国際収支統計 国際収支に関する議論

国際収支統計

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/07 14:29 UTC 版)

国際収支に関する議論

国際競争力

国際収支に関連する国際競争力という用語は、多くの経済学者によって誤りと指摘されている。

重商主義の誤謬

経常収支の黒字を「得」と、赤字を「損」と考えることは、経済学では重商主義の誤謬と呼ばれる。その名は、重商主義[40]にちなんでいる。

ワールドエコノミー研究会は「貿易赤字が定着するということは、日本が貿易で稼げないということを意味するため、貿易赤字は日本経済の分岐点となる大問題である。日本は貿易で稼ぐよりも投資で稼ぐ『投資立国』になっている。日本の所得収支の拡大は経済の成熟ぶりを示すものといえる。」と表明した[41]。 また、内閣府経済財政諮問会議の専門調査会である「日本21世紀ビジョン」に関する専門調査会が、2030年度の日本は貿易収支は赤字になるが東アジア諸国への直接投資からの収益により所得収支の黒字が拡大しこれまでの「輸出立国」から「投資立国」になる、と予想している[42]

端的に言えば、重商主義とは、貿易収支黒字至上主義であり[43]、特に変動相場制下では資本収支赤字主義でもある。経常収支の赤字を問題とする向きが多いが、景気が悪化しても黒字になる[44]。つまり、貿易収支黒字を至上とすることは内需の冷え込みを至上とするという視点もある。仮に、国を個々の経済主体(家計・企業・政府)に置き換えて考えても、経常収支は損益という概念とは関係がない[6]。 景気が良くなると、その国の経済の将来性が見込まれ、投資が増大するので、経常収支は赤字化する。[44][45]。 例えば、第2次安倍内閣以降の日本では、アベノミクスによって貿易収支の赤字化が進んでいるが、その理由は、国内の経済活動の活性化・内需拡大による製品輸入の需要の増加であり、国内産業空洞化東日本大震災以降の原子力政策の転換に関連する火力発電燃料の輸入の急増ではない[46]

また、財の輸入やサービスの購入が伸び悩んでいることは国際貿易のメリットを享受していないという指摘もある。貿易は競争ではなく、相互に利益をもたらす交換であり、貿易の目的は、輸出ではなく輸入にある[47]。 1776年に既に明らかにされたように、消費こそが全ての生産の唯一の目的であるという見解もある[48][49]。 他国からは市場が閉鎖的か魅力がないと映る。[31]

経常収支や貿易収支における黒字・赤字はそれぞれ過剰・過少の意味であって、正確には「貿易収支(経常収支)が黒字化した」、「貿易赤字(経常収支の赤字)が拡大(縮小)した」等の表現となる。

双務主義

貯蓄投資を上回っている国は、それと同額の(経常収支黒字+政府財政赤字)が発生しており、経常収支黒字分だけ国外に資本を投資していることになる。これは、グローバル・インバランス(貯蓄と投資の不均衡)と呼ばれ、国境を越えた資本移動を生み出す要因の一つとして考えられている[18]。 例えば、アメリカの1982年以降における経常収支の赤字は、日本中国東アジア諸国等の経常収支黒字でファイナンスされている[50]

経常収支や貿易収支が均衡しなければならないとする考え方は双務主義(二国間主義)と呼ばれ、マクロ経済学において初歩的な誤りとされている[6]。経常収支や貿易収支の不均衡は、各国を構成する経済主体が最も有利と判断して選択した行動(貯蓄投資バランス)の結果にすぎず、また、たとえ持続的であっても、不利でも不健全でもないとされる[6][51]

経常収支赤字が『永遠』に続くと問題となるという意見がある。経常収支赤字は、国の対外資産を減少させるからである。しかし、日本の対外純資産は300兆円なので、仮に5兆円の経常収支赤字でも純債務国になるまで60年かかる。10兆円の経常収支赤字でも30年である[52]

これには、以下のような点が誤りとして指摘される。

  • 対外資産(グロス)と対外純資産(ネット)を混同している。
    • 経常収支赤字で対外純資産は減少するが、対外資産は減少しない。変動相場制下では経常収支赤字と同額の資本収支黒字が発生しており、国外から投資資本が集まっているだけである。
  • 対外純資産について、国と政府を混同している。
    • 確かに経常収支は自国の対外純資産の残高の変化を示す[11][12]。ただし、その債務超過と恐慌は無関係である。
    • 国の対外純資産や経常収支赤字の継続が長期・超長期にわたっても経済成長が続いている国は珍しくない。例えば、カナダは、100年以上にわたってほとんどの年で経常収支の赤字が発生しているが、経済成長を続けている[6]

また、日本国外からの投資の増加は、配当金の支払いの増加を通して、日本の所得収支の悪化に繋がるという見解がある。これによれば、日本が蓄えてきた富が海外に流出して、為替市場で円安が進み、最終的に日本経済の活力が失われ、国民の経済活動が不安定化することになりかねない[53]。経常収支がマイナスになると国民が受け取る所得が減少して、貿易赤字の拡大等の理由によって国民総所得(GNI)が減少局面を迎えて個人所得も減少する可能性が高まる。中長期的にGNIが減少傾向をたどれば貯蓄を取り崩すことを続けることはできない。結果的に、支出を切り詰めて生活水準が下がるという意見である[54]

これには、以下のような点が誤りと指摘されている。

  • 資本収支の黒字は自国内に投資マネーが集まることであり、自国通貨への需要の増大を意味する。
    • 自国が海外投資してきた資本が資本収支の黒字と相殺されて消滅する訳ではない。
  • 趨勢的貿易収支と実質為替レートには関係が無い[6]
  • 事実として、変動相場制下にある日本では、第2次安倍内閣以降のアベノミクスによって、貿易収支の赤字化(所得収支の赤字化ではない)と表裏一体で資本収支の黒字化が起こっていた[55]

保護貿易主義

現代においても、貿易に輸入障壁を設けて貿易収支黒字を「稼ぐ」という考え方(保護貿易主義)がある。これについては、変動相場制下ではそのような理屈は成り立たないとされている。仮に貿易収支黒字を生み出せても、通貨高となるために、それは人為的に無くなる。変動相場制では、貿易障壁の変化の結果は、趨勢的な交易条件に影響を及ぼすのであって、貿易収支には為替レートの変化で相殺されるので影響を与えない。経常収支や貿易収支で市場閉鎖性を問題とする論は的外れとされる[6]

また、固定相場制を導入した上で保護貿易(重商主義政策)を行っても、アダム・スミスが証明したように、経済発展(労働生産性上昇)には繋がらない[48][49]


  1. ^ International Monetary Fund (16 November 2005). BALANCE OF PAYMENTS MANUAL (PDF) (英語).
  2. ^ International Monetary Fund (November 2013). Balance of Payments and International Investment Position Manual (PDF) (英語). ISBN 978-1-58906-812-4
  3. ^ International Monetary Fund (September 2015). BPM6 COMPILATION GUIDE (PDF) (英語). ISBN 978-1-48431-275-9
  4. ^ International Monetary Fund (November 2013). FAQs on Conversion from BPM5 to BPM6 (including FAQs on BPM6 Sign Convention) (PDF) (英語).
  5. ^ (PDF) 『国際収支関連統計の見直しについて』日本銀行、2013年10月http://www.boj.or.jp/research/brp/ron_2013/data/ron131008a.pdf 
  6. ^ a b c d e f g h i j 『貿易黒字・赤字の経済学 日米摩擦の愚かさ』東洋経済新報社、1994年9月1日。ISBN 978-4-49-239194-5http://store.toyokeizai.net/books/9784492391945/ 
  7. ^ 『高校生からわかるマクロ・ミクロ経済学』河出書房新社、2013年9月10日。ISBN 978-4-309-24628-4http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309246284/ 
  8. ^ a b c d e f 用語の解説 : 財務省
  9. ^ 小笠原誠治 『いんちき経済学に踊らされた日本経済の行く末』Web
  10. ^ 『コンパクト 日本経済論』新世社〈コンパクト 経済学ライブラリ〉、2008年12月25日。ISBN 978-4-88384-132-5http://www.saiensu.co.jp/?page=book_details&ISBN=ISBN978-4-88384-132-5 
  11. ^ a b 『はじめての経済学[上]』日本経済新聞出版社日経文庫〉、2004年4月。ISBN 978-4-532-11014-7https://nikkeibook.nikkeibp.co.jp/item-detail/11014 
  12. ^ a b 『はじめての経済学[下]』日本経済新聞出版社日経文庫〉、2004年4月。ISBN 978-4-532-11015-4https://nikkeibook.nikkeibp.co.jp/item-detail/11014 
  13. ^ 高橋洋一. “アベノミクスで改善スピード5割増し!マスメディアは「貿易収支赤字」で騒ぐより「失業率低下」に注目せよ”. 現代ビジネス. 講談社. 2014年3月31日閲覧。
  14. ^ 『クルーグマン教授の経済入門』日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2003年10月。ISBN 978-4-532-19202-0https://nikkeibook.nikkeibp.co.jp/item-detail/19202 
  15. ^ a b 『マクロ経済学を学ぶ』筑摩書房ちくま新書〉、1996年4月18日。ISBN 978-4-480-05665-8https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480056658/ 
  16. ^ 『基本用語からはじめる日本経済』日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2001年8月。ISBN 978-4-532-19084-2https://nikkeibook.nikkeibp.co.jp/item-detail/19084 
  17. ^ 安達誠司. “「経常収支赤字」は悪なのか?”. 現代ビジネス. 講談社. 2014年4月3日閲覧。
  18. ^ a b c d e 三菱総合研究所『最新キーワードでわかる! 日本経済入門』日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2008年5月。ISBN 978-4-532-19450-5https://nikkeibook.nikkeibp.co.jp/item-detail/19450 
  19. ^ a b 『痛快! 経済学』集英社インターナショナル、1999年3月5日。ISBN 978-4-797-67001-1http://www.shueisha-int.co.jp/archives/1330 
  20. ^ a b 『痛快! 経済学 2』集英社インターナショナル、2004年11月26日。ISBN 978-4-797-67122-3http://www.shueisha-int.co.jp/archives/879 
  21. ^ 『日本経済のしくみ』ナツメ社図解雑学〉、2008年5月21日。ISBN 978-4-8163-4360-5http://www.natsume.co.jp/book/index.php?action=show&code=004360 
  22. ^ “Balances and Imbalances of Payments”. George H. Leatherbee lectures (ケンブリッジ: ハーバード大学大学院・ベイリー・スウィンフェン). (1957年). doi:10.2307/1926351. http://www.jstor.org/stable/1926351. 
  23. ^ 『見る・読む・わかる 入門の入門 経済のしくみ』日本実業出版社、2002年3月。ISBN 978-4-534-03376-5 
  24. ^ 「実質GDPでは実感できない景況感の理由 ~増えない名目GDP。GNI(国民総所得)を増やす政策が鍵~」『マクロ経済分析レポート』、第一生命経済研究所経済調査部、2012年11月9日。
  25. ^ 内閣府政策統括官室(経済財政分析担当). “日本経済2007-2008 -景気回復6年目の試練-”. 内閣府. 2007年12月閲覧。
  26. ^ ((英語)) (PDF) World Investment Report 2015 - Reforming International Investment Governance. 国際連合貿易開発会議(UNCTAD). (2015年). http://unctad.org/en/PublicationsLibrary/wir2015_en.pdf 
  27. ^ 『日本建替論 100兆円の余剰資金を動員せよ!』藤原書店、2012年2月。ISBN 978-4-894-34843-1http://www.fujiwara-shoten.co.jp/shop/index.php?main_page=product_info&products_id=1243 
  28. ^ “通商白書2014” (プレスリリース), 経済産業省, (2015年1月29日), https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2014/index.html 
  29. ^ a b 国際収支の推移 : 財務省
  30. ^ 三和総合研究所『30語でわかる日本経済』日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2000年10月。ISBN 978-4-532-19003-3https://nikkeibook.nikkeibp.co.jp/item-detail/19003 
  31. ^ a b UFJ総合研究所調査部『50語でわかる日本経済』日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2005年6月。ISBN 978-4-532-19294-5https://nikkeibook.nikkeibp.co.jp/item-detail/19294 
  32. ^ 『面白いほどよくわかる 最新経済のしくみ マクロ経済からミクロ経済まで素朴な疑問を一発解消』日本文芸社〈学校で教えない教科書〉、2008年8月。ISBN 978-4-537-25613-0 
  33. ^ 第5節 対内直接投資を呼び込む地域の取組:通商白書2016年版(METI/経済産業省)
  34. ^ (PDF) 『わが国対内直接投資の現状と課題』日本銀行、2013年7月http://www.boj.or.jp/research/brp/ron_2013/data/ron130731a.pdf 
  35. ^ 第1節 対内直接投資の意義と現状:通商白書2015年版(METI/経済産業省)
  36. ^ 『経済ってそういうことだったのか会議』日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2002年9月。ISBN 978-4-532-19142-9https://nikkeibook.nikkeibp.co.jp/item-detail/19142 
  37. ^ “財務省「双子の赤字」懸念 4カ月連続経常赤字”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2014年3月10日). http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS10007_Q4A310C1EB1000/ 
  38. ^ 高橋洋一. “対日投資増加は雇用創出に効果 実現の切り札は特区制度”. ZAKZAK. 産経新聞社. 2014年4月11日閲覧。
  39. ^ 石田仁志 (2014年3月3日). “経常収支が赤字に転じたら危険信号=甘利経済再生相”. トムソン・ロイター. http://jp.reuters.com/article/2014/03/03/l3n0m0271-amari-current-account-idJPTYEA2206S20140303?sp=true 
  40. ^ 日本経済新聞社『経済学の巨人 危機と闘う 達人が読み解く先人の知恵』日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2012年12月。ISBN 978-4-532-19666-0https://nikkeibook.nikkeibp.co.jp/item-detail/19666 
  41. ^ ワールドエコノミー研究会. “31年ぶりの貿易赤字”. PHP オンライン 衆知. PHP研究所. 2012年10月17日閲覧。
  42. ^ “新しい躍動の時代 -深まるつながり・ひろがる機会-” (PDF) (プレスリリース), 内閣府経済財政諮問会議「日本21世紀ビジョン」に関する専門調査会, (2005年4月), https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/minutes/2005/0419/item10.pdf 
  43. ^ 『経済古典は役に立つ』光文社光文社新書〉、2010年11月17日。ISBN 978-4-334-03592-1https://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334035921 
  44. ^ a b 原田泰. “日本は輸出主導の景気回復をしていたのか”. WEDGE Infinity. ウェッジ. 2014年3月20日閲覧。
  45. ^ 『脱貧困の経済学』筑摩書房ちくま文庫〉、2012年9月10日。ISBN 978-4-480-42978-0https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480429780/ 
  46. ^ 安達誠司. “日本の経常収支黒字急減は日本の競争力低下の証か?”. 現代ビジネス. 講談社. 2014年2月27日閲覧。
  47. ^ 山岡洋一『クルーグマンの良い経済学悪い経済学』日本経済新聞社、1997年3月。ISBN 978-4-532-14562-0https://nikkeibook.nikkeibp.co.jp/item-detail/14562 
  48. ^ a b 山岡洋一『国富論 国の豊かさの本質と原因についての研究 上』日本経済新聞出版社、2007年3月。ISBN 978-4-532-13326-9http://www.nikkeibook.com/book_detail/13326/ 
  49. ^ a b 山岡洋一『国富論 国の豊かさの本質と原因についての研究 下』日本経済新聞出版社、2007年3月。ISBN 978-4-532-13327-6http://www.nikkeibook.com/book_detail/13327/ 
  50. ^ 『不謹慎な経済学』講談社〈講談社BIZ〉、2008年2月20日。ISBN 978-4-06-282081-3https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000208230 
  51. ^ 須田美矢子 編 『対外不均衡の経済学』日本経済新聞社、1992年4月。ISBN 978-4-53-213018-3 
  52. ^ 高橋洋一. “経常収支赤字と財政赤字を弄ぶ「エア御用人」たちの笑える論理”. ダイヤモンド・オンライン. ダイヤモンド社. 2014年8月21日閲覧。
  53. ^ 真壁昭夫. “円安続くも輸出伸びず、減少し続ける経常黒字”. 現代ビジネス. 講談社. 2014年2月15日閲覧。
  54. ^ 真壁昭夫. “日本人の生活水準が高度経済成長前に逆戻り?円安で加速する貿易赤字拡大の近未来的リスク考”. ダイヤモンド・オンライン. ダイヤモンド社. 2013年8月27日閲覧。
  55. ^ “平成27年7月中 国際収支状況(速報)の概要” (プレスリリース), 財務省, (2015年9月8日), https://www.mof.go.jp/international_policy/reference/balance_of_payments/preliminary/pg201507.htm 


「国際収支統計」の続きの解説一覧




国際収支統計と同じ種類の言葉


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「国際収支統計」の関連用語

国際収支統計のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



国際収支統計のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの国際収支統計 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2022 GRAS Group, Inc.RSS