国際収支統計 国際収支に関する議論

国際収支統計

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/03/11 04:13 UTC 版)

国際収支に関する議論

国際競争力

国際収支に関連する国際競争力という用語は、多くの経済学者によって誤りと指摘されている。

重商主義の誤謬

経常収支の黒字を「得」と、赤字を「損」と考えることは、経済学では重商主義の誤謬と呼ばれる。その名は、重商主義[40]にちなんでいる。

ワールドエコノミー研究会は「貿易赤字が定着するということは、日本が貿易で稼げないということを意味するため、貿易赤字は日本経済の分岐点となる大問題である。日本は貿易で稼ぐよりも投資で稼ぐ『投資立国』になっている。日本の所得収支の拡大は経済の成熟ぶりを示すものといえる。」と表明した[41]。 また、内閣府経済財政諮問会議の専門調査会である「日本21世紀ビジョン」に関する専門調査会が、2030年度の日本は貿易収支は赤字になるが東アジア諸国への直接投資からの収益により所得収支の黒字が拡大しこれまでの「輸出立国」から「投資立国」になる、と予想している[42]

端的に言えば、重商主義とは、貿易収支黒字至上主義であり[43]、特に変動相場制下では資本収支赤字主義でもある。経常収支の赤字を問題とする向きが多いが、景気が悪化しても黒字になる[44]。つまり、貿易収支黒字を至上とすることは内需の冷え込みを至上とするという視点もある。仮に、国を個々の経済主体(家計・企業・政府)に置き換えて考えても、経常収支は損益という概念とは関係がない[6]。 景気が良くなると、その国の経済の将来性が見込まれ、投資が増大するので、経常収支は赤字化する。[44][45]。 例えば、第2次安倍内閣以降の日本では、アベノミクスによって貿易収支の赤字化が進んでいるが、その理由は、国内の経済活動の活性化・内需拡大による製品輸入の需要の増加であり、国内産業空洞化東日本大震災以降の原子力政策の転換に関連する火力発電燃料の輸入の急増ではない[46]

また、財の輸入やサービスの購入が伸び悩んでいることは国際貿易のメリットを享受していないという指摘もある。貿易は競争ではなく、相互に利益をもたらす交換であり、貿易の目的は、輸出ではなく輸入にある[47]。 1776年に既に明らかにされたように、消費こそが全ての生産の唯一の目的であるという見解もある[48][49]。 他国からは市場が閉鎖的か魅力がないと映る。[31]

経常収支や貿易収支における黒字・赤字はそれぞれ過剰・過少の意味であって、正確には「貿易収支(経常収支)が黒字化した」、「貿易赤字(経常収支の赤字)が拡大(縮小)した」等の表現となる。

双務主義

貯蓄投資を上回っている国は、それと同額の(経常収支黒字+政府財政赤字)が発生しており、経常収支黒字分だけ国外に資本を投資していることになる。これは、グローバル・インバランス(貯蓄と投資の不均衡)と呼ばれ、国境を越えた資本移動を生み出す要因の一つとして考えられている[18]。 例えば、アメリカの1982年以降における経常収支の赤字は、日本中国東アジア諸国等の経常収支黒字でファイナンスされている[50]

経常収支や貿易収支が均衡しなければならないとする考え方は双務主義(二国間主義)と呼ばれ、マクロ経済学において初歩的な誤りとされている[6]。経常収支や貿易収支の不均衡は、各国を構成する経済主体が最も有利と判断して選択した行動(貯蓄投資バランス)の結果にすぎず、また、たとえ持続的であっても、不利でも不健全でもないとされる[6][51]

経常収支赤字が『永遠』に続くと問題となるという意見がある。経常収支赤字は、国の対外資産を減少させるからである。しかし、日本の対外純資産は300兆円なので、仮に5兆円の経常収支赤字でも純債務国になるまで60年かかる。10兆円の経常収支赤字でも30年である[52]

これには、以下のような点が誤りとして指摘される。

  • 対外資産(グロス)と対外純資産(ネット)を混同している。
    • 経常収支赤字で対外純資産は減少するが、対外資産は減少しない。変動相場制下では経常収支赤字と同額の資本収支黒字が発生しており、国外から投資資本が集まっているだけである。
  • 対外純資産について、国と政府を混同している。
    • 確かに経常収支は自国の対外純資産の残高の変化を示す[11][12]。ただし、その債務超過と恐慌は無関係である。
    • 国の対外純資産や経常収支赤字の継続が長期・超長期にわたっても経済成長が続いている国は珍しくない。例えば、カナダは、100年以上にわたってほとんどの年で経常収支の赤字が発生しているが、経済成長を続けている[6]

また、日本国外からの投資の増加は、配当金の支払いの増加を通して、日本の所得収支の悪化に繋がるという見解がある。これによれば、日本が蓄えてきた富が海外に流出して、為替市場で円安が進み、最終的に日本経済の活力が失われ、国民の経済活動が不安定化することになりかねない[53]。経常収支がマイナスになると国民が受け取る所得が減少して、貿易赤字の拡大等の理由によって国民総所得(GNI)が減少局面を迎えて個人所得も減少する可能性が高まる。中長期的にGNIが減少傾向をたどれば貯蓄を取り崩すことを続けることはできない。結果的に、支出を切り詰めて生活水準が下がるという意見である[54]

これには、以下のような点が誤りと指摘されている。

  • 資本収支の黒字は自国内に投資マネーが集まることであり、自国通貨への需要の増大を意味する。
    • 自国が海外投資してきた資本が資本収支の黒字と相殺されて消滅する訳ではない。
  • 趨勢的貿易収支と実質為替レートには関係が無い[6]
  • 事実として、変動相場制下にある日本では、第2次安倍内閣以降のアベノミクスによって、貿易収支の赤字化(所得収支の赤字化ではない)と表裏一体で資本収支の黒字化が起こっていた[55]

保護貿易主義

現代においても、貿易に輸入障壁を設けて貿易収支黒字を「稼ぐ」という考え方(保護貿易主義)がある。これについては、変動相場制下ではそのような理屈は成り立たないとされている。仮に貿易収支黒字を生み出せても、通貨高となるために、それは人為的に無くなる。変動相場制では、貿易障壁の変化の結果は、趨勢的な交易条件に影響を及ぼすのであって、貿易収支には為替レートの変化で相殺されるので影響を与えない。経常収支や貿易収支で市場閉鎖性を問題とする論は的外れとされる[6]

また、固定相場制を導入した上で保護貿易(重商主義政策)を行っても、アダム・スミスが証明したように、経済発展(労働生産性上昇)には繋がらない[48][49]


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