坂田英一 坂田英一の概要

坂田英一

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/10/13 07:53 UTC 版)

日本の旗 日本の政治家
坂田 英一
さかた えいいち
生年月日 1897年3月27日
出生地 石川県加賀市
没年月日 1969年7月22日(満72歳没)
出身校 東京帝国大学農学部
前職 国家公務員農林省
所属政党 民主自由党→)
自由党→)
(自由党(吉田派)→)
自由民主党

内閣 第1次佐藤内閣
在任期間 1965年6月3日 - 1966年8月1日

日本の旗 衆議院議員(2期目)
選挙区 石川1区
当選回数 4回
在任期間 1958年 - 1969年7月22日

日本の旗 衆議院議員(1期目)
選挙区 3回
在任期間 1949年1月23日 - 1955年
テンプレートを表示

衆議院議員(7期)。農林大臣(第35代)。自民党佐藤派所属。

来歴・人物

石川県加賀市生まれ[1]第四高等学校を経て、1920年東京帝国大学農学部卒業後、農商務省入省[1]1938年農林省特産課長(1946年まで)[1]

1949年1月の第24回衆議院議員総選挙民主自由党から出馬し初当選(当選同期に池田勇人佐藤栄作前尾繁三郎橋本龍伍岡崎勝男麻生太賀吉小渕光平西村英一橋本登美三郎福永健司塚原俊郎藤枝泉介木村俊夫稲葉修河本敏夫森山欽司床次徳二有田喜一など)。同年6月、第3次吉田内閣物価政務次官1955年2月27日第27回衆議院議員総選挙で落選。1958年第28回衆議院議員総選挙で返り咲く。

1965年6月、第1次佐藤内閣 (第1次改造)農林大臣として初入閣。同年11月、赤路友蔵日本社会党衆議院議員らから不信任決議案が提出されるが否決された[2]

1969年7月22日、衆議院議員在職中に死去[1]享年72。地盤は奥田敬和が引き継いだ。

脚注





[ヘルプ]


「坂田英一」の続きの解説一覧



固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「坂田英一」の関連用語

坂田英一のお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング



坂田英一のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの坂田英一 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2019 Weblio RSS