南野陽子 南野陽子の概要

南野陽子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/07 18:35 UTC 版)

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みなみの ようこ
南野 陽子
生年月日 (1967-06-23) 1967年6月23日(53歳)
出生地 日本兵庫県
身長 161.8 cm
血液型 B型
職業 女優歌手
ジャンル テレビドラマ映画舞台アイドル歌謡曲
活動期間 1984年 -
配偶者 一般人男性(2011年 - )
事務所 ケイダッシュ
公式サイト 公式プロフィール
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略歴

上京・芸能界入り

松蔭高等学校在学中、高校2年生の夏に上京し、堀越高等学校に3学期から編入した。1984年秋、ドラマ『名門私立女子高校』で芸能界デビュー[1]

1985年-1989年

18歳の誕生日である1985年6月23日に「純だね、陽子」「可憐だね、陽子」のキャッチフレーズのもと、「恥ずかしすぎて」でアイドル歌手デビュー[1]。同年8月、日生劇場「リトルウィミン-若草物語」で舞台デビュー。同年11月スタートのフジテレビ系ドラマ『スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説』で主人公の2代目・麻宮サキ役を演じ、一躍トップアイドルの座を獲得[1]。 デビュー時からニッポン放送でラジオ番組「南野陽子 落書きだらけのクロッキー・ブック」でパーソナリティを務めていたが、引き続き、1986年10月2日からニッポン放送の『南野陽子 ナンノこれしきっ!』が開始。1990年6月24日に終了し、伝説の番組となった[1]。ラジオが素の魅力を最大限に引き出すことを証明した[1]

1987年2月公開の映画『スケバン刑事』に主演。主題歌の「楽園のDoor」で初のオリコンチャート第1位を獲得する[1]。その後も「話しかけたかった」「はいからさんが通る」「吐息でネット。」「あなたを愛したい」「秋からも、そばにいて」などヒット曲を連発[1]。8曲連続オリコン1位を記録(間をおいて「フィルムの向こう側」でも1位を獲得している。計9曲オリコン1位)。またフジカラーグリコJR西日本など多数の企業のイメージキャラクターに起用されCMに出演。

1988年NHK大河ドラマ武田信玄』に出演。1人2役を演じる。ブロマイド年間売上成績で第1位を獲得[1]。同年、グレナダで発行された切手の題材になる。この頃体調を崩し3ヶ月程度入院した。仕事は続けていたため病院からテレビ局に通い、当時のヒット曲「吐息でネット」を歌っていた。

1989年1990年と、2年連続、日本テレビ系列『24時間テレビ』のチャリティー・パーソナリティを務める。カンボジアリポートやドラマ、また自身の曲「思いのままに」が番組のメインテーマ曲として使われた。8月、「恥ずかしすぎて」から「はいからさんが通る」まで、CD化されていなかったシングル10タイトルがCDシングルとして再発。内9タイトルがオリコンシングルチャートにランクインした。また同年、当時の所属事務所のエスワン・カンパニーから独立、個人事務所サザンフィールドを設立した。

80年代後半に最も活躍した女性アイドル四人(中山美穂工藤静香、南野陽子、浅香唯)は当時アイドル四天王と呼ばれていた[3]。別冊宝島の調査によると、1980年代のシングル総売上げは年間ベスト50位以内のものに限っても232.2万枚と当時の女性アイドル中6位であった。年間ベスト50位以内ランクイン曲数も10曲と当時の女性アイドル中3位であった[4]

1990年代

1990年ウィーン・オーパンバルでデビュタントとして、社交界デビュー。1992年に歌手活動を休止。その後は女優業に専念する。

1992年、映画『寒椿』、映画『私を抱いてそしてキスして』主演。同年、日本アカデミー賞主演女優賞を受賞。

1995年3月に帝国劇場で公演された舞台『ゆずり葉の井戸』に出演。これ以後、舞台出演は年一本ペースで、女優としての活動の幅を広げていく。

1999年、現在所属のケイダッシュへ移籍する。

2000年代

2005年
歌手デビュー20周年にあたるこの年は、ソニー・ミュージックエンタテインメントから6月22日に全アルバムを収納したCD-BOX『南野陽子 ナンノ・ボックス』、9月28日に『ナンノ・DVDボックス』をそれぞれ発売。『南野陽子 ナンノ・ボックス』には14年ぶりにレコーディングされた新曲「最終(ラスト)オーダー」が収録された。また、TBSのテレビ番組『うたばん』の企画で、アイドル時代の代表曲である「はいからさんが通る/吐息でネット」をセルフカバー、ポニーキャニオンから7月27日マキシシングルとして発売された。これをきっかけに歌手活動を14年ぶりに再開。7月31日には20周年を記念したファンイベントにおいて「はいからさんが通る」を披露し、その後、NHK第37回『思い出のメロディー』などのテレビ番組やラジオ番組に歌手として出演した。

2006年
9月 : 芸能生活20周年企画として、自身のドラマ・歌手・映画・舞台の各シーンを再現したフィギュア「NANNO FIGURE」を発売した。
10月2日 : ニッポン放送のラジオ番組『南野陽子 今日はナンノ日っ!』がスタート。十数年のブランクを経てラジオ番組のパーソナリティを5年間にわたり務めた。
12月 : フィギュア第2弾として、デビュー当時の水着グラビアをもとにした「グラビア編」も登場した。

2007年
4月4日 : フジテレビ系『森田一義アワー 笑っていいとも!』の水曜日レギュラーとなった。

2008年
4月3日 : 笑っていいとも木曜日レギュラーへ移動し、2009年10月1日まで2年6か月間出演した。
9歳から住んでいた兵庫県伊丹市から、同市をPRする「伊丹大使」の委嘱を受けた[5]。12月、テレビショッピング専門チャンネルQVCにて、女優の普段着をコンセプトにした本人企画・デザインのブランド「Actress Princess」を立ち上げた。特に新作が発表される放送日には南野本人が生出演し、解説している。また、翌日に他局で生放送がある際には、販売した商品と同じ物を衣装として着用して出演することが多く、購入者への気配りを見せている。

2010年代

2010年歌手デビュー25周年を迎える。
11月11日 : 『ナンノ・アニバーサリー25th』をリリースした。「はいからさんが通る」など11曲の新バージョンに加えて、アルバム『SNOWFLAKES』収録の「氷のダイヤモンド」に新しい歌詞をつけてレコーディングした「桜詩集」が収録され、5年ぶりの「新曲」となった。

2011年
2月10日 : 『ナンノ・アニバーサリー25th』をお色直しして『ReFined-Songs Collection〜NANNO 25th Anniversary』としてリリースし、オリコンデイリーチャートで20位にランキング。
3月3日 : 結婚したことを発表。
4月1日 : 同日から放送を開始した『にっぽんの芸能』(NHK Eテレ 毎週金曜日22:00 - 22:58)後半の「芸能百花繚乱」進行役に就任した(2013年4月からは、番組リニューアルにより「にっぽんの芸能」全体の司会進行をNHKアナウンサーの古谷敏郎と共に務めている)。[6]

2012年
2月28日 : 森口博子西村知美との新ユニット「Blooming Girls」の結成発表会見が行われ、「Knock!! Knock!! Knock!!」にてCDデビューすることが告知された。6月13日に発売され、オリコンウイークリーチャート66位を記録。

2013年
8月 : 公式ファンクラブ「Nanno Club」会報100号(通巻101号)で9月30日付でのファンクラブ活動終了を発表。
9月2日 : Facebook南野陽子公式ページ「Nanno Club part3」を開設。

2015年
12月9日 : 歌手デビュー30周年記念盤として、『ゴールデン☆アイドル 南野陽子 30th Anniversary』をリリース[7]

2016年
2月 : 約25年ぶりとなるソロコンサート「~南野陽子デビュー30周年記念コンサート~NANNO 30th ANNIVERSARY」を大阪・東京で、計6公演開催[8][9]
6月19日 : エレキコミックやついいちろうが主催するイベント「YATSUI FESTIVAL! 2016」に出演[10]。。
6月26日 : ソロコンサート追加公演「~南野陽子デビュー30周年記念コンサート~NANNO 31st ANNIVERSARY〜シンデレラ城への長い道のり〜」を舞浜アンフィシアターで開催。

2017年
10月18日 : 2018年のNHK大河ドラマ西郷どん』で、降板した斉藤由貴の代役として幾島役を務めることが発表される[11]

人物

エピソード

  • 左利き。
  • チャームポイントは前歯[1]
  • デビュー当初は全くの無名だったが、個人的な売り込み活動を行った結果、『週刊少年マガジン』などのグラビアでは大量ページで取り上げられた。また同誌の発行元・講談社のアイドル雑誌『DELUXEマガジン』でも、早々に表紙を飾るなど大きく扱われた。同誌は1982年からミスマガジンコンテストを開催しており、既に伊藤麻衣子斉藤由貴を輩出していたため、時に同コンテスト出身とされることもあるが、実際にはコンテスト外で起用された「マガジンメイト」である。
  • 週刊プレイボーイ』1984年(昭和59年)11月20日号に掲載された新人紹介の記事では、名前が「南田洋子」と誤植されていた[12]
  • スケバン刑事II』でアクションをこなし、体に血糊や爆薬のついた状態で学校に向かう事もあったという。劇中でリンゴを握りつぶす場面があるが、南野の握力では無理だったため、中身をくり抜いて何とかこなした。また、このドラマでの土佐弁訛りを交えた決まり文句「鉄仮面に顔を奪われ十と七とせ、生まれの証しさえ立たんこのあてぇが何の因果かマッポの手先。二代目スケバン刑事(デカ)麻宮サキ。おまんら許さんぜよ!」は子供達の「ごっこ遊び」に反映され、若者の間でも流行した。しかし運動が極度に苦手で、アクションシーンの撮影に苦労する。例えば腕立て伏せができなかったため、ワイヤーで腰を上から吊ってもらい、何とかこれをこなした。
  • 『スケバン刑事II』では鉄仮面をつける役だったため、当初は「中の人か…」と落胆したという。
  • 『スケバン刑事II』に出演していた頃にフジテレビ局内でとんねるず石橋貴明が彼女とすれ違った時、あまりの綺麗さに衝撃を受けたらしい。その後TBS時間ですよ』、フジテレビとんねるずのみなさんのおかげです』などで多く共演を果している。
  • 三枝の爆笑美女対談』のゲスト出演で、番組ラストのおもちゃのゲームで司会者の桂三枝(現・六代目桂文枝)が勝てばゲスト女性は彼にキスをするという罰ゲームでキスをすることになった。そこで三枝は目を閉じてキスを待っていたが、南野本人はキスを手にし、その手を頬にくっつけた。気づいた三枝は「しょうもない」と呆れ、観客の笑いを誘った(なお、当時の女性ゲストは概ね実際にキスをしていた)。
  • 1988年7月に発売されたアルバム『GLOBAL』の初回盤付録CD「なんの相性診断げえむ」などで、デビュー当時の自分の人生計画として以下の点を公言していた。
    • 23歳の誕生日にプロポーズを受ける。
    • 24歳で結婚。
    • 26歳のときに、長女を出産。
    • 27歳のときに、長男を出産。
    • 70歳のときに、夫がこの世を去る。
    • 73歳のときに、本人がこの世を去る。
前述のとおり、実際には43歳で結婚することとなった。
  • 1988年11月3日、「秋からも、そばにいて」がTBS系の歌番組『ザ・ベストテン』で第3位にランクインした際、歌唱中に突然、歌詞の一部を忘れてしまった。その数年後、『ザ・ベストテン』のスペシャル番組で、その当時のことを「あの瞬間に私の歌手生命は終わったと感じました」と振り返っている。
  • 2002年『新・仁義なき戦い2』の製作発表では、「芸能界もやくざの世界なので、今と同じようにひょうひょうと漂っているだけ」と発言して、共演者を苦笑させた。
  • 2007年に『笑っていいとも!』レギュラー出演が決まった際の会見では、「活躍は出来ないと思います」と語った[13]。しかし、2008年5月 - 9月まで放送されたクイズコーナー「ザ・共通10」での正答率は高く、正解回数は1位だった。また最速正解記録も持っており、わずか6秒で正解していたことが「ザ・共通10ファイナル(最終回)」にて発表された。年末恒例の『笑っていいとも!特大号』の「ものまね歌合戦」コーナーにも出演、2007年はにしおかすみこを、2008年は鳥居みゆきをそれぞれ披露した。5月17日、フジテレビ系『とんねるずのみなさんのおかげでした』の「新・食わず嫌い王決定戦」のコーナーにゲスト出演、カリフラワーが嫌いである事を告白した。しかも、カリフラワーを食べる間に「嫌い」を連発し、対戦相手を困惑させた。
  • 日本テレビ系『歌のトップテン』に出演した際には、南野本人をモデルにした作品を文化祭に出展したことがきっかけで、番組にゲストとして呼ばれた男子高校生と握手する時、衣装の長い右手袋をわざわざ取って、直に握手したというエピソードが残っている。1988年11月放送。
  • 所属事務所を独立した際に円満独立ではなかった。独立を巡る問題は後に社会問題にまで進展[要出典]、アイドルとしての人気は下降線をたどることになる。その当時の状況や本人の心境は、雑誌『ザ・テレビジョン』の連載エッセイ「月夜のくしゃみ」で語られている。後に単行本化され、同名タイトルの曲を本人作詞で歌った。その後の雑誌や新聞等でのエッセイには「月待ちの窓」や「あしたは満月」のように「」をタイトルに入れている。
  • 「好きなヒーロー、テレビ番組は『超人バロム1』」と公言し、自身のラジオ番組『南野陽子 ナンノこれしきっ!』内でもしばしば話題に取り上げていた。
  • TBSで放送されていた『テレビ探偵団』において、子供の頃好きだった番組は「北斗と南が2人で変身するまでの『ウルトラマンA』」と答え、「2人で変身してこそエース」と発言している。
  • 関西出身にも関わらず、テレビではほとんど関西弁を話さない。しかし関西が舞台のドラマでは流暢な関西弁を使っている。
  • 仕事などから帰宅してすぐに、必ず5分は、自宅の清掃を行うという[14]。これは、オンとオフを切り替えるための儀式のようなものであるという[14]
  • 根が出不精であり、仕事以外ではあまり外出しない性質なので、自然と家についての思い入れが深くなり、自分なりに使い勝手のいいように自宅を整理整頓しているという[14]。その際には、ただ、部屋が片付いている状態にするのではなく、「旅行関係のものはココに、明日着ていく服はこの位置に置くようにすれば、3歩分は得するかも!」というように動線を考えて、収納場所や家具などのものを、システム化して配置するのだという[14]。この行動は「(家は)心地よく・使いやすくでなければ損」というポリシーに基づいているというが、一方でそれが高じて勝手に友人の家の模様替えまで始める事もあり、自分自身も呆れているという[14]。また、この様な、思い入れがあることもあってか、台本の裏に家の間取り図を書くのも楽しいという[14]
  • 美肌女優の評判がある南野[14] ではあるが、今でも、仕事時のメイクの9割以上は自分でこなしているという[14]
  • マイクロキャビンアクションロールプレイングゲームサーク』に、南野演じる南条円そっくりの看護師が出てくる。主人公ラトクに「熱っぽいの?」と聞くと、ラトクは「ナンノこれしき!」と答える。

交友関係

  • 岡田有希子とは高校の同級生であり仲が良かった。アイドル歌手として一歩先を歩んでいた岡田と歌番組で共演することが目標のひとつであったが、1986年4月8日に岡田は自殺。その2日後の4月10日、TBS系『ザ・ベストテン』に於いて南野の3rdシングル「悲しみモニュメント」が初の10位以内ランクイン[1]。共演の夢は叶うことはなかった。
  • 2005年11月6日には、堀越高校編入以来の親友であった本田美奈子.が、急性骨髄性白血病のため38歳の若さで死去。本田の訃報を聞いたのは、舞台本番の合間のことだったが、余りのショックにそのまま泣き崩れてしまったという。



注釈

  1. ^ 「みなみのって珍しいし、呼びにくいから昔っからナンノって呼ばれているの。」とのこと[2]
  2. ^ 斉藤由貴の出演が予定されていたが[16]、2017年9月21日に出演辞退が発表され[17]、10月18日に南野の起用が明らかにされた[11]
  3. ^ 関西ローカル

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k l 別冊宝島2611『80年代アイドルcollection』p.33.
  2. ^ NANNO CLUB(公式ファンクラブ)創刊0号1985年発行
  3. ^ 別冊宝島2611『80年代アイドルcollection』p.3.
  4. ^ 別冊宝島2611『80年代アイドルcollection』p.39.
  5. ^ 南野陽子さん”. 伊丹大使について. 伊丹市都市活力部. 2013年12月17日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2013年8月15日閲覧。
  6. ^ 芸能百花繚乱 にっぽんの芸能第二部”. 2013年4月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月2日閲覧。
  7. ^ 『ゴールデン☆アイドル 南野陽子 30th Anniversary』リリース記念企画! 南野陽子の “えっ、ナンノ話?”(SONY)
  8. ^ ナンノ曲聴けるかな?デビュー30周年25年ぶりライブ”. スポーツ報知 (2015年9月25日). 2015年9月25日閲覧。
  9. ^ デビュー30周年を迎えコンサート 「アイドル出身」も武器に”. 毎日新聞 (2016年1月20日). 2016年3月5日閲覧。
  10. ^ 「やついフェス」に千秋、南野陽子ら19組追加”. お笑いナタリー (2016年3月1日). 2016年3月5日閲覧。
  11. ^ a b “『西郷どん』斉藤由貴の代役に南野陽子 30年ぶりの大河出演”. ORICON NEWS (oricon ME). (2017年10月18日). http://www.oricon.co.jp/news/2099190/full/ 2017年10月18日閲覧。 
  12. ^ 『週刊プレイボーイ創刊50周年記念出版「熱狂」』集英社(集英社ムック)、2016年、126頁。ISBN 978-4-08-102224-3
  13. ^ 笑っていいとも!増刊号』フジテレビ 2007年4月8日放送
  14. ^ a b c d e f g h 朝日新聞大阪版 2011年4月14日付分 16面
  15. ^ a b c d e 別冊宝島2611『80年代アイドルcollection』p.73.
  16. ^ 2018(平成30)年 大河ドラマ「西郷どん」出演者発表!”. NHKドラマトピックス. NHK (2017年4月12日). 2017年10月18日閲覧。
  17. ^ 大河ドラマ「西郷どん」出演者変更について”. NHKドラマトピックス. NHK (2017年9月21日). 2017年10月18日閲覧。
  18. ^ “南野陽子、初の大臣役で元総理の息子・小泉孝太郎とドラマ初共演”. テレビドガッチ (プレゼントキャスト). (2017年8月29日). http://dogatch.jp/news/tx/46917 2017年8月29日閲覧。 
  19. ^ 『半沢直樹』新キャストに賀来賢人&今田美桜ら 新たな“半沢包囲網”も明らかに”. ORICON NEWS. 2020年3月20日閲覧。
  20. ^ “山内惠介、南野陽子のセーラー服姿に「ナンノこれしきっ!」と大絶賛”. スポーツ報知 (報知新聞社). (2018年4月5日). http://www.hochi.co.jp/entertainment/20180405-OHT1T50127.html 2018年4月5日閲覧。 


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