ISBN 4-19-861016-9
  8. ^ 東映実録路線中毒 ANARCHY & VIOLENCE/ラピュタ阿佐ケ谷
  9. ^ a b c d サンデー毎日』1980年3月16日号、30-31頁
  10. ^ 週刊サンケイ』1982年2月11日号、36頁
  11. ^ 樋口尚文 『テレビ・トラベラーー昭和・平成テレビドラマ批評大全』 国書刊行会2012年、42-43、339-340。ISBN 978-4336054777
  12. ^ 特集 なつかしの番組 少年ドラマシリーズ「七瀬ふたたび」-NHKアーカイブス
  13. ^ 鈴木則文 『東映ゲリラ戦記』 筑摩書房2012年、132-141頁。ISBN 978-4-480-81838-6
  14. ^ a b c d e 〈シリーズ浅利慶太の幕間対談〉 ゲスト・多岐川裕美 「私にも木之内みどりさんみたいに失踪したい衝動はあるわ」『週刊現代』1978年11月16日号、56-60頁。
  15. ^ “相武紗季主演ドラマ『硝子の葦』から裸のポスター公開、追加キャスト9人も判明”. (2015年1月17日). http://www.cinra.net/news/20150117-garasunoashi 2015年1月17日閲覧。 


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