原子力潜水艦 特徴

原子力潜水艦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/21 12:02 UTC 版)

特徴

以下に原子力潜水艦の特徴を示す。

原子力による駆動力の生成

原子力潜水艦では、高温高圧の水蒸気を発生させる熱源として原子炉が利用され、その水蒸気によるエネルギーを利用してスクリューを回すための駆動力を得ている。その駆動力生成の形式は2つに大別される。

  1. 水蒸気により蒸気タービンを作動させ、その蒸気タービンにより(適当な減速装置を介在させて)スクリューを回転させる、という原子力機関を利用するもの。
  2. 水蒸気により駆動したタービンにより一旦発電し、その電力を電動機に供給してスクリューを回転させるもの。

いずれにしても、原子力潜水艦では推進動力の生成のために原子力を使用する。以下、特に断りのない限り主に前者について説明し、後者は原子力ターボ・エレクトリック方式として説明する。

原子力による主機関

加圧水型原子炉の構成概要

通常原子炉の冷却系は安全のために複数設けられている。なお原子炉自体の数は、原子力空母では1つの艦に原子炉を2基以上備えているのに対し、原子力潜水艦では1基または多くても2基である。

原子力潜水艦の原子炉の形式は、現在までのところ一部例外を除いて加圧水型原子炉 (PWR) のみである。別の代表的な原子炉形式である沸騰水型原子炉 (BWR) が採用されたことはない。これは、潜水艦においては海洋状態や気象、艦の機動によって船体が揺れたり傾いたりする可能性があり、沸騰水型では冷却水が炉心を十分に冷やせない事態が懸念されるためである。なお、沸騰水型原子炉との比較の上で加圧水型原子炉では、いくつかの機械要素を追加しなくてはならない。例えば、蒸気発生器、加圧水を循環させる強力な循環ポンプおよびその高圧配管、ならびに2次冷却水のためのポンプおよび配管は加圧水型原子炉にのみ必要となる。このため、加圧水型原子炉では構造が複雑となるものの利点も生じる。つまり1次冷却水系統と2次冷却水系統が分離されているため、2次系にある蒸気タービンや復水器といった補機類の点検整備が放射線の危険から離れた位置で行なうことが可能となるのである。ただし、1次冷却水が何らかの形で漏洩した場合はこの限りではなく、特に蒸気発生器は複雑で脆弱な配管構造を持ち、放射能漏れ事故の原因となり易い。実際、初期の原子力潜水艦においては信頼性が低く、これらの構造がしばしば事故の原因となった。

原子力潜水艦中における原子炉は、鉛などが組み込まれた専用の耐圧隔壁で仕切られた原子炉区画の内部に設置されている。これは人体に有害な放射線を遮蔽して船内の他の領域を安全に保つためである。原子炉区画は艦の後ろ寄りに設けられていることが多く、艦の主要な部分を占める前部とタービンや操舵機などのある後部を結ぶため、鉛などで防護された狭い通路が原子炉区画の上部や側面を貫いている[2]

長期間の連続潜航

原子炉の動作には酸素を必要としないために長期間の連続潜航が可能である。また、原子炉の核燃料棒の交換も数年から十数年に一度で済む。このため、ディーゼル燃料を消費する通常型潜水艦のような酸素補給のための潜航時間の制約や、頻繁な燃料補給の手間は無い。蒸気タービン軸受減速機用の潤滑油は定期的な補給が必要となるが、他の燃料に比べ、その頻度は少ない。原子力潜水艦では、艦内の人員の呼吸に必要な酸素、生活用水は豊富な電力で海水から電気分解蒸留によって作り出され、呼吸により排出される二酸化炭素も化学的に吸着除去される。

これらの特徴から、原子力潜水艦では、機能維持および人員生存のための浮上は原理的には数か月間に一度で十分である。ただし、長期間の連続潜航が原理的に可能であっても、実際には長くても2か月程度の連続潜航しか行わない。これは、新鮮な食料の補給、艦外からの整備などが必要であること、および乗組員の心理面への影響が考慮されるためである。しかし、実際には閉鎖された環境に長時間置かれることから、男性乗組員と女性乗組員が性行為を行う、艦内に麻薬を持ち込むなどの問題が発生している[3]

アメリカ海軍では戦略ミサイル原潜のクルーは、ブルーとゴールドの2組を用意しており、ひとつのグループが70日間の航海を終えて帰港すると、約1か月ほど艦の整備などを行い、その後もうひとつのグループが70日間の航海に出て行く。そして、航海を終えた方のグループは、しばしの休暇を経て訓練をおこなう、というローテーションを繰り返す。

水中機動

原子力機関は最大出力でも燃料消費をそれほど考慮する必要が無いため、高速航走を長時間継続することで、大洋の辺地まで遠征することが可能である。溶融金属冷却原子炉を採用したロシアのアルファ型などは水中最高速度は40ノットを超えるといわれる。通常動力潜水艦でもアメリカ海軍の実験潜水艦「アルバコア」のように30ノット以上を発揮することは不可能ではないが、費用便益比において現実的ではなく同様の機軸を実現した例は他にはない。

ただ、原子力潜水艦においても、タービン音や外部装置の引き起こす渦流などが大きくなり容易に探知されるので、高速での航行はそれほど頻繁に行われるものではない。しかしながら、十分な探知能力を持たない紛争地域への急行などでは、その機動性は絶大な力を発揮する。戦術運用では無く、定位置付近でのミサイル基地としての役割や通常パトロール的な敵艦の追尾などにも適している。

騒音問題

原子力潜水艦の欠点は、電動機推進時(エンジンは停止)のディーゼル・エレクトリック方式の潜水艦に比べ、静粛性が劣ることである。

原子力機関は他の動力に比べ頻繁な停止・再起動が難しいことから、一度起動した後は事故が発生しない限り定期検査まで起動させたまま出力を調整するにとどめるのが基本である。また、作動中は冷却水循環ポンプを止めることができないため、加圧水型原子炉ではこのポンプも大きな騒音発生源となっている。なお、アメリカ海軍の最新原子力潜水艦では、低出力時には冷却材自然循環のみによる運転が可能となっており、ポンプの運転が不要といわれている。

ギアド・タービン方式特有の弱点を克服するため、蒸気タービンで発電機を動かし、電動モーターでスクリューを駆動する原子力ターボ・エレクトリック方式による推進システムが採用された例がある。例えば、フランス海軍の原子力潜水艦はすべてこの方式を採用しており、他にもアメリカ海軍が2度(「タリビー」、「グレナード・P・リプスコム」)試用している。ただ、この方式は蒸気タービン方式(ギアド・タービン方式)に比べて出力/重量比・効率・整備性が悪く、水中速力も劣る。この方式のメリットは、短時間であれば原子炉を低出力に維持した状態で内蔵の蓄電池によって航行することも可能となっており、蓄電池を介して電力が供給されるので電動機の出力応答性も優れる。また、タービンと推進器を伝達軸で連結する必要がないことから、水密区画に伝達軸を通すための穴を開ける必要がないので、ダメージコントロールや機器配置の自由度に優れる一面もある。なお、近年では交流電動機やパワーエレクトロニクスの導入により整備性や効率、出力に関しても改善されつつある。

上記に加え、原子力潜水艦特有の問題ではないが、原子力によって大きな推進力が得られても、それに応じてスクリュー・プロペラで生じる騒音も大きくなるという問題もある。また、高速回転する蒸気タービンの軸出力で低回転のスクリューを回すため、減速装置として減速ギヤを介在させる必要があり、(ギアド・タービン方式)この減速ギヤが大きな騒音発生源となる。そのため、ポンプジェット方式による推進方式を採用する潜水艦も一部にある。ポンプジェットは高速性、静粛性において優れていたものの、推進効率に関しては従来のスクリューよりも劣る。このため、通常動力型潜水艦では実験的に使用された段階に留まっていたが、原子力潜水艦ではこの利点を生かすことができる。

他の問題点

原子炉としての問題点と同様であり、開発・建造・維持運用に非常に費用がかかり、用途廃止となったあとの原子炉・核燃料の処理の問題、メルトダウンや放射能漏れの危険性などがある。

アメリカ海軍では新造艦の原子炉に濃縮度20 - 30%程度の高濃縮ウランを用いた燃料棒を使用することで燃料の寿命を艦の寿命と等しくしているうえ、それによって実質的に燃料交換を不要にすることで原子炉の維持費の大きな部分を占める燃料棒の交換費用を無くし、稼動率の向上と放射性廃棄物の減少を図っている。ただ、この高濃縮ウランの使用が原子力潜水艦の危険性をさらに高めたという指摘がある[4]




注釈

  1. ^ アメリカ合衆国大統領ジミー・カーターは、海軍在職時リッコーヴァーの指揮下で原潜実用化に携わった。
  2. ^ 「スケート」は、潜水艦としては世界最初に北極点に達し、その氷を割って浮上したことで知られる。
  3. ^ 世界初の戦略ミサイル原潜「ジョージ・ワシントン」に用いられたのが、マネジメント手法として今日でも知られるPERT (Program Evaluation and Review Technique) である。

出典

  1. ^ 多田智彦、「圧倒的な強さを保持する米原潜戦力」『軍事研究』(株)ジャパン・ミリタリーレビュー、2017年5月号、208-221頁、ISSN 0533-6716
  2. ^ 岩狭源清著『中国原潜技術&漢級侵犯事件』 軍事研究2005年4月号 ジャパン・ミリタリー・レビュー2005年4月1日発行 ISSN 0533-6716
  3. ^ デイリー新潮 (2017年11月16日). “おバカ映画のような不祥事次々… 英潜水艦「セックス&ドラッグ」事件” (日本語). 2020年6月24日閲覧。
  4. ^ 米軍原子力空母原子炉事故の危険性と情報の非開示-「合衆国原子力軍艦の安全性に関するファクトシート」に対する反論書-”. 原子力資料情報室(CNIC) (2006年6月16日). 2006年8月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年4月29日閲覧。
  5. ^ a b 谷三郎 第5章『精鋭・日本自衛艦隊 : 世界が瞠目する“海軍"の実力』(世界大戦文庫スペシャル)サンケイ出版 1986年6月
  6. ^ 第034回国会 内閣委員会 第15号 昭和三十五年三月十一日(金曜日)
  7. ^ a b 原潜導入 海自が検討 核兵器抜き 推進力に限定 非公式に米に打診 「通常型、能力劣る」平和利用に抵触、論議必死 内局は消極的 毎日新聞 1986年(昭和61年)7月14日
  8. ^ 原潜保有 政府が検討 16年防衛大綱 中国に対抗も断念 産経新聞 2011年(平成23年)2月17日
  9. ^ 小林よしのり 『希望の国・日本 9人の政治家と真剣勝負』 飛鳥新社 p.114




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